敵を打ち砕く意思
勇ましい雄叫びを発しながら、ほぼ同時に全周囲から襲い掛かる墨色と月白の集団。
不良冒険者どもが張った防御陣地は、中央広場からはやや距離を置いた場所にあった。ぽっかりと中央広場を空けて、そこに通じるいくつもの大小の通りを塞ぐように布陣してるんだ。
中央広場を囲むような防御陣地と、さらにそこに襲い掛からんとする包囲網。市街地戦だからか、規模が小さい割には見応えがある。
キキョウ会と有志の合同部隊は、包囲の輪を怒涛の勢いで狭めて、陣を張った敵に詰め寄っていく。
そんな押し寄せる様を黙って見てる敵じゃあ、もちろんない。
陣を構えた不良冒険者どもは、満を持してバリケードの向こうから遠距離攻撃を始めた。
遠目から見ても中々の物量と威力があるように思える。伊達に不良冒険者を気取ってる連中じゃなさそうね。本来なら街中での魔法の使用は御法度のはずなんだけど、もうそんなことを気にしてる状況じゃないんだろう。派手なもんだ。
それでも墨色と月白の外套を羽織った狂戦士は止まらない。
次々と浴びせかけられる派手な魔法や大きな礫、剛弓から放たれる巨大な矢や致死毒の投げナイフ、手斧や槍なんかもあるけど、その全てをものともしない。恐怖をねじ伏せる闘争心の凄まじいこと。まさしく恐れ知らずの狂戦士だ。
「甘いわね。あの程度の弾幕でウチのメンバーが止まるわけがないわ」
「弾幕を潜り抜けて敵に肉薄するなんて基本中の基本です。お姉さまや幹部の洗礼を浴びているメンバーが、あの程度で怯んだり立ち止まる理由はありません」
まさしく、基本中の基本だ。
攻撃をする側なら、待ち受ける敵の抵抗を突破できなきゃ話にならない。防御側からすれば、陣を構えて遠距離攻撃や罠を張るのは当然なんだ。
それを想定しないなんて、あり得ない。特に殴り込みが大好きな連中が揃ってるウチじゃ、日常的な訓練の中にさえそれはある。
できる限りの困難な状況を設定して、それを突破する訓練だ。あまりにも高度で実戦的なその訓練は、いま起こってる現実の本番をも上回ってる。だったら、それを突破できない道理はない。
強者たるキキョウ会メンバーは、急速に接近していく。
自分に当たる攻撃以外は完全に無視し、当たるものでも最小の動きで避け、あるいは打ち落とし、あるいは外套の防御力で当たるに任せ、怒涛の勢いで敵陣に踏み込まんと歩みを進める。
背後からも遠距離支援組の援護がある。バリケードの破壊や敵を混乱の渦に叩き込まんと続々と激しい攻撃が降り注ぐ。
有志で集まった連中も思ったよりもずっと大したもんだ。
連携こそ少ないものの、自ら先陣を引き受けるような連中は、ひとかどの戦士だった。ウチのメンバーに劣らない怒涛の勢いがある。ただ連携がない分、陣が乱れる。
そこを見事にフォローするのがウチのメンバーだ。
遅れた場所に移動しては即座に挽回を図るのはグラデーナとゼノビアだ。そして背後の連中を煽っては奮起もさせる。実際にその勇猛果敢な背中を見て、奮起しない奴はいないだろう。ここにわざわざ集まった連中なら、なおのことだ。恨みを抱いて復讐しようって奴らなんだからね。敵を前にしてビビるような情けない奴は最初からここにはいない。
前衛の率先した攻撃で敵を崩す一方、後方支援組からも魔法の支援が入る。防御魔法で地力の劣る連中を守りつつ、攻撃魔法で敵の圧力も弱める。何かしらの加護も与えて、個人の能力の底上げも図る。
即興にしては見事なバランス感覚と鉄壁の支援だ。
そして敵の精鋭に向かう我が副長、ジークルーネの部隊だ。
ここには各班長が若衆の中でも有望なのを集めてくれたらしく、その勢いは一層異なる。
敵を囲む陣とは別に突出したその部隊は、矢の如く敵の一角だけを食い破って、すでに中央広場に向かう途上にあった。
「早いわね」
「はい、でもあそこにいるのは強そうです」
たしかに。精鋭ってだけあって、ここからでも強者が待ち受けてるのが分かるほどだ。
