不良冒険者狩り
世の中、大抵のことは唐突に起こる。
予兆を見逃さず的確に対処できるなんてのは、運が良いか、人手も金も掛けて神経質なまでの慎重さで観測してるか、超人的に優れた天才がしかるべき立場で采配を揮えるか、つまりは稀なケースに限られるだろう。
可能性は考えてても、それがいつ起こるかなんてズバリ的中させることは、なかなかできるもんじゃない。少なくとも私たちには難しいことだ。
夕食後の幹部会は、物騒な報告から始まった。
「今日の夕方頃、東部のシマで組員が殺されたそうです」
「殺された?」
揉め事はしょっちゅうあっても、殺しまで起こるのは珍しい。
「北西部でも同じことが起こったと報告が入っています。直接にキキョウ紋を狙うのではなく、二次団体の組員がターゲットにされているのでしょうか」
殺しが続けて起こったんだとしたら、偶然の可能性は低い。なにかの意図があって狙われたと考えるのが妥当だ。
襲われたそいつらはキキョウ会の下働きとして使ってる、昔から地元にいた組の構成員だ。『二次団体』と表現するのはちょっと違う気もするけど、まぁ便宜上の話だ。
以前、レトナークが攻めて来て戦争中だったあの時。多くの戦闘班幹部が不在の間を狙って、相互不可侵協定を破ってまで襲撃を仕掛けてきた奴らのこと。結局はウチに屈して上納金を納める立場になってる哀れな奴らだ。同情の余地はないし、命があるだけで感謝するべき奴らだけどね。
フレデリカの報告にポーラが続く。
「組員殺しだけじゃねぇ。住民にも手を出してやがるし、商店を壊して暴れたり、やりたい放題やってるらしいな」
迷惑な奴らね。それに今までのシマ荒らしとは随分とまた毛色が違う荒っぽさだ。
「なによそれ。どこの誰の仕業よ」
「犯人は割れてるぜ。そもそも隠すつもりもないらしいがな。目撃者からの話を聞くと不良冒険者の仕業で間違いないが、どうやらサラの学校で半殺しにした冒険者が関わってるみたいだな」
「なるほどね、あの時の報復ってわけか。それにしちゃ、ウチのメンバーを直接狙わないなんて、根性なしにも程があるわね」
返り討ちが怖いんだろうか。まぁ、一度は半殺しにしてるんだし、そりゃ怖いか。
ただ、これは地味に嫌な攻撃だ。こんなことを思いつくのは、いったい誰だろうね。
「そういえばウチのメンバーも襲撃は受けていましたね。戦闘班が普通に撃退していますので、特に報告も上げていませんでしたが、まさかこのような手段に訴えてくるとは……」
あ、そう。ウチの戦闘班は普通に売られた喧嘩を買った程度の認識だったわけね。
「わたくしも今日の見回り中に聞きましたが、住民の中にも死者や重傷を負った人がいるらしいのです。単純な暴力だけではなく金品を奪われたり、女性が連れ去られたりといったこともあるらしくて。以前からもそういったことはありましたが、格段に増えているようですわね」
「……許せませんね」
殺気のこもったメアリーの呟きも当然だ。酷いもんね。それにしても組員殺しだけじゃなく、住民への手出しとまでなるとやりすぎだ。キキョウ会への報復にしてもやり方が悪辣すぎる。
「とにかく、二次団体とはいえキキョウ会の関係者に手を出したこと。それも組員殺しだけじゃなく、シマの住民にまで手を出してる。舐めるにもほどがあるわね……奴ら、地獄で後悔させてやるわよ」
半殺しの報復が殺しじゃ釣り合いが取れない。やったことのツケを払わせてやる。
余所者にキキョウ会の恐ろしさ、改めて身に刻んでやろうじゃない。
「でしたら情報班は相手の特定と居場所を探りましょうか」
ジョセフィンに任せれば、実行犯の居所まですぐに掴めるだろう。どこに隠れたって、必ず引きずり出してやる。
