新王宮騎士団6(ジェイとセイガーの話し合い)
ジェイは今、目の前で、何故か寛いでいる男を前に深々と溜め息をついた。
なぜこんなことになったんだ?
ヒジリの変わりに出席した会議はジェイとクロウドの想像した通り、嫌みのオンパレードだった。
ジェイはそれらを笑み一つで黙殺し返答を求められれば、ただひたすら謝罪した。
まるで、苦行層にでもなったかのように。
だけど、クロウドの奴はそんなジェイを見て下を俯きひたすら笑いを堪えていた。なんて、奴だ。人の苦労を分かってない。でもそれは、周りには反省しているように見えただろう。
でも、違う。
肩を振るわせているのは、笑いを堪えているだけ、あいつに反省何て微塵もしていない。奴に反省何て求めるだけ、無駄だ。まぁ、私もだけど。
口ばかりで行動が共ない奴ほど、どうしてか良く吠える。 良く吠えるくせに、厄介な仕事ばかりいつも、うちに押しつけてくる。だったら、少しはお前等がやれと思うジェイだった。
だから、会議を終え不機嫌を通りこし、額には青筋背後には巨大な低気圧を背負って帰ってきたジェイに隊の者たちは、賢くも早々に避難した。
それが、今から15分前のこと。
クロウドはクロウドで、何がデートの約束が有るだ。鼻歌交じりに、わざわざきちんと一張羅に着替えて下町に行った。何を着ていったところで、女性の評価は変わらないだろう。どうせ、かっこいいだ。
だから、相方がデートに浮かれているとなればなるほど、ジェイの機嫌は最低・最悪になる。低気圧まっしぐらだ。
それをぶつけるかのように、溜まっている仕事を怒濤の勢いで片づけていく。
その仕事は本来、ヒジリの仕事だ。
ヒジリがやらず、溜まった仕事な訳だ。
そんな、尋ねてはならない部屋のドアがノックされたのは今から、10分前。
居留守を決め込もうとしたジェイの思いとは裏腹に、勝手にドアが開いた。
鍵を閉めておけば良かったと思っても後の祭り。
舌打ちしそうになるのを、何とか堪え笑顔で出迎える。
「やっ」
軽い口調でセイガー大佐が言う。
相手は仮にも、部隊長。
位は大佐だ。
セイガーはヒジリと同じ隊長職だが、それを取り締まる人。
言わば、ヒジリより上の上官ってことになる。
つまりはジェイよりも、上も上の人になる。
いくら機嫌が悪いとはいえ、邪険に扱うわけにはいかないし、舌打ちなんてもっての他だ。
だから、ジェイは自分の持っている愛想を総動員させ、早々にお引き取り願おうと思った。
「今、君鍵しておけば良かったって思ったろう? もしくは、居留守使う気、満々だったろう?」
セイガーは面白そうに笑って言う。ジェイはそれに愛想笑いで答えた。
「まさか、大佐相手にそんなこと思いませんよ。それより、大佐こそどうしました? 家の隊にいらっしゃるなんて、珍しいですね」
「まぁね。そんなことより客人に何かないのかい?」
「つまり、茶を出せと」
「君がそう思うなら、そうなんだろうね」
当然のように上がり込み、ソファーに座りお茶まで要求してくる始末。
そんな、客嫌だぞ。
「紅茶で良いですか? 家の隊には、お茶やコーヒーと言った類いはないので」
「どうしてだい?」
「隊長が飲めないからだそうです。『買っても無駄になるぞ』と言われ、それの意味が分からず、私が、買って来たその日にコーヒーは隊長が『匂いを嗅ぐのも、嫌だ』と言って、全部捨てましたね。隊長曰く、『俺は最初に注意したからな。それを無視して、買ってきたお前が悪い』んだそうです」
「アハハハハ。じゃあ、お茶は?」
「好きじゃないからの一点張りですけど、あれは飲めないだけのただのガキですね」
「飲めないか? あいつにそんな弱点があったとは、長年付き合っている俺も知らなかった。じゃあ、紅茶をもらおうかな。でも、今日みたいな来客の時、ないと困るんじゃないか?」
「別に困りませんよ。なんせ、軍の偉い人が家の隊に来ることは、まずありませんからね。行くとしたら、第1部隊のセイガー大佐のとこだと思いますよ。家なんか、目にも止まりませんよ」
それを聞き、セイガーは思う。
この青年は気付いているだろうか?
