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ロリジジィは去年世界を救いました  作者: タイロン
序章
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第4話 ジジィとディナー


 「いやはや、儂にあざを付けたのはここ10年くらいで見ればルイスで3人目くらいじゃな。お主ならきっと世界を救う勇者になれるぞ?」


 「いや、もう世界救われてますから」


 目の周りのアオタンが痛々しい『勇者』が、小さなソファーに寝転がって呻いくような声で私のことを賞賛してくれた。まったく嬉しくなかったけれど。

 風呂では見事にその性別を錯覚させて私の裸を見てきた、外見は幼女の『勇者』エーミール――――ジジィのエミィに、私は羞恥に混乱してファイナルアルティメットキャノンナックルを顔面にお見舞いしてしまったらしい。

 相手がエミィでなかったらちょっとした殺人未遂になっていたかもしれないので、内心ほっとしている。ちなみにエミィに対する罪悪感のようなものはほとんどない。どちらかというと、わいせつ行為を仕掛けてきた彼女・・・ではなく彼こそが逮捕されるべきなのだから。


 「あー!もう、ほんっとにエミィの性別ってよくわからんです!」


 「だから儂は男、ジジィじゃって言っておろうが」


 クリクリしてて瞳の大きな目でそんなことを言われても、やはり実感が沸かない。

 風呂を上がったアストラが部屋着のような服に着替えて戻ってきた。似合う。湯気と共に妖艶な色気が立ち上っている。


 「胡散臭い人ですよね、ホントに。なんでこんなにイケメンなんですかね?」


 「あまりおだてないで欲しいな。勘違いしてしまう。それに、見た目の整っていることで言えば君だってそうじゃないか、ルイス」


 「おや、口説くのか?口説くのか?若いのう!」


 アストラの爽やかな返しに、前のめりになって食いつくエミィ。こうして彼の言動を見ていると、やはり見た目と中身は別なのだと実感する。デリカシーのなっていないおっさんみたいな発想でしかない。


 「口説かれません。誰がこんなヘタレとくっつくんですか?」


 「ヘタレヘタレって酷いじゃないか、ルイス。ボクだってちゃんと戦えるのだよ?」


 「じゃあ明日またモンスター狩りにでも行きますか?」


 「い、いいとも・・・?」


 表情は崩さなかったが、なかなかの動揺ぶり。いただきました。とはいえ明日は騎士団加入の手続きや審査もあるので本当に魔物を相手しに行くような暇はないのだが。

 それを分かっているだろうからアストラも「いいとも」なんて言ってしまえたのだろう。


 「さて、3人とも風呂が終わったわけじゃし、どれ今日は街のレストランにでも行ってみようか。なに、金は儂が出してあげよう。報酬金と年金で金には困ってないからの」


 年金って。生々しいジジィ発言には何度でもゾッとさせられる。

 しかし、奢りというのなら』笑顔でついて行くしかあるまい。ただより高いものはない、という言葉も聞いたことはあるけれど、やはりただほど食いつかずに終われないものもない。今の私の所持金では、今日一晩食うに困るようなことはなくてもやはり心許ないところもあった。冒険者の懐事情など、いつだって寒々しいものだ。


 「本当ですか!やった、ご馳走になります、エミィ!」


 「ボクも今服を外着に変えてきますので少しお待ちを」


 「お前ら転換早すぎじゃろ・・・」


           ●


 「わぁ!夜なのにこんなに明るい!さすが王都って感じです!」


 夜の街を照らすのは月明かりばかりではなく、街路の端に立ち並ぶ街灯の明かりとたくさんの店から漏れる光だった。炎の優しい揺らぎと、人々の賑わいを連れた営みの光が私たちの視界を照らしていた。

 道行く人も、酔っ払ってヘロヘロになっていたり今まさに遊びに行くところなのか陽気に歌を歌いながら肩を組む人たちがいたり。もう夜も良いところだというのに、実に活気のある街だった。


