新しい一歩
村を襲った盗賊どもは悪逆非道の限りを尽くした外道だ。
私は大怪我はさせたけど、あえて奴らの息の根は止めなかった。止めを刺してやることは慈悲でもある。あいつらにそれは必要ない。この村とは無関係の私だって、はらわた煮えくり返ってるくらいなんだ。
そうして、ある村人がまだ息のある盗賊がいることに気がついた。
「まさか……おい、みんな! こいつ、まだ生きてるぞ!」
「なんだとっ」
「こっちもだ、このクソが」
「あの人の仇!」
どんどん村に伝播する。こうなるとは思ってた。
村人が復讐したいのなら自由にすればいい。別にそれを期待してたわけじゃないけど、人によってはそれが必要なことだってあるだろう。
私の目の前にいた妙齢の女もそれに気づいて、さっきまでの呆然とした様子が噓のような、鬼の形相でふらふらと歩いて行った。
隠れてた村人が次々と外に出てきては呆然としたり、泣き崩れたり、怒りに身を任せて復讐に走ったりする。
そんな騒ぎに加わらず、目の前の気丈に振舞う母親は私を見てるらしい。
「なに?」
「あの、助けて下さってありがとうございました」
なんとなく流れで少し話を聞いてみれば、色々と話してくれた。
彼女の名前はソフィといって、旦那はとっくの昔に亡くなってるらしい。未亡人だ。
盗賊に乱暴されたのは知ってたけど、住んでた家も燃えてしまったんだとか。
まったくもって気の毒な話だ。小さな娘を抱えて、これからどうするんだろうね。
同情するくらいなら金目の物でもあげたほうがいいのかな、なんて考えてると、妙齢の女が少しだけ吹っ切れた顔になって戻ってきた。
復讐を果たしたのだろうか。それで心の傷が癒えたとは到底思えないにしろ、乗り越えるきっかけにさえなるなら、それはそれでいいと思う。戻った彼女は、仲が良かったらしいソフィさんと慰めあってる。
横手のほうに目を向ければ、うつむいた女騎士が地べたに座ったままだ。
女騎士はずっと泣きっぱなし、立ち直るには時間がかかるだろう。ところが、そう思った矢先に彼女は顔を上げた。戦場に立つ職業軍人だからか、切り替えは早いのかもしれない。
心の整理がひと段落はついたのか、立ち上がると私のほうに向かってきた。
「この度のご助力に感謝する! わたしの名はジークルーネ、元騎士だ。それから、家人の仇を討っていただき……本当に、ありがとう」
すべてを吹っ切るような大声で感謝を告げた。
「あんたの頑張りがなかったら、もっとひどい事になってるわ。胸を張りなさい。それより、村人たちの亡骸をなんとかしてやったら?」
ちょっと冷たかったかもしれない。でも私は初対面の誰かを甘やかしたりなんかしない。ほんの少しだけ手を貸してやるだけだ。
それにこの女騎士には、慰めの言葉なんか不要だろう。しっかりした人間だと思える。
「……ああ、そうだ。弔ってやらないとな」
女騎士はそう答え、率先して亡骸を広場に集め始めた。泣き縋る家族やほかの村人も、いつまでもこうしてはいられないと少しずつでも動き始める。
死亡した村人の数は多くなかったから、協力してやれば時間はそんなにかからないはずだ。
戦場や任務で慣れてるのか女騎士が場を仕切り、粛々と埋葬の準備を進めていった。
死者の弔いに部外者がしゃしゃり出る幕だってない。
余所者の私たちは、代わりに盗賊どもの死体を村の外まで運んで適当に埋めた。
全部が終わる頃にはもう夜になってしまった。
だいぶ遅くなってしまったけど、もののついでだ。しょうがない。
切りの良いところで、そろそろ帰ろうとかと思う。アンジェリーナとヴァレリアに話そうとした時、村人の女たちが寄ってきた。母と娘、女騎士と妙齢の女、それにシェルビーもいる。
「もう一度礼を言わせてくれ。我々が助かったのは貴女方のお陰だ。感謝する。わたしにできることなら何でもすると誓う。それからもし良ければ、わたしたちを一緒に連れて行ってはもらえないだろうか。面倒をかけることはしない。できれば恩返しがしたいんだ。どうかお願いする」
女騎士は真剣な顔で頼み込み、ほかの女たちは殊勝な態度をして見せた。
ふーむ、恩返しか。はっきりって、そんなもんは要らない。思わず顔に出たのか、女騎士は苦笑いを浮かべた。
「その、恩返しがしたい気持ちに嘘はないのだが、実は村に居場所がなくてな。わたしたちは家が焼失してしまったし、村はこのとおりの惨状だ。ソフィとサラ、それからメアリーは女しかいない世帯で、ほかに寄る辺もない」
