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強化魔法の秘密

 決着がついたかと思いきや、暴れたい奴はまだこの場にたくさんいた。

「団長っ!? 魔法戦闘準備、遅れるなよ!」

「このっ、タダじゃおかない! やるよ、みんな!」

「今なら奴も消耗しているはずだ、怯むなよ!」

 次々と声を発し気合を入れる赤い鎧の集団。男も女もいるし、誰もが精強なのは一目瞭然だ。

 倒した藍色の髪の騎士に比べれば弱いけど、それでも雑魚ではないし数も多い。それにあの鎧は厄介だ。まだまだ楽しめそうね。左肩の傷はハンデにしといてやろう。


 戦いに身を置くと身体が熱くなる。

 気持ちが高ぶってドキドキして、でもそこに恐怖は全く無くて。

 ただ熱い闘争心に満たされる。

 身体と心が熱くたぎって私を動かすんだけど、不思議と頭の中だけは冷静なんだ。まるで心臓には熱した鉄、頭には逆に冷え切った鉄を埋め込みでもしたかのよう。

 自分の中の熱さと冷たさを同時に感じられる、私はこの瞬間がきっと好きなんだろう。


「上等よ、掛かってきなさい!」

 挑発に簡単に乗せられた若い男の騎士が、ゼノビア並みに大きな剣を叩きつけんと振り下ろす。

 さっきの藍色の髪の騎士やゼノビアに比べれば虫が這うようなスピードだ。それは言いすぎかもしれないけど、それでも私に通用するものじゃない。

 半身になって簡単に避けると、大きな剣の腹に向かって拳を叩きつける。

 魔力十分で頑丈な魔導鉱物の剣を折ることはできなかったものの、その剣を手に持ってた若い騎士の方がその衝撃に耐えきれずに剣を手放した。

「アレックス、下がってろ!」

 手を押さえた若い騎士が私を睨みながらすぐに後退する。

 吹き飛ぶ大きな剣に、私に襲い掛かろうとしてた一部が怯むけど、それとは別方向からはすぐさま魔法が襲い掛かってきた。


 魔法攻撃が始まると同時に連携が生まれる。

「一気に押しつぶせ!」

 まさしく全周、全方位からの絶え間ない攻撃だ。だけど、それならそれでやり易い。

 ふと、私が避けたらどうするんだろうかと思いつつも、普通に受ける。

 アクティブ装甲を使うまでもなく、単に全周に及ぶ対魔法装甲を展開するだけだ。大規模魔法でもない攻撃じゃビクともしない。

 それに黙ってやられるだけの私じゃない。お返しに鉄のトゲをばら撒いてやるものの、奴らも一度は見た魔法だからか、それぞれで避けて対処する。なかなかやるわね。

「ちぃっ、しぶとい! 抜剣せよ、俺に続け!」

 魔法じゃ埒があかないと思ったのか、今度は身体強化魔法に集中して殺到する。


 接近戦もいい連携だ。

 横なぎに剣が振るわれたと思ったら、後ろから何本もの突きがやってくる。避ける隙間なんて全くない。

 素直に避けることはせず、爆発反応装甲で蹴散らすけど、やっぱり効果は薄い。顔を守られるとダメージはないわね。

 衝撃と打撃に強い鎧にはどうしても相性が悪い。斬撃にもある程度は耐えそうだし、魔導鉱物ゆえに魔法への耐性も高い。かなり優秀な鎧だ。希少な素材自体にも金が掛かってるし、オーヴェルスタ伯爵家ってのは思った以上の大物かもしれない。


