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会長の金遣い 後編

 突発的な大きな出費に満足感と少しの喪失感を覚えつつ、ブルームスターギャラクシー号の振動に身を委ねる。

 思いっきりかっ飛ばして気分爽快になりたい気もするけど、かなり日も落ちて来た。今日のところは普通に戻るか。


 日が暮れた六番通りは昼間とは別の活気がある。

 明るい内は熟練の職人が作った優れた商品を求める街の買い物客や、遠くからわざわざ買い付けに訪れた商人なんかも含めてごった返す。気楽な買い物客と真剣な顔したビジネスマンが行き交ってるような感じかな。


 そして昼間とは打って変わって、夕方からは仕事を忘れた酔客で賑わう。忙しく仕事をしてた人たちがストレスを発散するかのように飲んで騒いで歌うんだ。


 キキョウ会が支配するまでのここは、いくつかの組織によって常に勢力争いが行われてて、特に飲食店はほとんどが撤退してる状況だった。酔っぱらいがふらふらしてるってだけで、今は平和になったもんだと実感できるんじゃないかと思う。


 どうせだから王女の雨宿り亭にも寄ってみるかと思ってると、見知った人影が。

「あ、売れ残りで良ければ安くしときますよ! お土産にどうです?」

 のんびりバイクを走らせてると、目が合ったもんで横手から話しかけられた。

「あんた、甘味処の」

「ロールケーキは売り切れちゃいましたけど、シフォンケーキがまだありますよ。お好きでしたよね?」

 売れ残りの処分をするためか、通りまで出て営業中らしい。昼間にロールケーキ買ってやったのに、また売りつけようってか。

「まぁ好きだけど。うーん、わかったわかった、土産にするから適当に包んで」

「まいどー」

 相変わらず元気なお姉さんだ。それに商売上手なのか、彼女に言われるとつい買ってしまう。

 私は愛車から降りることもせず、適当に持ってこさせたあげく、精算するのも面倒だったからツケにしておいてもらった。これも信用のなせるワザよ。



 超特大ケーキボックスを抱えた不安定な姿勢のままにバイクを走らせる。

 微妙な恐怖感はあるけど、魔法を使える私が転ぶことはない。そもそも運動能力が人間離れしてるから、コケそうになることもないけど。

「おう、元気でやってるか!」

「ん? ああ、あんたブルーノか。久しぶりね」

 なんか良く話しかけられるわね。ブルームスターギャラクシー号を含めて、私は目立つからしょうがないっちゃしょうがないけど。


 それにしてもこのパターン、デジャヴを感じる。

 バランスを取りながら停車して、ちょっとだけ雑談に付き合ってやる。なんだかやけに機嫌が良さそうだし、そんな奴に冷たく接することもないだろう。


 こいつはブルーノ組の組長、名前はそのままでブルーノ。クラッド一家の傘下で中堅どころの組を束ねるおっさんだ。こいつの組には、ウチも初期のころはかなり世話になった。逆に助けてやったこともあるから、関係としては対等な付き合いだけどね。

「お前らのお陰で俺も出世できそうでな。良かったら寄っていけや。今日は俺の奢りだ」

「うーん、悪いけど寄るところがあるから、また今度にするわ。ところで出世? 私たちのお陰ってなによ?」

 ケーキボックス抱えたまま、これ以上の寄り道はしたくない。また今度奢られてやろう。その時にはいっぱい引き連れて来てやる。

「なに、前々からクラッドの旦那にお前らのことを色々と話して聞かせることが多くなってな。それを切っ掛けにあれこれと仕事を任して貰えるようになったこともあってよ。働きが認められて、いよいよ直参にって話があってな」

