裏口の激闘
なにやら言い合ってたグラデーナとゴーストの激突から、戦いの火ぶたは切って落とされた。
グラデーナはいつものオーソドックスな長剣、ゴーストは短めの剣だ。腕の長さを考慮しても、リーチだけならグラデーナに分がある。
いざ動き始めて剣を振るおうとしたグラデーナの動きが、ブレーキでも掛けたかのようにガクッと鈍る。鈍った剣は易々と避けられ、逆に短い剣の連撃でいきなりグラデーナは追い込まれてしまった。
「うぉっ、身体が、動かねぇ!」
「悪いがすぐに終わらせるぜ。こっちも暇じゃないんでな」
いつもより遥かに精彩を欠いた動き。急に全身に重しでもつけられたかのような感じだ。これは魔法の阻害のみならず、肉体にも作用するタイプの阻害魔法に違いない。
なるほど。私が前に阻害魔法を掛けられまくって苦戦した相手の総大将ともなれば、それもおかしい話じゃない。
追い込まれるグラデーナをたたみかけるように、ゴーストは身体強化魔法の出力を激増させた。
ゴーストの猛攻をグラデーナは捌き切れない。鈍い動きながらも大半は防いでるのはさすがだけど、それでも腕や胴体には剣が掠ってるし、時々は直撃もしてる。手数で攻めるタイプのゴーストは、一撃の重さがそれほどじゃないみたいだから、グラデーナがすぐに倒れることはない。外套が刃を防ぐから斬られることがないしね。
それでも金属の刃が当たれば痛みはあるし、ダメージだって受ける。致命傷は避けていても、このままじゃ蓄積するダメージでやがては倒される。
……たしかに、デカい口を叩くだけのことはある。魔法の出力だけならグラデーナを完全に上回る。こりゃ強い。あ~もったいない、譲るんじゃなかったかな。
グラデーナは我がキキョウ会の副長代行だ。武闘派の筆頭でもある。強者ひしめくエクセンブラにおいても、同じ条件下で正面切ってグラデーナに確実に勝利できる奴なんて、片手とはいわないけど両手もあれば足りる人数しか存在しないだろう。
そのグラデーナを完全に上回ったといえる力の差だ。絶対ではないけど、少々の技量や小細工でなんとかできる範囲は越えてると思う。そこに阻害魔法まで加わってるんだ。勝てるはずがない。
――普通なら。
「チッ! この野郎、痛ぇんだよっ! あぐっ、だああああああっ、くそっ!」
きつそうに凌ぐグラデーナだけど、凌ぎ続けられてること自体がそもそもおかしい。さらに、その動きは徐々に良くなってきてる。
当然だ。阻害魔法の対策はキキョウ会ならやってて当たり前。複数人から多重に掛けられる阻害魔法ならまだしも、単独の魔法なら恐れるに足りない。
グラデーナは阻害魔法の無効化に少し苦戦したみたいだけど、剣の攻撃を凌ぎながらも見事に対抗して見せた。これがどれほど難しいことか。だけど一度コツさえ掴めばあとは大丈夫。グラデーナにこいつの阻害魔法はもう通用しない。
それにしても、受けたはずのダメージを全く感じさせないのはおかしいけどね。痛みに強いってのと単純に根性が座ってるとかはあるだろうけど、それだけじゃ表現しきれないタフさだ。
「よし、よし、よしっ! どうだ、おらぁ!」
精彩を取り戻したグラデーナは余裕をもって剣を弾き返して、ニヤリと笑って見せた。今までのダメージで、かなりの痛みがあるだろうに。まったく、大したもんね。
ゴーストの身体強化魔法の出力を十とするなら、グラデーナは本気を出しても七から八ってところだろう。よっぽどの切り札でもなければ、この差は決定的だ。しかも今グラデーナが使ってる身体強化魔法の出力は、せいぜい五分だ。それなのに対抗してみせてる。
それが可能な理由は簡単。おなじみの魔法薬だ。身体強化魔法を使ってるのと同等の効力を得られる魔法薬。
実際には単純な足し算とはいかないけど、魔法薬で八の強化、五分の強化魔法で四の強化、単純に合計すれば十二となる。グラデーナが本気を出してなくても、ゴーストを上回る計算だ。そして本気を出せば十六となり、その差は圧倒的になる。私が慌てずに余裕で見てられたわけよね。
悪く言えば遊んでる。違う言い方をすれば、楽しんでるんだ。インチキの魔法薬がなかったとしたら、自分を上回る戦士との戦いを。
それも訓練とは違う、本気で命を奪いに来てる相手との戦いなんだ。グラデーナほどの実力者にもなると、そんな機会はなかなか訪れない。そもそも自分より強いのが滅多にいなんだからね。
周りを見れば、キキョウ会の若衆が人数差をものともせず、ゴースト配下の暗殺者を圧倒してる。
第三戦闘班と戦闘支援班から選抜された若衆は、ヴァレリアに連れていかれた五人を除いた、残りの七人だ。