 「それでエーミール様、今夜行こうとしているレストランとは、どんなところなのですか?」


 「まーだそんな半端に堅い言葉を使いよって。レストランがどんな、か。それならほれ、あんな感じじゃ」


 そう言ってエミィは20mくらい離れたところにある大きな建物を指差した。人の出入りも多いように見える。


 「大衆食堂って感じですね。どんな料理が出てくるんでしょうか・・・?」


 「そんな珍しいもんを期待せんでくれ。味はイケるがメニューは家庭料理っぽいもんじゃよ」


 苦笑しながらエミィはレストランのドアを押し開けて中へと入っていった。私とアストラもその後に続いて入り、


 「あ、エミィ!」

 「エミィさんじゃないですか!」

 「ひさしぶりだなぁエミィ!」

 「エミィちゃん、らっしゃい!」

 「ようエミィ!」


 すっごい歓迎だった。店に入ってきたエミィを見るなり客のほとんどが彼の名前を愛称で呼んで、熱烈な歓迎をしてくれていた。

 

 「なんか凄いですね、アストラさん。私なんか疎外感感じたレベルなんですけど」


 「おや、そんなことはないんじゃないのかい?」


 「え?」


 私がアストラの言葉に首を傾げたときだった。

 ある人がエミィの変化に気付いたらしい。


 「あ!?エミィ、どうしたんだその目の周りのアオタンは!?」

 「そんなばかな!誰が、一体誰がこんなことを!?」


 マズイ。なんだか、私はとんでもないことをしでかしてしまったのではなかろうか。それもそうか。いくらエミィがジジィだとはいえ、見た目はあの通りの美少女なのだから、その顔に傷を付けたとなればそれは明らかに悪ではないか。

 しかし、騎士志望の私はその汚名を負うのも困窮ものだが、ここで事実を隠して生きることもまた一つの大恥。清廉潔白にして自らの罪には真摯に向き合って贖罪をするのが騎士。

 言いたくない。言いたくはないけれど・・・!


 「・・・わ、私が、やりました・・・。す、すみません!エミィも、ごめんなさい!」


 あぁぁ・・・。いや、これでいいのだ。私は正しいことをしたのだ。過ちを認めて次の一歩へ・・・!


 なんて思っていたのだけれども、周囲の反応は意外なものだった。


 「ま、マジか!?嬢ちゃん半端ねぇな!一体何者なんだ!?」

 「あのエミィに攻撃を叩き込むなんて、どんな怪物だよ!」

 「弟子入りしようかな!」


 「え、あれ?あのー、え?」


 私はあまりに予想外の事態にエミィの顔を見た。すると、彼は二カッと私に笑ってみせた。

 どうやら、彼らが気にしていたのはエミィのアオタンそのものではなく彼にそれを付けた「怪物」の方だったらしい。元とはいえ『勇者』。そんなエミィに一撃でも加えられるような人間がいるとなれば、それはそれは一大事なのだろう。

 セクハラされて殴りました、なんて言えない。いや、それでも凄いのかもしれないが。


 「ささ、はよう席に座れ。みんな、今日からこの街に来たルイスとアストラじゃ、仲良くしてやっておくれよ?」


 歓声と共に私たちはテーブルに腰掛けた。ウェイトレスがお冷やを持ってきて、それから私の顔をまじまじと見つめる。好奇の眼差しだ。ちょっとむず痒いし、なによりあちらもこちらも理由が理由なので苦笑いでリアクションを誤魔化すしかない。


 「ど、どうかしましたか・・・?」


 「いえ、このエミィさんにパンチをぶち込んだ猛者の顔を目に焼き付けておこうと思いまして」


 「そ、そんな大した出来事じゃなかったんですよ、本当に。なんか恥ずかしいんでやめて欲しい・・・んですけど」


 凄く凄く控えめにそう言ったはずなのに、レストランの中は異常に沸いてしまった。言葉選びを失敗した。「大した出来事じゃない」という発言に対して、遂に私への興味が窓ガラスを割りそうなほどに膨らんでしまった。たくさんの屈強そうな男性が私にところへとやってきては握手とか頭を撫でたりとかしていく。