 直参って、組織のトップから盃を受けるとか、そういった者を指す言葉だ。なるほど、ブルーノはクラッド一家の直系組長になるわけか。

 ピラミッド構造の上の方にのし上がることができるってことで、規模の大きなクラッド一家の直系ともなれば、いっちょ前の大親分を名乗ってもいいはずだ。


 ブルーノからキキョウ会の情報が流れるのは想定済みだから問題ない。むしろ支障がない範囲で情報交換すらしてる間柄だ。

 こいつらが偉くなれば情報の質も高くなるだろうし、ウチとしても悪いことは特にない。素直に祝っておいてやろう。

「へぇ、それはちょっと凄いことかもしれないわね。正式に決まったら知らせなさいよ。贈り物は考えとくから」

「おう、頼んだぜ。お前らからのは特に期待してるからよ」

 期待されちゃ、それに応えるのが良い女ってもんよね。

 それにせっかくの祝い事なんだ。キキョウ会として恥ずかしくない物を奮発せねば。あとは個人的にもね。

「親父、そろそろ時間です」

「ああ? もうそんな時間か。おう、また今度来いよ」

 いつの間にかブルーノの背後に近寄った中年魔導士が、しかめっ面でこっちに目礼しつつブルーノを連れて行った。あの側近、胃でも悪くしてんのかね。



 変わらぬ注目を集めながらちょいと進めば、いよいよ王女の雨宿り亭だ。

 それなりに時を経た今となっても、洒落た雰囲気と清潔感が損なわれることは全くない。

 白い壁に木の扉、緑の茨に赤の薔薇。大きな窓には曇りひとつない。完璧なメンテナンスね。


 店の正面にかかるアーチの前には、中に入りきらない客のために出されたテーブルと樽椅子で飲み食いしてる連中が多くいる。初期と変わらない人気ぶりだ。

 キキョウ紋を身に付けた私は、常連にとっては店の関係者と丸分かりなんだろう。

 そこらにバイクを停めると、気安い挨拶を送ってくる酔っぱらいどもを適当にやりすごしながら奥に進む。


 扉を開くとすぐにウェイトレスがやってくる。

「いらっしゃいま、あ、キキョウ会の方ですね!」

 ぱっと見、用心棒の席にはウチの若衆が陣取って、目立たないようにしながらも周囲に気を配ってるのがうかがえた。感心感心。

 今も入って来た私を盗み見て気が付くと、すぐに直立不動になってるし。いいからいいからと、手で制して座らせた。

「ソフィは……今日はいないみたいね」

「はい、店長はたまに様子を見に来られるくらいですね。良ければなにか伝言しておきましょうか?」

 この娘は初対面だから、私が誰か知らなくて当然。

「いや、いいわ。ケーキを差し入れに来たから、あんたたちで食べなさい」

「わ、ありがとうございます!」

「いいのよ、それじゃ」

 さすがはソフィが鍛えた従業員だ。愛嬌があって感じもいい。他の接客中の娘たちも元気だし、店の雰囲気が凄く明るい。良い店だ。

 従業員たちはオリジナルのエプロン姿に加えて、なぜか全員がポニーテールの髪型で統一してる。これもきっと売りの一つなんだろう。


 今現在、本部の仕事にウェイトを置いてるソフィは基本的にはもうここに常駐することはない。

 ただこの店に愛着があるみたいで、ちょくちょく様子を見には来てるみたいだけどね。サラちゃんもたまにバイトしてるらしいし。


 それと王女の雨宿り亭は、ただ店員のレベルが高くて美味い酒と料理を出すだけの店じゃない。

 別の仕事の方も順調で、そっちの方がむしろ稼ぎは多い。


 この店の地下には個室がいくつかあって、そこは商談や会合に良く用いられる特別室になってる。

 実は酒場として以外にも、そういう用途でも結構人気が高かったりするんだ。


 人気の理由は酒と料理の質が高いのはもちろん、従業員の教育が良くて秘密が厳守されるし、なにより警備が万全だからだ。キキョウ会の正規メンバーが用心棒として店の中に控えてるんだからね。よっぽどのトラブルだろうとも跳ね返す自信がある。現に幾度かは実績を示したこともあるからね。

 そういう評判もあってか、中央通りの超高級店を使えない事情がある連中なんかは、良くウチを利用してるらしい。どんな事情があるか知らないし、知りたくもないけど。

 ただの想像でしかないけど、なにかヤバいブツの取引をする上で、邪魔が入らない安全な状況を用意したい時にはきっと重宝すると思う。あくまでも、ただの想像だけど。

 無論、利用料金は高額になるけどね。これも結構なシノギになってる。



 店を出ると、もういい時間だ。

 お腹も空いたけど、ソフィはいないしこの店で食べると用心棒の若衆が緊張するだろうからね。遠慮しておいた。気遣いのできる上役なんだよ、私はね!


 エレガンス・バルーンや支部、ほかの知り合いの店にも寄りたかったけど、また別の機会にしておこう。


 本部に戻るべくホームの稲妻通りに入ると、よく見知った美少女と美女の姿が。

「お姉さま!」

「戻られたか、ユカリ殿」

 ちょうどヴァレリアとジークルーネが、いつもの食堂に入るところに出くわした。

「今から夕飯? バイクと荷物置いたら私もすぐに行くわ」

「はい、待っています」

「では先に注文しておこう。なにかリクエストは?」

「ん、じゃあ焼き魚。あとは適当に頼んどいて」

 いつものメンツといつもの食堂。おばちゃんの家庭料理の味は、もう自分の家の味みたいなもんだ。


 本部の下に駐車してると、フレデリカとエイプリルも事務班の若衆を引き連れて外に出て来た。

「お帰りなさい、ユカリ。これから食事にいきますけれど、一緒にどうですか?」

「うん、荷物置いたらすぐに行くわ。それにジークルーネに先に注文しといてもらってるから」

 言いながら荷袋を掴み上げて、一旦、自分の部屋に向かう。


 事務班のみんなとすれ違いざま、眼鏡美人から鋭い指摘が。

「ところでユカリ。今日はどれくらい無駄遣いしました?」

 見透かすような声に、思わず冷や汗が落ちる。

 なんだこいつ、エスパーか。

「……まさか。私は『無駄』遣いなんてしてないわよ?」

 そう、私は有意義なことにしか金を出してない。出してないったらないんだ!

 一片の無駄なんて、ありはしないのよ!


 疑惑の視線と好奇心に満ちた多くの視線を振り切って、一次的に離脱した。



 この日、私は少々贅沢に生きたとしても、一生遊んで暮らせる程度の金額を迷いなく使った。

 いつも豪快に使ってる身としても、少しは懐の寒さを感じるほどの散財は初めてのことだ。

 心の友は私の散財を気にしてるらしいけど、なに、また稼げばいいだけのことよね。

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