~前日譚~
と、言うわけで見切り発・・・げふんげふん!そこはかとなく書きたくなってみたお話です!なんとなく眼にとまった方はチラッと見ていてくだされば幸いです。感想も悪口も待ってますよ!
暗がりには、小さなランプに照らされてレンガの壁が浮かんでいる。敵の居城とはいえ、さすがは魔王。人が住むにもこの上なく快適に暮らせそうだ、というのが率直な感想だった。
通路は客人を迎えるために広くしましたと言わんばかりで、床に敷かれたカーペットも豪奢だ。響く足音は1つ。張り詰め、押し潰すような、凶悪なまでの緊迫の空気の中を悠然と進むその足音は、羽のようにふわりと軽い。
今も、通路の奥からは複数の叫び声が聞こえる。悲痛に啼くときもあれば、雄々しい雄叫びのときもある。任されたのだから、感慨には耽るまい。
歩いて歩いて、一見して果てしなくみえた玉座の間への通路も、本当に永遠に続くはずなどない。まさか、ここまで辿り着く者に幻惑魔法などという小細工が通ずるとも思うまい。事実、下らない妨害など無く静寂の中を歩み続け、その扉の前まで辿り着いた。
大きい。途轍もなく大きい。何に合わせて作ったのかなど、問うまでもあるまい。その扉は果てしなく巨大だった。ともすればゴーレムやタイタンを3体ほど肩車させたほどの高さはありそうだし、幅だって通路の幅が広かったように、相応に広い。扉の前には松明―――――それもそこらの成人男性の身長より遙かに高く炎を掲げ、その炎は通路のランプと異なって、禍々しく漆黒に輝いている。
黒い炎など、ここまで来て初めて見る。それがなぜこうも明るいのかと思えば、なるほど相手の持つ力の特異性も思った以上の可能性がある。黒い炎に白く照らされた扉には、大きさに更なる凄みをもたらす紋様が刻み込まれていた。
あまりに精緻な細工に目を凝らせば、身の毛もよだつ人面の群れ。ここで敵意を燃やされるのは敵の計らいか、あるいは憤怒を刺激して義憤の下に冷静さを欠かせようという魂胆か。
だが、甘い。この程度の恐怖や怒り、この道中で幾程経てきたと思う。ひとときを扉に封じられた罪も無き人々を想って瞑目し、徐に瞼を押し上げ、世界に舞い戻る。未だ暗がりにある中で、己の存在だけが世界を照らす光になる。
「・・・・・・さて」
口をついて出たのは、いつも通り、敵を目前として剣を抜くときの、そんな一言。扉に手を押し当てる。重い。思念の重さだ。この扉には質量を上回る莫大な負の思念が纏わり付いて重みを増している。
しかし、刹那の後、扉は驚くほど軽くなった。
「ありがとう、主らの想い、儂が請け負おう」
扉は、開かれた。軋む音と共にようよう開けゆく視界には、扉の前に立てられていた漆黒の白光が満ちる。随分と広い。一辺が100mはある菱形を想わせる大広間だ。さすがは玉座の間、と言ったところか。魔王も王というわけだ。
開ききった扉の向こうにはそれはそれは巨大な玉座が見えた。扉を開けたここが菱形の頂点なら、玉座はその対角の頂点に当たる。その距離をしてその大きさ、形は龍を想起させた。城の門番の駆っていた翼竜の大きさと形だ。
玉座の正面、何かが動く。
人、だろうか。大きさはそう、人間のそれに等しい。だが、纏うものが人のそれと何もかもを異にしていた。酷薄で卑劣で凶悪で歪で醜悪で強欲を滲ませるそのオーラには数多の勇者を葬ったであろう鬼気が隠せぬばかりに存在している。
扉の大きさを見た予想と外れてその姿は小さかったが、なに、驚きはしまい。それはそうと思考の転換が寛容なのだと、嫌というほど学んできた。
影は、両手を広げ、大らかで薄っぺらな笑みを湛えて歩みくる。
