開戦の布告
意見は出尽くした。
残すは証拠をどうするかって問題だ。ここで話したことは、所詮は全てが推測だからね。
でもね、基本に立ち返ってみれば簡単な話でもある。
私たちは悪党なんだ。証拠がなけりゃ何もできない連中とは違う。
なにより単純な話、奴らはウチに喧嘩を売ったんだ。それを買ってなにが悪い。
表の看板はともかく、所詮は悪党と悪党の争い合いだ。遠慮なんてする必要が一体どこにあるってのよ?
ごちゃごちゃと能書き垂れて行動しない、思い悩んで身動きが取れなくなる、そんなのは最悪だ。
そんな暇があるなら、まずは行動を起こすんだ。後手に回れば回るほど、挽回はどんどん難しくなる。
私はいつも言ってる。先手必勝だってね。
そうすりゃ道は開ける。
ここでずっと大人しくしてみんなの様子を見てたジークルーネが結論を求める。
「皆、状況の確認はできたな? ではユカリ殿、結論は決まっているだろうが、どうするか皆に教えてくれ」
もちろん決まり切った答えだ。
「結論はさっき言った通りで変わらないわ。戦争よ。あれだけ舐めた啖呵を切られたんだからね。地獄を見せてやるより他にないわ」
冒険者ギルドのトップには、その地位から退場してもらう。それに従う奴らにも容赦はしない。
「よっしゃ、今から行くか!」
血気に逸って飛び出そうとするのは制止する。
「待ちなさい。仕掛けるのは今日の深夜にするわ。それまでに大々的な宣戦布告をして、奴らの仲間を結集させる。一網打尽にしてやるのよ」
不意打ちなんかじゃない。勢いに任せた襲撃でもない。真正面から喧嘩を買って出てやるんだ。
あくまでも喧嘩を売ったのは冒険者ギルドの方だ。それを世間に認知させる。まだ昼間だからね、十分とは言えないけど時間はある。他にもできる根回しはしておこう。
「私と事務班は宣戦布告の準備。残りの事務班と情報班は味方になりそうな貴族や他のギルドに根回し。遊撃班は真っ当な冒険者やギルド職員への告知を周知徹底。戦闘班は全力出撃の準備と通常営業にも穴が出ないよう人員とスケジュールは切り詰めて調整。戦闘支援班は各班の支援を密に。ローザベルさんとコレットさんには、ここにはいないマーガレットの支援を頼むわ。ゼノビアとヴァレリアもそこに付けるから、事務班とは別にメディアを使って今回の件を大々的にアピールさせて。ジークルーネとグラデーナは、全体の監督とフォローを。幹部は事務班を除いて全力出撃するから、その穴を埋める編成も確実にやっておくこと」
矢継ぎ早に指示を下す。
特にまともな冒険者連中には話を通しておくことが大事になるだろう。不良冒険者と無関係な連中まで排除するつもりはないし、ただでさえエクセンブラは街の規模に比較して圧倒的に冒険者の数が少ない。王国滅亡の折に拠点を移した連中だって、そう簡単に移動はしてられないだろうから戻ってくるのは少数にとどまってる。新規で少しずつ増えてきてるのをキキョウ会が原因で減少させたくはない。
今思えば成長著しいエクセンブラに、まともな冒険者がどんどん集まって来ないのも不思議な話だ。その辺の原因もひょっとしたらギルド長が一枚噛んでるのかもね。
「細かいところは任せるけど、なにかあれば相談しなさい。それじゃ、解散!」
「おう!」
宣戦布告は急いで取り掛からないと。住民にはあらかじめ広く知らせておきたいし、相手にも準備をさせる必要がある。
みんなが散ろうとする中、オフィリアが元冒険者仲間を呼び止めて私に聞く。
「ユカリ、ヴェローネとリリアーヌは遊撃班に借りていいか?」
「ん? 二人が良ければ好きにしなさい。任せるわ」
なにか考えがあるなら、それをやってくれていい。任せると言ったんだ。
「なぁ、前のギルド長とは知り合いだったよな? ヴァリドの野郎とは対立してたはずだから、そっちから何か出てくるかもしれねぇ。もしかしたら、だけどな」