「そうだな、情報班は犯人の捜索と被害状況を精査してくれ。各戦闘班には見回りの強化と、不良冒険者は発見次第の即時排除を頼んだぞ」
「どこまでやる? この際、不良冒険者どもは全員ぶちのめすが、今回の襲撃に無関係な奴まで殺したんじゃ、不味いこともあんだろ?」
うーん、たしかにやりすぎれば冒険者ギルドからは間違いなく反発があるだろう。だけど、事が事だ。実行犯を血祭りにあげたくらいで文句なんか言わせないし、そもそも不良冒険者なんかをのさばらせてるのは誰のせいか。放置は論外だけど、さて、どうしたもんか。
「ああ、そうすると不良冒険者ってのは格好だけで分かるもんでもねぇな。ジョセフィンが特定した奴ならともかく、まさかツラだけ見て決め付けるわけにもいかねぇだろ? 悪さをしてる最中なら簡単なんだがな」
それもそうね。不良っぽいだけで普通の冒険者だっているだろうし、その逆だっているはずだ。なかなか面倒ね。
うーん、どうしたもんか。まったく、本当に面倒な奴らね。
「……だったら派手にやろう。あらかじめ期間を定めて徹底的にやると宣言してはどうか?」
ふむ、最初から宣言しておいて、普通の冒険者には警告しておくってことか。ウチのシマにいるのが嫌がらせ目的の不良冒険者しかいないって状況が作れれば、誰をぶちのめそうが関係なくなる。
警告を受けて不良冒険者までいなくなるなら被害は出なくなるし、その間に情報班が犯人を見つけてくれれば即座に始末も付けるから問題ない。ついでにやるという強固な意志を見せつけることは、住民や集まってくる商人への安心材料にもなるだろう。
普通の冒険者までシマに立ち寄らせないようにするから商売への影響はあるだろうけど、短期間ならばそれも限定的だ。むしろ不良冒険者をそのままにしておく方が、悪影響があるのは誰もが認めるはず。
「うん、それは良い案かもね。ウチのシマで警告文の張り出しと、新聞雑誌を使った宣伝。それから冒険者ギルドにも忠告しておこうか。この際、ド派手にやってやろう」
「あ、でしたらその手配はわたしがやってみても良いでしょうか?」
口をはさむのはマーガレットだ。彼女は幹部じゃないけど、広報として色々と知っておくべき立場だから、幹部会にも特別に参加させてる。
「そうね。あんたならツテもあるだろうし、やってみなさい。ちょうど良い出番がやってきたわね、マーガレット」
まだ見習いで訓練中の彼女だけど、その辺は任せても問題ないし、私たちの誰よりも上手くやるだろう。
「頼んだぜマーガレット。冒険者ギルドに行く時には、あたいらも付いてってやるよ」
「ありがとうございます、心強いです!」
取り敢えずは、こんなところかな。
意見が出尽くしたところで、最後に決意を込めて宣言する。
「よし、不良冒険者狩りといくわよ。一人残らず、キキョウ会のシマから叩き出す。奴らに地獄を見せてやりなさい!」
「おう!」
徹底した不良冒険者狩りの始まりだ。
『冒険者に告ぐ。
昨今の盗賊の如き一部冒険者による住民への不貞行為に鑑み、住民からの委任を受けたキキョウ会は、強力無比な取り締まりを断行する。
冒険者と見受けられる格好や装備である場合には、発見次第の即時排除も辞さない。断固たる対応を覚悟されたし。
言い訳無用、問答無用、警告に従わぬ愚か者には容赦なき鉄槌を下す。
用件ある者は、稲妻通りのキキョウ会本部まで来られたし』
キキョウ会のシマ全域に貼り出す警告文だ。
この他には開始日時と期間が記載されてる。
今のエクセンブラにおいて、裏社会と関りがなくたってキキョウ会の名前くらいは誰だって知ってるはずだ。新参者ならともかく、この街をホームにしてる冒険者ならさすがに知らない奴なんてのはいないはず。このタイミングで他所から来た冒険者であっても、普通はまずギルドに立ち寄る。そこでこの警告は必ず目にも耳にもするはずだ。