 「ようお嬢ちゃん、メチャクチャ強くて可愛いとか反則だなぁ。金髪碧眼というと貴族っぽいけど、そのなりだとそういうわけでもないのかな?いや、でもこの質素な美貌が堪らんなぁ、俺と付き合ってみる気はないか?」


 ゴッツゴツの筋肉の塊みたいな男の人が私の手を取っていきなりの愛の告白をしてきた。初対面の人にいきなり言い寄られるのは慣れていないわけではないのだが、こんな断ったら恐そうな人に言い寄られたのは初めてだ。もう私の初めてを1つあげたんだからどこかに行って欲しい。

 どう断って良いのか分からくて私があたふたしていると、コツコツと腰の辺りを小突かれた。何事かと思って私がその方を向くと、エミィがアストラを顎で指してニッコリ笑ったので、私もニッコリ笑う。

 

 「それはねぇです」


 「あぁ!?なんだそりゃぁ!」


 「ひえぇ!ち、違うんです!今のはエミィが!」


 「あ?エミィのせいにすってか。さすが勇者殴っただけのことはあらぁな!」


 ヤバイ。今度こそマジヤバイ。エミィへの返事が男の方にも聞こえてしまったらしく、男は激しく憤慨してしまった。鼻息が荒くなって、男性は立っているはずなのに鼻息が足下までガッツリ届いているようで床の埃が少し浮いていた。目が血走っていていて、今にも掴みかかられそうな勢いである。


 「す、すみませんって!ゆ、許してください、悪気なんてないんです!」


 遂に振り上げられた男の太い腕。そしてそれは勢いよく私に向かって振り下ろされて。


 「まぁその辺にしとけよ、コテミー。あまりルイスをからかうもんじゃない。儂の前で女子に手を上げるのはいただけないぞ?」


 「・・・ちっ。エミィがそう言うなら仕方ねぇ」


 コテミーと呼ばれた男は舌打ちをして、上げた手を納めた。


 「ルイス。俺はコテミー。花屋をやってる。よろしくな」


 「あ、はい、よろしくお願いします・・・?・・・・・・って、花屋さん!?これで!?」


 完全に職業を間違っているとしか思えない。花屋。花屋って。冗談も大概にした方がいい・・・と思ったのだが、彼の服装を改めてみるとそれが事実だと認めることとなった。明るい緑色のエプロンには、真ん中に大きく花の刺繍が施されていて、その周りを囲むように「グリーン生花店」とあった。お花屋さんじゃん。

 驚く私を見て豪快に笑う花屋さんは、そのまま笑いながら自分のテーブルへと帰って行った。


 「彼、本当に花屋なんですね。さすが王都、なんでもあり・・・」


 「ルイスは王都をなんだと思っていたんだい?別に仕事なんて本人のやりたいことをやるものじゃないか。そう言う言い方は失礼じゃないのかい?」


 「アストラさんは良いことを良い顔で言わないでください。大体あなたさっきまで顔真っ青にしてだんまりだったじゃないですか」


 「あれは空気を読んで口出しをしなかっただけだよ。あそこでボクがなにか言っても余計なことにしか鳴らなかっただろう?」


 悔しいがその通りである。コテミーの性格的にあそこでアストラがなにか言えばそのまま喧嘩になっていたのではないだろうか。

 と、そこまで考えて私はこうも思った。


 「あれ?別に喧嘩になってアストラさんがフルボッコにされてもなんの問題もなかったんじゃ?」


 「また君はそんなことを・・・。それにボクも喧嘩はあまりしたくはないが、でもそんなにフルボッコって言うほどにやられてしまうほど軟弱でもないと自負しているんだけどなぁ」


