方々からの贈物
リザルト的な内容となります。
ちょっと長めです。6600字程度。
さて、ここでヴァリドの目的も判明した。なぜあんなことを仕出かしたのか。
凄くどうでもいい内容だったけど、奴みたいな連中の動機を知るにはいいきっかけだったかもしれない。
地方の支部とはいえ冒険者ギルドのギルド長の役職にあるような、普通に考えれば結構な地位にいるはずの奴の目的。
簡単に言ってしまえば、ヴァリドの目的は権力を揮える立場へ返り咲くことだった。
元は法服貴族の家系だったヴァリドの家は、司法を担う名門だったらしい。
爵位もなければ領地もないけど、罪人を裁く権限だけは強力極まりなかったんだとか。時には爵位持ちの貴族を裁くなんてこともあったらしいしね。それは特別な地位だ。付随する様々な恩恵に預かることもできただろう。
だけどブレナーク王国の崩壊とともにそれは永遠に失われた。
かつてのコネから辛うじてギルド長の地位に収まることができたものの、奴はそれで満足できなかったんだ。奴は昔日のような権力を渇望していた。それこそが目的だ。しょうもない。
世界に名を馳せる天下の冒険者ギルド。そのギルド長っていっても、ギルド長の職ってのは冒険者でもなんでもないヴァリドが就任できたように、いわゆる名ばかりの名誉職みたいなもんだ。
仕事としては理事の任命とか罷免とか、どこぞの使節の接待とかがある。あとは式典で顔を見せたり、栄典の授与を行ったりとか。
華々しい場所以外での仕事となれば通常は権限というよりも、決まったことの承認とか追認とかをするだけのものだ。理事たちの要請によって最終決定するだけの権限となる。あえて悪く表現するなら、ハンコをつくだけとかサインをするだけの役職ってことになるわね。悪く言えばだけど。
実務を執り行う権限を握ってるのは、職員たちの上役である理事となる。ギルド支部の規模によっても異なるけど、理事ってのは普通は何名か据えられて、それのまとめ役が理事長となる。
理事長こそが、実際の権限を握るギルドのトップだ。それも理事ってのはただの天下り先の椅子じゃなくて、現場の叩き上げで所属ギルドに大きく貢献した元冒険者が推薦によって就任するのが通例だ。まさしく現場を仕切るに相応しい人物が就任することになる。
ヴァリドがギルド長になってやったことは、慣例を破り理事をすべて罷免したことだ。これは完全な職権の濫用であって、当然のように大きな反発を受けることになる。
だけど、ヴァリドはそれを力でもって押さえつけることに成功してしまったんだ。他の貴族の力添えもあって、暗殺者や子飼いにした不良冒険者たちによって、反発する者は脅されて黙るか消されてしまったんだ。
通常なら冒険者ギルド本部だって黙ってない悪行だ。組織の規律からも世間の目を考えても、普通に粛清の対象にされるような蛮行よね。
ここでエクセンブラの特異性が、ヴァリドにとって味方した。
まずは旧ブレナーク王国、王都の崩壊によって、エクセンブラを管轄してた冒険者ギルドの王都支部が文字通りに消し飛んだ。これによってエクセンブラ冒険者ギルドは、監督役がいなくなってしまった。
おかしなところがあれば是正するはずの管轄ギルドがなくなったことによって、本部にはまともな情報が伝わらなくなる。関係者の直訴によって、多少は伝わるところがあっても、遠く離れたギルド本部には真相を確かめるのはなかなか難しい。
さらには戦争中で、しかも敗戦が濃厚な国だったから、根無し草の冒険者の多くが国外に出て行って、残ったのは少数だったってのもある。
おまけに言い訳もよく考えられてた。ヴァリドが強引な手法を取った言い訳だ。
曰く「エクセンブラは五大ファミリーという裏社会の組織に支配された、通常とは著しく異なる街の態勢がある。冒険者ギルドとして強固な独立性を保つために、時には強引な手段も辞さねばならない事情がある。さらには長年に渡って街で生活する者は、理事であっても裏社会の影響を強く受けてしまっている。正義に基づき、ギルド長としてそれらを排除したにすぎない」
うーん、まぁ、もっともらしく聞こえないこともない。
ヴァリドの目的なんかは、面白おかしくウソもホントも入り混じって世間には伝わるだろう。
