表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/464

会長の金遣い 中編

 次の予定のある妹ちゃんと別れて軽快にバイクでやってきたのは、中央通りに店を構えるブーラデッシュ商会。

 ここは移動用魔道具の中でも、主に高級な四輪車を取り扱う店だ。戻る途中にあったから何となく寄ってみる。

 正面に乗りつけると、関係者のように堂々と中に入る。

「これはこれは。ようこそおいでくださいました、ユカリノーウェ様」

「どうも、久しぶり。ブーラデッシュさんはいる?」

 いつものコンシェルジュのおっさんに案内されて、奥の応接室に通された。特に予告もなく来たけど、無事に会えるみたいね。


 一人で待つ間に茶菓子を食べてると、忙しいのかちょっと落ち着かない様子の社長がやってきた。

「遅れてすまないな」

「忙しいところ悪いわね。その様子じゃ、かなり繫盛してそうね?」

「いや、それがな……。装甲車の話は王都からも問い合わせが来ていてな。注文が多いのは嬉しいが、なにより忙しくて参った」

 装甲車は私の発案で特注してもらったのが始まりだけど、今となっては金持ち連中に人気があるらしい。


 特にクラッド一家のトップ、バルジャー・クラッドが使ってることもあって、エクセンブラでは有名になってる。他の五大ファミリーや貴族、大きな商会を持ってる金持ちは、こぞってブーラデッシュ商会に注文に来たらしいわね。一種のブームだ。

 その状況に加えて王都からも注文が来るようになったんじゃ、そりゃ忙しいわけだ。真似をする商会もあるらしいけど、ここはパイオニアとして名が広まってるからね。そういう意味じゃ、客以外の同業者からの問い合わせだって多いに違いない。


 商売のプロ相手に口を出す気はないけど、全部を特注にするんじゃなくて、ある程度の基本モデルを作っといた方が楽な気がするけどね。まぁその辺のことくらいは通常の四輪車を扱ってるくらいなんだし考えてるか。

 それにこの店はクラッド一家がケツ持ちしてる店だ。私があんまり深く関わるのもおかしいしね。

「参ってるところ言いにくいんだけど、私が注文した分も忘れないでよ? もう結構時間経ってるからね?」

 だいぶ前に小型の装甲車を注文してそれっきりなんだ。ウチが持ってる装甲車はバカでかいデルタ号しかないから、扱いにくくてしょうがない。

「待たせてしまって申し訳ない。しかしここで会えたのも天の助け、実は一つ相談があるのだが……」

 なんだろうね。私ができることなんてあんまりないと思うけど……。


 取り敢えず言ってみるように促す。

「はっきり言って資金繰りに困っている。特殊な資材の調達が大量に必要になるし、注文量を賄うための職人の雇い入れもまだ必要だ。資材は大量発注をすれば安くなるが、その資金が出せず小口での注文になってしまっているから、手続きの煩雑さも非常に辛い。こんな状況だから、納期の遅れの説明や改善するための資金繰りで、とにかく忙しい……はっきり言って、状況を打破するために出資いただけると有難い」

 また金の話か。


 ふーむ、一台当たりの利益は大きいはずだけどね。注文数が多くて効率よくまとめて作ろうとすると、金が足りなくてその準備ができないってことか。


 あんまり深入りする気はないんだけどね。一応は立場ってものがあるし。

「クラッド一家に話はした? そっちにスジ通しておかないと、あとで面倒なことになるわよ」

 私は基本的に喧嘩上等だけど、しょうもない理由でやりたくもない。今のキキョウ会は忙しいんだ。

「もちろんしている。バルジャー・クラッド氏には個人的な援助をしてもらったが、それは設備投資だけで吹き飛んでしまった。さすがに何度も金の無心をするわけにはいかないだろう?」

「まぁ、それはそうだけど。でも私が金を出すってのはありなわけ? この店はクラッド一家にケツ持って貰ってんでしょ?」

「そうだ。しかし、バルジャー・クラッド氏はこうも言っていた。もし金が足りなくなったらキキョウ会にでも出させたらどうだ、と」

 なんでそうなる。はぁ、まったく。

「あのさ、ウチは善意の寄付なんてやらないし、金貸しもやってないわよ?」

「そうではない。あくまでも個人的な貸し借りだ。さすがに組織としてはマズいところがあるが、個人的になら構わないだろう。それに、あくまでも借りるだけだ。返済はするし、利子も付ける。どうだ?」

