先を行く敵の狙い
ギルド長の部屋の中には、一人しかいないのは分かってる。
どんなネタを残してるのか、それだけは楽しみにしておこう。なにもないかもしれないけどね。
「それじゃ、開けるぜ?」
ヴェローネの案内で到着すると、まだまだ元気の有り余ってるグラデーナが先に踏み込むらしい。
勢いよく大きなドアを蹴り開けると、威勢のいい挨拶をかます。
「おう、邪魔するぜ!」
部屋の様子は普通だ。普通に権威を感じる内装って意味でね。まぁ、そこはどうでもいい。
そんなことよりも、大人しく待ってたのか逃げ場もなかったのか、あるいは勝利を信じてたのか、ただ一人、執務机を前にして椅子に座るのはギルド長だ。私は初めて見る顔だけど、顔を知ってるヴェローネがいるし本人に間違いない。
偉そうな奴が最期に一人きりってのも、なんだか寂しいものがあるわね。
お気に入りのポーズなのか、奴は机の上に肘をついて手の上に顎を乗せたスタイルだ。驚いた素振りも見せずに姿勢を崩さない。ホント、偉そうな奴ね。
この期に及んで取り乱すどころか、妙に達観した様子なのも気にかかる。
グラデーナの無礼極まる登場や挨拶にも答えず、ただこっちを見てるだけだ。ふん、リアクションの薄い奴ね。
しょうがない、こっちから始めてやろう。ただ黙って睨み合ってても進まない。
「わざわざ来てやったわよ。名乗りが必要?」
「不要だ、キキョウ会の女ども。それで、何の用向きか?」
説明が必要とはふざけた野郎ね。
「何の? 下らない問答をするつもりはないわ。仕出かしたことの落とし前、つけてもらおうか」
罪状を告げる意味なんてない。どっちも悪党で、これはただの喧嘩の延長でしかないんだからね。
キキョウ会はただ売られた喧嘩を買っただけだ。
ギルド長は余裕があるような、それでもどこか自嘲的な笑みを浮かべる。
「まさか、冒険者ギルドを敵に回すのか? 馬鹿なことはやめておけ」
「敵に回す? お前こそ馬鹿を言うのは止めなさい。そっちが勝手に敵に回っただけのことよ」
地方の支部とはいえ、冒険者ギルドのトップが不良冒険者と組んで不正に悪事を働く。世間的にはかなりマズいはずだ。そんなことは別にいいけど、よりによってウチに喧嘩を売ったんだ。
キキョウ会のシマで暴れてる奴らは一人残らず叩き潰したけど、エクセンブラは広い。
それこそ蛇頭会やガンドラフト組のシマでは、表だっては出ないけど裏じゃかなり派手に活動してるって話もある。元から絶たなきゃ、そいつらがまたウチのシマに来るだけだ。
まぁ、今回の件でほぼ根こそぎ不良冒険者はいなくなったとは思うけどね。それでも確実じゃない。
「お前が不良冒険者どもの親玉か。思った通りの悪党面だ」
ジークルーネが妙に余裕のあるギルド長を挑発する。
「下らんな。証拠は? そこまで言うからには、確たる証拠があってのことだろうな? 証拠もなくここまでやったのであれば、貴様ら、ただでは済まさんぞ!」
開き直りやがったか。今夜の状況を見れば、この状況こそが証拠に等しいと思うけど、それでも確かに今のところ物的証拠はない。
だけどね、いざとなれば証拠なんてものは必要ないんだ。私たち悪党にとってはね。
どこか見下したような視線も混じるこいつには、自分が今、どれだけの窮地に追い込まれてるか自覚がないんだろうか。
この期に及んで証拠とは笑えない冗談だ。本気か冗談か分からないけど、阿呆の戯言には腹も立つ。
「証拠がない? それがどうした。だからどうした!」
証拠の有無なんて、究極的には関係ないんだ。奴が黒幕だってことは分かってること。証拠を突きつけて、なんて手順を踏んでやる義理がどこにある?
そりゃあ、証拠を掴むに越したことはない。誰に文句を言われたって、証拠さえあればその文句自体を封じられるからね。ただ、その文句を甘んじて受ける覚悟あるなら話は別だ。
もちろん、甘んじて受けてやるつもりだってない。文句があるなら言ってみろってんだ!