それもただ強いだけじゃないだろう。あそこは奴らの本拠地前なんだ。自陣を有利にする魔道具くらいは、いくつも仕掛けられてるはずだ。
敵にとっては必勝の布陣に違いない。それでもウチの前衛を務めるのは、私の右腕にして最精鋭たるジークルーネだ。脇を固めるのは若衆の中でも抜けた実力を持つ未来の幹部候補たち。そして、ここには後衛を務める私だっている。
そうだ。今の私はただ見物するためにここにいるわけじゃない。後衛として、ここにいるんだからね。
全体を見渡すと、現状は順調といっていい。負傷者は結構いるみたいだけど、回復薬で即座に復帰してるから戦力の低下もない。例え重傷を負ったところで、死んでさえいなければ即座に復活して獰猛に攻めかかって行くんだ。相手からしたら恐怖しかないだろう。
ただ、敵もわざわざ陣を張って待ち構えてたんだ。このまま素直に終わるとは思えない。
それに敵も粘り強い。強者が揃うキキョウ会であっても、一撃必殺とはなかなかいかない。
「……風の動きが妙です。会長、敵の別動隊が来たようです」
頭を獲りに来たか。暗殺部隊ってことなら、こっちも精鋭揃いだろう。
「ヴァレリアは予備部隊と一緒に屋上の後方で待ち受けなさい。ヴィオランテはそのまま全周警戒」
「はい、お姉さま!」
出番が欲しかったらしいヴァレリアはウキウキとした様子で動き始めた。
間もなく現れたのは、全身黒づくめの様式美に則った暗殺者集団だった。こいつらは不良冒険者とは別口みたいね。さしずめ、こっちは貴族子飼いの連中ってところかな。
連中は奇襲をかけたつもりだったのかもしれないけど、ヴィオランテの風には早々に察知され、接近されてからは魔力感知でも動きは丸分かりだった。
こうなってしまえば、飛んで火にいる夏の虫も同然だ。逆に驚く相手に容赦なく牙を剥く。
姿を現したまさにその瞬間、ヴァレリアの短剣が敵のリーダー格と思しき奴の首を引き裂いた。
同じく待ち受けた予備部隊の若衆も、それぞれが虚を突かれた敵を一瞬で仕留めてしまう。
奇襲を掛けるはずだった連中が逆に奇襲を受ける格好だ。まともに戦えば、もう少しは骨のある連中だったろうにね。それに数も少ない。
簡単に片付けたけど、実はまだ終わりじゃない。奴らの私を仕留める作戦は、二段階に分かれてるんだ。
「あ、会長! そちらに強い力を持った敵がっ」
本来なら不意を打たれて乱戦になったところを、二段階目にやってきたこいつで私を仕留めるはずだったんだろう。気配の殺し方も上手いし、さっきの奴らとは別格の強さがあるとみた。
ヴァレリアたちが待ち構えた後方からの第一弾とは逆に、前方から躍り出る敵。その目の前には、半身になってバットを構えた私がいる。
鋭く息を吐きながらの目にも止まらぬスイングは、特大の衝撃音をまき散らしながら、文字通りに敵を粉砕した。
なにが起こったかすら理解できなかっただろう。
白銀の超硬バットは衝撃波と断熱圧縮による高温まで発しながら、凄まじい破壊を生み出した。特製のこのバットでなければ実現不可能なスイングだ。
激烈な衝撃を伴った感触に大きな満足感を覚える。うん、我ながらこれはいいモノを作ったわね。
「ヴィオランテ、他にこっちに近づく気配はある?」
「す、少しだけ待ってください…………今はいないようです」
打ち止めか。それにしても妙に数が少なかった。動かせる手駒の問題か、こっちを舐めてるのか。あるいは別の動きをしてるとか。
いずれにせよ、暗殺者なんぞに向ける情けは一片たりともありはしない。
「お姉さま、ジークルーネたちが」
「ん? ああ、罠か。始まってるわね」
視線を元に戻すと、中央広場に踏み込んだジークルーネたちの歓迎会がもう始まってるらしい。
目にしたのは冗談みたいな大きさのトラバサミだ。
強化した視力で見えるそれは、人の大きさを遥かに上回る巨大な顎。
ばね仕掛けとは違う魔道具のトラバサミは、小動物を捕まえるための物じゃない。大型の魔獣を狩るための物騒な代物だ。挟まれたら人の体なんて簡単に真っ二つになるような命を狩るための道具。こんな街中に設置するなんて正気じゃない。