女の社会的地位が著しく低い典型例なのかな。このまま村に留まっても、ろくな未来は訪れないってわけか。
ま、誰がどこに行くのも自由だ。
「付いてくるのは構わないけど、責任もって面倒見るなんてできないわよ?」
「なに、これでもわたしは元騎士だ。戦う力はあるし、蓄えだってそれなりにある。サラはともかく、ソフィとメアリーも自分のことは自分でなんとかするさ。頼りきりになるつもりはない。恩を返したい」
「こんな事まで頼めた義理じゃないんすけど、どうか頼めないっすかね。ずっと一緒ってわけじゃなくて、どっかの町とか村までだけでも良いんで」
シェルビーも女騎士の援護とばかりに続けた。
とにかく村にはいたくないってことか。最悪、村の再建のために売られるってこともありえそうだしね。
アンジェリーナもヴァレリアに顔を向けてみても、特に否定の気持ちはないようだ。
「だから付いてくるのは勝手だって。置き去りになんかしないから、好きにしたらいいわ。よし、そうと決まれば収容所まで戻ろう。あそこなら食料もたくさんあるから、これからどうするにせよ一旦は落ち着けるわ」
「お姉さまの言うとおりです。皆さんもまずは休息が必要だと思います」
「ああ、幸い盗賊どもが使っていた車両がある。あれはもらって行くぞ」
兵員輸送用のジープみたいな魔道具が三台もあったんだ。どさくさに紛れて軍から持ち出したんだろうけど、あれは使える。
「誰か運転できる人は? 私はやったことないんだけど」
運転は乗り物型魔道具の操縦経験がある、アンジェリーナ、シェルビー、女騎士ことジークルーネが担当することになった。
ジープを持ち出す際に村長が所有権を主張して少し揉めたけど、そこはそれ。誰のおかげで助かったのかってことと、さすがに少しキレ気味に脅したら、しぶしぶと持ち出すことを認めた。
一応、その他の盗賊の遺留品については村に渡すってことで譲歩もしたからね。当然の権利、むしろ控え目じゃないかな。
決まったらささっと移動だ。辛気臭い村になんか、いつまでもいられない。
私はジークルーネと話したいことがあったから、同じジープに乗り込んだ。
「ユカリ殿、少しいいだろうか。先ほど頂戴した回復薬なのだが、あれは貴女が?」
ハンドルを握ったジークルーネが、助手席に座る私にさっそく話しかけた。円滑なコミュニケーションのつもりだろうか。
「そうよ、結構効いたでしょ?」
「効いたなんてものではない! 実は先の戦争の時に腰と左腕を怪我していてな。治癒師もいなければ回復薬もないので、まともに歩くことも難しい状態だったのだ。改めて考えてみれば、とんでもない代物だったのではないかと思ってな」
結構な重い傷がいきなり全快したら、そりゃ驚きもするわね。
「私は自分で作れるからね。今回はサービスってことで、気にしなくていいわよ。ところで、ジークルーネ。その青い鎧は、あの遊撃騎士団のよね?」
この元騎士には訊きたいことがいくつもある。まずは特徴的な鎧についてだ。
ブレナーク王国には、いくつかの騎士団が存在した。その中で最も有名なのが、青い鎧がトレードマークの遊撃騎士団だった。
彼ら遊撃騎士団は大隊規模の精鋭で成り、任務として国内各地を巡りつつ、魔獣退治や領地の査察などを実行していたと聞く。さらに必要とあらば、貴族にさえも裁きを与える権限を持った、正義の体現者だったとの評判だ。民衆にとっての憧れの存在と言っていい。
ジークルーネが盗賊如きに手こずったのは、腰と腕に負った怪我の影響だったということだ。たしかに、それなら納得できる。
「……そうだ。もう壊滅してしまった騎士団だがな」
ちょっと寂しそうなセリフに感じるものはあるけど、いまはいい。それより気になることがある。
「あんたは王都にいたんでしょ? 現地がどうだったのか聞いてみたくてね。あ、それとハッキリ言っとくけど、私たちは元は収容所に放り込まれてた跳ねっ返りだからね? いま向ってる場所も、さっき言った気もするけど収容所だから。くれぐれも私たちが親切で良い人だなんて勘違いしないように」
成り行きで助けはしたけど、善人だなんて思われたら迷惑だ。
「貴女方は命の恩人だ。収容所がどうとか、そんなことはどうでも良いさ」
「ならいいわ。それで王都の状況はどうだったわけ?」
ジークルーネは思い返すように少しだけ沈黙し、やがて口を開いた。
