囚われの跳ねっ返り
「あなたらしく生きなさい」
いつか耳にした言葉が記憶の片隅から、強く強く語りかける。
夢。これは時折見る夢。
忘れさせないためだろうか。こうして時々私に訴えかける。
私らしく生きるってどういうこと?
私らしいってなに?
特殊な家に生まれて、そのせいで多くのものを失った。
失ったものにどう向き合っていけばいいのか、まだ未熟な私にはとても難しい。
私は私らしく生きることができているのだろうか。
それでも、私なりに分かっていることだってある。
それは、私がとんでもなく負けず嫌いだってこと。
それは、私がめちゃくちゃ強欲でミーハーだってこと。
それは、私が大きな『力』を求めているってこと。
それでいいの?
それを遠慮なく押し通すことが私らしいってことなの?
それでいいのなら、私は生涯を賭けてそれを押し通す。
求める全てを手に入れて、私らしく生きてみせる。
ジリリリリリリリリリリリリ!
「起床っ、起床の時間だ! 遅れた者は朝飯抜きだぞ!」
凶悪なまでにやかましいベルと、おばさん職員の甲高い怒鳴り声。
いつものことながら、気分の悪い目覚めを迎えた。お陰で薄ぼんやりとした夢の欠片が吹っ飛んでしまった。
毎朝のことだけど本当に不愉快。特にベルの音はうるさすぎて、頭痛がするレベルだ。
「ふわぁ……おはようございます。さ、ぼやぼやせず朝食に行きましょうか」
同室の女だ。あくびを一つ入れてからの爽やかな挨拶は、うるさいベルと怒鳴り声の不愉快さを、ほんの少しだけ和らげてくれた。
そんな彼女に目だけで応えて、もそもそと硬いベッドから起き出した。
ここは大陸の中央部にそびえ立つ、ロマリエル山脈の東、ブレナーク王国の女子再教育収容所。
山脈側のかなり標高の高い場所にあるため、空気は薄いし冬になれば雪が高く降り積もるような、自然環境の厳しいところでもある。
当然のように厳しい冷え込みにも襲われるし、お世辞にも快適な施設とは言えない。代わりに夏は涼しくて気持ちいいけどね。
僻地だから一番近くの人里までも、徒歩だと数時間はかかるらしい。なんでこんな不便なところに収容所があるのやら。
冬の厳しささえ我慢できるなら、女子再教育収容所というだけあって、清潔に保たれた環境は意外と過ごしやすい。
だけど石造りの建物で壁紙なんかは貼ってないし、調度品も最低限しかないから殺風景極まりない。刑務所じゃないんだから、もう少し飾り気があってもいいと思うんだけどね。
部屋から出て食堂に移動すると、いつもの固いパンと屑野菜のスープにフルーツといった献立が並ぶ。
収容所の食事は季節によって屑野菜とフルーツの種類が変わるだけで、いつもいつもいつも、これだ。
日本の刑務所では食事は一日の楽しみであると聞いたことがあったけど、この収容所は想像する刑務所以上のひどさで、まるで地味な拷問のよう。心を無にして食べなければ気が狂うレベルで変わり映えしない。まったくしない!
だけど、この粗食にはもう慣れてしまった。
私がここに来てから約二千日。これだけ毎日繰り返せば、嫌でも慣れるってもんだ。
この世界での一年は約千二百日。私の再教育期間は三年。出所まで、まだまだ先は長い。
味気ない朝食の時間が終われば、今度は退屈な授業が始まる。
女子たる者かくあるべし、といった前時代的でつまらない講義は、私にとっては心の底からどうでもいい内容だ。私だけじゃなく、ここに放り込まれる連中にとっては大半がそうで、教授はともかく他の職員たちもやる気が無さそうなのが少し気にかかる。
放り込まれた身で言えた義理じゃないけど、それでいいのか。
ただの教養としては役に立つかもしれないから、一応は真面目に授業を受けてはいるけどね。どうせ暇なんだし、知っておくこと自体に損はない。実践するかは別として。
収容所の一日は、学校の寮生活とあんまり変わらないかもしれない。
決まった時間の食事と授業、それ以外は自由時間だ。
ただひとつだけ、消灯前に短時間の収容所作業が課せられてるのが特徴かな。
施設の名前は『収容所』だけど、自由時間は意外なほど自由気ままに過ごすことができる。案外ゆるい感じなんだ。
カードゲームをする者、スポーツをする者、本を読む者、だらだらと寝て過ごす者、おしゃべりに興じる者、人によって様々だ。
志願すれば、格安だけど給金の発生する仕事だってやれる。
収容所の中にいる限り、決められた時間さえ守れば、その他は基本的に自由だ。再教育機関として自主的な学問と運動は奨励されてるみたいだけど、自由時間の過ごし方まで強制はされない。
一応、刑務所とは違うから、ある程度の自由は保障されてるといったところらしい。
なんにせよ外に出ることはできないから、所詮は籠の中の小鳥だけどね。
「また図書館ですか?」
「うん、あんたもくる?」
声の主は同室の女、フレデリカだ。スクエアのメガネをかけた、金髪ロングヘアが魅力の知的美人だ。同室のよしみもあって一緒にいることが多い。
お堅いように見えて、ギャンブル好きの気のいい奴だ。気のいい奴とはいえ、こいつもココに放り込まれるだけの問題児なんだけどね。
「そうですね、今日はやめておきます。なんだか体がだるいので、もう一眠りしようかと」
「風邪? 気を付けなさいよ」
昼食後は図書館で勉強するのが日課になってる。
最初は文字を覚えるため、それからこの世界の知識の吸収に鋭意努めてる。元々読書が好きだったこともあって、飽きることはない。
言語、地理、社会、民族、風俗、政治、経済、生物、等々知るべきことは山ほどある。
そして最も興味を惹かれる分野、それは魔法だ。ものすごく興味をそそる。
もちろん趣味以外にも学ぶこと、興味深いことがすっごく多くて、さらに調べれば調べるほど、より多くの調べごとが増えていく。
時間はそれこそ腐るほどにあったから、一通り浅く広く網羅したつもりだけど知識欲はまだまだ尽きない。
再教育機関を謳うだけあって、ここはやけに資料が充実してる図書館なんだよね。
それに図書館には強面の女性職員が常駐してて、おかしなことを仕出かす奴や、うるさい奴はすぐに追い出してくれる。集中できる良い環境なんだ。
私と同室のフレデリカも読書家で、一緒に図書館にいることが多い。
フレデリカは知識は豊富だし頭のいい奴でもあると思うんだけど、女だてらにアコギな商売をやりすぎたせいで捕まったアホウでもある。目立たない程度、ほどほどにしておけば良かったものを調子に乗りすぎたらしい。
それにギャンブル好きなのが、輪をかけて残念な女。
とはいえ、フレデリカも別に法を犯したわけじゃない。あくまでも合法。なのにどうして収容所送りかといえば、簡単な話。
『女のくせに生意気だ』
これに尽きる。この世界は強烈な男社会。
女が出しゃばるのは、いくつかの例外を除いて基本的にタブーになってるらしい。
大人しくできない跳ねっ返りが収容所に放り込まれるって寸法だ。
今日もまた静かな図書館で、お昼まで日課である知識の吸収に没頭する。お勉強大事。
そう。私、二条大橋 紫乃上は、異世界にきてしまったんだ。
話が本格始動するのは12話以降、収容所を出てからになります。
それまでは少々長いですが丁寧に書いていますので、どうぞお付き合いくださいますと幸いです。