そしてそれこそが悪党の本領でもある。
暴力ってのはなにしろ手っ取り早い。どんな綺麗ごとを抜かす奴でも、単純に力の前には黙らざるを得ない。そして、ここはそういう世界なんだ。なにも私が特別なことをしてるわけじゃないし、キキョウ会はそういう組織なんだ。
とにかく、こいつさえぶちのめしてしまえば、最低でも半分は片が付く。実行犯である不良冒険者どもの親玉で、キキョウ会の排除宣言なんて出しやがったんだ。
あんなことをされちゃ、もう全面戦争しかない。そして、私たちは勝った。
他に文句を付けるうるさい奴がいるなら、そいつらも容赦なく黙らせる。殴れば大抵の奴は大人しくなるし、そうならないなら、なるようにするまでだ。
悪党ってのは何でもやりたい放題だからこその悪党なんだ。だから強い。
それに正義を名乗る奴だって、結局は暴力を頼りにする。まぁ、この世界、少なくともこの街じゃそういうもんよ。言ってしまえば、正義と悪、どっちを名乗るかなんてのは、所詮は趣味の違いでしかない。間違っても私が正義を名乗ることはないけどね。
「……ふっ、だろうな。貴様らのような話の通じない輩のやり方はわかっている」
心外ね。話が通じないのはどっちの方よ。
「いずれにせよ、わたしは消されるだろう」
一応、そういう自覚はあんのね。
「おう、おっさん。いっちょ前に覚悟を決めてるらしいじゃねぇか。さっき証拠がなんだとか言ってやがったが、自分から白状しちまったらどうだ?」
「消される自覚があるのなら、なおさらのことね。今さら隠し立てをする意味だってないと思うけど」
往生際が良いのか悪いのか、ギルド長は馬鹿にしたような視線をヴェローネたちに向ける。
「だからといって、貴様らに協力してやる義理はない。どうせ間もなく殺されるのだ」
誰がそれをやるのか知らないけど、確実に消されるってのを確信してるらしい。そいつはよっぽどの大物か。諦めてもうどうでも良くなってる感じね。
でもだ。このギルド長は分かってない。どこぞの貴族子飼いの暗殺者、その程度は知れてる。変な出し惜しみをする程、人材豊富ってことも考え難い。つまり、今のところは暴力でキキョウ会が後れを取る可能性は低いってことだ。その事実を伝えてやる。
「お前を狙った暗殺者なら、私たちが倒したわ。少なくとも私たちに協力する間は、お前が死ぬことはないわね」
「バカなことを……あれは不良冒険者どもとは違う。そう簡単に撃退できるはずがない」
「聞いてなかったのか? 撃退じゃねぇよ。あたしらキキョウ会が逃がすわけねぇだろ」
「そういうことだ。お前を狙った暗殺者は全員始末している。こちらに協力すれば、我々も手間が省けるのだがな」
「……戯言を。調子に乗るな」
グラデーナとジークルーネの言葉にも、よっぽど恐ろしい目にあったことでもあるのか、ギルド長は頑なに信じようとしない。
もう、面倒な奴ね。
「信じようが信じまいが事実よ。今すぐ私に殺されるか。それとも、僅かでも生き延びる可能性に賭けるか。選べ」
単純な脅し文句だ。せっかく生け捕りにしたんだし、殺したりはしない。
ただ、散々ふざけた真似をしてくれたこいつにムカついてるのも間違いない。
怒った時の私は結構怖いらしいし、その所為なのか今度は黙ってしまった。
「おう、おっさんよ、もういい加減にしとけ。本当ならあたしがぶち殺してやりてぇところだったが、お前には使い道がある。だがな、このままじゃマジでユカリに殺されるぞ。それとも証拠によ、ぶっ殺した暗殺者どもの首でも持ってくるか?」
無言だけど逡巡した様子を見せ始めたギルド長。もうひと押しか。
「お姉さま、誰か来ます」
ん、走って誰かが来るみたいね。ウチの守りを突破する敵がいるとは思えないし、そうするとこれはウチのメンバーの誰か。
ヴァレリアがドアの傍で一応の警戒をしつつ、やってくる誰かを待つ。
「待たせたな!」
「オフィリアか! 首尾はどうだった?」
良いタイミングね。ギルド長の私邸を襲撃してたオフィリアが急いで来たってことは、なにがしかの証拠をつかんだってことだろう。
「証拠は見つかったの?」
「ああ、多分な」
「多分?」
「あたいじゃ、なにが証拠になるのかイマイチ分かんねぇよ。情報班の奴らが証拠だって言ってたから、間違いないだろ」
なんだそれ。間の抜けた言いように、なんだか肩の力も抜けてしまう。
「それによ、こいつを締め上げて吐かせちまえば、証拠なんてどうだっていいだろ? なぁヴァリド、覚悟は出来てるよな?」
ふふふ、よく分かってるじゃない。なんだか笑えて来るわね。
私たちの視線がギルド長に集まる。
まさしく、この期に及んでってタイミングだ。まだ意地を張るなら、痛い目にあってもらう。絶望で死にたくなるくらいのね。
「……残念だが、こうなることも奴らにとっては想定内だ。命は惜しいがどうしようもない。道連れになってもらうぞ」
「何を言ってやがる?」
魔力の流れが急速に走り抜けたのを感じる。包み込まれるようなこれは、魔道具か。
「ギルド内には、無数の魔道具が配備されている。第一段階がそろそろ発動するはずだ」
第一段階、なんのこと?