それに不良冒険者が色々な悪さをしてるってのは、真っ当な冒険者からしても迷惑な話だしね。私たちに文句があるなんてのは、きっと少数派だろう。
六番通りの商店をよく使ってる冒険者からしてみれば迷惑な話かもしれないけど、多少の我慢はしてもらう。それに事前に相談してもらう分には融通だって聞いてやる余地はある。
あと冒険者であっても、武装をしてない普通の街着なら出入り自由だから、買い物がしたいのならそれをやればいいだけだ。不良冒険者がそれをやったとしても、悪さをする奴は普通にぶちのめすだけだから関係ない。それが不良冒険者だったと判明した場合には、もう容赦をする理由が一つもない。
あとは報復目的の敵がどう出てくるかね。
様々なルートで警告を出してから間もなく、反応は劇的だった。
それは冒険者よりも、住民からの大きな反響。直接に被害を受けた住民は多くいたし、その関係者や目撃者はさらに何倍もいるんだ。元凶を徹底的に懲らしめると宣言したキキョウ会への肯定的な反応は思ってたよりも大きかった。それだけ怒りを募らせてたってことだろう。
仲間を殺された組の連中も、躍起になって不良冒険者を探してる。それに本気になって奴らを潰そうとしてるキキョウ会には、これまでよりずっと協力的にもなってる。
顕著なのは、冒険者の目撃情報が恐るべき速さで伝わってくることだ。ああいう奴らが警告に従わないのなんて想定通り。
それでも奴らは住民を完全に敵に回してしまって、先を争うにように密告するような状況が生まれてしまってる。不良冒険者はやりすぎたんだ。
見回り中の各戦闘班には、冒険者の目撃情報だけじゃなく、怪しい奴や問題を起こした奴の情報までもが即座に入る。
そして急行しては容赦なく叩き潰す。ジョセフィンの情報にあった奴らは血祭りに上げ、そうでない奴らでも半殺しは当たり前。それに装備を含めて持ち物は全て取り上げてしまう。
二度とウチのシマで悪さをする気が起こらないように、報復なんて考えもしないように。徹底的に恐怖を刷り込み、心まで叩き折る。二度目はない。
こっちのやり方をやりすぎだなんて言わせない。これはキキョウ会だけじゃなく、住民の意思でもある。不良冒険者の被害に遭ってるのは、ウチのシマだけじゃなかったし、他のシマでもウチがやってる取り締まりは歓迎されてるらしい。
概ね不良冒険者狩りは順調に進んでたんだけど、あとちょっとのところで行き詰った。
「残りはまだ見つからない?」
「逃げ足だけは早い奴だな。尻尾を掴んでも、すぐに姿をくらませるらしい」
「まぁ、エクセンブラから逃げ出すつもりならともかく、追い詰められるのは時間の問題ではないかと」
問題になってるのは特に悪意のある不良冒険者だ。そいつは肝心のサラちゃんの学校で半殺しにした奴らの一人で、ウチのシマで暴れまわってたリーダー格らしい。そいつが捕まえられないんだ。
ただ、逃げ回ってる割にはちょこちょこウチのシマの近くで目撃情報が入るんで、遠くに逃げる意思はないのかもしれない。
事務室で話してるとジョセフィンが眠そうな顔で入ってきた。
「あ、ちょうどいいところに。ユカリさん、やっと見つかりましたよ。今まではダミーや仮のアジトばっかりでしたが、今度こそ本命です」
「今話してたところだぜ。やっと本命か!」
「でかしたわ。なかなか手を焼かせてくれたわね。それで、どこなの?」
ジョセフィンは持参した地図を広げて指差した。
「……これって」
「たしか、ちいせぇ組のシマだったよな? ケンカを売られたこともなかったはずだぜ」
グラデーナが言うように、ウチのシマと隣接する小規模組織が縄張りにしてる場所だったはずだ。