「一応、知り合いではあるけどね。特に仲が良かったわけではないから、期待はしないで」
なるほど、前ギルド長か。それは使えるかもしれないわね。まぁ、それ程期待はしないけど、打てる手は打っておくべきだ。普通の冒険者連中に対するアプローチなんかも相談しながらオフィリアたちは退出していった。任せておこう。
「よろしいですか、ユカリノーウェ様。エクセンブラ全体で考えますと、不良冒険者はまだかなりの数がいると思われます。推測の通りにギルド長の子飼いであれば、戦力を結集して待ち受けるでしょう。あなた方が敗北するとは思いませんが、くれぐれも慎重に準備なさってください。それから、できれば証拠は確保してください。商業ギルドとしても個人としても、できる限りの協力は惜しみません。それでは一度失礼いたします」
ジャレンスもアドバイスらしきものを告げると、足早に去っていった。あっちも忙しくなるだろうしね。それでも商業ギルドが味方についてるのはありがたいことだ。私からしてみれば、冒険者ギルドよりも敵に回したくないのが商業ギルドだしね。
折角してくれたアドバイスも今更の話で問題ない。舐めるなと言ってる私が相手を舐めたんじゃ、冗談にもならない。もちろん舐めたりはしない。だからこその全力出撃だ。
悪事の証拠だって、存在するのなら必ず掴んでみせてやる。なに、やりようはいくらだってある。
さあ、私もさっそく宣戦布告の文面づくりだ。
あれだけ挑発的な文書を冒険者ギルドが作ったんだ。その返しとして相応しいものを作ってやらないとね。
「こういうのは割と得意よ。ざっとした草案を作ってみるから、フレデリカたちでブラッシュアップして」
「公開文書にするのですよね? でしたらそれができるまでの間に、掲示スペースなどは確保してしまいます」
事務班は事務班で色々と根回し先があるらしく、情報班と連携して忙しくなる。うんうん、そっちも大変だけどお任せだ。
さーて、私も少しはマシな文を考えますか。
自分の机で書面作りに集中すると、昔むかしに読んだ書物を参考にして、それらしいものを捻り出した。
あんまり時間もないから、適当な部分もある。あとはフレデリカたちのブラッシュアップ頼みだ。少しはマシにしてくれるだろう。
自作の宣戦布告の文を読み返す。
『開戦の布告
大陸中央にて天を衝くロマリエル山脈が東、エクセンブラの街で武名を馳せるキキョウ会は、賢明なる街の住民と広くあまねく世界に示す。
私はここに、冒険者ギルドエクセンブラ支部ギルド長ノリッジ・カーティス・ヴァリド及びその一味に対し、宣戦を布告する。
ノリッジ・カーティス・ヴァリド一味はギルドを私物化し、住民の安全と安寧を理解せず、みだりに闘争を起こし、エクセンブラの平和を著しく乱し、ついに我がキキョウ会に武器を取らせた。
幸いにも首魁一味を除く、善良な冒険者諸君は、我が方の意に理解を示した。さらには主要なギルドをはじめとした平和を愛し、道理を理解する多数の勢力は、我が方と誼を結び、首魁一味と対決する姿勢を鮮明にしている。
私物化した権力を躊躇いなく濫用する首魁は、野蛮極まる不良冒険者を次々と誘い集め、私的な戦力を増強し、我がキキョウ会へ挑戦し、今もなおエクセンブラの安寧を脅かし続けている。
平和裏に解決を図ろうとする私の呼びかけにも拘わらず、それどころか首魁一味はますますの増長を繰り返し、我がキキョウ会を屈服させんとし、住民へのさらなる圧力を加えんと邁進している。
我がキキョウ会が払ってきた友好の努力は、そのことごとくが水の泡となり、エクセンブラの平和存立も、まさに危急存亡の瀬戸際となった。
事ここに至っては、我がキキョウ会は自立と自衛、庇護すべき住民のため決然と立ち上がり、一切の障害を粉砕する以外にない。
