109、大魔王たる者のユエン:2
※今回も意外な場所で大魔王が登場する!?
●【No.109】●
―アンリールノエロン―
この大都市の中央部から南側に位置する酒屋で、夜になると上位魔族クノシルスが必ずやって来て、赤いお酒を浴びるように飲むのが日課である。 最早、普通の人間とほとんど大差がない容姿や行動などに、魔族であることを忘れる程に、人間の世界・街に、すっかりと馴染んで溶け込んでいる。
今夜も酒場には、沢山の人間で賑わっているけど、クノシルスだけはカウンター席に座り、一人で寂しく、赤いお酒を飲んでいる。
「チクショウめがぁ!!」
既にクノシルスは、赤いお酒をだいぶ飲んでおり、かなり酔っ払っていて、もうデキあがっている。
「なんでだぁ!? 何で思い通りにいかない!? クソッ! 何でなんだぁ!?」
などと、半ば愚痴を言いながら、また赤いお酒を飲み続けている。
すると、そこに突然―――
「随分と酔っ払ってるようだな? クノシルスよ」
「…う…っ!!?」
クノシルスの背後から、何処かで、聞き覚えのある男性の声が聞こえてきて、一瞬にして、クノシルスの顔から汗をかき、背筋が凍り始めている。
クノシルスが恐る恐るゆっくりと、静かに後ろを振り向くと、そこにいたのが、漆黒のフードとローブとマントを身につけて、伝説の皇剣【終焉殺の剣】を帯刀している、この男は―――最早、説明不要の『大魔王エリュドルス』である。
「ダイマ―――」
クノシルスが大魔王の姿を見て、物凄く動揺しており、思わず…「大魔王様!?」と言いかけたけど、なんとか思いとどまった。 あの大魔王がさも当然の様に、人間の街の酒場に居るのが人間たちに知られたら、必ず当然の様に、大混乱が起きて騒ぎになり、大魔王にも迷惑がかかるからだ。
すると、大魔王がいつの間にか、クノシルスの右側のカウンター席に座り―――
「マスター、この男と同じ酒を頼むぞ。」
「はい、かしこまりました。」
当たり前に、大魔王がお酒の注文をしていて、大魔王の目の前に、赤いお酒とグラスが置かれている。
早速だが、大魔王が赤いお酒をグラスに注ぎ、一杯だけ飲むと、静かに小声で語りだした。
「荒れているな? しかし、飲み過ぎは良くないぜ!」
「あ、あなた様が…何故、こんな所まで…っ!?」
「…何故…?」
「……」
「ふふふ、本当に面白い質問をするのだな? クノシルスよ、かつて…ベドゼルスがヴァグドーに「何者だ!?」と、質問していたらしいけど…「これから殺す人間の名前を聞いてどうする!?」と、正直…余も思わずツッコミたくなる程のマヌケな質問だぞ!?」
「…う…っ!!?」
「頭のいい部下ならば、何故、余がここまで来たのか、ある程度の予測がつくのだがな!?」
「私を連れ戻す為に…?」
「ああ、貴様らの魂胆など全てお見通しだぞ!」
「…そんな…」
「ふふふ、伝説の皇剣【磨羯龍の剣】の奪取なのか、勇者たちの行く手の妨害なのか、貴様らの計画などはどうでもいいが、問題なのは、余の計画が上手くいくか、否か、だな。」
「しかし、それでは勇者に伝説の皇剣【磨羯龍の剣】が渡ってしまうのでは…っ!?」
「確かに、だがな…クノシルスよ、勇者以上に危険なのは、悪魔神トニトリエクルスの存在なのだよ。 アヤツは危険だ!」
「……」
「貴様らにはわかるまい、アヤツの真の恐ろしさを! 実際に見てきた余は、悪魔の神の本性…正体がわかるのだ!」
「そ、そんなに…?」
「決して、大袈裟に言ってる訳ではない。 だが貴様らには、そういった認識はあるまい。 まさか…自分たちだけは、大丈夫などと無意味で無駄な根拠を持ってるならば、貴様らはすぐに殺されるな。」
「…そんな…」
「そうか、なるほど、これは余のミスだ。 貴様らに悪魔神の真の恐ろしさと圧倒的な強さを、改めて認識させる必要があるな。 余の教育不足だ。」
そう言うと、大魔王が妙に納得していて、自分に逆らう部下たちの、何か原因でも見つけたのか…?
「よーし、すぐに城に戻って、貴様らを再教育するぞ。」
「…う…っ!!?」
そう言うと、大魔王が妙に張り切っており、クノシルスがかなり困惑している。
「マスター、二人分の会計を頼むぞ。」
「はい、かしこまりました。」
そう言うと、大魔王が黄金の紙幣を一枚だけ取り出し、マスターの目の前に差し出し、マスターがそれを受け取る。
「釣りはいらんぞ。 マスター、チップだ。」
「はい、どうもありがとうございます。」
「さぁ、ではもう戻るぞ、クノシルスよ。」
「は…はい…! た…ただいま…!」
そう言うと、大魔王エリュドルスと上位魔族クノシルスがカウンター席から立ち上がり、そのまま酒場を出ていった。
※普通はあり得ないけど…街の酒場で大魔王がお酒を飲む姿をぜひ想像してみてください。