まるで愛しい愛しい待ち人が遂に尋ねてきてくれたことを喜ぶように。しかし、その紅の双眸から漏れ出す圧気は歩くだけで、横を通り過ぎる巨大な燭台の黒炎を吹き消さんばかりに揺らす。
薄ら笑いの唇が開く。
一言に床に着きそうな長さの黒髪が靡き、一言に羽織る白銀のマントがたなびく。近くに見れば、本当に人間にしか見えない。街に降りてきても、この悪鬼の如き気を放っていなければ気が付かなかったかもしれない。
「やぁ、待っていたよ。小さな小さな勇者。待っていた、では足りない。待ちわびて待ちわびて、恋い焦がれた。噂に違わぬ矮躯だ。しかし噂に違わぬ剣気。今まで私の下まで辿り着いた蛮勇の徒どもは自らを勇者と自惚れ、最期は体液と埃で全身を濡らして命乞いをして扉の彫刻になっていったよ」
うっとりとしたように空間をなめ回す視線の先に立つのは、今し方扉を開放して謁見の間に辿り着いた勇ましき者。
その者、その姿を幼き少女と同じくし、顔立ちにも体格にもあどけなさを残していた。されど、その紺碧の瞳には蛮勇とも愚者とも異なる、真なる勇を秘め湛える。圧気にたなびく純白の髪は後頭部で一房に束ねられ、ゆらりゆらりと悠然にして敢然。
新雪の如き眩い白、雲海の如き巨漠の白亜、無垢は際限なく白さを映えさせる。
立ち姿には、幼さを残さない。何十年を過ごせば、何千の戦いを越えれば、この境地へと至るのだろうか。それほどまでに洗練された佇まいは、眼前に聳える人類の仇敵を前にしても揺るがない。
これ以上に昇れば天を衝き、いずれは悟りに至るのではないか、とさえ感じさせる。
幼老の勇者は、緩慢な様子で口を開く。薄紅の唇は潤いを逃さず、余裕を香らせる。
「ふむ、お主が魔王、というわけかの?なるほど、嫌ぁな気の持ち主じゃのう。臭い臭い」
「ははぁ、なかなかに老成した口の聞きようか。こうして我と剣を交えることが敵いそうな者が、よもやこれほどまでに幼い勇者とは、先人たちにとっても皮肉なものだろう。価値というのは何に眠っているのか、見出すまで分からない。いや、済まぬ、侮っていたわけではないのだ。そなたの武勇伝は人々の口から我々へと漏出するほどだ。時に、幼き女子の勇者よ、そなたの連れる仲間はどこへ置いてきたのかね?まさか一人で割れと相対しようなどと考えてはいまい?」
「なんじゃ、随分と饒舌な坊主じゃな、『魔王』ケイオス?仲間をどこへ置いてきた、と。逆に問うぞ、貴様は儂に一人で挑もうというのか?ははぁ、大したもんじゃ」
嘲弄には嘲弄を返す。幼き勇者の方には世界中の人間の未来がのしかかっているのにも関わらず、かの幼老の勇者は余裕の笑みを崩さない。当然だ。勇者の仲間は、勇者を先へ通すべく魔王の先兵を押さえ付けてくれたのだから。自らの主であれば、魔王をも完膚なきまでに叩き潰すと確信して送り出してくれた。
「置いてきた、とは言わんよ。任せてきたんじゃ。分かっとるじゃろう、そのくらい。粋な計らいじゃったよ、わざわざ儂の仲間の数に合わせて部屋も先兵も用意してくれるとは。まぁ、恐らく後少しもすれば皆儂に追いつくであろうが・・・まぁ、その頃には貴様もこの世にはおるまい」
「『勇者』エミィ・・・なるほど素晴らしい。魔族に生れなかったことがこれほどまでに悔しい人間はかつて見たことがない。今からでも、というのは愚問か。あぁ、粋な計らいに感謝はして欲しい。こうして我とお主が相対するための機会をこうまでして設けたのだ。我を落胆させるなよ、幼女勇者」
魔王――――ケイオスは、白銀のマントを脱ぎ捨てた。その背からは鷹の翼が軋む音と共に広がる。