それと黒幕を気取ってた連中だけど……こいつらはあっさりと逃げ出したらしい。
自分たちが口をふさごうとしたヴァリドが生け捕りになってる時点で、正体が露見して追いつめられるのは時間の問題だ。
手駒の暗殺者も潰してるし、やらかしたことの大きさから命の危機は感じて当然だろう。私たちだけじゃなく、政敵となる貴族連中の追及だってあるだろうしね。この街に残ってても挽回は不可能だ。ジョセフィンたちの推測だと、薄い血縁やツテを頼って国外まで逃げた可能性が高いそうだ。
街の中にいるならどんな手を使っても炙り出すところだけど、街の外、それも外国に行かれたんじゃ、どうしようもない。そこまで労力をかけられるほど暇じゃないし、見つけられる可能性も低いだろう。
一応、もし王都に行くようならオーヴェルスタ伯爵家に知らせてもらう手配だけはした。王都を牛耳るオーヴェルスタ伯爵家とキキョウ会の間柄くらいは知ってるだろうし、さすがに王都に逃げ込むほどアホじゃないと思うから行方を掴むのは難しいと思われる。
できればそいつらにもケジメを取らせたいんだけどね。
ま、行方が知れないんじゃ、しょうがない。むしろ逃げ足の早さと、その判断力だけは褒めてやりたい。
そんなことよりも、キキョウ会のことが重要だ。
キキョウ会は冒険者ギルドに喧嘩を売った。
真相は逆なんだけど、世間的にはその方が面白いし受けられやすいみたいだ。
やけに強い女が徒党を組んで、世界に名を轟かせる冒険者ギルドと単に敵対するどころか正面切って殴り込む。しかも勝ってしまう。
細かい事情は置いておいて、常識的に、これはとんでもない大事件だ。
世界で初めて冒険者ギルドに対する本格的な襲撃を仕掛けた組織として悪名を轟かせつつある。面白おかしく調子に乗った記者があることないこと書いて広めてるらしい。
なんかもう相手にするのも面倒くさい。
私たちにとってはどうでもいいことかもしれないけど、メンツのかかった冒険者ギルドはそうもいかない。
ただし、内々にはエクセンブラの冒険者ギルドが行ってきた悪行三昧の証拠を握ってるキキョウ会に対しては、世界各地にある冒険者ギルドも強気には出られない。そうなるように冒険者ギルドの通信設備を使って通告をしたんだけどね。
ここで実は事件から早々に冒険者ギルド本部の使いと称する奴からの接触があった。
私は行かなかったけど、ジークルーネとジョセフィンには話を聞いてもらってきたんだ。ま、早い話が手打ちの話だ。表向きの話と実際の話をまとめさせた。メンツのかかった組織ってのは、その辺が大変ね。付き合わされるこっちも大変だけどさ。
冒険者ギルドとしては身内の不祥事があったとはいえ、殴り込みを掛けたキキョウ会に対する表向きの非難はせざるを得なかった。
表向きのことなんてウチにとっては大した問題じゃないから受け入れられる。元々悪評は多かったし、非難される程度ならどうということもない。それに、ここエクセンブラにおいては真相は誰にだって明白なんだ。この街に限っては悪評どころか単なる武勇伝でしかない。
体面のことがあったけど、それでも裏では手打ちがあったし、実質的にはキキョウ会への詫びを入れてきた冒険者ギルドの敗北だ。なんせ、詫びとしての持参品は金に換えることのできない貴重な魔道具を置いて行ったからね。
代わりにウチはヴァリドが不良冒険者とつるんでた証拠を握りつぶしたし、ヴァリド本人もギルドに引き渡した。濃厚な疑いがあっても、具体的な物証が表に出なければ、なかったことと変わらない。悪い噂なんてのだって時間が解決してくれる。
今後、冒険者ギルドとキキョウ会は無闇な対立をせず、余計なことも公表しない。これで取引成立だ。
平和が戻ってくるわね。
ただし、だ。これはあくまでも冒険者ギルドが主導権を握った話だ。やるとなったら、とことんやるのがキキョウ会だけど、本来の冒険者ギルドと敵対してしまえば負けるのはウチだったかもしれない。
今回勝ったのは敵が不良冒険者に限られたし、住民の全てが味方に付いたからだ。
