取り巻く状況の変化
冒険者ギルドと事を構えて以降、キキョウ会の名声というか悪名はかなりの高まりを見せた。
実情はともかく、支部とはいえ有力なギルドに勝利した事実は間違いないし、なによりその度胸と決断、実行力と戦力が、一部界隈にかなり評価されてるらしい。
同業者であっても、女であるというだけで訳もなく見下されることは少なくなったし、わざわざ外国から取材に来る連中まで現れ始めた。そういうのはマーガレットに相手をさせて、宣伝にだけ都合よく利用して追っ払うことにしてるけどね。
ともかく我がキキョウ会の名は多少なりとも世界に鳴り響いたわけだ。
地元のエクセンブラ以外で最も問い合わせが来たのは、距離の近さもあってか自然と王都だった。今は亡き国の王都だけど、未だに王都と呼ばれ続けてる大都市でもある。
記憶にもまだ新しい壊滅状態だった王都は、オーヴェルスタ伯爵家主導の元、急速な復興を見事に成し遂げつつある。
その中心人物は王都の実権を握って、今は立て直しに奔走してる真っ只中と思われる伯爵夫人。ロスメルタ・ユリアナ・オーヴェルスタだ。友人でもある彼女の能力には疑いようがないから、その成果に驚くことはない。
復興の勢いはまだまだ高度に発展を続けるエクセンブラにも迫るものがあるらしい。
人、物、金、これが集まるところには好循環が生まれ、さらに呼び寄せる。エクセンブラに集中してたそれが、今は王都にも流れてるってことになるわね。それでも流れて来る母数自体が増えてるみたいで、エクセンブラの勢いが衰える様子はない。
なにはともあれ王都復興の功労者は間違いなく、伯爵夫人のロスメルタだ。あの女なら、条件さえ整えば何事だろうと成し遂げるはずだ。手っ取り早いところで、エクセンブラっていう大成功を続けてるモデルだってあるしね。
ロスメルタとは手紙を介して親交を保ってる。闘技場の件だってあるし、まだまだ関わる機会はあるんだ。それに、お互いに手を切るには惜しい相手だと思ってるだろうし、そうする理由もない。向こうの本音はどうだか知らないけど、一応は友人なんだしね。
そんなわけで、今日は散歩のついでに手紙を出しに行ったんだ。
あっちに預けたままの友達で娼婦の元締めをやってたカロリーヌの様子も定期的に知りたいし、彼女はいずれキキョウ会に迎える予定だからね。ロスメルタにはその辺の心構えや準備だって進めておいて貰わなきゃならない。ちょいちょい触れてはいるから、向こうもそろそろ潮時と思ってるはずだ。
王都の著しい再興に沸くのはエクセンブラの住人も同じらしい。元は同じ国だったし、今も帰属意識はあるのかもしれない。
そんな秋も深まって、少しずつ寒くなってきた頃、状況は大きく動き始めた。
幹部会での話題は王都の完全復活で持ちきりだ。オーヴェルスタ伯爵家の使者が直接持ってきた手紙によれば、近々伯爵家がお膳立てを整えて、ブレナーク王国は正式に再興を宣言するらしい。
ただ、手紙を受け取ったのは良いんだけど、あんまり細かいことが書いてない。まだ正式にいつになるか決まってないからなんだろうか。ま、きちんと知らせてくれただけ、キキョウ会への義理は果たしたってことなんだろう。
「国王はどうすんだ? まさかロスメルタの旦那がやるのか?」
「いくら功労者でも伯爵だろ? 王都の連中はともかく、地方の貴族どもが納得すんのか?」
たしかに、外国勢力の排除を主導して王都を取り戻し、再興まで成し遂げたのはオーヴェルスタ伯爵家あってのことだ。その功績は比類ないし、新しい国を作るってことなら、新王家として君臨するのもまぁ、納得できなくはない。
でも、ブレナーク王国の復活ってことになると話がややこしい。旧王家の血でも入ってればいいかもしれないけど、そんな話はないらしい。だとすれば、納得できないって連中は多く出てくるはずだ。
今後、国家を運営するにあたって、存命の貴族や領地の取り扱い、死亡や国外脱出を図った貴族とその領地の処遇だってある。
このエクセンブラだって、多分だけどその新しい国に属することになるんだろう。すでにそういう話し合いは水面下で合意まで行われてるはずで、いきなり重要な話をぶち上げたりはしないのが普通だ。
中心となる国王は誰になるのか。国家と王家の復活を、一体どんな手を使って納得させるのか。
「情報班はなにか掴んでないの?」
ジョセフィンが不確かな噂ですがと前置きしてから話す。