 兜のない頭部を殴れば終わるけど、それが分かってるのか頭への防御の意識は相当高い。

 首から上を狙う振りをすれば簡単に鎧には攻撃が当たるけど、肝心のダメージが入らない。

 投げ技への警戒心も強いみたいで、少し遠めの距離を意識してるし、必ず複数で連携して、掴もうとする動きの邪魔をして来る。

 まぁ、強引に押し通れないこともないんだけど、何かいい方法はないもんかな。


 練度の高い騎士連中はなかなかに面白い相手だ。うーん、だけどね。

「……もういいかな」

 最初の内は物珍しさもあって面白かったけど、しばらく続けてるとだんだん面倒になってくる。私はちょっと飽きっぽい。肩から流れる血の量もそろそろ気になるし。

 殺すつもりでやれば色々とやりようもあるけど、虐殺するつもりもないしね。どう終わらせようか。



 藍色の髪の騎士は団長らしいけど、こっちの様子を離れたところで見てるだけで、もう手を出しては来ない。部下の騎士がしゃかりきになって私を倒そうとしてくるもんで、その所為で終わる様子がないんだ。

 そうね。あの鎧の耐久力を別の方面から試してやろうか。上手くいけば終わらせられる。こいつらは鎧の防御力に自信があるようだし、それを破ってやれば少しは大人しくなるだろう。


 うん、そうねそうね。妙な柔らかさのある鎧は掴みやすかった。ってことはだ。ちょっと試してみるか。

 少々強引な方法だけど、戦意を挫いてやらなきゃ終わりそうにないしね。

 よし、決めたら即実行、戦闘中なら尚更だ。


 ちょくちょく指示を出して、戦闘の指揮を執ってた背の高い男を標的と定めた。

 今は少し後ろにいて、その前には二人の騎士が立ちはだかる。

 そいつらに目を向けて少し微笑んでやるサービスをしてやったのに、奴らときたら緊張に顔を強張らせるだけだ。まったく、つまんない男ね。


 周りの奴らはもういい。構うだけ無駄だ。あいつを倒すだけで、おそらくそれでカタが付く。

 もう邪魔はいらない。ステージを整えよう。

 魔力を込めてイメージを具現化する。周りの騎士が入ってこれない檻だ。

「……囲め」

 呟く。正面にいる二人の騎士と、その奥にいる指揮官の男、それと私だけを包み込むように檻を作るんだ。

 地中から続々と突き上げるように生えるタングステンのトゲは、檻のように密生しながら私たちの周囲を取り囲んだ。


 檻を破壊しようと躍起になる騎士だけど、そんなすぐには破れないだろう。私としても少し持てばそれでいい。

 歩みを進める私の前には二人の騎士。どっちも細身の剣を使う男だ。

 肩を斬られた時に見せてるし、もう隠す意味はないだろう。ねじ伏せてやる。


 牽制で飛んでくる魔法を何事も無かったかのように平然と防ぐ私に、もう無駄と悟ったのか神妙に剣を構える騎士。

 ひとりの騎士が気合の入った斬り払いをしてくるものの、団長の騎士のそれとは比較にならない。まぁ悪くない一撃だけどね。

 負傷してる左肩に向かってくる細身の剣に対するは、私の素手の拳。突き上げる一撃だ。

 驚く暇さえ与えない私の拳は、細身の剣を叩き折りながら騎士の顔面をぶん殴った。綺麗に決まってノックアウトだ。

 剣の刃に触れた時に拳の皮と肉が切れるけど、骨には何の支障もない。


 すぐさま残った騎士が混乱したような雰囲気を漂わせたままの声を出し、しかし力の籠った突きを私の胸元辺りに向かって繰り出す。

「があああああああああ!?」

 細身の剣による鋭い突きの一撃、これもまた悪くない一撃だ。


 勝負!