当たり前の話だけど、冒険者ってのはピンキリだ。弱いものいれば、凄く強いのだっている。ただ人数だけは多いし、規模はまさに世界レベルだ。エクセンブラは特殊な環境だからそうでもないけど、世界中の冒険者ギルドを本気で敵に回せば、ウチなんて吹けば飛ぶ。ウチどころか世の中の大抵の組織はそうなるだろうし、場合によっちゃ国だって亡ぶかもしれない。それだけ巨大な組織なんだ。
損得や労力、波及する影響を考えた上で、冒険者ギルドが今回は敗北を選んでくれた結果に過ぎないと私たちは考えてる。
客観的には、それがもう一つの現実だ。でも他方では、間違いなく勝利した現実だってある。今はそれで満足しよう。
事件が終わって間もなく、それは続々と届けられることとなった。
「なんですか、これは!」
怒ったようなフレデリカの第一声の後で、なにやら騒がしく相談事を始める事務班の面々。
一言二言ならともかく、それが続くと鬱陶しい。
「…………なに騒いでんの、うるさいわね」
勉強中だった私が資料を読み込む集中が途切れてしまったとアピールしても、なにやら連中は気に入らない様子。
「なに、ではありません! ユカリっ、本部長と副本部長の連名で緊急幹部会の招集を要請します! ただちに、です!」
フレデリカとエイプリルのコンビは、怒り冷めやらぬといった感じで、こっちを睨みつけてくる。
なんでなのか聞きたいんだけど、珍しくも怒りをあらわにした二人には、どうにも聞き辛い。それに今ばかりは聞く耳を持っていそうにもない。
助けを求めるように、待機中のジークルーネとヴァレリアに視線を送るも、どうやら諦めた方が懸命だと言いたいらしい。
「……仕方ない。事務方トップ二人からの要請だ。なにか大事な話があるのは間違いないだろう」
ジークルーネが諦めようといった感じで、若衆に幹部の呼び出しを命じた。
なにがなにやら。呼び出しを要請した二人やその配下の若衆以外には、理由が全く分からない。
しかも事務方からの呼び出しなんて、今までには一度もなかったことだ。みんな不思議そうに、幹部会が始まるのを神妙な様子で待ってる。
すると、一番遅れてきたポーラが一言。
「悪い悪い、あたしが一番遅かったか。で、お前らの用はなんなんだよ? ひょっとして臨時報酬でも出んのか?」
微妙な空気に気づくこともなく、能天気なことを抜かす。この場においては冗談ぽく笑った顔も間抜けに見えてしまう。
「臨時報酬? ハッ!」
エ、エイプリル!?
「お、あ、いや……」
猛者であるはずのポーラがエイプリルの醸し出す剣吞な雰囲気にのまれてる。事務班のエイプリルに、戦闘班で武闘派のポーラが。
いつにない緊張感に場が支配されると、まるでその場の支配者のようにフレデリカが厳かに宣言する。
「始めに言っておきます。これから通告することに異議は認められません。すべて、決定事項です」
本当にただの通告らしく、こっちに発言を許す気配はない。
妙な気迫を前に黙るしかない私たちに、フレデリカは冷然と告げる。
「これから半年の間、幹部は報酬を半分にします」
「なっ!?」
「おいっ!」
脊髄反射のように声を漏らした何人かにも、フレデリカとエイプリルは謎のプレッシャーを放って黙らせてしまう。
私も言いたいことはあるけど、あとにしよう。
束の間の沈黙を見逃さずに、冷たい声の主はさらに続ける。
「幹部は半分ですが、副長と副長代行はさらにその半分にします」
「うおおいっ!?」
「ちょ、ちょっと待て」
慌てふためくジークルーネとグラデーナも珍しい。そんなことにも、フレデリカとエイプリルはまったく見向きもしない。
疑問に答えることなく、今度は私に眼鏡越しの視線を送ってきた。いつになくっていうか初めて見る冷たい目だ。うん、なんかそれだけは止めて欲しい気になる不思議な眼光だ……。
「最後に会長、ユカリはゼロにします」
「ちょおおおっ! ゼロってなによ、ゼロって!?」
フレデリカはエイプリルに目くばせすると、阿吽の呼吸で行動した。
背後に置いてあった重々しい箱を、満を持したようにテーブルの上にどんと乗せたんだ。
冷厳な眼鏡美人と化した本部長は、どこから取り出しのか指揮棒のようなものでビシッと箱を叩く。
「幹部の皆さんは、これがなにかお分かりになりますか?」
「……なんだこりゃ?」
「書類、ですかね。な、なんのですかね?」