 どうだって言われてもね。


 うーむ、金の貸し借りは好きじゃない。でもこれは生活費の貸し借りなんてもんじゃないし、あくまでもビジネスの話と考えられなくもない。個人対個人だけどね。

 貸した金は資材の調達と職人の人件費になる。財務諸表なんてものは存在してないだろうし、本当のところをチェックすることは難しい。


 表面上だけなら、この店は潰れたりしない。元々裕福な商会だったし、装甲車の開発をしてからは知名度も人気も抜群に上がってる。でも世の中には黒字倒産なんてものだってある。帳簿上は黒字でも、実際に入ってくる金がなければ立ち行かないんだ。

 調達後の注文のキャンセルや、逃げる客を想定することもブーラデッシュなら考えるだろう。資金繰りが苦しいからこそ慎重にならざるを得ない。だから軌道に乗るまでの金が要る。そして、一度軌道に乗ってしまえば一気に効率化が進み、しばらくは安泰どころか順調な大儲けができるはずだ。


 キキョウ会としての取引じゃなく、私個人の問題ならばこの場での決断もできる。そして私はすでにいくつもの工房に出資しまくってる。しかも趣味の問題で赤字確定な事業にだって大金を出してる。

 言ってしまえば、今さらここで一つ増えたくらいどうってことないし、バルジャー・クラッドが了承済みなら厄介事もない。

 そしてブーラデッシュ商会の場合はリターンが見込める融資だ。付き合いだってもう長いから信用だってあるし、そうなると断る理由はないわね。


「……金額と期間、それと利率によっては出してもいいわ。その前に色々と話も聞きたいけど」

「そうか! すまないがまた後日会えないか? 資料をまとめておきたいし、今日はこれから約束があってな。改めて日時の候補はこちらから知らせる」

 今日は様子見というかぶらっと寄ってみただけだったし、なんにも準備なんかしてるはずもないだろうしね。

「分かったわ。じゃ、詳細はまた後日ってことで」

 ブーラデッシュは疲れた表情から途端に明るくなって、次の仕事に向かっていった。現金なもんね。


 それにしてもだ。利息付きで回収の見込みがあるとはいえ、また金が飛んでいくわね……。




 戻るついでに中央通りをバイクで流しながら買い食いをし、気になった店に寄ってみては気ままに買い物をする。

 買い物は小物であればついつい、もののついでとばかりに買ってしまう。アクセサリーを売る店や魔道具店は、六番通りには少ないから見ごたえがある。特にその複合商品、アクセサリーとして使える魔道具にどうやら私は目がないらしい。見掛けるとついつい高くても買ってしまうんだ。

 私は自分でもある程度のレベルのアクセサリーは作れるけど、それでも腕のいい職人が作るレベルには到底及ばないし、魔道具は作れないからね。


 密かに常連となってる高級アクセサリー店を訪れると、上客として迎えられる。

「こちらの商品は北方の大国ベルリーザから取り寄せました、非常に高品質で二つとないブレスレットでございます。使用可能な魔法も中級相当となっておりまして、材質もまた非常に優れた魔導鉱物が使用されておりまして……」

 上客として受け入れられてるだけに、いつも個室に案内されてとっておきの商品を紹介されるんだ。


 長々しく続く説明には少々うんざりもするけど、これは私から見ても優れた商品だ。

 材質はオリハルコンで精製の技術が高く不純物がほとんどない最高級の上物。素材としての特徴はとにかく軽くて、防具として考えた時には特に対魔力に優れる超高級品だ。

 込められた魔法も中級の傷回復魔法で、世間的には非常に珍しいだけじゃなく大変に有用な代物だろう。さらには刻印魔法まで刻まれてて、毒に対する大きな加護があるらしい。物凄い効果の商品であることは間違いない。

 市販される商品ってよりも、高貴な身分の人が特別に作らせるって感じにしか思えない逸品ね。

 なんでこんな物が普通に売ってるのか謎だけど、売ってる以上は金さえ出せば誰にでも購入可能だ。


 ニッチな魔法適正や特製の外套を持つ私にとっては、その効果自体はどうでもいいんだけど、もっと惹かれる要素が別にあった。

 細身の腕輪に施された細工には目を見張る。金属加工とは信じがたいレースように繊細な細工は人の手によるものとは思えない出来栄えだ。私も鉱物魔法の訓練で細工物は作ったりするけど、優れた職人のデザイン力と細やかさには脱帽せざるを得ない。目を奪われるとはこのことだ。