先頭を行くジークルーネは、半歩後ろを付き従う小柄な若衆に合図を送ると、間髪入れずにその子は薙刀のような長柄の武器を振り上げた。
地面を削りながらの恐るべき一撃は、重いトラバサミを滅茶苦茶に破壊しながら高々と打ち上げる。
「ふーむ、なかなか見事なアッパースイングね」
妙なところで感心してしまう。
物理的な攻撃だろうと、魔法的な攻撃だろうと、少々の妨害で立ち止まるようなキキョウ会メンバーじゃない。
ジークルーネはあえてやってるのか、わざわざ罠の張ってある地点に踏み込んでは起動させて踏み潰す。
敵の精鋭部隊から放たれる熾烈な妨害となる遠距離攻撃も、何事もなかったかのように無視してる。
その間、ジークルーネはほぼなにもしてない。ただ先頭を進んで罠を作動させるだけだ。
罠の破壊、妨害の排除、自分で危ない目に遭いに行っておきながら、すべての対処は若衆に任せっきり。なかなか面白いことしてるじゃない。
ここで新たな動きがあった。
ビルの屋上から様子を見てる私には丸分かりだけど、新たな敵が姿を現したんだ。
中央広場の冒険者ギルドは歴史を感じるそこそこ古いビルなんだけど、その屋上に運び込まれた魔道具とそれを起動させる役割の奴かな。
取り敢えず潰しておくかと思ったけど、別のところで忙しそうにしてる奴らも同じタイミングで現れた。
冒険者ギルドの中ほどの階、そこのバルコニーに出て来た奴らだ。大きな魔道具のセッティングをせっせとやってる。
一生懸命やってるのは、この場においては間抜けな姿にしか映らない。あらかじめ置いてあったら警戒されるとでも思ったんだろうか。
「あれはなんでしょうか……大がかりな装置ですが」
「関係ないです。お姉さまなら、ここからでも問題ありません」
あれが何なのかは分からないけど、油断はしない。そうね、なんだろうが関係ない。ぶち壊してしまえ。
目に見える距離なら何の問題もない。
久々に剛球をお見舞いしてやろうか。
ソフトボール大のタングステンを、息をするように何気なく生成する。
がっちりと掴んだ重みのある球を振りかぶって躊躇なく投げた。
足を上げてからの体重移動、腰と背中のひねり、肩とひじと手首のしなり、そして指先には莫大なエネルギーが集まる。
身体強化魔法と投擲術の組み合わせは兵器と遜色ないレベルだと思ってる。
ただ放り投げただけのそれは、凄まじい衝撃音と飛翔音を発しながら、寸分狂わぬコントールで大きな装置を爆散させた。
破壊は装置だけには収まらない。頑丈なはずのギルドの建物にも深刻な破壊をもたらした。
ま、ビルが崩れるほどじゃないし、どうってことないわね。
会心の一球に満足する暇もなく、ヴィオランテから声が上がる。
「わ、なんですか、あれ!」
「壊れた装置から、何かの液体が広がっています。煙も凄いです」
え、なに、あれ?
「……あー。なるほど、毒か」
私が壊した装置は、どうやら毒をまき散らす魔道具だったらしいわね。
たぶん、中央広場で罠を破壊しまくって遊んでるジークルーネたちに向かって使うつもりだったんだろうけど、それが壊れてその場で毒液が盛大にまき散らされてしまったんだ。酸を使った劇物みたいで、液が付着した場所からは煙がもうもうと立ち上ってる。
と、いうことはだ。
ギルド前で陣を張ってた敵の精鋭に、もろにそれが降りかかることになる。
予想外のハプニングに対応しきれず、慌てて陣を放棄して広場に避難する哀れな敵。
楽しみに取っておいたらしい、ジークルーネからの不満の視線がこっちを向いたのには気が付いたけど、知らないフリを決め込んだ。
深刻なダメージを負ったらしい敵も結構いるように見えるけど、まだまだ全部の敵を倒してしまったわけじゃないんだ。張り切ってた副長にはちょっとだけ悪いけど、予想外の出来事は戦場には付き物ってことで。
戦いはまだこれからだ。今夜、私たちは敵の何もかもを粉砕するつもりで臨んでる。
さて、他のみんなはどうかな。