「――最後の時、青騎士は王宮の裏手を守っていた。押し寄せる敵をなんとか跳ね返していたところまでは覚えているのだが……気が付いたらいつの間にか倒れていた。そして……王宮が瓦礫の山になっていた。何が起こったのか、わたしでは何も分からない。知り得る人間は王か王に近しい立場の者だけだろうが、おそらく誰一人として生きてはいまい。守るべき王宮も民も失い、怪我を負って生き残った仲間たちと故郷に逃げ帰り、いまに至るといったところだ」
軽く聞いただけでも壮絶だ。そんで故郷に戻ったら今度は盗賊? ツイてないにもほどがあるわね。
「なるほど、真相は闇の中ってことか。それにしても王都が壊滅するような爆発を近くで受けたんでしょ? あんたも含めて、生き残る騎士は大したもんね」
「騎士団でタイミング良く防御魔法を展開中だったからな。それでも無傷とはいかなかったが」
肝心なことは分からなかったけど、元々それほど期待もしてない。少しだけでも分かって満足だ。
そのあとは適当に雑談してると収容所が見えてきた。
「あれか」
「着いたらまずみんなで何か食べよう。いい加減お腹が減ったわ」
「そういえば朝から何も食べていなかった。すまないが世話になる」
見張り役が私たちの接近を発見し、大げさに窓から手を出して振ったおかげで、妙な誤解はされずにすんだ。もう暗いからね、見覚えのない不審車両が三台もやってくれば警戒するに決まってる。
車両で通用口に乗り付けるなり、すぐにフレデリカやジョセフィンたちが出迎えてくれた。
「ただいま」
「遅いです! ユカリたちなら大丈夫だとは思っていましたけれど、皆で心配していたのですよ」
心の友よ、心配かけてすまない。でも過剰なボディタッチは面倒に思ってしまう。
「お連れさんもいるみたいですね。それにその移動用の魔道具、良い物ゲットしてきましたね」
「ちょっとばかし訳アリでね。細かいことは後で話すから、とりあえず食堂に移動するわよ。お腹減ったわ」
「食事は多めに作っていたので、お連れの方の分も足りると思います。なんでしたら、追加で作りましょう」
村の女たちには、まずシャワーを浴びるように勧めた。
家が燃えてしまって着の身着のままの彼女たちには、収容所の着替えストックを渡してやる。ここには下着類やタオルなんかが、持ち出せないくらいたくさんある。服は作業服みたいな収容所の制服しかないけど、まさか文句を言う奴はいないだろう。
村人組みがシャワー中に、みんなには事の顛末を話しておく。
ここの連中はみんなアウトロー気質な奴らだけど、盗賊のひどいやり口には憤りを隠せないようだ。
「畜生がっ、ぶっ殺してやりてえぜ!」
「もうぶっ殺されてるっての」
「しかしな。そこまでやるなんざ、盗賊の風上にも置けねえ奴らだぜ」
「まったくだ。殺しや放火なんてやらかしても、何の得にもならねえってのによ」
「それにしても青騎士がここに助けを求めてくるなんてね」
みんなの感想はそのとおりでしかない。盗賊の流儀ってのは全然理解できない。
私もここに戻る道中に、色々と考えたことがある。
まあ、今日はもう休むべきだろう。面倒な話は明日でいい。
「そろそろシャワーから戻るわよ。そしたら、さっさと食って、さっさと寝る! あんまり事件の話はしないようにね」
雑談はここまでって感じで割り込んでしまう。
「もちろんです、お姉さま。みんなも分かっていますよね?」
「あ、ああ。もちろんだ。あたしらもさっさと食って寝ちまうことにするさ。なあ?」
私の言葉を継いで、妙に迫力のあるヴァレリアが釘を刺した。
その後、長いシャワーから帰ってきた村人たちを交えて、静かに食事を済ませてしまう。
自己紹介って雰囲気でもないからね。いつもの賑やかさとは違ってみんなで大人しくする。
「細かいことは、明日改めて話そうか。シェルビーはジークルーネたちを適当な部屋に案内してあげて。そんじゃ、おやすみ」
フレデリカとの同室に転がり込んだヴァレリアと共に、一緒にシャワーを浴びてから自室に戻る。
ふう、今日は大変な一日だった。明日はどうなることやらね。
翌朝、みんなが起きるのをのんびり待つ。
ジークルーネ以外の村人は、昼頃になって起きたらしい。きっとなかなか眠れなかったに違いない。
これで収容所にいるみんなが集まってることになる。ちょうどいいから私の考えを伝えてしまう。
「みんな揃ってるわね。私は彼女たちをどっか大きな街まで送ってくわ。そんでもって、そろそろ引き篭もるのは終わりにしようと思ってる」
村人のみんなをいつまでも収容所にいさせるわけにもいかない。小さい子だっているしね。