私はキキョウ会の忠誠と武勇を信頼し、首魁一味の悪行を広く知らしめ、速やかに禍根を取り除き、エクセンブラの街に平和を確立し、それによって住民生活の安寧を期するものである。
我がキキョウ会の栄光は、首魁一味の野望を粉砕することにより、一層の輝きを得ると確信している。
■開戦の決行
本布告の当日深夜
■発
キキョウ会
会長 ユカリノーウェ・ニジョーオーファスィ』
まぁ、こんなもんよね。微妙に盛ってる部分はあるけど。
多少のハッタリはあって当然、この程度なら勝てば官軍で許されるってもんよ。
それにキーポイントは、あくまでもギルド長個人とその一味に対しての宣戦布告ってところだ。
決して冒険者ギルドそのものに対してじゃないってことね。これならジャレンスの懸念も多少は汲んだ形になってるだろう。世の中、建前が大事だからね。
「フレデリカ! 宣戦布告の草案ができたから、適当にブラッシュアップしてバラまいて。特に冒険者ギルドには大至急ね。最優先よ」
「ええ、この布告がなければ始まらないのですからね。至急、取りかかります」
まだ日は高い。決行の深夜までには、十分に周知されるだろう。掲示だけじゃなく広報のマーガレットだって積極的に動いてるんだしね。
今ごろは冒険者ギルドが出した声明で話題が持ちきりになってるだろう。
キキョウ会もついに年貢の納め時か? なんて思ってる奴だってたくさんいるかもしれない。
なにもかもが異例で急に湧いて出た破天荒な女集団と、説明不要の大組織で勇名馳せる天下の冒険者ギルド。それが一地方の支部であっても単純に考えて、名声も地盤も規模もなにもかもが違う。どっちが勝つかなんて、予想にもならない対決だ。それこそ何も事情を知らない人からすればね。
そこにちっぽけな組織から即座に逆襲を掛ける宣戦布告だ。
大人しく引き下がるなんて冗談じゃない。負けるなんて想像もできない。
小悪党を親玉に据えた不良冒険者なんぞには勝って当然、証拠だってどうにかしてみせる。
それくらいできないで、五大ファミリーと肩を並べるなんて夢のまた夢。マクダリアン一家やガンドラフト組との対決なんて、儚い夢みたいなもんだ。勝てなきゃ鼻で笑われるだろう。キキョウ会の実力は完全に疑われるし、それで終わりになる可能性だってある。
この程度は簡単にクリアしてみせてやんなきゃ、キキョウ会の名が廃るってもんよ。
そうだ! この程度、勝って当然! 完全勝利こそが、最低条件でもある!
会長の私がやることは他にもうない。あとはみんなの仕事と、時間を待つだけだ。
今日だけは暇つぶしをするようなこともせず、会長らしくどっしりと構えて事務室に居座る。
目を閉じて、ただみんなの帰りを待つ。
心の鍛錬よろしく無心を貫いてると、あっという間に時がすぎる。
すっかり日も落ちた頃合いに、ジークルーネから呼びかけられた。
「ユカリ殿、少し早いがすべての準備が整った」
「うん、ご苦労様。思ったよりも早いわね」
これから始まる戦いを前にしてるせいか、いつも落ち着き払った副長の態度が、今はどこか浮かれてるようにも見受けられる。
副長には留守を任せることが多いし、一緒に出撃するのも考えてみれば久しぶりだ。
「皆のやる気が特別だったのだろう。それで戦の前に腹ごしらえをしないか? 若衆が気を利かせて食堂から出前を頼んでくれたらしい。間もなく到着するはずだ」
「腹が減っては戦はできぬ。いいわ、食べたら休憩。日付が変わる前には出撃するから、その前の適当なタイミングで作戦会議を始めるわ。基本的な作戦案はジークルーネに任せるから」
「ああ、任せてもらおう! それとだ、実はいい知らせがある」
なによ、もったいぶって。
次回、「打ち上げ花火」に続きます。