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冬の訪れ、研鑽の日々

 寒い季節へと移り変わり、収容所には新たに入ってくる者、去ってゆく者があった。

 個人的に思い入れがあったのは、治癒師ご一行と冒険者チーム。ローザベルさんたちとオフィリアたちだ。彼女たちは本格的な冬到来の前に、めでたくシャバに戻った。

 そもそも彼女たちは旅人であって、特別な理由なく不当にぶち込まれてたんだから、早々に出るのは当然と言えば当然。でも居なくなるとやっぱり寂しいものだと思う。


「ユカリ、お前はあたいの命の恩人だ。いつか必ず恩は返すぜ! じゃあまたなっ!」


 最後の晩にオフィリアが言った言葉は本気と受け取った。聞いたからには必ず恩は返してもらう。返しにこないなら、取り立てに行くのも悪くない。オフィリア、ワイルド系エルフ、おっとり系エルフ、穏やかなお姉さま、獣人少女の冒険者五人組だ。覚えておこう。


 治癒師たちのことも覚えておく。特にローザベルさんには回復薬を渡す約束があるから、早い内に交流がありそうな気もする。

 私の知り合いは収容所で会った人たちばかりだ。どれもが貴重な出会いだったと思う。私がシャバに出た暁には、またの再会を期待したい。



 ロマリエル山脈が雪に包まれる頃、収容所もまた一面の銀世界へと様変わりする。

 銀世界で膝上までずっぽり埋まるほどの積雪のなか、数十人の女が列を成して走り回る。


「ペースが落ちてる! まだ半分も進んでないわよ!」


 先頭で雪を掻き分けながら、背後に向かって気合を入れる。

 一部というか今では大半の収容者にとっての日課と化したトレーニングだ。冬の時期は自動的に雪上訓練となってしまう。


 雪山登山や雪中行軍するわけじゃないけど、異常に体力を使うんでトレーニングにはもってこいだ。厳しい寒さも相まって、根性を鍛えるのにもちょうどいい。

 なんだかんだ、身体の強さとは別に精神も鍛えるに越したことはない。文字通り弱肉強食の世界なんだ、女もタフでなくちゃね。


 誰に強制されてるわけでもない自由参加だから、無理をする必要なんかない。途中で帰ったっていいし、最初からこなくてもいい。

 体力に個人差はあるし、体調もその日によって様々。毎日やる人もいれば、一日休んで翌日には参加してる人や、数日置きに参加するペースの人だっている。だけど、出席率は異様に高い。


 何が彼女たちをそうさせるのか。

 悪いことじゃないから私は特に気にしない。理由なんか、なんだっていいんだ。単純にたくさんいるほうが楽しいしね。


 そんでもって過酷なランニングが終われば次だ。少しの休憩を挟んで、雪合戦の時間だ!


 雪合戦とは、すなわち雪だまをぶつけ合うだけの簡単なお遊び。

 私が適当に作ったルールでだけど、娯楽に飢えた女たちには、これが大層受けてしまった。


 ルールは簡単。

 チームを二つに分け、それぞれが自陣に大きな雪だるまを作る。敵陣の雪だるまを先に破壊したほうが勝ちの単純なルール。

 雪だるまを壊す最中に互いに雪だまをぶつけ合って、ぶつけられたら即退場。その判定は審判が行う。

 残念ながら審判は私で、選手としての参加は全員一致で認められてない。当然と言うかなんというか、投擲術が強すぎるせいなんだけど。

 適当にチーム分けを済ませると、各陣地に分かれて早速試合開始だ。


「おらあああっ! 死ねやっ!」

「ヘボい球投げてんじゃねえ! そんなもんが当たるかよ!」

「痛っ! 痛い、痛い、痛いってばっ! もう当たってるって!」


 戦術も何もあったもんじゃない。血気盛んな連中が雪だまを投げ、罵り合いながら突進する。

 ここのメンツじゃあ、キャッキャウフフといった遊戯にはならず、殺伐とした闘争になってしまうのが毎度の光景だ。


「退場っ、退場っ、あんたも退場、ほらさっさと退場!」

「ぐえええっ! ち、ちったあ手加減しろ!」


 私は審判の務めを果たすべく、被弾した者を容赦なくぶん投げて排除する。ここには紳士なんていないから、被弾の自己申告なんか全然ない。審判は実力行使あるのみ。


 試合が終われば、みんな仲良く疲労困憊でぐったりだ。

 でも勝ったほうも負けたほうも満足げだから、殺伐としてる割には楽しんでるらしい。楽しんでトレーニング! 良いことよね。

 ちなみに負けたほうには、罰ゲームで限界挑戦スクワット対決が待ってる。ここでもまたトレーニングとはね。これは私が言い出したわけじゃないから、きっとみんな鍛えることにハマってるんだろう。



