236、ヴァグドーという男の境地
●【No.236】●
この『冥道郷』の地にて
ここにヴァグドーや大魔公ギロリルスや《シャドー・エイフマン》たち魔物と〈地球神アクナディオス〉が対立・対峙している。
その構図としては、この地を守護するギロリルスや部下の《シャドー・エイフマン》たち精鋭の魔物に、来襲してきた〈地球神アクナディオス〉単体と、援軍に来たヴァグドー単独の、ちょっとしたプチ三つ巴状態になっている。
(※ちなみにヴァグドーとギロリルスは協力関係にある)
ここで〈地球神アクナディオス〉がヴァグドーの方をキッと睨み付ける。 もっとも目らしきモノが丸く可愛いモノなので、それで "キッと睨み付ける" と言われても、いまいちピンとこない。
『キ……キサマか……?
いきなり背後から殴り付けた卑怯者は……?』
「そうじゃ。 ワシがやった」
『一体どうやって……?』
「普通に殴っただけじゃが」
『そんなバカな……?
自分には実体が無いのだぞ!
殴るどころか、触れるワケないだろう!』
「ほっほっほっ。
では、今のはマグレかの?」
『………』
「ふむ、ワシは普通に拳に力を込めて殴ったつもりじゃが、さすがは〈地球神アクナディオス〉じゃ。 たいしたダメージも受けずに起き上がるとは。 ほっほっほっ」
「…ッ!!?」
ヴァグドーの発言にギロリルスが驚愕するけど、まるで何事もなかったように、平然と起き上がり立ち上がる〈地球神アクナディオス〉の大きな黒い人影。 さらに少しだけ地面から浮いている感じだ。
不意打ちといえど、ヴァグドーの一撃を喰らって立ち上がるあたり、本当にさすがは〈地球神アクナディオス〉である。 だてに "神" は名乗っていないようだ。
『キ……キサマ……一体何者だ……?』
「ワシの名はヴァグドーじゃ」
『……ヴァグドーだと……人間なのか?
聞いた事がない名前だぞ。 まさか何処かの国の王族か貴族か? それとも冒険者ランクがAクラス―――否、Sクラスはある有名な冒険者なのか? それとも最強の勇者クラス―――否、究極の賢者クラスなのか?』
「ほっほっほっ、ワシはただの人間じゃ。
普通の一般人で平凡な男じゃよ。」
『な、何ッ!!?』
確かに、その通りである。
彼はただの普通の冒険者。
しかもランクなし。
爵位も階級も職業も何もない―――本当に普通の男である。
(※彼は戦士でも武道家でもない)
最強の実力と無敵の能力を持ってることを除いては―――一切肩書きなし。
それがヴァグドーである。
『デ……デタラメをぬかせッ!!』
「ほっほっほっ、ワシは有名じゃないからのう。 お前さんだって、ワシのこと知らんかったじゃろ?」
『………』
「ならば、ワシの言ってることは嘘・偽りないようじゃな。」
『ぬかせぇぇェーーーッ!!!』
焦る〈地球神アクナディオス〉が珍しく吠える。
ジャッキィーーン!
すると〈地球神アクナディオス〉の両腕が鋭い刃と先端部が尖った近接戦闘武器になった。 その刀みたいな感じの武器で、すぐにヴァグドーに襲いかかる。 ヴァグドーを斬りつけようとするけど、彼が巧みに素早く回避して、なかなか〈地球神アクナディオス〉の攻撃が当たらない。
サッ、ズドォン!
「ふん!」
『グガァッ!!?』
スタッ!
ヴァグドーがしゃがんで避けた拍子に、強烈な右肘を〈地球神アクナディオス〉の腹部に喰らわせて、あの〈地球神アクナディオス〉の行動・攻撃を一時的に停止させて、その隙にヴァグドーが素早く後退。 そのまま距離をとった。
「す、凄い!
これがヴァグドーの力なのか?
大魔王エリュドルス様から聞いてた情報よりも圧倒的に強いぞ!」
これなら大魔王エリュドルス様が計画していた作戦が遂行できるぞ! 本来なら我が身体を張って、奴を足止めして時間を稼ぐつもりだったが最早、その必要もなくなったぞ! はっはっはっ!
ギロリルスが頭の中で、大魔王エリュドルスが計画した作戦を思い出す。
最早、これはマグレではない。
実体のない〈地球神アクナディオス〉に攻撃が当たり、実際にダメージを与えている。 さすがの〈地球神アクナディオス〉も、ヴァグドーの攻撃の威力に激痛を感じて、その場に蹲る。
『ウグッ』
「のろいのう。
まるでスローモーションじゃ。
動きが止まって見えるのう。」
『…ッ!!?』
「お前さんな、自分に実体がないことを良いことに、ほとんど修業しとらんようじゃな。 弱いわ」
ヴァグドーは肉体がある故、常に誰よりも強くなろうと厳しい修業をしてきた。
だが〈地球神アクナディオス〉には実体がない故、敵の攻撃が当たらず、そもそも無敵・不死身なので強くなる必要もない。 おまけに誰かの背後に取り憑いてる為、敵の攻撃が自分には届かない。 常に安全圏にいたはずだけど、もし仮に敵の攻撃が当たると、これほど脆い者もいない。 でも実際に、実体のない自分に攻撃を当ててダメージを与える者など、この世に存在しないと思ってた。
その驕りこそが〈地球神アクナディオス〉最大の弱点である。 その最大の要因がヴァグドーの存在を知らなかったことにある。
『そ、そんなバカな……?
たかが人間ごときに、自分がダメージを受けて、こんな失態を演じるとは……?
な、何故だ?
何故、こんな人間がこの世界に存在するんだ……?』
ふらふらになりながらも〈地球神アクナディオス〉がなんとか自力で立ち上がる。
『…ッ!!?』
だがしかし、目の前にいるはずのヴァグドーの姿がもう既に消えていた。 動きが速すぎて移動する瞬間が見えないのだ。
「ワシからここじゃよ」
『…ッ!!?』
シャッ、ガシッ!
もう既にヴァグドーは〈地球神アクナディオス〉のすぐ背後に立って、なんと実体のない〈地球神アクナディオス〉を羽交い締めにした。 このヴァグドーの肉体があまりに強力で、まるで柱にでも縛られた感じで、全く身動きがとれない。
『クッ……ナニをする……?』
「ほっほっほっ、捕まえたぞ」
「はっはっはっ、やっと捕まえたぞ!
この〈地球神アクナディオス〉め!」
『な、何ッ!!?』
「これでキサマも終わりだぁーーっ!!」
捕まえたのはヴァグドーだけど、ここに来て、あの無口なギロリルスが自慢げに饒舌になってきた。
かなり上機嫌のようだ。
ヴァグドーとは、一体何者?
そんなことは誰にも解らない。
そう、誰にも………。