悪の組織たる自覚
まだマイナーとはいえ、着実に名を上げつつあるキキョウ会には、世界各地から入会希望者がやってくる。
出身、種族、経歴、年齢もバラバラだけど、多くは野心に満ちた女たちだ。ただの食詰め者もいるし、脛に傷を持った公権力に頼れない奴が庇護を求めてやってくるなんてこともあるけどね。
ウチはいい話だけじゃなく悪評もあるから、決して大人数というわけじゃないんだけど、それでも少なくない人数が常時パラパラと訪ねて来る。
我がキキョウ会はそんな彼女たちを門前払いにしたりはしない。
頼られた以上は応えてやるのが女の心意気。妙な勘違いをしてるのは追い返すこともあるけど、まぁそれは例外。
事例を交えつつ、危険と仕事内容に待遇なんかもキッチリと話して聞かせる。そこで怖気づくのは少ないけど、見習いになって初期の訓練で脱落するのはそこそこいる。
一度ウチの門を叩いた以上は、希望するなら働き口の面倒くらいは見てやってるけどね。
どんなに才能のない奴であっても、キキョウ会のハードな見習い期間を修了したならば、例外なく一端の強さを身につける。
基礎訓練だけじゃなく、講義によって知識だって一定の水準は保たれる。元はバカだったとしても、ここで意外な才能を見つけるのもいたりする。
なにより見習い期間を修了するまでに一番重要なこと。無ければ乗り越えることはできないだろう。
それは困難を乗り越える力、結局のところは気合いと根性だ。
極端に体力の劣る奴だって中にはいる。そんな奴でも鍛え続けて行けば、相応に伸びる。遅くても努力した分だけは、必ず成果となって返ってくるんだ。
だからこそ、私たちは見捨てない。自分から諦めない限りは、時間が掛かったとしても向上が認められるならば、どこまでも付き合ってやる。
キキョウ会正規メンバーの水準は厳しいから、どうしてもそこに至れないと最終的に判断した場合には、こっちから諦めさせることになるけど、今のところはそのケースはない。その前に自分で諦めてしまうし、帰れるところがあるのなら、それはそれでいいことのはずなんだから。
決してそんなつもりはないんだけど、厳しい訓練はある種の洗脳に近いのかもしれない。その厳しい見習い期間を経て正式にキキョウ会メンバーとなった若衆の忠誠心は厚い。素人同然から始めた人だけじゃなく、元からある程度の実力を持った人であっても、それは変わらない。
そして、正式にメンバーとなった後で、さらに忠誠心は増す傾向にある。
ウチは危険だし厳しいけど、ある意味では甘いとも言える。
まず、基本的に若衆は危険の先頭に立つことはない。他の裏社会の組織では捨て駒にされることもあるようだけど、キキョウ会ではそんな扱いをされることはない。
なぜなら我がキキョウ会においては、危険に真っ先に飛び込むのは幹部だからだ。
幹部は若衆を守り、若衆は幹部の背中を見て育つ。強き幹部は絶大な信頼を集め、若衆はそれに続けとさらに強くなる。
他所では類例を見ない好循環だろう。
今日はもう幾度目かになった、見習いの卒業祝いがある。
正規メンバーになった証として、キキョウ紋が入った墨色と月白の外套を与えるんだ。
「先ほどブリオンヴェストから、注文していた外套が届きました。見習いたちを呼ばせましょうか?」
自室から事務所に来ると、フレデリカから荷物の到着を教えられた。
「そうね。楽しみにしてるだろうし、早く渡してやろうか」
新たなキキョウ会メンバーの誕生だ。それは正式に私たちの仲間になるってことでもある。嬉しい一日よね。
「ええ、それでは準備を始めましょう」
フレデリカも嬉しそうに支度を始めた。
見習いを卒業してもまだまだ厳しい訓練は続く。
どの班に属しようとも一人前になるまで苦労するのは間違いない、特に戦闘班に配属される場合には、ここから本格的な戦闘訓練が始まるからね。