 突きには突きで。

 腰だめに構えた拳を正面に向かって突き出す。


 見えていた結果だけど、私は正拳突きで、剣の突きを物ともせず、正面からその剣を砕ききってみせた。

 拳で剣の根本まで砕き、正拳はそのまま赤い鎧に突き刺さる。激突の衝撃を殺した鎧だけど、完全に殺せるわけじゃない。そのまま勢いでぶっ倒して、倒れたところを蹴っ飛ばすとタングステンの檻に叩き付けてやる。

 運悪く顔を檻にぶつけて苦しむ騎士を放って次に進む。次で終わりだ。


 このタイミングで、檻越しの離れたところにいる藍色の髪の騎士に視線を送ってみる。

 今までの戦いぶりで私が手加減をしてることは分かってるんだろう。ただ静かな瞳で成り行きを見守ってる。すると、この檻に閉じ込めた最後の男、背の高い騎士が大声を張り上げた。

「俺はオーヴェルスタ・クリムゾン騎士団、副団長のグレーベだ! 貴様の強さは認めるが、我が騎士団もこのままおめおめと引き下がることはできん。尋常に勝負!」

 この期に及んでやっと名乗りを上げたか。でも、今さら騎士らしいところを見せられてもね。

 まぁいいわ。こいつも副団長を名乗るだけあって、かなり強い。戦いの締めにはちょうどいい相手だ。

「丸腰の女ひとりに対して随分と偉そうな物言いね。でもいいわ、その勝負、受けてやろうじゃない」

 皮肉っぽい言い方をしてしまったけど、実際にその通りだろう。こっちは私だけでしかも丸腰なのに、相手は武器に鎧まで着込んだフル装備の騎士の集団なんだ。

 本来なら名乗りを上げて勝負もなにもないだろう。


 都合が悪いことは無視できるたちなのか、副団長は私の嫌みを流して魔力を練り上げる。

「いざ、参る! ヴァーミリオンソード!」

 構えた剣に緋色の炎が吹き上がる。そのまま炎を纏わせた剣の出来上がりだ。なるほど、団長は氷で副団長は炎と。

 魔力と炎で赤く輝く剣はなかなかに格好いい。副団長だけあって、いい剣使ってるわね。あれを折ってしまうのも忍びないか。

 当初の予定通りいこう。私の標的は、あの鎧だ。


 振るわれる剣に脅威は感じない。灼熱の刀身に炎がまとわりついてたって、盾が全てを防ぎきる。炎の熱で増幅される暑さが鬱陶しいけどね。

 私の盾の守りを突破しようと、重く鋭い灼熱の剣が絶え間なく襲ってくる。


 ふーん、なるほどね。なんとなく分かった。

 傲然と振るわれた剣を前にして、ずっと展開してた盾を消す。

 急に盾の手ごたえが無くなったことへの驚きが伝わってくるけど、チャンスと思ったのか剣速が上がる。

「もらったあああ!」

「邪魔」

 火傷を負う不快感を無視して灼熱の剣の腹を裏拳で殴りつけた。さすがに剣を手放すことはしなかったものの、体勢を崩すことには成功したし、この隙があれば十分だ。


 一息に密着すると、赤い鎧の肩を左手で強く掴んで押さえ込む。

 右手は鎧の首元に手を差し込むようにして、強くがっちりと掴む。

「こんのおおおおおおおおおっ!」

 乙女にあるまじき、気合の入った声も上げて事に及ぶ。


 そして、奇妙な柔らかさを持った赤い鎧を、私は手で引き千切った。


 強固な手ごたえを感じるものの、本気を出した私の怪力は異常極まる。

 鎧には継ぎ目があるしスポンジ状の構造を持つこれならば可能だ。

 非常識な、鎧を引き千切るという破壊方法で、こいつらの意気を挫く。

 その目論見は功を奏して、タングステンの檻を叩くうるさい雑音も鳴り止んだ。


 豪快に胸元から肩の辺りまでの鎧を引き千切ると、適当に放り捨てる。

 楽しかった戦いの時間も、もう終わりだ。目を剥いて壊れた鎧を見る副団長の首を右手で掴むと、終わりの宣告をもたらす。

「まだ続けるなら仕方なく付き合うけど、そろそろ終わりにしたいのよね」

 副団長は首に手を掛けられてる緊張からか、言葉が出てこないらしい。ああ、団長がいるのに勝手に終わらせるわけにもいかないのか。