 そうして運動の後には、新聞雑誌からの情報集めの時間だ。

 雪の季節で国際情勢に特別な動きはない。ざっと見る限り、娯楽関連の記事が目立つ。


 いま、個人的に一番熱いのは、北方の大国ベルリーザの第四王女様だ。フルカラーでデカデカと載せられた女の子の写真に目が惹き付けられる。

 見た感じは十代後半くらいだろうか。赤みがかった長い金髪に、挑戦的に輝く赤紫の瞳。赤黒いドレスを身にまとった自己主張の激しいスタイル。不敵に笑う表情。かなり目立つだろう、物凄いド派手な印象の女の子だ。


「最近多いですよね、悪姫あっきの記事。わたし、実は結構ファンなんです」


 フレデリカは意外とミーハーらしい。


「へえ、そうなんだ。私も結構好きなのよね、この子。見た目もやってることも豪快で面白いわよね」


 話題の人物は自国民にも周辺国の人々にも、悪姫あっきなんて呼ばれる破天荒なお姫様だ。

 今回の記事を読むと、ベルリーザの王都にある悪徳商会を彼女の活躍でぶっ潰したそうだ。文字通り、物理的に。


 悪姫がターゲットにするのは隠れて悪いことやってる連中だけなんだけど、近隣の商会や民家に少なくない被害が出るのが玉にきずって感じで、暴れっぷりがとにかく派手だ。

 被害の補填は国王がやってるみたいなんで、お国に対してはあんまり文句は出てないらしいし、国としても悪姫を好きにさせておいたほうが良い理由が色々とあるっぽい。


 世直し行脚の黄門様じゃあるまいし、仮にもお姫様ともあろう者が悪者退治に精を出すとか面白すぎる。色んな意味で、注目せずにはいられない子なんだよね。

 男社会の中でも例外的に目立ちまくってる女の代表格とも言える存在だ。


「ちょっとユカリと似ているかもしれません」

「そう? まあ気が合うタイプかもね」


 お姫様と会う機会なんかないと思うけど、もし会うことができたら楽しそう。いつかベルリーザを訪れてみるのもいいかもしれない。



 夕食後の図書館は、以前にも増して人であふれ返ってる。

 トレーニングだけじゃなく、勉強にもしっかり取り組む人が多くなったみたいに思えた。

 私はといえば参考資料や図鑑を開きながら、魔法のイメージを膨らませることに毎日取り組んでる。


 やがて訪れる出所を見越せば、この環境下でやっておくべきことは多い。


 まずは適正のある超有用だろう薬魔法について、可能な限り調べ尽くし考え尽くす。

 傷回復薬はすでに実践して効果も自分で確認済み。その他の回復薬は実際に試せてはいないけど、上手くやれる自信だけはある。

 ローザベルさんから教わった回復薬の作成は、一度の実践を経てイメージは完璧だ。


 でも、よくよく考えると私の魔法適性は『薬魔法』なんだ。『回復薬作成魔法』じゃない。

 ということはだ。回復薬以外が作れても、なんらおかしくないんじゃないかと思う。

 治癒師と話しても回復薬以外の話は一度も話題には出なかったし、残念ながら資料でも確認できない。それでも回復薬以外の薬のように、まったく新しい薬品を生み出せる可能性は排除すべきじゃない。


 たとえば既存の回復薬を組み合わせて複数の効力を持つものや、液状の薬しかない現状を打破する粉末や錠剤が作れる可能性だってあるかもしれない。液体から固体にできれば、これは革命的なんじゃないかと思う。まあ簡単にはできないから、液体しかないんだとは思うけどね。


 それから回復薬以外の薬だ。


 もし特定の能力を上昇させるものや逆に低下させるものなんかを作れるなら面白い。

 さらに攻撃に使えるものはどうか。元の世界のニトログリセリンは薬としてのほかに爆発物でもあったはずだ。

 そしてニトログリセリンが作れるならば、別のニトロ化合物も作れる可能性まで出てくる。より大きな威力を持つ爆薬を作れるってことで、魔法戦においての火力に期待が持てるようになる。


