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物質の三態

 星空が見える。

 長いような短いような、どのくらい続いたのか。

 爆圧が消えた後で盾を解除すると、地下空間の底から見えたのは、綺麗な星空だった。

「……空が見えるな」

「冒険者ギルドは吹っ飛んだ、ってことか?」

 なんとかなったわね。

 盾越しに感じる爆発はかなりのものだったけど、私の複合装甲をどうにかできる威力はなかった。


 地下空間から見上げると、地上部分の建物が綺麗に無くなってるように思えるけど、実際に結界魔法がどのくらいまで爆発を内部に抑え込んでたのかは良く分からない。

「……吹き飛んだ?」

 誰かのつぶやきに、ヴェローネがはっとして声を上げる。

「じゃあ、外にいたメンバーはどうなってるの!?」

 緊迫した状況に、爆発を乗り切った安堵も消え失せる。一気に焦りが募って即座に行動に移した。


 地下空間から思いっきりジャンプで飛び出すと、空中から様子を探る。

 冒険者ギルドを吹き飛ばした爆発の影響は、明確にその爪痕を刻んでる。ギルドを中心としたそこそこ広い範囲が瓦礫に覆われてるんだ。

 放射状に広がるそれは、不良冒険者との戦いで作られた瓦礫とは違って、明らかにさっきの爆発によって生み出されたものだ。


 ウチのメンバーは……。

 いた。吹っ飛ばされて転がってるのがいる一方、物陰に飛び込んだと思われるのや、咄嗟に魔法を使って壁やら穴やらで直撃を逃れたのが大半らしい。少し安堵する。


 でも上手く逃れられなかったのもいる。それに怪我の治療中だった連中や有志で集まった人々、それと記者はもっとマズい状況だろう。

 普通に考えれば、吹っ飛んできた瓦礫の直撃を受けるだけでも、かなりの命の危険がある。例えば投石程度でも怪我をすることを考えれば、爆発で吹っ飛んだ瓦礫がどれほどの威力を秘めていることか。当たり所が悪ければ即死だって十分にあり得るんだ。

 ウチのメンバーは特製の外套があるから防御力が高い上、咄嗟の魔法行使だってできたはずだし、そもそもの鍛え方も違うから命に別状はないと思うけどね。それだけ私の信頼は厚い。


 異常なほどの対応力と防御力のあるキキョウ会メンバーはともかく、とにかく早くなんとかしないとヤバい人も多い。命の心配まではしてないけど、ローザベルさんとコレットさんの姿も見えないし、ひょっとしたら瓦礫に埋もれてる可能性だってある。

 それに一人一人を治癒してる回る時間はない。感じる魔力から虫の息だって連中は多くいる。あんまり考えたくないけど、手遅れな人だって多分、いる。

 出し惜しみしてる暇はない。ここは本気を出す。


 今までに実際に披露したことはないけど、とっておきの魔法をここで実践する。

 それは広範囲に及ぶ薬魔法の行使だ。


 回復薬は通常は液体となる。それがこの世の常識だ。だけど私は秘密裏に粉末や錠剤の生成を成し遂げてる。

 液体、個体とくれば?


 大規模な魔法を使うなら、私でも呪文を唱えた方が効果は高くなる。だけど今はその時間も惜しい。足りないものは全て有り余る魔力で埋め合わせるしかない。

「……やってやるわよ!」


 空中に身を置いた私の中で循環する莫大な魔力は、イメージにしたがって即座に具現化した。


 急速に辺り一面を覆い尽すのは霧だ。

 輝くような真っ白く濃密な霧が、どこからともなく現れて全てを覆い尽す。まるで幻想的な雲海のようだ。


 この霧の成分は回復薬。それも出し惜しみなしの第二級超複合回復薬だ。

 そこにあり続ける上級回復薬の霧に触れ続ける限り、人が死ぬことはおそらく無い。

 瓦礫に埋まった人も、霧が浸透する隙間があるなら死にはしない。


 人の死とはなにか。

 心停止なのか脳死なのか、はたまた魂の消滅か。

 この世界が定める死に至っていないのなら、私の魔法が死なせはしない!


 できる、できないなんて関係ない。

 ただただ、『人』が元通りに回復するイメージをし、輝く霧に魔力を注ぐ。


 ごっそりと失われる魔力に気が遠くなる。けど、まだ大丈夫。

 この辺り一面は、もう私の支配領域だ。

 空間全体に私の魔力が満ちてるから、私の思い描いた事の全てが可能となる。可能としてみせる。それを可能とする魔法がある! 実力がある!


 続けて必要なことをやる。

 複雑なことはしない。今度は鉱物魔法を使って、このまま支配領域にある瓦礫の除去だけをするんだ。

 どこになにがあるかなんて手に取るように分かる。人の位置、瓦礫の一つ一つに至るまで全て。


 バカみたいな情報量に混乱することもない。

 この程度ができなくて、魔法を思った通りに行使するなんてそもそも出来っこないんだ。

 私にはそれを可能とする、意思と力がある!