この第3部隊こそが、部隊の中で第1部隊の次に評価されていることに・・・。だから、厄介な仕事は任されるんだと言うことに。別にわざと押し付けているわけじゃない。ヒジリ逹しか、解けない難問を割り振っているだけだ。それに、気付いているだろうか?
ジェイはジェイで、少しでも意趣返しにとヒジリの茶葉を使う。
使ったのに、けして他意はない。
たぶんないだろう。
……ないと思う。
「どうぞ」
優雅な仕草で紅茶を差し出す。
香りを楽しんだ後、こちらも優雅な仕草で紅茶を一口啜るセイガー。
「いい茶葉を使っているな」
「ええ、隊長の私物ですから」
ジェイもセイガーの斜め横に腰を下ろし、自分も紅茶をすする。たぶん、セイガーは聞かれては、まずい話をしに来たんだと、ジェイは向かいではなく、斜め横に腰を下ろした。
「すると、高い茶葉ってことになるな」
「さぁ、どうでしょう? 確かに、隊長も1週間に1度しか飲まず、大切にしてましたね」
「じゃあ、不味いだろ? とは言え、もう入れちゃったしな。飲まない方がもったいないな」
「ええ、どうぞご存分にお楽しみ下さい。何ならお持ち帰りになりますか? 大佐にならあげますよ」
不貞腐れたように言うジェイを見る限り、ずいぶん上司から迷惑をこうむっていることがわかる。
このぐらいの意趣返しなんて、かわいいものだろう。
いつも、ヒジリの代わりに出た会議で、やり玉に挙げられているんだからいたしかたないだろう。
「持って帰ると言いたいが、持って帰った場合、あいつから、文句言われるのは、間違いなく俺だ」
苦り切った顔をセイガーはする。
「そうでしょうね」
すごい笑顔でジェイは言う。
「分かってって言っているのかよ」
「悪いですか?」
澄ましたように、今度はジェイが言った。
「お前は良い性格してるな」
「そうでしょう。でも、隊長曰く私なんて、まだまだ甘いらしいです」
「甘いか?」
「ええ、まだまだだそうです」
「あいつはお前をどんな風にしたいんだろうな?」
「さぁ、私にも分かりません」
「ふ~ん分からないか? じゃあ、聞き方を変えよう。あいつは、お前をどんな風に成長させたいのかね?」
「さぁ、そんなの私にも分かりません。ただ、あの人にそんな深い意味はないと思いますよ」
ジェイがそういうと、セイガーは意味深に言う。
「本当に、そう思うのか?」
「大佐はどう思いますか?」
「あいつの考えなんて、俺には分からん。でも、そんな隊なのに、お前は見限らないんだな。その訳が、俺は聞きたいね。俺はお前がすぐやめる方に掛けていたのに。金5枚だぞ」
「どなたとですか?」
ちょっと、不機嫌そうにジェイは聞く。
「ヒジリとだ」
ちょっと、意外な名が上がり、ジェイは驚く。
「でも、ヒジリはお前が辞めない方に掛けてたよ」
それを聞いて、なぜかジェイはホッとする。
「お前に1つ聞きたい」
「何ですか?」
「お前は当初どこの隊の誘いも断っていただろう。家も断られた口だ。だから、お前は軍に進む気事態が無いんだと、俺はお前を諦めた。お前は政財界に進むものって思っていたよ」
「そこまで高く評価して下さり、有り難うございます。正解です。私は当初、官僚なるつもりでした。軍人になる気はありませんでした」
頭をジェイは下げる。
「でも、それを大佐より早く気付いた人がいたんです」
「それが、ヒジリか?」
「はい」
「だから、第3部隊の誘いには乗った?」
「それは、私より大佐の方がお分かりになるのではありませんか?」