 うーむ、さすがは北方の大国ベルリーザから取り寄せただけのことはある。かの国は魔導技術大国としても名高いし、そこの名のある職人なら作れるんだろう。訓練の参考資料としても重宝しそうだ。


 考え事をしてる間にも、ちょっとふくよかなお姉さんの説明は続く。

「……なにより、このブレスレットを手がけました職人は、あの有名な《悪姫》お抱えの職人でもありまして、わたくしどもも長きに渡る交渉の末、やっとのことで買い付けに至り……」

 え、待って待って、あの《悪姫》の!?


 ベルリーザの第四王女、通称《悪姫》は破天荒極まるおてんば姫だ。その勧善懲悪な行いは痛快で世界中にファンを持ち、男権主義が蔓延する社会にあっては異例な存在だ。なにを隠そう、私も大ファンだ。

「買った!」

「とても高額な商品ではございます……、が、え、えっ!? あ、あの、お買い上げで、よろしいので?」

「うん、買った! これは私が貰うことにするわ」

「い、今すぐに店長を呼んで参りますので、しょ、少々お待ちください!」


 多分、紹介をしつつも本当に買うとは想定外だったんだろう。現実離れした超高額商品のこれは、この店がいかに凄い店かってのを自慢するためのツールだ。

 優れた商品を買い付けできることも店の力だし、資金力やコネクションを見せることは偽物を取り扱うことから縁がないと思わせられる。その上、店のブランド力を高めることにも信用にも繋がるし、金持ち相手には有効な手だ。


 少なくともしばらくの間は、あのブレスレットは客寄せとして店に置いておきたかっただろうし、実際にすぐに買う人間がいるとは誰も想定してなかっただろう。だけど、私に紹介したが最期だ。

 あのお姫様お抱えの職人が作ったと聞いちゃ、放っておけない。なんとしてでも、買うしかない!


 なにか慌ただしい気配を感じつつもしばらく待ってると、顔なじみの店長がやってきた。

「いつもありがとうございます、ユカリノーウェさま。先ほどご紹介差し上げました商品ですが、少しご相談がありまして……」

「やっぱり売れないって話じゃなきゃ、相談くらいいくらでも乗るわよ」

 まずは本当に買えるのかって確認だ。いくら常連の私でも、桁違いの超高額商品ともなれば確認くらいは、そりゃするだろう。


 それから相談とやらを聞いてみれば、やっぱり本当に買う人が買い付けてからすぐに現れるとは思ってなかったらしい。易々と買えるような額じゃないし、まさか即決で買う客がいるなんてね。

 要は店で抱えてる上客全員に見せびらかして、他の高級店とも一線を画す超一流店として名を上げるために買い付けたのが本音らしかった。思った通りだ。


 買った私に何をして欲しいのかといえば、それは商品を渡すことをしばらく待つってことだ。

 売約済みの商品としてだけど、しばらくの間だけ自慢げに店に飾って置きたいんだそうな。それでもある程度は店側の目的を果たせるだろうし、なによりこの売り上げでまた同じような商品の買い付けができると思えば別に損はない。同じ職人への交渉をするとしても、一度実績があるなら無から始めるよりは楽なはずだしね。


 機嫌のいい私は多少のことならなんでも呑める。店長の相談を快く聞いてやると店を出た。

「ユカリノーウェさま、またのお越しをお待ちしております」

 店員一堂総出の見送りを受けつつ、ブルームスターギャラクシー号に颯爽とまたがる。

 あの腕輪ひとつで目玉が飛び出るような額を使ったけど、後悔はない。全然ない!


 キキョウ会からの基本報酬はペナルティでしばらくゼロにされてるけど、私の収入源はそれだけじゃないんだ。

 ギャンブルでの賭博場荒らしは控えてるけど、個人的に金持ちの知り合いからの依頼で作る魔法薬じゃ頻繫に大きな額を稼いでる。税金としてキキョウ会には半分も納める取り決めがあるけど、残った分でも常識的には凄い金額なんだ。

 貯金は大分減ったけど、まだまだ余裕、余裕!

すみません、タイトルが中編となっていますように、後編に続きます。

思ったよりも長くなってしまい、前・後編のつもりが前・中・後編になってしまいました。後編は短めですが。

後編も近日中にアップする予定です。(保険)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