「お姉さま、それはもうここには戻らないってことですか?」
「そういうこと。移動用の魔道具も手に入ったし、そろそろ良い頃合でしょ」
「わたしは賛成ですね。まだ物資に余裕はありますけれど、ずっとここにいるわけにも行かないのですから。わたしは一緒に行きますよ」
フレデリカがもっともなことを言いながら追随した。
「当然、お姉さまに付いていきます」
何が当然なのかは分からないけど、ヴァレリアは私の行く所にはどこでも付いてきそうな勢いだ。
「誰かが言い出さなきゃ、そろそろこっちから言うつもりでしたよ。というわけで、便乗しますね」
ジョセフィンもそう言うと、次々と賛同の声が上がった。
結局、収容所の連中も全員が一緒に移動することになった。物資のことを除いても、そろそろここにいるのも退屈だったしね。頃合いだったんだろう。
「どっか良さそうな街に心当たりない?」
ガヤガヤと、どこの街は良かった、いやあっちの街のほうが良かっただとか、無軌道な話が始まった。
私は現地のみんなの意見に従う方針だ。意見が割れなければ、とりあえず全員で同じ街に移動する。
しばらく聞いていると、だんだんと意見がまとまってきた。
「姐さん、ここから三日ほど南東方面に向かうと、エクセンブラって大きな街があるんですがね。そこなんてどうでしょうか」
「あ、姐さんって何よ!? あんたのほうが年上でしょうが、まったく。で、そこはどんな街なの?」
厳つい顔の女に突っ込みながら、続きを促す。
「はい、エクセンブラは職人の街なんですよ。その気になれば働き口には困らないし、レトナークから離れてるってのも悪くねえんじゃないかと。すぐ南側は亜人の国なんで、いざとなればそっちに避難するってぇ手もありますね」
就職に困らなそうってのは、村人にとっても私にとってもいい条件だ。エクセンブラか。行ってみないと分からないことはあるにしろ、悪くはなさそうね。
よし、私はそこで構わない。乗ろうじゃないの。
「どっかほかに当てがあるわけじゃなし、異論がなければそこで決まりね。ジークルーネたちはどう?」
「ああ、わたしたちに異存はない。いつ出発する?」
そうね。思い立ったが吉日! と言いたいけど、もう昼すぎだし準備もある。
「明日の朝でにしようか。今日は運び出す物資の見積りでもしようか。みんなもそれで良いわね」
決まれば行動だ。私はジープにどれくらいの物資を積めるか、頭脳班と一緒に確認に行った。
収容者の身だった私たちに私物なんてあんまりないし、引越しの準備にそう時間はかからない。食料品は明日積み込むし、日用品は今日の内にやってしまおうかな。
――そして翌日、
まだ日が昇って間もない時間にもかかわらず、全員が食堂に集合した。
村人以外はどことなく楽しそうな雰囲気だ。
「おはよう、みんな早いわね。朝ごはんだけ食べたら、さっさと食料積み込んで出発しようか」
収容所組み十人、村人組み五人の計十五人での移動は、ジープに分乗して行う。
着替えや消耗品などの日用品は、個人個人に持てるだけの量を分けておいた。
ジープの内、一台は食料品と生活用の魔道具の運搬専用にしてしまう。限界まで食料品を積み込むんだ。
運の良いことに、氷魔法の使い手がいるから鮮度がある程度はキープできる。
道中で三日分の食料を消費する予定で、念のための余剰を少し持ってく計算だ。ジープは軍用のせいか十分なスペースがあるから狭苦しくもない。
出発の直前。みんなの様子を見てると、ジークルーネが青い鎧を着てないじゃないか。どうしたんだろうね。
「ジークルーネ、鎧は?」
「あれは置いて行く。国が滅びたからには、もう騎士ではないからな。それにあの鎧を着ていては要らぬトラブルを招きそうだ」
滅びた国の元エリート騎士か。たしかに、変な因縁つける奴はいるかもしれない。
「それはそうだけど、大事な物だったんじゃないの?」
「剣だけあれば充分だ。剣も街に着いて余裕ができれば新調する。それに、わたしも新しい人生を生きていくと決心した」
ジークルーネはもう完全に吹っ切れてるみたいね。
それならいい。
名残惜しいような不思議な気持ちで収容所を後にする。
私は単純に異世界の街が楽しみだ。収容所の狭い世界のほかには、襲われてた村に行ったことがあるだけだしね。道中の旅を含めてワクワクしてる。
収容所の跳ねっ返りと村人の不思議な取り合わせ。
私たち一行は今日、新たな一歩を踏み出した。