「そうかもな。でも、ただの学生なら、あいつのことをそんなに知る機会はかいだろう? それより、お前。私に何か言いたいことありそうだな?」
その言葉を受けて、ジェイは嘆息する。
「お分かりになっているなら、隊長をもう少し締めてかかってはいただけませんか? あなたが甘やかすから、あの人が付け上がるんです」
会議には出ない。
セイガーの言葉には従わない。
と言うか、聞いてもいない。
団体行動・協調性と言ったものは、まるで0。
はっきりいって、これで、なぜ、騎士団にいられるか、謎な人だ。というか、なぜ受かったのだろうかと、疑問をジェイは持っている。しかも、ヒジリは出世も順調にしている。それも、早いほどに。やはり、力はあるってことなのか? 私には、分からん。
しかし、単独行動に走るヒジリを、セイガーは咎めたことはこれまで一度もない。
イヤ、これはセイガーに限ったことじゃない。
セイガーより歳上の、部隊長はヒジリに甘かった。それは、あからさまなほどに。
一切のお咎めもなく。
不自然なほど自由なヒジリ。
しかし、それは一見自由に見えるけど、全く自由ではなく、逆に閉ざされた檻の中に囚われている者だと誰が気づくだろうか?
「う~ん、こちらも後ろ暗いところがあるからな」
それが外れていなかったことがセイガーの言葉から分かる。言外に裏があることを示唆され、ジェイは呆れたように嘆息すると、セイガーを見、迷惑そうに眉根を寄せる。
誰もが特別扱いする中で、その中で顕著だったのが、特にセイガーだ。
特別扱いを隠そうともせず、むしろわざと見せつけるかのように、優遇して、見せた。
それが何を意味するかジェイに分からないはずがない。
「利用するのは、たぶん隊長も了承しているでしょうから、私もその事については何も言わずに、目を瞑ります。ですが、度を超える利用をなさろうとした際には、私が黙っていませんから」
「お~、怖」
と、言ってわざとらしく肩をすくめる。
「貴方の行動には、絶対意味があります」
「ほ~、どんな?」
「正確なところはわかりません。ただ、隊長を特別だと周囲に見せ付けたかったんでしょう?」
「そうだ。流石だな」
「隊長を特別だと思わせることで、本来なら乱れる足なみを、揃えさせる為に、うちの隊長が贄に選ばれた。私の忍耐と引き替えに。その思惑は見事、成功ですね」
「でも、あいつは己が贄になる道を選んだんだ。けして俺達が押し付けたわけではないからな。最初誰がその役になるかで揉めたときに、あいつが自分で言い出したんだ。『未来ある若者にはさせられない』と。自分から贄になると」
「えっ? 自ら。何か賭けをして負けたからというのではなく」
「違うな。あいつ曰く『未来ある若者にはさせられない役だ』だってさ。そう、涼しい顔して、一番のガキが言ってたな」
「隊長って年偽ってます?」
「さぁな。だって、俺はあいつの正確な年齢は知らん」
セイガーのその言葉に驚く。
「えっ? 大佐もですか? もう、長い付き合いになりますよね」
「長いとはいっても、まだ10年だからな」
その短さに、ジェイは驚く。
「えっ? まだ10年ですか? もっと長いかと思いましたよ」
「たぶん、それでも我々の中じゃあ、長い方なんじゃないか? あいつは年齢に関する事は一度も口にしたことはないよ。冗談であってもな。その時、俺にある伝説が頭を駆け巡った」
そう言われ、ジェイの頭にも過る。
「あの伝説ですか?」
ジェイの言葉にセイガーは否定しないで、頷いた。
「そう」
「でも、あんなの子供に向けたお伽噺の類いでは?」