対する敵の人数は三倍弱。すでにその半数近くを制圧しつつある。それが可能な理由は魔法薬による底上げもあるし、敵にゴーストのような特別な強者がいないってのもある。
さらに、若衆はタイマン勝負をしてるわけじゃないから、油断なく最初から本気を出してる。戦いを楽しむ前に、まずは敵の数を減らすことを優先させたんだ。お陰で私はフォローの必要もなく、ただの傍観者でいるしかなかったわけだ。
グラデーナから距離を取ったゴーストは冷静に戦況を見極めてる。
自身の阻害魔法が破られたこと。
敵の女がどういうわけか、身体強化魔法の出力に見合わぬ力を発揮すること。
自分の部下が制圧されつつあること。
そのうえで下した結論は、戦闘続行だった。ただし、やり方を変えて。
ゴーストは懐から短剣を抜くと、グラデーナに向かって投擲する。毒付きのを三本もまとめてだ。なかなかやる。
それと同時に、背後に向かって走り出す。その先にいるのは、キキョウ会の若衆だ。
「っ逃げろーーーっ!」
グラデーナは短剣の対処をしながら警告を発する。余計な事を考えず、警告に従って一斉に飛びのく若衆。
しかし、ゴーストはやっぱり只者ではない。凄まじい速度で迫るゴーストと、その斬撃から完全に逃げることが叶わず、一人の若衆の手首が舞った。ゴーストは止まらず、手近なウチの若衆にも刃を向ける。
ちっ、不味いわね。魔法薬まで使ってるウチの若衆でも、あいつの相手はまだ無理だ。正面からだったとしても踏んでる場数が違い過ぎるし、今は不意打ちだ。立て直す前に蹂躙されてもおかしくない。
さらにだ。このタイミングで敵の一人が爆発魔法を放つ。範囲は広いが威力は弱い。しかし、視界は完全にふさがれる。このパターンは……。
「いいかっ!? あたしがいいって言うまで頭を隠せ! 死にたくなかったら、首から上だけは守っとけよ!」
うん、いい命令だ。そして充満するガス。爆発に紛れるようにして広がってる。離れたところにいた、私がいる位置までも完全に煙に包まれて視界はゼロになる。
でもね、この状況は完全に想定内だ。
騒がしかった戦場が、急に静かになった。そこで始まるアホどもの会話。得意の睡眠ガス戦法が決まって安心してるんだろう。決まってないんだけどさ。
「……ふぅ、手間取らせやがって。お前ら、生きてるか?」
「くそが、生きてますが死ぬところでしたよ」
「ゴーストの旦那、この女ども俺たちの好きにしていいですかい?」
「おい、アモル、どこだ!? 生きてるか!?」
「死んだよ。俺の目の前でやられたのを見た。アモルだけじゃねぇ、バーズメンもディアスもやられてる」
「なんだとっ!? くそがあああ! ぶっ殺してやる!」
「……お前ら、女どもは全員殺せ。まだ仕事は終わってねぇんだ。急ぐぞ」
風魔法で煙が払われると、そこにいたのは。
倒れ伏すキキョウ会一同ではない。獰猛な笑顔を浮かべた恐るべき強者たちだ。
毒ガスだろうと睡眠ガスだろうと、浄化刻印の施された外套を纏ってる限り、私たちがガスでやられることはない。
煙の中では身体強化魔法をカットし気配まで絶って潜伏するキキョウ会メンバー。並みの胆力や腕ではないからこそできる芸当だ。
そして常備してる回復薬で傷を癒しつつも、魔力感知で敵の位置を正確に把握する。
敵が油断し煙が晴れた瞬間、あざ笑うかのように武器を敵の体に吸い込ませた。
攻撃を受けた半分が悲鳴を上げることさえできずに倒れる。
ゴーストがこの状況に気付けなかったのは、やっぱり疲労が大きいだろう。グラデーナとの闘いじゃ、阻害魔法を使ってた影響で一方的だったけど、それでも全力での猛攻を続けてたんだ。暗殺者のゴーストが持久戦に向いてるとはとても思えないし。
そして煙に包まれたタイミングでの攻撃。ゴーストの攻撃は間違いなく、複数人の若衆をとらえてた。致命傷にはならないけど、それでも完全にとらえた攻撃だったはずだ。その状況で苦しむ声や荒い息すら漏らさないんじゃ、ガスが効いて即座に眠ったと油断するのも無理はない。
奴らはあらかじめ解毒薬でも使ってるのか、ガスにまかれても平気なようね。それに魔力感知の精度も私たちに比べて遥かに劣る。
この分じゃ、視界の効かない戦場において、キキョウ会は圧倒的に有利とさえ言ってもよさそうだ。
立て続けてに倒される敵と焦りを見せたゴーストだけど、グラデーナがその前に立ちふさがり邪魔をさせない。ついでに私も威嚇だけして援護する。
そして、残す敵はゴーストのみとなる。
若衆は敵を片付けると、そのまま控える。手首を失ったのには、あとで第二級の傷回復薬を使ってやんなくちゃね。
私は最初から変わらずに警戒を続ける。ヴァレリアの方はまだ戦ってる気配を感じるけど、それも終焉が近そうだ。
次話「雷火の戦士」に続きます。