 膨大な魔力や精神力の消費と引き換えに、望む結果を手に入れる。

 全ては空中に飛び上がってから、僅か数秒の出来事だ。


 穴ぼこだらけだけど、瓦礫のない更地と化した中央広場一帯から、徐々に霧が晴れていく。

 そこに着地すると、疲れて倒れ込んだ。

「お姉さまっ!」

「おい、ユカリ! どうなってんだよ!?」

「ユカリ殿、今のは一体!?」

 私と同じように地下から飛び出して来たんだろう、ヴァレリアたちが駆け寄ってくる。

「……ちょっと疲れた。後始末は頼んだわよ」

 疲労で意識が朦朧とする。もう、寝たい。

「だ、大丈夫か!? おい、ユカリ!」

 残ったのは面倒な後始末だけのはずだ。私がやるべきことは、少なくともこの場においてはないだろう。

 うるさい声も遠くなって、そのまま眠ってしまった。




 はっと目が覚めると、そこは見慣れた自室だ。

 薄明るくて少し冷たい空気の感じは、夜明け近くといったところか。

 記憶の混濁はない。中央広場で倒れてから、まだそんなに時間は経ってないみたいね。

「……うん、もう回復してる。快調ね」

 我ながら魔力の回復が早い。日々の訓練でもさすがに倒れるまでやることはないし、全快までの時間は読めなかったけど、意外と短いもんだった。

 まだ若いし、こんなもんなのかな。

 魔法は使えば使うほど、そして限界まで追い込めば追い込むほどに成長する。きっと私はまた強くなっただろう。今回ので色々とコツも掴めた気がするしね。

「さてと、起きるか」


 あの後始末が一晩程度で終わるはずがない。

 本部の中で動き回る気配がないことから、みんなも寝てるみたいね。あの後どうなったか分からないけど、これからが忙しくなるだろうし、今日はゆっくりと寝かせておいてやろう。眠ったのは、ついさっきかもしれないしね。


 みんなのことはいいとして、私はいつもと同じことをする。

 シャワーを浴びて昨日の汚れと寝汗を流し、地下訓練場でまた汗をかく。


 小規模な霧状の薬魔法を試して感触を確認し、今度は回復薬以外の薬物でも同じことの確認をする。

 切り札となるこの魔法は、本当は関係者にも見せたくないとっておきだ。あの大規模な霧の魔法は遠くから見守ってたギャラリーには見られてるはずだけど、何が起こったのかなんて分かりっこないし、心配はしてない。


 薬魔法の実験が終わると鉱物魔法だ。

 アクティブ装甲の展開速度をコンマ数秒以下の単位で高める試行錯誤をし、強度設計の更なる改善にも余念がない。


 基礎となる身体強化魔法の成長は日進月歩だ。私のレベルになると一朝一夕の成長は微々たるもので、差を感じられるものは何もない。だけど、今と一年後の自分とでは隔絶した差が必ず生まれる。

 昨日の私よりも、ほんの僅かでも先に行く。これを毎日繰り返す。

 キキョウ会メンバーは実感としてそれを承知してる。だからみんな強い。会長の私は、その最前線に陣取るから会長として支持され続ける。

 訓練も研究も別にみんなの歓心を買うためじゃなくて、実際には趣味みたいなもんだけどね。


 短時間での超高負荷のトレーニングを終えると、またシャワーを浴びて着替えた。



 少し遅めの朝食の時間になると、みんなも徐々に起き出す。

 昨日は事務班も遅くまで起きてたのか、朝が遅い。

「あ、ユカリ。早いですね」

「フレデリカたちは遅いわね。ひょっとして徹夜寸前だった?」

「朝になる前には全員で休むことにしましたけれど、徹夜に近いですね。昨日は色々あって疲れていましたし、後始末もまだまだこれからですけれど……」

 私だけは倒れて早く眠ってしまったけど、ホントに昨日は大忙しだった。それも終わってみれば、僅か一日の出来事だ。


 最初に朝からジャレンスがやってきて、無礼千万な書面を見せられた。

 即座に幹部を緊急招集しての対策、宣戦布告、深夜の殴りこみ。

 そして決着。

 我ながら、とても一日とは思えない長い一日だった。なんだかしばらくは、ゆっくりとしたいわね。


 それでも今日はもっと忙しくなるんだろう。

 冒険者ギルドどころか、中央広場の壊滅にまで至った騒動なんだ。あれだけのことがあったんだし、ただで済むわけがない。

 焦った様子のないフレデリカがどこまで状況を把握してるのか。実際、吞気にしてられる状況じゃないはずなんだけど、今さらジタバタしたってしょうがない。

 さーて、まずは何から手を付けようか。


 捕まえた敵の尋問。

 遊撃班や情報班が掴んだ悪事の証拠の精査。

 さらなる補強のための証拠固め。

 この辺は情報班に任せるから、私は結果を聞くだけでいいかな。

 尋問のあとでは暗殺者を使ってた貴族や、爆発をたくらんだ連中の調査ももちろんやってもらう。


 破壊行為の説明は、行政区はもちろん、被害に遭ってる各ギルドや商会にだって必要だ。無視を決め込むには、さすがに被害状況が大きすぎて無理だ。

 これはジークルーネに対応を任せよう。現場にいなかった事務班に状況説明は難しいところもあるだろうし、押しが必要な場面だってあるはずだ。

 上手いこと不良冒険者たちに責任をなすり付けつつ、ジークルーネなら舐められることも付け入らせる隙も見せずになんとかしてくれるだろう。してくれるはずだ。して欲しい……。