ジェイは否定するが、セイガーは爆弾を落とした。
「ああ、そうかもな。でも、俺はあいつの腕を見たことない」
「そう言えば、私もありませんね。どんなに暑くても隊長は上着を脱がないですからね」
「昔、バカな奴があいつの袖を無理矢理めくろうとしたことがあった」
「どうなりました?」
ジェイは唾を飲み込んだ。
「そいつの前で、ピタリと止まった剣があった。そして、薄ら笑いを浮かべて言ったよ。『今、ここで俺の袖を捲って死ぬか、それとも何もしないか、好きな方を選択しろ』ってさ。ヒジリには、殺す価値もないと見くびられたんだな」
「ピタリと剣を止めるなんて、凄いですね」
「ああ。そいつは、しょんべん漏らしてたよ。でも、誰も笑えなかった。物音一つたてちゃいけない気分だった」
「凄いですね」
「ああ。あいつは凄いよ。で、同意見になったことだし、その誼で、ぜひ教えて欲しいね」
「なんですか?」
「あいつの下にいるわけだ。俺は、てっきり、あいつの素行にお前が切れて、第3部隊何かすぐ飛び出すと思っていたのにな。あいつの何かがお前を引き付けるんだな?」
「それは、先程言った通り大佐の方がお分かりになるのではありませんか?」
「確かにな。でも卒業したばかりの時、他の隊からの誘いを全部断っていたのに。お前の夢を変えさせるだけの何かがお前にあったんだな? あいつの隊に入ってもいいと思わせるだけの何かが、それは何だ?」
問い詰めるように聞くセイガー。ジェイは呆れたように言う。
「あなたが、そんな他人のことに興味を持つなんて驚きです」
「だって、知っているか、お前がヒジリの元にいるのは王宮騎士団七不思議の一つになっているって。だから噂が噂を呼び、とうとう、お前はヒジリにとって、これじゃないかという噂があるくらいだぞ」
セイガーは小指をたてる。
それを見て、ジェイは噎せる。
「私は女は嫌いだが、だからといって男に走る気は、更々有りません。冗談じゃない」
「このぐらい許してやれ。軍には、そう言った噂話しか、楽しみはないんだから、その噂は案外よく、出来ているんだ。それには、俺だって登場しているんだぜ」
「じゃあ、本命とかですか?」
「噂とは、元来遠慮のないものだよ。だから、俺はそんなに良い役じゃない。君だよ」
ジェイは自分の名が上がり不機嫌さを隠そうともせずに、顔をゆがめる。
「イヤそうだな」
「ええ。大佐は、何役ですか?」
「噂とは本当に容赦がないものだよ。俺は、間抜けな寝取られ男だ」
「貴方相手に、噂とはいえ、よくそんな、噂流せましたね。あなたのことですから、その犯人は、もう調査済み何でしょう」
「調べ出したら、自分から名乗り出てくれたよ。『お手を煩わせては、申し訳ないから』と言って、クロウド君がわざわざ自分から謝罪にきてくれたよ」
「あのバカが」
「彼は、面白いね。少し話したが面白かった」
「じゃあ、熨斗付けて差し上げますよ」
「もらいたいが、うちの副官が切れそうだ」
「ええ、そうですね。間違いなく、あの穏和な人でも切れますね」
「使いものにならなくなったら困るから、遠慮しておこう」
「そうですか? 残念です」
「あれでも、一応、優秀何でね」
「でも、名乗り出たぐらいで、許したんですか、あなたが?」
「なんか引っかかるフレーズがあったが、この際目を瞑ろう」
セイガーの心の狭さは、はっきり言って有名である。
何て言っても、彼がまだ、平隊士だった頃、不当な扱いをした上級隊士を、全員、退役にまで追い込んだ人だ。
そんな、人がなぜ?