 なぜだろう、アストラから自信のオーラが滲み出してきている。もしかしてこの人本当は強いんじゃないだろうか。いやいや、アストラに限ってそんなことが・・・。


 と、私がやきもきしていると、なぜか注文した憶えのない料理が運ばれてきた。


 「あ、あれ?いつの間に注文を?」


 「なに言ってますか、ウチの店では日によってメニューは固定。今日はパイロラビットのシチューです。他のお料理は出しませんからね?」


 「マジですか」


 「マジです」


 メニューを選べないレストランって。まさかそんなものがこんなに堂々と存在しているとは思いもしなかった。よく見るとどこのテーブルもおんなじ料理が置いてある。

 料理を運んできてくれたウェイトレスは、そのまま下がっていってしまった。


 「まぁルイス。そんな苦々しい顔をするな。食ってみれば分かる。うまいぞ?」


 「本当だ、これは・・・凄く美味しい!こんなに美味しい料理を食べたのはいつぶりだろうか」


 私の隣と目の前では既にエミィとアストラの2人が美味しそうにシチューを食べ始めているのだが、なかなか私はそれに手を付けられずにいた。それは別にシチューの気分じゃない、とかいう贅沢発想ではないのだ。そう、それはこのシチューの中に浮かぶ、オレンジ色の悪魔。これは、これだけはダメなのだ。これを食べてしまえば、きっと取り返しのつかないことになる。


 「に」


 「に?に、がどうしたんだい?」


 アストラが私の顔色の変化に気が付いて、不思議そうな顔をしている。

 違うのだ。だから、これが。このオレンジ色の悪魔が。


 「にんじん・・・」


 「もしかして、ルイスはにんじんがダメなのかい?」


 「・・・はい」


 もういい歳なのに、にんじんがダメだなんて。笑われてしまう。恥ずかしすぎる。でも、食べられない。小さい頃に、畑で取れたばかりの新鮮なにんじんを一本丸ごと食べようとして喉に詰まらせて死にかけて、それ以来にんじんを食べると私は呼吸困難になってしまう特殊体質になってしまったのだ。――――なんて口が裂けても言えないのだが、かといって単に嫌いで食べられないと言うのも子供っぽくていやだ。


 「ふむ、それはいけないな。好き嫌いはあまり格好良くないよ?さ、一口で良いから、まずは肉と一緒に口の中に入れてみなよ。きっと甘くて美味しいと思うよ?」


 ―――――やだ!なんかやめて欲しい!そんな子供をあやすような言い方で好き嫌いを指摘しないで欲しい!いっそ笑ってくれた方が助かるんだけど!


 「で、でも、そのぉ・・・」


 これを食べてしまえば、運が悪ければ私は死ぬのだ。それはさすがにいただけない。「にんじん食って死にました」とか、あり得ないだろう。でもこの状況で、しかもこんなに真摯に私の好き嫌いに向き合ってくれるアストラがいて、それでも食べずに済ますことがどれだけ困難なことか。

 食べて生物学的に死ぬか、食べずに社会的に死ぬか。大袈裟だと言うかもしれないが、これだけ大勢の前で、メニューも選ぶことも出来ずに食べられないものを出されて「無理です」と喚くことがどれだけの羞恥か、予想のつかない者はそうはいまい。

 

 「くぅう・・・一体私はどうすれば良いのよ・・・」


 「えぇい、面倒な子じゃのう。ほい、口を開けい」


 油断していた。不意を突くようにエミィが私の口の中に彼のスプーンで私のシチューをすくって、勢いよく突っ込んだ。

 

 もちろん、オレンジ色の悪魔も含んだ状態で。


 「あむぅっ!?・・・ゴク・・・」


 あぁ、美味しい。すっごく美味しい。本当に、なんの誇張もなく美味しい。素朴な優しさと、パイロラビとの肉の独特の食感と、にんじんのささやかな甘さ。

 

 とても、美味しかったです。人生最後の食事が、このシチューで良かった。


 直後、呼吸が止まる。


 「うぐっ、ぐ、あ・・・・・・・・・」


 「な!?どうしたんじゃ、ルイス!しっかりせい!」


 「る、ルイス!?」


 私の意識は、ゆっくりゆっくり、闇の底へと沈んでいった。


 


 

   

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