 あの最後の爆発はともかく、戦闘時にやった破壊についての言い訳はさすがに苦しい。明らかにやり過ぎだったし、ギャラリーや記者だっていたわけだからね……。


 それでもって、一番に警戒するべきは冒険者ギルドの総本山になるだろう。エクセンブラ支部がやらかしたこととはいえ、冒険者ギルドの看板を掲げてる以上は身内なことに違いはない。

 奴らが今後どう出てくるか。こっちが生き証人のギルド長や物的証拠を押さえてる以上は、メンツの問題があったって下手なことはできないはずだけどね。


 面倒だけど、やることは盛りだくさんだ。

 それでも会長である私は、ひとまずはみんなに丸投げして任せる。出番が回って来たらやるだけだ。




 みんなが通常営業に加えて、冒険者ギルドとのいざこざの後始末に忙殺されて数日。

 徐々に終わりも見えてきた。


 事件の重要人物、冒険者ギルドのギルド長、ヴァリドの処遇は決まってる。

 今のところはウチで確保してるけど、状況が整い次第すぐに冒険者ギルド本部に引き渡す予定だ。その後で奴がどうなろうが知ったこっちゃないけど、少なくともそれまでの間に暗殺される恐れはない。キキョウ会が守ってるからね。


 殴り込みの時にオフィリアが証拠が見つかったと言ってたけど、結果的には別ルートでもヴァリドの悪事の証拠はいくつも見つかったんだ。

 それも商業ギルドと治癒師ギルドから寄せられた情報が重要な切欠だった。

 商業ギルドからはヴァリドが個人的に利用してるレストランやバー、贔屓の服屋から秘密の倉庫物件に至るまでの詳細な情報が。

 治癒師ギルドからは私邸に出入りしてる治癒師を通じて隠し部屋や隠し金庫の情報まで。


 個人情報保護の概念なんてあったもんじゃないわね。

 まぁ、それもこれも奴がここでキキョウ会に負けて終わると判断されたからだろうけどね。勝ち馬に乗りたい。ウチに恩を売っておきたい。普通なら信用問題もあるから、こんな情報は出てこないはずなんだけど、不良冒険者の問題はエクセンブラ全体の問題でもあった。


 これは情報班の見解だけど、各ギルドやお偉いさんは秘密裏に会合を持って、今回ばかりは冒険者ギルドを見捨てるというか、ヴァリドの排除を決定したんだろうってことだ。奴らのやり方は目に余り過ぎたからね。こっちからすれば、遅すぎるくらいだけど。

 さもなきゃ、明日は我が身。お偉いさんたちだって、情報の流出なんて簡単に認めはしない。

 ま、ここに至って、それだけの決断をしたことだけは評価しよう。


 色々な思惑もあってのことなんだろうけど、それでもどんな事情だろうと私は受け入れる。役に立つんならなんだっていいわ。ただ、それが自分たちにも返ってこないよう、それだけは胸に刻んでおかなければならないわね。情報の流出や孤立無援ってのはおっかないことだ。



 破壊した街の復旧は、建物や道なんかは大した時間もかからずにできるはずだ。すでに復旧はかなりの勢いで進んでるしね。

 魔法ってのはそれだけ優れたインチキレベルにズバ抜けた技術だ。特にエクセンブラは建設ラッシュに湧いてるからね。建設ギルドには実力派の魔法使いだって数多くいるから、金さえ出せば即座に元通り以上になってしまう。

 中央広場を始めとしたその辺の復旧は問題ない。人的被害だって、当事者以外にはいなかったらしいからね。


 それでも復旧にかかる費用は莫大だし、失われた個人の財産だって数多くある。

 問題はその賠償ね。これがどうなるかは、実はまだ分からない。だれがどの程度被るかは、交渉次第になるだろう。キキョウ会が裏社会に台頭する悪党とはいえ、今後もこの街で活動をしていくなら妥協だって必要だ。

主人公の切り札の一つが明らかになりました。様々な事情により、闇雲に使うことはできませんが……。

そして一応の決着を迎えることができました。


ただ、後始末はこれで終わりではありません。次回がエピソードの区切りとなります。


次週「方々からの贈物」に続きます。来週もよろしくお願いしま

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