312、縄張りの森
●【No.312】●
ヴァグドーたち一行が幻の泉から飛び出した。
あの幻の泉から、この幻の泉に瞬時に移動して、上手く無事に目的地へ到着した。 また何処かの森の一番奥にある泉から飛び出たことになる。 ヴァグドーや大型馬車が泉の中から飛び出してきて、森の地面に着地した。
タッ、ドーン!
「―――着いたのか?」
ワシが森の中の辺りを見渡した。 最も辺りは木ばかりしかないがな。 森は結構行っとる所じゃけど、この森もまた…なかなかいい所じゃな。 それに何やら殺気だっておるわい。 ワシがニヤリと笑う。
「………」
「グルルルルル―――」
「ガルルルルル―――」
「ウガアアアア―――」
「ほーう、黄金の毛色の狼か……」
「ヴァグドーさん」
「他の者たちは馬車の中で待機させろ。 コヤツらの相手はワシがする。」
「はい、判りました。」
「ふふふ、久しぶりの獲物じゃな」
ワシと馬車の周囲を黄金の狼の群れが包囲する。 ルドルス将軍が御者台から盾を取り出して、自身の身体の前に持ってきて防御する。 ワシは前に出て直立不動の仁王立ちする。 馬たちも最初は少し怯えていたが、ワシが馬より前へ出たことで安心した。 いつもワシは馬と語らい安全安心させてきた。 最もコヤツらも "ワシの敗死=この世の終わり" だと思っておるようで、この信頼は揺るがない。 それにしてもまた! このワシの恐ろしさを知らんとは……ワシもまだまだじゃな。
「ふふふ」
「ガルルルルルルルル―――」
「グルルルルルルルル―――」
「ウガアアアアアアア―――」
早速…ワシがアヤツらに威圧をかける。 ―――が、アヤツらもその程度で怯むヤツらではない。 なるほど、やるではないか。 仮にアヤツらを《ゴールデン・ウルフ》とでも呼んでやろう。 その内の一匹がワシに向かって飛びついて襲ってくる。
「ウガアアアアアアアッ!!」
タッ、ガブッ!
襲いかかった一匹の《ゴールデン・ウルフ》がワシの首筋に噛みついてきおったわ。 あの黄金の牙がワシの細い首筋を抉るように噛み千切るように、必死になって喰いついてきたのう。 普通の人間ならば、恐怖のあまり怯えたり両手で狼を振り払おうとしたり腰を抜かしたりしておるじゃろうて。 じゃが、ワシは直立不動の仁王立ちで見事に受け止めた。 甘んじて全身全霊をもって、正々堂々とコヤツを受け入れようではないか。
「ガウッ、ガウッ、ガウッ!」
「………」
何とかして、ワシの細い首筋を噛み切ろうとする《ゴールデン・ウルフ》―――じゃが、一向に噛み切れない。 それはまるで硬い大木を相手にしているが如く、または鋼鉄の柱を相手にしているが如く、全くビクともしない。 むしろ必死になって噛み切ろうとしておる黄金の牙の方が悲鳴を上げておるわ。
「アガガガッ!?」
「ガルルルルルルルル―――」
「グルルルルルルルル―――」
「ウガアアアアアアア―――」
仲間のピンチに同胞たちが参戦する。 苦戦する一匹の《ゴールデン・ウルフ》を見かねて、残りの《ゴールデン・ウルフ》たちも一斉にワシめがけて飛びかかり襲ってくる。 これはまさに "同胞の絆" というヤツか…?
「「「「ウガアアアアアアアッ!!」」」」
タッ、タッ、ガブッ、ガブッ!
タッ、タッ、ガブッ、ガブッ!