 薬学の知識はあんまりないけど、魔法とはイメージこそが実現の大きな鍵と聞く。

 自身の魔法において肯定的なイメージはそのまま力となるし、研究する価値は十分にある。


 あとは毒。もっといえば化学兵器。実際には気軽に使えるもんじゃないにしても、切り札としては有効だし考えておく価値はある。

 薬魔法にはもっともっと多くの可能性が秘められているんじゃないか、そう思えてならない。



 そんでもって鉱物魔法も重要だ。これも考えれば考えるほど奥が深い。

 前にフレデリカから、空中に浮かぶ盾のアイデアをもらったことは忘れない。あのイメージをできるだけ具体的にする考察も怠らない。


 イメージするのは、鉄よりもずっとずっと頑丈な盾。

 素早く一瞬で盾を作り、不意をつかれたって問題なく防げないと、実戦的とは言えないレベルだ。

 空中に浮いてる盾を常時展開できればベストだけど、さすがにずっとは厳しいだろう。省エネを考えたって限度はあるし。

 だけど毎回手順を踏んでから盾を作るようだと、いざって時に間に合わないかもしれないからね。とにかく素早く、一瞬で防御できるようにイメージは完璧に、考えなくてもとっさに実行できるように。速度が肝心だ。


 盾自体のクオリティも当然追求する。

 硬いだけじゃ駄目で柔軟さも必要になる。理想は戦車の複合装甲を真似したい。物理攻撃にも魔法攻撃にも完璧に耐えるんだ。

 何しろ魔法はあるし、超人だっている世界なんだ。徹甲弾やミサイル並みの威力の攻撃だって、当たり前のようにあるかもしれない。魔獣だっているし。


 武器を持った敵からの斬撃、刺突、殴打、魔法攻撃の炎熱、氷結、雷撃、耐衝撃性と爆風の威力軽減など、様々に想定できることはある。

 硬度、靭性じんせい、割れやすい方向の性質、鉱物同士での摩擦電気、磁性のある鉱物、ファンタジー鉱物だってあるし、色々組み合わせて研究を重ねる。この想定だけでも、まさに無限の可能性がある。やりがいありすぎなほどだ。


 でも最初の試作品としては、単純な構造が望ましいかな。

 やっぱり単結晶のダイヤモンドはイメージしやすい。透明だと使い易いってのもあるし。ただダイヤは熱には強くないし、それこそ対魔法戦には不足かな。


 防御力に重点をおきたいからやっぱり、ゆくゆくは合金の装甲を目指したい。

 この複合装甲を基本として、大きさは一メートル四方程度で、不意打ちを想定して一瞬で展開できるようにイメージを固める。

 盾の大きさを変えたいときには、投入する魔力とイメージ次第なんで特に問題ないと思う。必要に応じて大盾、小盾と作ればいい。

 あとは複数展開。同時複数攻撃への備えは必須よね。


 まだまだ研究とイメージ確立が必要な構想段階だけど、摩擦電気や圧電気を応用して、強い磁性を帯びた鉱物から強力な電磁石が作れないか。

 電磁石を複合装甲に組み込めば、金属製の武器や防具を使う敵と接近戦になった場合、圧倒的に有利になれるんじゃないか。

 魔力に対して反応する鉱物なんかもあるから、それを利用したアクティブ装甲とかも実現できたら面白い。


 薬魔法との兼ね合いになるけど、もしニトログリセリン的な薬品が作れるようになれば、爆発反応装甲の実現も可能かもしれない。本来の爆発反応装甲の用途とはまったく違うけど、接近攻撃に対する切り札として有効になる。

 これらの実現には相当な時間と努力が必要になるにせよ、やっぱり色々と楽しみだ。

 そもそも不可能なことばっかりかもしれないけど、何しろ時間はたくさんある。気長にやればいい。



 ああ、身体強化魔法を併用した投擲術の可能性もまだ大いにあるはずだ。

 今のところ投石しかやったことがないけど、刃物を投げるのは有効に思えるし、対人戦だと変化球も有効になるかもね。さらにニトロ化合物の実現がなれば……自分でも恐ろしい想像だ。


 身体強化魔法自体の向上もまだまだできるに違いない。

 やっぱり基本は大事だからね。近接格闘術を生かすためにもとっても重要だ。この基本こそが私の生死を分けることになるかもしれない。



 まあこんな感じで、研究・考察・妄想を膨らませてはいるけど、実際に石礫を飛ばせなかったように、イメージ次第でなんでもできるってわけじゃないんだ。実際にやってみなくちゃ分からないことだらけ。うん、何事も実践ね。


 こうした日々の頭脳労働と、身体の鍛錬をこなしながら時は過ぎていった。

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