荒事の正面に陣取る戦闘班は強者であらねばならない。並み程度じゃ決して許さない。そんなんで満足する奴は、きっとすぐに死ぬ。キキョウ会の戦闘班を名乗るからには、私は死ぬことも許さない。どんな困難にあっても、必ず生き延びて目的を達成してもらう。
要求水準は高いけど、見習い期間を通過した以上は確実に成長できる素養がある。基礎訓練によってすでに十分な身体能力を獲得した後だから伸びもいい。基礎魔力も増大してるから、魔法の訓練だって捗る。
一人前になるにはまだこれからだけど、見習いを卒業してる時点で期待のできる逸材だってことだ。
嬉しいことがあった後は、まるでバランスを取るかのように面倒で嫌なことが起こる。
ある日の昼下がり、そいつはやってきた。
「ど、どうかお願いします! 会長さん、娘のカタキを討ってやってくれませんか!?」
見知らぬおっさんの訴えだ。無視したいところだけど、こいつもウチのシマで商売をやってるらしいから門前払いにもし難い。
このおっさんによれば、娘とやらが噂の不良冒険者に嬲り者にされたあげく、無残にも殺されたんだとか。
まぁ可哀そうな話ではある。私たちがそれを目撃してたならば、即座にその場で始末をつけてやったことだろう。
なにが問題かと言えば、頼めばなんでもホイホイ言うことを聞くと思われちゃ困るんだ。それに加えて頼みごとが殺しときた。カタキ討ちって、ようはその相手を捜し出して殺せってことよね。
しかもだ。見ず知らずのおっさんにいきなりカタキを討ってくれと言われてもピンとこない。どんな事情があるにせよ、私からすれば殺しを頼まれるのはとても不愉快だ。
敵には容赦しないし、結果的に殺すことはあっても、キキョウ会は仕事として殺しを引き受けるような殺し屋の集団じゃないんだ。
知り合いですらないおっさんに、やってくれと言われて素直にやると言うはずがない。
「……事情はもう少し詳しく聞くとして。ところでさ、あんた、私にそんな頼みごとをするほど親しかったっけ?」
キキョウ会が、それも会長である私がこんなおっさんに遠慮をする必要はどこにもない。
むしろ、こうして直接話をしてやってること自体が、普段ならあり得ない。今日は暇だったから、たまたま来客の応対をしてみれば、このザマだ。
「い、いや、まだ移住してきたばかりで」
「いつからウチのシマで商売してんの?」
「……か、金ならこの前、払ったじゃないか!? それで守ってくれるって話を聞いたんだ! 足りなければいくらでも払ってやるから、やってくれてもいいじゃないかっ」
そんな風にキレられてもね。
シマの中で惨事があったのならば、ほんの少しくらいは責任を感じてやらなくもない。
だけど、みかじめ料は店の用心棒代であって、いつ何時でも全ての人を守ってやるような約束じゃない。ましてや個人的なカタキ討ちなんてやってやるほどの義理はこいつにはない。
まぁ、不良冒険者だとか関係なく、ウチのシマで悪さをするなら、どんな奴であれ放っては置けない。いずれにせよ叩き潰す必要はあるけどね。
こいつのようにシマの人間に頼み事をされることは、まぁまぁある。
一部の特殊な例を除けば、揉め事の解決や仲裁を頼まれることがほとんどだけどね。そういうのに力を貸すのは信用に繋がるから、こっちにもメリットはある。仕切ってるキキョウ会が出張れば、大抵はすぐに話がつくしね。
だけどね。カタキ討ちなんてのをいちいち受けてやるのは、ちと違う。
「断るわ。不良冒険者は邪魔だからそっちの見回りは強化するけどね」
「どうしてだ!? 金なら追加で払うっ!」
「へぇ、いくら払うつもり? あんたさ、自覚がないようだけど、キキョウ会に殺しを頼もうとしてんのよ?」
娘が殺されて必死になってるのかもしれないけど、殺しを安くみられちゃたまらない。
「私と親しい人がやられたんならともかく、別にあんたは友達でもなければ、知り合いですらない。いきなり誰かを殺してくれなんて、言われる身にもなってみなさいよ」