ワシの身体のあちこちに噛みつく《ゴールデン・ウルフ》共。 あの黄金の牙でワシの身体を抉るように喰らいついてくる。 普通の人間ならば、もはや逃げ惑うようにして、両手で狼共を振り払うようにして、あるいは地面に蹲るようにして、恐怖と絶望を噛み締めるに違いない。 ―――が…ワシは直立不動の仁王立ちでピクリともしない。
「「「「ガウッ、ガウッ、ガウッ!」」」」
「「「「ガウッ、ガウッ、ガウッ!」」」」
「………」
何とかして、ワシの身体を噛み切ろうと、必死になって悶える《ゴールデン・ウルフ》たちじゃが、一向に噛み切れない。 それはまるで硬い大木を相手にしているが如く、あるいは鋼鉄の柱を相手にしているが如く、全くもってビクともしない。 それどころか、このまま続けておると、この自慢の黄金の牙の方が危険に曝される恐れがある。
「ふん!」
ババッ、シュッ!
ワシが両手両足を広げて、全身から妖しく禍々しく漆黒・邪悪な闘気を発生させ、その気合いと衝撃波で、ワシの身体に引っ付いておった《ゴールデン・ウルフ》共を全て吹き飛ばす。 中には黄金の牙が折れた《ゴールデン・ウルフ》もいたようじゃ。
ズッドォォォォーーーーッ!!
シュルルルルゥゥゥ―――
シュッ、ガッ、シュッ、ガッ!
それからすぐさま、まるで蛇のように素早くぶっ飛んだ《ゴールデン・ウルフ》共の背後に回り、一瞬でチョークスリーパーを仕掛けて、首を圧迫・窒息させて気絶させた。 ワシの身体に引っ付いて飛ばされた《ゴールデン・ウルフ》たちは、全て背後に回り込んでチョークスリーパーを仕掛けて失神させて眠らせた。
ニョロニョロッ!
シュッ、ガッ、シュッ、ガッ!
ドサササッ、ドサササッ!
「「「ガウッ、ガウッ、ガウッ!」」」
「「「ガウッ、ガウッ、ガウッ!」」」
ワシがまるで蛇のように素早く動くモンじゃから、これはまさに蛇.VS.狼の構図となる。
「「「ンガッ、ンガッ、ンガッ!」」」
「「「ンガッ、ンガッ、ンガッ!」」」
ニョロニョロッ!
シュッ、ガッ、シュッ、ガッ!
ドサササッ、ドサササッ!
ワシにやられた狼共は、みんな口から泡を吹いて地面に仰向けで倒れ込む。 それを見ていた残りの《ゴールデン・ウルフ》共がワシを見て、恐怖に怯えて同胞を見捨てて、一目散に逃げ出した。 所詮、狼の "同胞の絆" とは、その程度のようじゃ。 ようやく理解できたようじゃ。 この世には絶対に手を出してはいけない存在がいることに―――
「終わったぞ。 先へ進める」
「はい、判りました。」
ワシがルドルス将軍に合図を送り、ワシが馬を引きルドルス将軍も手綱を取って馬車を進める。 この後はもう狼共は襲って来なかった。 否、狼だけでなくモンスターはほとんど襲って来なかった。 ここに来て、ようやく認識できたようじゃ。 襲うだけ無駄な存在がいることに…。 このまま何もせず、この森を出てくれることを秘かに静かに願っておるようじゃ。 ワシには理解できる。 同じ "森の人間" としてな。
「何故、あの狼たちを殺さなかったのですか?」
疑問に思ったルドルス将軍がワシに質問してきた。
「なに、アヤツらはただ自分たちの縄張りを守ろうとしただけじゃ。 ワシらがこの森から出れば何も問題あるまい? のうルドルス将軍よ」
「………」
本来、普通の人間ならば、自分たちを殺そうとしてきた狼モンスター共を見逃したりはしない。 きっちり殺すだろう。 じゃが、ワシの場合は違う。 それはまるで子犬と戯れるようにして、ほとんど無傷で攻撃を受け流したワシの発言の重みが違うのじゃ。 それはきっとルドルス将軍も感じとっておるじゃろうて。
やっぱり森はヴァグドーさんのフィールド・テリトリーなのか? 森で戦うことは、いわばヴァグドーさんの腹の中で戦うようなもの。 もし仮にヴァグドーさんと戦うつもりの者がいるならば、森での戦闘は避けるべきだろうな。 思わずルドルス将軍もそう思った。
いずれにしてもこの後で、さすがのヴァグドーも森を迷わずして、無事に森を抜け出せた。




