届けられた文書
2019年初更新です。
今年もよろしくお願いします。
不良冒険者の問題は片付いた。少なくともキキョウ会のシマじゃ、しばらくの間は安泰だろう。
文字通りに全員を叩き潰したんだ。この事実を受けてわざわざウチのシマで悪さを働こうなんてアホは圧倒的に少数派のはずだ。少数のアホなんて、冒険者に限らずいつでもいるからね。見つけたら即座に叩き潰すし、特別気にするほどじゃない。
まだ朝の時間帯。早朝訓練と朝食の後では一人の優雅な時間を楽しむ。
涼しくなってきた空中庭園の木陰で読書に没頭してると、急な来客があったらしく呼び出された。
「……すぐに行くわ。でも珍しいわね、いつもなら事前に約束を取り付ける人のはずだけど」
「お休みのところすみません、会長。先方は急用らしく、深刻な様子でしたが……」
うーん、面倒な話かな。仕方なく読書を切り上げて移動する。
事務室の区切られた一角、応接セットに到着すると、その人はわざわざ立ち上がって挨拶を送ってきた。
「朝早くから急な訪問をお許しください、ユカリノーウェ様」
「それだけの用事があるってことでしょ? 気にしなくていいわ、ジャレンスさん」
ウチと懇意にしてる商業ギルドの理事だ。意味もなくアポなしで来るような人じゃない。
やっぱり、このパターンは少なくともいい話じゃなさそうね。それに挨拶したはいいけど、本題を切り出すのにちょっとした間が必要らしかった。なんか言い難いことみたいね。
「……実はこのような書面が、深夜にギルドまで届けられまして」
ジャレンスは緊張した雰囲気のまま意を決して口を開くと、懐から封筒に入った紙を取り出した。
「どうせロクな話じゃないんでしょ。なにが書いてあんのよ?」
やっぱり言葉にし難いのか自分で説明することをせず、取り出した紙をそのまま私に差し出した。
受け取った紙は独特の模様が入った高級紙だ。役所とかギルドの公文書なんかでよく使われる物。となると、これはどこぞからの正式な文書ってことになるわね。
さて、どんな下らないことが書いてあるのやら。
折り畳まれた書面を開いてさっと目を走らせる。
へぇ、差出人は冒険者ギルドのギルド長か。
宛先は、ってこれは商業ギルド宛だけじゃないみたいね。同じ文面で複数の宛先に差し出したものみたいだ。
で、肝心の内容は――。
『本文書は冒険者ギルド エクセンブラ支部より、全ての所属冒険者を代表して発するものである。
次の事項に申し開きの余地はなく、正義を希求するギルドとして当該組織には完全消滅をここに宣告する。
■一つ、キキョウ会を名乗る犯罪者集団に対し、当ギルドは断固たる措置を取る事と決定した。
■一つ、市民の味方である善良な冒険者に対する悪逆非道は、唾棄すべき凶悪犯罪であり、キキョウ会と称する愚劣極まる集団は決して許すことのできない大罪を犯した悪そのものである。
■一つ、当ギルドはキキョウ会を強く非難するとともに、宛先各位には当該組織に関する全ての事業計画や取引からの徹底的な排除を強く要請する。
■一つ、犯罪者集団であるキキョウ会と今後も取引を行う団体及び個人には、その規模の大小を問わず、犯罪者集団キキョウ会の一味であると断定し、以後そのように取り扱う。
■一つ、エクセンブラに居を構える各ギルド及びギルドメンバー、行政府、各種団体、個人に至るまで、全てがキキョウ会のような悪と対峙してくれるものと確信している。キキョウ会及びその一味と目される団体及び個人に対し、エクセンブラからの絶対排除を全ての人々に求めるものである。
冒険者ギルド エクセンブラ支部
ギルド長 ノリッジ・カーティス・ヴァリド』
…………なんだろうね。
怒りが振り切れると冷静になるってのは本当らしい。
ふぅーーー…………。でもね。これは落ち着いてていい場面じゃない。やるならすぐに、徹底的にだ。
「ジークルーネっ、幹部全員を緊急招集! 特にジョセフィンとオルトリンデは今すぐに呼び出しなさい!」
「っ!? 待機メンバーにすぐ探しに出るよう伝えろ! 会長と副長の連名で、幹部全員を緊急招集だ、急げよ!」
「は、はい! みんな、行くよ!」
同じフロアで待機中の副長に緊急幹部会の手筈を整えてもらう。ジークルーネはまだ何が起こってるか分かってないけど、私の態度から疑問を差し挟まずに、まずは応じてくれた。
「ユカリ、どうしたのですかっ!?」
これまた同じフロアで仕事中の事務班から、本部長のフレデリカが代表して私に問う。まぁ、気になって当然だ。こんな召集の仕方をするのは初めてのことだからね。
「戦争よ。全員が揃ってから詳しく説明するわ」
「せ、戦争!?」
ここにいるみんなが驚く。そして私の方を見ては、問うことをせずに誰もが黙る。
怒りで吹き荒れそうになる嵐のような魔力は、きっとただの無駄遣いだ。今は抑えなければ。
「……ユカリノーウェ様、我々商業ギルドはこのような事態になることを望んでおりません。後ほどの幹部会には是非ともこのジャレンスめも参加させて下さらないでしょうか。無論、お役に立つ話も持って参りました」
さすがは海千山千の商業ギルド理事。今の私を見ても、言うべきことは言う人のようだ。そういうのは頼りになる。
「興味深いわね。期待はさせてもらうわ」
幹部が全員集まるまでは少し時間がかかるだろう。街の外に出てる班もあるはずだから、呼び出すにもそれなりの時間がかかる。
今のキキョウ会は幹部が抜けても他のメンバーで大抵のことならできるから、そういう意味ではもう安泰なんだ。組織として盤石になりつつある証拠よね。
そう、やっとそこまで私たちキキョウ会はやって来れたんだ。
苦労して育て上げた、そのキキョウ会を完全消滅? 絶対排除? 上等じゃない、やれるもんならやってみろ!