「実は王家の生き残りを立てるらしいって噂は流れてるみたいですね。そんな人が存命とは思いませんでしたし、替え玉の可能性だって否定できないと思いますけど」
んー、微妙なところね。あのロスメルタなら、どんな手を使ってもおかしくないと思える。それでも王族の遺体そのものが見つかってなかったって事実もある。だからこそ、生き残りがいるのでは、なんて噂まで当時あったくらいだ。
「本物の王族が生きてたとして、今頃どうやってそれを見つけ出したんでしょう? 実は密かに匿ってたとか?」
「今頃になって本人が名乗り出た、にしても都合が良すぎるわな」
実情は分からないけど、ロスメルタなら邪魔に思うなら今更の王族なんて躊躇なく排除するだろう。そいつを立てることが最善だと思ったから、やってるはずだ。
ということはだ。ウチとしても、なにか機会があるなら、そっちに乗っかった方がいいわね。
「まぁ、王都のことは今はいいわ。エクセンブラがブレナーク王国に属することになれば、また税制とか行政区の上役が変わったりもするだろうけど、どうなるか心配してもしょうがないしね」
「そうですね。今のエクセンブラは王都よりも力を持っていますし、国家に属するとなっても不利な条件とはならないはずです」
他にも各幹部がそこらのおばちゃんや商人、ギルドなんかからも仕入れた、王都に関する噂話は多数に及んだ。
急速な復興によって、経済的に期待のできる大都市として復活の見通しがあること。
戦力の拡充も進んでて、傭兵の雇い入れから、騎士や兵士の正規軍も大々的に拡大が進みつつあるらしいこと。
王都にいる権力者はオーヴェルスタ伯爵家を中心に結束して、地方にいる抵抗勢力には毅然とした態度で対応中であるらしいこと。
王として立てられたのは、まだ若い子らしくて後ろ盾となるオーヴェルスタ伯爵家が絶大な権力を保持してるらしいこと。
国家として拡大戦略を持ってることの表れか、崩壊した隣国であるレトナークの情報を積極的に集めてるらしいこと。
エクセンブラ側でも王都の復活に際して、その隆盛に一枚噛もうとする勢力が多数いるらしいこと。
五大ファミリーが王都にもその食指を伸ばそうとしてるらしいこと。
他にも色々ときな臭いことから、面白そうなことまで。
まぁ、噓も真も混ざった噂なんだろうけど、トップがしっかりしてると安定感があるわね。特にスピードが早い。数年後には本当にエクセンブラも追い抜かれるかもしれない。
エクセンブラは良くも悪くも裏社会とずぶずぶだし、裏社会の組織こそが街の顔みたいなところがある。王都はこことは違って貴族社会が中心となって発展するだろうから、雰囲気も全然違ってくると思う。それはそれで楽しみね。
ちなみにキキョウ会は王都にまで食指を伸ばす余裕はない。六番通りの開発と闘技場関連の予定だけで手一杯だし、組織拡大のためにだって忙しい。ロスメルタから何か要請があれば考えるけど、そんなことにはならないだろう。あっちだって、もう十分な『力』を獲得してるだろうからね。
今日は続けて、他の都市や国家についても情報共有をしておく。
「旧ブレナーク王国、これから新王国となるかもしれないわけだが、他の街の情報はあるか?」
「ウチのメンバーで直接の確認まではできてませんから、またどれも噂話や伝聞になりますけど」
そりゃそうだ。ウチは全国津々浦々まで手を伸ばせるほどの組織じゃない。
「その噂でいい」
「ではあくまでも噂とそれに基づいた推測ってことで。えー、地方の貴族はそもそも戦力が乏しいこともあって、王都側への抵抗は無意味に終わるでしょう。早々に新国王やオーヴェルスタ伯爵家に忠誠を誓ってるのも多いなんて話もありますね。それと、急速に復興する王都や、隆盛を極めるエクセンブラの陰に隠れてますが、地方の町は結構厳しい状況が続いてるらしいです。それもあってか、早急に新国家に組み込まれたいって思惑もあるようですね」
なるほどね。ちょっと前の王都は自前の戦力がなくて、盗賊や犯罪者が跋扈するような悲惨な状況だった。地方においては今でもその状況が続いてるのかもしれない。
新国王やオーヴェルスタ伯爵家に胡散臭さを感じてたり納得が行ってない連中であっても、厳しい現実の前には取れる手段も限られる。
早めに媚びを売っておけば、新たな権力者に対する心象だって悪くない。貴族ってのは無駄に権力闘争が好きだからね。大きく状況が動く局面とあっては、色々と思惑が入り乱れてる状況だろう。