「そこまでだ! 総員、剣を収めて下がれ!」

 私の心を読んだかのようにタイミングよく声が掛かる。団長か。やっと話が進みそうね。久しぶりに楽しかったから、私としては礼の一つも言いたいところだけど。


 騎士団員は団長の指示にしたがって、私を警戒しつつも剣を収めて下がり、きちんと整列までして待機した。秩序だっていて見事なもんだ。

 私もそれを見て副団長を放すと、タングステンの檻も消してやる。すると、一緒に檻の中にいた騎士も、副団長含めて合流するように逃げて行った。


 藍色の髪の騎士団長は、戻っていった副団長に何か耳打ちすると、団長だけを残して全員が屋敷の裏手の方に去って行った。寝床に帰ったのかな。

 そういえばいつの間にか中年女囚もいなくなってるわね。別にいいけど。

 改めて楽しませてくれた団長に向き合うと、小瓶を持った右手を差し出された。

「俺はオーヴェルスタ・クリムゾン騎士団を預かるフランネルだ。先ほどのまでの無礼をお許し願いたい。まずは回復薬を」

 くれるなら遠慮なくもらっておこう。私が自分で回復できるってのを、わざわざ教えてやる必要もない。


 そういえば、こいつ男か。こうして落ち着いた状態で声を聴いて初めて分かった。うーん、やっぱり顔だけ見ると女のようにも見えるわね。声も割と高い感じだしね。

「構わないわよ。私も楽しかったし。それで、一応聞くけど何だったの?」

 もらった回復薬を飲みつつ、戦ったわけを聞いてみる。

 回復薬はギリギリだけど、第五級の中級傷回復薬ね。今の王都じゃ貴重だろうに。でも伯爵家ならお抱えの治癒師がいるか。

「レディ・オーヴェルスタから、あなたの実力を確かめろとオーダーが下っていた、といえば納得してもらえるだろうか」

 これから手を組むかもしれない相手なんだ。それは私としても同じこと。騎士団の実力を確かめられたことは、私のストレス発散と共に有意義な時間だったといってもいい。

 それにしても、レディね。伯爵夫人はそう呼ばれてるのか。

「そう。じゃあ、そろそろ案内してもらえる?」

 合格かどうかなんて、確認するまでもない。


 先行して案内しようとするフランネルの横に並んで、気になったことを聞いてみる。さっきの戦いのことだ。

「あんたさ、クリムゾン騎士団って名前の団長の割には氷使いだったわよね? もしかして、まだ隠しダネがあるんじゃない?」

「それはあなたとて同じことだろう? 手を抜いたつもりはないが、全てを出し切ったわけでもない。殺し合いをする相手ではないからな」

 なるほど、やっぱりね。それにしても氷か。熱、いや推測とも言えない妄想はやめておこう。


 いよいよか。随分と遠回りさせられたけど、やっと伯爵夫人とのご対面だ。



 そういえばと歩きながら思う。私がフランネルから肩への一撃を受けたのを見て、聡い奴は気付いたかもしれない。

 私の強さの秘密の一端は身体強化魔法の特異性にある。

 当然だけど、ただ漠然と強化してるわけじゃない。多くの人は身体強化魔法といえば、筋力の強化を意識してる。だけど、私は少し違う。


 鉱物魔法の適性があるからか、私の場合は骨の強化が物凄く効率的にできるんだ。同等の魔力や出力であっても、効率が違えば現れる効果は歴然と異なってくる。

 少しの魔力でも骨に関しては凄まじい強化を実現できる。それにも関わらず、私は身体強化魔法の半分以上のリソースを骨の強化に注いでるんだ。簡単に骨で刃を受け止める事ができてしまうくらいに。


 だからあんな無茶な真似ができる。実際にどれくらいの強度があるかちょっと分からないけど、身体強化魔法を使った状態の私の骨は、魔力を十分に注いだオリハルコン以上の強度があるはずだ。そんじょそこらの剣では断ち切れない。

 ちょっと見せたくらいじゃ、そこまでは理解できないだろうけどね。

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