ジェイが首を傾げる。
「変か?」
「ええ、何かあるのでしょう?」
ジトーっとジェイが睨む。
「分ったよ。そう睨むな」
降参だとでも言うように手を挙げる。
「そもそも、クロウド君がそんな噂を流したのには、七不思議があるからだ」
そういえばと思い出す。
一時期七不思議がやたらと流行したことがある。
それは軍だけでなく、王宮でも、町中でもとにかく流行った。
もう何が何やら分からなくなるほどに。
「それが?」
「そもそも、その七不思議が原因ということだ」
「前置きは結構」
「私なんだ、その七不思議を作ったのは?」
「じゃ、何ですか? つまりそもそも自業自得だと」
「まあ、そう言うことになるな」
セイガーは意味なく、そんなことしない。
たぶん、その中に紛れて消えてしまったが、何かを隠したかったんだろう。
それを聞いても、教えてはくれまい。
知りたいなら、自分で調べろってことか?
おもしろい? ジェイは不適に笑う。
その笑みを見て、セイガーは人事のように微笑み、
「頑張れよ、お前なら大丈夫かもしれんな」
『何が? と聞きたかったが、セイガーが七不思議まで流して隠そうとしたことだ。教えてはもらえまい』セイガーはまるで遠くを見ながら言う。
「お前がそれを分かったとき、どういう答えを出すか是非みたい。そのためにも頑張って探せよ」
「ヒントは下さらないんですか?」
「お前に、ヒントなんかいらないだろう」
「そうですか? ヒントなしってことですね」
ノーヒントって、ことか。面白い。当分、退屈しなくてすみそうだ。
「お前ならたどり着くよ、きっと」
セイガーはなぜか寂しそうな笑みを浮かべる。
「たぶん、大佐が隠したいこととは、たぶん隊長のことですよね」
「そうだな。俺一つ教えたぞ。お前もいい加減教えろよ」
「別に隠すことでもありませんから、良いですけど。でも、セイガー大佐も意外と俗物だったんですね。新発見です」
「優等生が心変わりした理由をぜひ、参考までに、聞かせて欲しいね」
「誘い文句が面白かったからというのはどうでしょうか?」
「なんて、言われたか、是非ご教授願いたいね」
「あの人が私の元を尋ねてきたとき、すぐに分かりました。自分より子供が尋ねてきたんですから、これが噂になっている人だと、わかりました」
ジェイは一端口を結ぶ。
そして、その時を思い出すかのように、遠い目をする。
「あの人の第一声が面白かった」
思い出したのか。
クスリと笑う。
その時を思い出すように遠い目をする。
「そうですね。しいて言うなら、誘い文句が奇抜で面白かったからでしょうか?」
「奇抜な誘い文句とやらを聞いときたいね」
「勧誘に来るのは、その隊でも上の人ですから当然なのかも知れませんが、仕えろって皆さん、当たり前のようにおっしゃるんです。でも、あの人は違いました。勧誘にはご自身で、来たんです」
「その点で、1ポイント上ってことか? で、あいつはお前のとこ来て何て言ったんだい?」
「自分を使いこなしてみせろでした。仕えろとは、ただの一度も言わなかったんです。最初は何言ってんだと驚きました」
「当然の反応だね」
セイガーもちょっと驚いた顔をする。
「使ってみせろか? それは、ある意味奇抜だな。でも、あいつを使いこなせたら、これ以上ないくらいの、証明になるな」
「ええ。それまで、仕えろとは言われましたけど、逆に使って見せろと言われたのは初めてでした」
「で、使えこなせたか?」
「大佐から見てどう思いますか?」
「さぁな。お前がどう思っているかじゃないか?」
「私は悔しいけど、まだまだだと思います。あの人は奥が深く、まだ私には見えてないと思います」