なにか分からないけど、猛烈にヤバい気がしてくる。
「どんな魔道具が発動したのか知りたいわ。包み込まれるような大きな魔道具らしいけど」
私の言葉を受けたヴァレリアが動きだそうとする。
「分かるのか? それは結界魔法だ。貴様らでは目にする機会もないだろうが、よく分かるものだ」
あっさりと種明かしをされてしまう。
「これはな、檻なのだよ。逃がさないためのな」
「あたいらを閉じ込めたってのか?」
「たしかに結界魔法は厄介だが、それでも我々キキョウ会を閉じ込めておくには不足だな」
簡単にはいかないけど、それでも小規模な物なら力づくで問題なく破れる。それにエネルギー源の問題もあるからいつまでも閉じ込めておけるもんじゃない。閉じ込めることになんの意味があるのか。
すると今度はギルド内に無数にある魔道具から、急速な魔力の膨張が感じられた。
「言ったはずだ、道連れだとな。こちらには選択の余地などないのだ……」
これは、まさか!
結界魔法で囚われた私たちと、今回の一件に絡む貴族と繋がりを持つギルド長。
そして数多く設置された魔道具の意図的な暴走。
今感じられる魔道具が連鎖的に暴走すれば、それは大爆発といっていい規模の破壊をもたらすはずだ。
しかも破壊のエネルギーは結界魔法の中で逃げ場がない。
今から魔道具を探して、逐一壊して回るような時間はどう考えてもない。
冒険者ギルドを餌にした、大がかりな罠ってこと? だとしたら、かなりぶっ飛んだ考えの持ち主ね。たしかに邪魔者をまとめて始末するなら、絶好のシチュエーションだ。
「ちっ、もう時間がねぇぞ」
「ユカリ殿、盾でどうにかできそうか?」
意図的に暴走する無数の魔道具は、それぞれが爆弾と同じだ。
一つ一つの破壊力は分からないけど、魔力の大きさから決して小さな破裂程度では済まないはず。まさに爆発といった衝撃を引き起こすと思われる。
そして爆発は前後左右上下、まさしく全方位で起こるんだ。それも結界魔法の閉鎖空間で。
内部での爆圧に結界魔法が耐える強度設計だとしら、凄まじい破壊のエネルギーそのものが私たちに襲い掛かることになる。
おそらくそれで間違いない。敵の計算ミスに期待するなんてバカのやることだ。
多分、なんかじゃだめだ。少しでも生き残る可能性が高い方法を考え、実行する必要がある。どうする?
「お姉さま! 地下に!」
ヴァレリアは言葉少なに発すると、いきなり崩壊魔法で部屋の床を塵に変えた。
「うぉ!? 落ちる!」
「ヴァレリア!?」
あえなく落下する私たちだけど、この程度のハプニングで取り乱したりはしない。
バランスをとって下の階に着地すると同時に、ヴァレリアはまた床を塵に変えてどんどん落下していく。
冒険者ギルドの最下層の地下にたどり着くけど、その間にどういうことかはもう理解してる。
「全員、私の周りに!」
最下層の空間で、ギルド長も含めたメンバー全員が私の周囲に集まる。
鉱物魔法を極めんと、日々の努力を欠かさない私が紡ぐ盾。これは結界魔法の強度にさえ勝ると自負してる。
地下空間の下に魔道具はない。
ここに陣取る限り、盾を張る範囲が全方位から半分程度に減るんだ。下を気にしなくて良くなるからね。
負担が減れば時間がない中でも強固な盾を紡ぐことが可能だ。
そして、半球状の盾を展開、強度の上昇に魔力を注ぎ込んでる最中、強烈な衝撃に包まれた。
あと少しで冒険者ギルドにまつわるエピソードも終わりを迎えます。
次回「物質の三態」に続きます。来週もよろしくお願いします。