ああ、いけない。怒りに我を忘れそうになるわね。
「ちょっと頭冷やしてくる。みんな揃ったら呼びに来て。それと集まるまでの間にジークルーネとフレデリカはジャレンスさんから話を聞いておいて。あとジョセフィンとオルトリンデが来たら最優先で伝えること。それ以外のメンバーには私から話すわ」
ウチは武闘派が多いからね。あんなふざけた話を聞かされたら、我慢できずに飛び出していくのだっているだろう。個別に話すとその辺でややこしくなるから、まとめて私が話した方がいい。
「承知した。それと今回の幹部会はユカリ殿の部屋を借りてもよろしいか? 事務班の若衆もこの雰囲気の隣では仕事にならない」
「いいわよ。鍵も開いてるから好きにしなさい」
こういう時のために私の部屋にも応接セットがあるんだ。さすがに幹部全員分だと椅子が足りないけど、そこは補充なりしてくれるだろう。
慌ただしくなった事務室を背にして、私は一人で文字通りに頭を冷やす。
豪快に服を脱ぎ捨てて大浴場に入ると、頭から水のシャワーを浴びる。
「…………へっくしょいっ」
グスッ。涼しさを感じるようになった気候で、真水のシャワーは流石に寒い。でもクシャミ一発で気分も変わる。熱くなった頭もこれなら少しは冷やせる。
紫紺の髪から病的に白い肌の足先まで水が流れ落ちるのが、よく感じられる。寒いけど不思議と気持ちがいい。
ふぅー、目が覚める。頭も冴える。
しばらく水のシャワーに身を浸してるけど、怒りはまったく冷めない。むしろ考えれば考えるほどに熱く煮えたぎる。
だけど、冷静さもまたそれ以上に強くなった。
今なら吹き荒れそうになる魔力は完璧に抑えられてる。一見すれば、いつもの私と同じはずだ。
ほんの少し解放してやるだけで、止めどなく怒りの発露が溢れ出そうになるけどね。
頭を冷やそうってのは思ったよりも効果的だった。真水の冷たいシャワーが不思議と私に力をくれる。
そうだ。冷静に、冷酷に。
もっとも効果的に、もっとも激烈に。
最高の仕返しをしてやろう。そのために必要なことをする。
これまでにみんなでやってきたことが冗談でもコケおどしでもないって証明してやる。負けてたまるか。
「……会長、よろしいでしょうか? 幹部の皆さんが全員揃ったそうなのですが」
身体が冷え切って震えが止まらなくなったころ、ようやくお呼びがかかった。
「す、すぐに、行くから」
やりすぎた。寒くて口まで回らなくなってる。
動きの鈍い体を引きずって浴場から出ると、服を着てから超複合回復薬のホットティーでお腹の中から温める。
ゆっくりと飲み干すと、少しずつ感覚も戻って来た。うん、もう大丈夫かな。私なら自室に戻るまでの間に完全回復できる。
あえてゆっくりと歩いて、みんなが待ち受ける自室に戻った。
個人の部屋とは思えなような重厚で立派な扉を開くと、殊更堂々とした態度を見せつけながら席に着いた。そして隣に座るヴァレリアの髪をなんとなく弄る。私もやっぱり落ち着かないらしい。
いつにない私の雰囲気に面食らったのか、みんなも少し妙な空気を感じたみたいだけど、まずはグラデーナが口火を切った。
「……おう、ユカリ。ジークルーネと連名で緊急招集ってのはどういうことだ? その割には焦ってるようには見えねぇが」
「まったくだぜ。殴り込みでも受けてんのかと思って、急いで帰って来たってのによ」
「会長、副長、どいうことなんですの? 商業ギルドのジャレンスさんまでいらっしゃいますし」
この様子じゃ、まだみんな知らないみたいね。外回りをしてる班は、別ルートで話を聞いてるかもと思ってたけど、まだだったか。
どう言ったもんかと、少し思案する。ふーむ。
「どうするユカリ殿、ここはわたしから説明するか?」
「うーん、そうね、まずは現物を見てもらおう。その方が手っ取り早いわ。ジャレンスさん、例の書面をテーブルに」
「承知しました。皆様、どうぞこちらをご覧になってください」
開いて置かれた書面を読むために、みんなが身を寄せ合って覗き込む。
沈黙が支配するのは、きっと僅かな時間になる。
身を引いたままなのは私とジークルーネ、フレデリカ、ジョセフィン、オルトリンデ、そして書面を持ってきたジャレンスだ。
情報班の二人が呼び出されてから知ったのか、ちょっと前に知ることができてたかは分からないけど、今こうしてる間にも情報班の若衆たちは動いてくれてるだろう。なにもせずに待ってるようなメンバーなんていない。
商業ギルドもきっと様々なコネを駆使して情報を集めてるだろうし、もしかしたら具体的な行動もすでに起こしてるかもしれない。ジャレンスが商業ギルド宛の手紙を持ってここに来た以上は、彼も独断で動いてるわけじゃないはずだ。
みんなは食い入るように書面を読んで、そして。
怒りを爆発させた。
新年一発目に相応しい内容になったのではないかと思っております。(?)
今後に向けてハードな争いに発展する、次回「権威との対立」に続きます。
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