ま、私たちにとっては、すっごくどうでもいいことね。
「ブレナークの状況はそんなところだろうな。ではレトナークどうだ? これも噂でいい」
かつてはブレナーク王国に侵略戦争を仕掛けてきた隣国だ。その後は相次ぐクーデターや分裂によって、今や国家は崩壊して小勢力同士の潰し合いを繰り広げる悲惨な状況だ。
「あの国も少しずつ状況は落ち着いてきているようですが、大きな勢力にまとまる芽はなさそうですね。難民として多数が流出していますし、エクセンブラやブレナーク側への脅威とはなり得ないでしょうね」
「ふん、ブレナークを亡ぼしといて何をやってんだかな」
「さっきの噂じゃ、新ブレナークは逆襲を仕掛ける算段なんだろ? そしたら旧レトナークは完全に滅亡して、逆に吸収したデカい国ができるのかもな」
「ですね、可能性としては。でも新王国は内政で手一杯になるでしょうし、戦争をするなら当分は先になると思いますけどね」
戦争か。一般の市民や私たちを巻き込まないなら好きにやればいいと思うけどね。もし通商破壊やテロに発展するようになったら迷惑極まりない。
隣国の崩壊国家、レトナークについてはろくな噂がない。
腐った権力者による横暴、麻薬の蔓延、殺人や暴行など凶悪犯罪の常態化。そりゃ逃げれるものなら、こっちに逃げてくるわ。
「あれはもう国ではありませんわね。他の国はどうですの?」
みんなもレトナークについては興味がないみたいだ。エクセンブラにはそっちからの難民も多いし、ウチのメンバーにもレトナーク出身者は増えてるんだけど、暗い話ばっかり聞いてもしょうがない。それにそういった話を直接聞く機会は結構あるから今更でもある。
「北の隣国ドンディッチに動きはありません。ここは元より自国内政重視で、崩壊国家のブレナークやレトナークには興味がない様子でしたからね。ただ、ブレナークが復活して力を伸ばしていけば、なにか状況は変わるかもしれませんが」
「先々のことは分からんから、そこはいい。南については? 少し問題のありそうな話を聞いているが」
ん? 南といえば、亜人の小国家群が集まる地域だ。彼らは領土的野心のない連中だし、特に気にする必要もないはずだったけど。
「どういうことだ?」
私と同じように疑問に思う人も多い。
「南についてですけど、いくつかのギルド経由で少しずつ情報が入っています。まだ確度が低いので、言うべきか悩むところだったのですが、せっかくなので一応お知らせしますね。ただ、まだ確定ではないです」
「それで構わん」
ジョセフィンは少し考えながら話を始める。
「えーとですね、エクセンブラのすぐ南側を支配している小国があるのですが、実はそこに希少鉱物が産出する鉱山が見つかったらしい、という情報が出回っています」
歯切れが悪いのは、まだ確定情報じゃないからだろう。慎重なジョセフィンらしい。
「産出するのは高純度の魔導鉱物で、ミスリルを中心として他にも数種類が出るらしいです。中には、カーボニウム鉱が出る、なんて話もありますね」
「おいおい、そりゃあ……」
自分たちが着てる外套に目が行く。ウチが採用してる墨色の外套はカーボニウム鉱を使った特別製だ。
ウチのことはともかく、この超レア魔導鉱物が産出するとなれば、面倒な話が色々と沸いて出てきそうだ。
「もう一度言いますが、確定的な話は何もありません。ただ、ここからが本題です」
開き直ったように、ジョセフィンは不確かな話を続ける。
「その採掘権をめぐっては、亜人の国同士でも争いが発生しつつあるようです。さらには、エクセンブラの近くとあって、五大ファミリーや貴族、ひいては王都からの手が伸びる可能性もありそうです」
新たな火種の登場には闘争心旺盛な幹部連中も、なにやら面倒臭そうだ。
一応、言っておこうか。
「ジョセフィンの話が単なる噂じゃなく本当だったとしてよ? キキョウ会が関わることはないわ。そんな余力、ウチにはないわよ」
この一言で、今日の幹部会はお開きとなった。
エクセンブラを取り巻く状況は、刻一刻と変化しつつある。
街の中だけに気を取られてると、いつか足元を掬われそうね。そういう意味じゃ、こうした情報収集や共有はしておくべき必須事項とも言えるわね。
そして、様々な事態に対処するために、やっぱりウチはもっともっと力を付けなきゃならない。
幹部会を通して、私たちは決意を新たにした。
状況説明が続いていましたが、今回でそれも一旦終わります。
次回「人材雇用の裏ワザ」に続きます。