「じゃ、じゃあ、あの不良冒険者どもは野放しかっ!? あ、あいつら、あいつらは、お、俺の、俺の娘をっ、くそっ、くそっ、ど、どうすりゃ」
ああ、鬱陶しい。泣き言を喚くおっさんは鬱陶しいけど、亡き娘さんには同情もしよう。
「……おう、おっさんよ。ちっと聞いてもいいか? そこまで必死なら、なんでテメェでやらねぇんだよ? あ?」
どういうつもりか、途中で入って来て横で聞いてたボニーが口を挟んだ。
その通りだけど、荒事に疎いだろうおっさんには酷な言い分だ。相手は不良冒険者なんだ。ろくでもない悪党でも実力だけはそれなりにある。
言葉を返せないおっさんに、ボニーは続ける。
「相手が悪いから最初からテメェじゃやらねぇってか? そんであたしらに泣きついたかよ。で、金はいくら用意してきたんだよ?」
言葉は荒っぽいけど、ボニーは情に厚い女だ。武闘派だけど、決して悪い奴なんかじゃないし、馬鹿なところはあっても愚かではない。ここは任せてみるか。
しばしの沈黙を破って、希望を見出したのかおっさんが口を開く。
「……て、手持ちは少ないが、全財産出してもいい。三百万ジストなら、すぐに用意できる」
三百万? 話にならないわね。別に金の問題じゃないけど。
「おっさん、テメェ舐めてんのか? それっぽっちの金で殺しをやれだって? テメェをぶち殺すぞっ」
ただの脅しじゃない、殺気の混じった威圧だ。それを向けられたおっさんは、青い顔をして震えながらも必死に言い募る。
「お、俺じゃカタキを討ってやれないのは分かってるんだ! あんたらに頼むしか、どうにもできないんだよおおおおおおっ」
ふん、逆切れって感じだけど気合だけは伝わった。
おっさんを睨みつけてたボニーがこっちに振り返る。
「おう、ユカリ。この件はあたしに預けて貰うぜ。今日は非番なんだ、別にいいだろ?」
「害虫駆除を請け負ってくれるなら、私も助かるわね。あんたの好きにしなさい」
「へっ、帰ったら今日は奢れよな」
墨色の外套を翻して、武闘派の女は颯爽と出て行く。行先は言うまでもないだろう。
意味の分かってなさそうなおっさんは、呆然と立ち尽くしてる。
「……あんたの事情に関わらず、ウチのシマにいる不良冒険者は叩き潰すわ。その中にあんたの娘のカタキが混じってる可能性もあるかもしれない。それだけのことよ」
「か、金は!?」
「いらないわ。はっきり言って、その程度の金でウチが動くなんて思われちゃ堪らないのよ」
そんなはした金でキキョウ会が殺しを請け負うなんて噂が、万が一にでも流れちゃ困る。
意地悪をしてるわけなんかじゃない。こっちにはこっちの事情があるし、全ては本音だ。
見ず知らずの奴のカタキなんて、はっきり言ってどうでもいい。家族が悪党に殺されてる奴なんて、それこそ世の中ごまんといる。
キキョウ会にはした金で殺しを頼みに来たことも、その時点で私がぶち殺してやってもいいくらいにムカつくことだ。
でもね。キキョウ会のシマでふざけた事を仕出かした奴らはもっと気に食わない。
不良冒険者だって? 今のキキョウ会は、そんなゴミどもに好き放題やられてしまってるわけだ。
どこの誰の、どんな事情だって知ったことか。カタキ討ちなんて関係なく、その不良冒険者どもは抹殺する。ボニーが出てくれなきゃ、私が後で叩き潰しに行ってたところだ。
つまり、個人の事情や金銭を絡めずに、普通に嘆願すれば良かったんだ。
不良冒険者がいるからなんとかしてくれってね。そうすれば、私たちは極自然に動き出す。
ややこしくたって、こっちもキキョウの紋と看板を掲げてる以上は、スジを通してもらわないと示しがつかない。
いつも思ってるけど、キキョウ会はお人好しの集団ってわけじゃないんだ。無論、私もね。
例えどんなに大義名分のある立派なことだったとしても、気に入らなきゃ撥ね退ける。
身内には甘いし、敵には容赦しない。悪党でも気に入れば助けてやるし、善人でも文句を垂れるうるさい奴なら殴って黙らせる。
それで悪評が立ったって関係ない。だから、なに?