すっと出てこない回答に苛立ったのか、より強い力でもう一度ビシッと箱を叩く。
「これは! 請求書です! あなたがたが破壊した街の! 関係各所から! 送りつけられているものです! 想定していた何倍あるかも分かりません!」
あー、やっぱそうなったか。でも想定以上って。
様々な事情を考慮しても、キキョウ会が負担せねばならない賠償ってのはゼロにはならない。話し合いに行ってくれたジークルーネからは聞いてたはずだけど、忘れそうになった頃に来たわけね。
フレデリカはもう一度、ここに居並ぶ幹部を睨み付けながら問う。
「この請求書の山を見て、まだ文句が言えますか? わたしとエイプリルとソフィも報酬が半分になるのですよ?」
やらかした私たちだけじゃなく、同じ幹部として事務班までもがペナルティを負うと宣言されてしまう。これじゃ、ぐうの音もでない。
「……あのぉー、わたしもですか?」
王女の雨宿り亭に行ってて呼び出されたソフィが小さな声で聞くも、フレデリカはただ残念そうに首を振って肯定の意を示した。なんか凄く申し訳ない気持ちになってくるわね……。
キキョウ会幹部の報酬はかなり高い額を設定してる。
それだけの働きをしてくれてるし、それだけの稼ぎもあるからだ。ま、当然よね。
幹部だけでも全員が半年も減俸となれば、かなりの額が捻出できる。それでキキョウ会の計画に影響が無くなるなら、むしろ喜んで受けいれるべきなんだろう。
あの二人が言うからには、単なる罰金じゃなくて、何か根拠や考えがあっての決定なんだろうしね。将来への投資と思って今は我慢するしかないか。
でもね、それにしたって私だけゼロって……。
うん、責任を取るのが幹部や会長なんだし、まぁしょうがないっちゃ、しょうがないのか。それにキキョウ会からの基本報酬だけが稼ぎじゃないし、これは受け入れておこう。実際、拒否はできそうにないし。
あの時の賠償は、あくまでも中央広場周辺の施設を破壊してしまったことに対するものだったはず。不良冒険者が原因だったところもあるから、もちろんウチが百パーセントの負担をするわけじゃない。
それに人的被害を含めた賠償の大部分は冒険者ギルドが負担するはずだった。売却できるような動産は爆発で失われてしまったけど、レコードカードによって資金が管理されてるから、それなりの金はあったはずなんだけどね。
それでも、フレデリカとエイプリルが激怒するほどの額をウチが負担するってのはね……。請求書の名目や金額は事務班が精査してるから、おかしなものはないはずなんだけど。
「フレデリカさんたちには、苦労を掛けてしまってますし……」
「金には困ってねぇし、今回はしょうがねぇか」
「……仕方あるまい」
「しょうがねぇ。暇を見つけて盗賊でも潰しに行くか。小遣い程度の稼ぎにはなるだろ」
「あたいも魔獣でも狩りに行くかな」
みんなもやらかした自覚はあるようで、次々と減俸を素直に受け入れた。雰囲気は暗いけど。
さて、いつまでもこんな空気にしてても気が滅入るだけだ。割り切っていこう。
「私だけゼロってのが微妙に納得いかないけど、反対もないみたいだし事務班の決定に従うわ。あとでデカく稼いで、今回の分は取り返すわよ!」
「そうだな、取り返す勢いで稼いでやろうぜ!」
「ええ、その通りですわ! 何事も前向きに取り組んで参りませんと!」
いくら金に余裕があっても、入るはずの金がいきなり半分やそれ以下になるってのはショックが大きい。それも半年も続くんだ。
自業自得だから文句はないだろうけど、大人しくしてるような奴らじゃないし微妙に心配な気はする。小遣い稼ぎがエスカレートして……なんてことは容易に想像がつくし。
ま、その時はその時。刺激がなくちゃ楽しくないしね。
今回で不良冒険者とのいざこざも、ようやく終わりを迎えました。
ギルドの仕組みや規模感、成長し続ける能力の一端など、一定のことはお伝えできたのではないかと思っております。
なにかと忘れていることがありそうな気もするのですが、矛盾はなかった、はず……。
もし疑問点などあれば教えてくださいね。
次回からのエピソードもよろしくお願いします!
また展開が変わります。