「かもな。もしかしたら、我々には見えないのかもな」
その言葉にジェイは頷く。
「使ってみせろ、と子供に言われたから、道を変えたわけじゃないだろう。何がそうさせた?」
「そうですね? あの人の言葉に引き付けられたんでしょうか?」
「なんだい?」
「無能な上官に、ただ使われている奴は3流。使いこなせて、初めて2流になる。では1流はなんだと思う? と」
「有能な上官に仕えろか?」
「私も初めは、そう思いました。結局若くして、騎士になった己を自慢したいだけかと。でも違った。それだと隊長曰く、『3流以上だが2流以下だな。有能な上官を使いこなせてこそ初めて1流になる。なって、見る気はないか?』と、あの人は言ったんです。ですから、私も聞き返しました。『あなたが有能だとでも?』そう聞いたら、あの人は笑って、こう答えました。『使ってみれば、お前なら、すぐ分かるだろう? 気に入らなければ、軍などさっさと見切りをつけて当初の予定通り官僚になればいい。軍で作った人脈は、けして無駄にはならないと思うぞ』と」
「まあ、確かに。無駄にはならないな」
セイガーも頷く。
「『私を下におくなら、お覚悟をなさって下さい』と、そうしたら、あの人は嬉しそうに笑いながら『それこそ、願ったりかなったりだよ。私は忠実な参謀はいらぬ。フィクサーになれるだけの者が欲しい』と」
「自分を使いこなせか。確かに、これほど確かなことはないな」
「ええ、それは申し訳ありませんが、セイガー大佐よりも」
「いや、俺もそう思う。俺はあいつとなら喧嘩はできるが、殺しあいとなったら、俺は剣さえ抜かしてはもらえないだろう。あいつに傷一つ付けることなく終わるだろうな。だって、お前。あいつが剣を抜いたところを見たことあるか?」
そう、聞かれないことに気づく。
「そう言われて見ると、ありませんね」
「だろうな。あいつが剣を抜く時は、相手を仕止める時だけだ」
「仕止める?」
「つまり、殺す時だけだ。だから、あいつは模擬試合をやらない。俺は一度だけあいつの剣を抜いたとこを見たことがある。早くて、全然見えなかったよ。あいつに模擬試合をやれと言った上官も唾を飲んだ。それもそのはず、気付いたときには、その上官の顔の前に抜いた剣があったんだから。そして薄笑いを浮かべ『俺に模擬試合をやれと言うならやりましょう。ただ殺しても知りませんよ。責任は大佐が取って下さるんですよね』ってさ。こいつに模擬試合なんかさせたら、その相手を間違いなく殺すなと、そこにいた者は皆、思ったよ。何でも、仕留めかたは覚えたが、それの止めかたなんぞは知らねぇと、あいつは言ってた。そこにいた者は、みんな笑えなかったよ。みんな心の中で、『こいつならやりかねない』と思ったからだ。それ以来、あいつに模擬試合をやれとは上官も言わなくなった」
「で、大佐はいかに隊長が強いかを私に言いに来たんですか?」
「違うよな。本当は流通の件を俺抜きで、第3
部隊に調査してくれるように、頼みに来たんだよな」
本来なら、聞こえるはずのない窓の外から声が聞こえ、セイガーは慌てて駆け寄る。
そこには、セイガーが予想していた人物がいた。
しかも、セイガーが保護したいと思っていた人間と共にいた。
「男二人で、密会か、不健全だな」
ヒジリはクスクス笑いながら言う。
「いくら近場で済ませたいからって、不健全だね」
「密会ではなく密約です」
真顔で、否定するジェイに突っ込みどころはそこじゃないだろうと思うセイガーだった。
「そうか。悪かったな」
「分かってくれれば、良いんです」
それは悪かったと謝るヒジリに、ジェイは満足そうに肯く。