翼は瞬く間に大きさを変え、一瞬の後には4mはありそうなほどになる。いよいよにじみ出す殺気は殻を破って迸り、風の入らぬ大広間に嵐のような大風を巻き起こす。
「さぁ、お主も剣を抜くと良い。我とて無手の相手を引き裂きたくはない」
「抜くのは良いがの、一つだけ断っておこう」
幼老の勇者――――エミィは、左手は左腰に差した聖剣の柄に乗せたまま、右手の人差し指を立てる。戦の前だ。不平等はあってはならない。例え敵がそうでなくとも、己が敵の正体を知るのなら、敵もまた己の正体を知っていて然るべきなのだ。
「ふむ、何かな?勝負の拮抗如何に関わらず、どうせ死にゆく身だろう、なんでも申すが良い」
「吠えとる吠えとる。まあ減らず口に取り合っても意味などあるまい。・・・ではお言葉に甘えさせていただくとしようかの」
緊迫。破断しそうな緊迫。常人ならこの二者の間に立たされれば、精神にかかる重みだけで肉体までもがひしゃげてしまうだろう、それほどの緊迫。しかし、二者はなおも口元には笑みを浮かべるのみ。
やがて、エミィが口を開いた。
「儂はジジィじゃ」
緊迫。破断しそうな緊迫。常人ならこの二者の間に立たされれば、精神にかかる重みだけで肉体までもがひしゃげてしまうだろう、それほどの緊迫。しかし、二者はなおも口元には笑みを浮かべるのみ。
「・・・さぁ、なんでも申せ」
「儂はジジィじゃ」
「・・・・・・?・・・さぁなんで・・・」
「だからジジィじゃって言っておるじゃろ!!儂は幼女とかいうキャワイイ女子じゃない!!儂は確かにキャワイイが、断じて女ではない!!」
そう言って、幼老の勇者、エミィ―――――本名エーミールは、元々動きを妨げないために敢えて選んでいた軽装のズボンを、いや、その下のパンツまでもを一気に下げて・・・
「あ、おい、なにを!?ちょ、きゃぁ!?見えちゃ・・・」
股間に下がる『存在の証明』をケイオスに見せつけた。
「・・・・・・ぁ、があ、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ば、ぶぁかなぁ!?まさか、まさかまさか!そんなことがあって良いはずがない!」
「ところが、あるんじゃよ。ほれ、ほれー。象さんじゃー」
「やめろ、そんなブツを揺らすんじゃないッ!」
ちぇ、と舌打ちをしてエミィはズボンを上げ直す。それにしても。
「魔王をたぶらかすの気持ちいいのう!ひゃっひゃっひゃ!」
「・・・・・・ばかなばかなばかなばかなばかなばかなばかな・・・よ、少女だと信じて待っていたというのに・・・少女だと信じてわざわざ四天王のみならず右腕のフェンリルまで使わして1対1になるようにしたというのに・・・!いたいけな女の子をいたぶってからあーしてこうして、と妄想して攻め入られた3日前から!妄想に眠れぬ日々を過ごしていたというのにッ!くぁあ、あぁぁ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
魔王は、変態だった。いや、変態だから魔王だった。変態は魔王で魔王とは変態で。
こうして、期待を裏切られて茫然自失となった魔王は、勇者エーミールの手によって、滅ぼされた。
200年越しの魔族と人類の戦争は、こうして終局を迎える。
勇者エーミールの伝説は、かくして偉大なる救世主として広く永く、伝えられることとなる。
たった1つ、最も重要な事実を乗せずに。
と、いうわけでエミィです。ロリジジィとかいうゲテモノですけれど、まぁ、許せる方は許してこれからもおつきあいください。見た目はとびきり可愛く想像していただいてOKです。ジジィだけど。