今までは直接やり合うようなことは全くなかったけど、そこはマクダリアン一家の支配領域でもある。ウチへの嫌がらせに使うなら場所もいいし、奴らの関係組織なら納得もできる。問題は関わりの程度だ。
不良冒険者を匿ってるそこの組織は木っ端組織だ。それこそ四次団体とか五次団体とかのね。組織力も低いし、武力も財力だってそんなにあるとは思えない。そんな程度の奴らがウチにケンカを売ってどうなるかなんて、以前のマルツィオファミリーらの顛末を考えれば馬鹿でも分かる。
でもジョセフィンたちになかなか本命の居場所をつかませなかった力量は気になるところだ。
似合わない頭脳労働をしてると、こっちも何やら考えてたフレデリカが口火を切った。
「……ここはマクダリアン一家の四次団体だったはずですね。ジョセフィンがここにいると断言するのでしたら思い切ったこともできます。ユカリ、グラデーナ、タイミングを見て仕掛けてしまいましょう。今でしたら情勢もあって許されます」
「おいおい、フレデリカ。いくら四次団体だからって、マクダリアン一家の傘下だろ? 相互不可侵協定はどうすんだよ?」
うん、私だって進んで協定破りをする気はない。どういうことだろ?
「例の不良冒険者が中にいるタイミングで踏み込めば、全ては後付けでどうとでもできるはずです。なんといっても、マクダリアン一家も本家が不良冒険者狩りに賛同しているのですから!」
キキョウ会が始めた不良冒険者狩りは、エクセンブラの住民全体や外から来る人にもかなり好評で、一時的なことだろうけどシマの経済は盛んになったくらいだ。キャンペーン中は過剰なくらい安全に気を配ってるからね。不安要素のある他のシマよりも、安全なウチのシマに多くの人が集まってきたんだ。
それを黙って見てる五大ファミリーじゃない。奴らも私たちの真似をして、不良冒険者の排除運動を始めたんだ。まぁ半分は口先だけだろうけど。
もちろんマクダリアン一家も表向きには、不良冒険者の悪行を許しておかないなんて宣言まで出してる。
「なるほどな。不良冒険者を匿ってたなんてことがバレたら、それが四次団体だったとしてもマクダリアン一家の評判はがた落ちだ。ウチが殴り込みを掛けても不良冒険者の身柄さえ押さえちまえば、奴らも文句は言えねぇって寸法か」
その理屈なら納得できる。
「だったら話は早いわね。不良冒険者の相手なんてしょうもないことは、いい加減に終わらせたいわ」
「お、ならすぐに行くか?」
「今時分であれば不良冒険者もアジトにいるはずですね。踏み込むならタイミングもいいですよ」
グラデーナがニヤリとしながら立ち上がって、ジョセフィンも今ならやれると太鼓判を押す。
私たちの相手は単独の不良冒険者なんだ。人数をそろえる必要はない。殴り込む先のマクダリアン一家の組織だって、小規模組織だ。通常営業中のみんなを巻き込むまでもない。
私、グラデーナ、ジョセフィン。これだけでも釣りがくる。
「うん、すぐに行くわよ。グラデーナとジョセフィンは付いてきなさい」
「いいですね。マクダリアン一家の関係団体の中にまでは、そう踏み込めないですからね。色々と参考になりそうです」
そう言うと思った。この際、どさくさに紛れてジョセフィンには色々と探ってもらおう。
木っ端組織如きに重要な情報が転がってるとは思えないけど、不良冒険者の暗躍は木っ端組織が単独で支援できるレベルを超えてる。その辺の探りを入れて、少しでも情報が得られれば御の字ね。
「全員ぶちのめすか?」
「いや、目標は不良冒険者だけにしよう。邪魔するなら容赦はしないけど、あくまでも私たちがやるのは不良冒険者狩りだからね。マクダリアン一家に付け入らせる要素は少ない方がいいわ」
「それがいいでしょうね。いってらっしゃい」
身軽な私たちは、フレデリカに見送られて即座に出撃した。