王宮騎士団18(リンが次の被害者になる)
リンが襲われたのは、事件の話をしてから、ちょうど一週間後のことだった。そろそろ、事件が起こる時期だと、思い警戒はしていた。でも、まさかリンが被害者になるとは思わなかった。
ジェイが、駆けつけ、それを、伝えた。
「大変です。ヒジリ隊長、リンちゃんが、次の通り魔の被害者になりました」
「えっ?」
言われた瞬間、時間が止まったようにヒジリには感じられた。
「でも、まだ亡くなってません。発見が早かったから、今緊急手術中です。って、聞いていますか?」
「駄目だな。聞いてないよ」
セイガーはヒジリの目の前で手を振り笑うと、足に一発蹴りをいれる。
「聞こえてますか? ヒジリ、良かったな。まだ、亡くなってないってさ。生きてるって。運が良かったな」
「許さん。やったことを後悔させてやる」
メラメラと燃えるヒジリに、セイガーが聞く。
「お前は病院に行くか、それとも現場に来るかどちらにする。ただし、平常心を保てない奴は迷惑だ」
セイガーのその言葉に、きっぱりヒジリは言った。セイガーの言葉で、ヒジリは頭を切り替える。
「分かってる。だからこそ、俺は現場に行く。どうせ、病院に行っても、俺が出来ることは何もない。祈ることだけと考えると、現場に参加していた方がまだ役に立つだろう?」
取りあえず、ヒジリはリンの容態も気になるが、今は現場へと向かう。
現場には、帝国騎士団員の人間がワラワラいた。その中にカミューとザキがいた。それを見つけたヒジリはカミューに聞く。
「カミュー君、何かわかったか?」
カミューは突然、声を掛けられ、慌てて振り返り、それがヒジリだと分かると、沈痛な顔になる。
「また駄目です。逃げられました」
カミューが答える。
「今回は何で、すぐ発見されたんだ? あんなに、下調べをしている犯人が?」
「5番隊がちょうど巡回中のときで、発見されました」
カミューが言う。
「まあ~、何てバカなことを。この犯人に限って、巡回の時間を知らなかったなんてことないだろうに。だんだん、調子に乗り始めたな。これは、好都合」
「どういうことでしょうか?」
カミューが聞く。
「犯人は、自分の犯罪が見つからないことによって、悦に入り、だんだんと、行動がエスカレートしていくんだ。でも、その高揚感は私がへし折ってやる」
「へし折るだけに、しとけよ。俺たちじゃあ、お前を止められないからな」
と、セイガーが言う。
「アイ・分かったとだけ言っておこう。本当は、分かりたくないがな。半殺しぐらいならいいか?」
「辞めておけ。王宮騎士団が悪く言われる」
「何、陰でやれば」
「人の噂はどこからかわく。辞めておけ」
セイガーの言葉にヒジリは納得する。
「そうだな」
などと言う。
だから、このとき、そこにいたセイガーとカミュー、ザキは気づかなかった。ヒジリの怒りのほどを。
それが分かったのは、もう少し先のことである。
捜査に乗り出した、ヒジリたち。
「俺が囮役をやる」
そう言って、女郎屋に行き、服を借りる。それに、着替えると、カミューは言う。
「綺麗ですね。ねぇ、そう思いますよね? ザキさん」
ザキに聞く。
「ああ。驚いたな」
「ありがとう。でも、ヒラヒラして動きにくいな。女性は、よくこんな動きにくい格好できるよな。さぁ、我々も行くぞ」
「えっ、でも次どこに現れるか分かりませんよね?」
カミューが言う。
「いや、分かる。それは、帝国騎士の巡回する場所だ。次はどこだい?」
「えっと、カーミラル教会のある南地区です」
「お~、罰当たりなことこの上ない」
「まあ、人を殺している時点で、この犯人には、もう、関係ないか」
ヒジリ達は南地区に行く。
「さて、問題です。私は、どうすれば良いでしょうか?」
「人気のない場所とかですか?」
「それじゃあ、犯人の欲求は満たされないね」
「えっ、じゃあどこですか?」
「たぶん彼は、神に変わって粛正しているつもりになっているだろうから、帝国騎士の巡回する場所だ」
「なぜそんなこと?」
カミューは疑問系で聞くが、ザキはハッと顔を上げる。
「そういうことか?」
「えっ?」
「ザキは分かったようだね」
「ああ。全部、犯行直後に帝国騎士団が巡回しているところで、被害者は、発見されている」
「そう、犯人は自分の犯行を見せつけたいんだ」
「そうか、だから次巡回するところに一人でいればいいってことですね」
カミューは、尊敬したように、ザキを見る。。
「そういうこと。じゃあ、そろそろ時間だな。お前ら隠れてろ邪魔だ」
セイガーは、苦笑いしながら、
「はいはい、じゃあ、気をつけろよ」
「おうよ」
そう言って、セイガーとカミュー、ザキは離れる。
「こんなところに、女性が一人でどうしました?」
声をかけてきたのは30前の男だ。
ヒジリは、困ったように言う。
「道に迷ってしまって。私、田舎から出てきたばかりですから、道が分からなくって、大通りに戻るには、どういったら、いいのですか?」
「ああ、それなら、案内しますよ」
「まぁ、親切なお方」
「道に迷っている人を案内するのは、人として当然のこと。大通りより、もっと幸せな国に案内してあげるよ。僕が、とっておきの場所に」
その言葉を聞いた瞬間、ヒジリから発せられるオラーが変わった。
それに、セイガーは気付き飛び出す。
ヒジリから発せられるオーラは殺気だっていた。セイガーは、ヒジリが隠し持っていた小刀を抜く前に、体が動いた。犯人に小刀が届く前に、セイガーがヒジリの手首を掴んで止めた。
「お前の怒りは、分かる。でも、殺しちゃあ駄目だ。償わせるんだ」
「離せ、私が黄泉に送ってやる」
セイガーはヒジリの腕を引っ張ると、その口を塞ぐ。そして、抱きしめる。で、耳元で囁くように言う。
「お前の怒りは分かる。でも、お前が手を下せば、たぶんリンちゃんがお前に、申し訳なく思うぞ。さらに、お前が捕まれば、リンちゃんは今度こそ、施設行きだぞ。そんなことさせるな。お前はリンちゃんを余計傷付けたいのか? あの子は小さい頃に親を流行り病で亡くし、この前、引き取ったじい様が殺された。さらに、引き取ったお前が収監されたら、グレるんじゃないか?」
ヒジリの手から力が抜ける。それが分かると、セイガーはヒジリのお腹に拳を入れた。ヒジリは崩れる。
「良かったよ。こいつがスカートにまだ慣れてなくって、おかげで、俺でも、止められた。本来なら、俺程度じゃ、止められない」
カミューは驚く。
「王宮騎士団の中でも、セイガー隊長の腕は一番だって帝国騎士団の中でも言われているのに」
「こいつが、本気になったら、まず勝てる奴は、いねぇよ。ヒジリさんは、もう次元が違うって思うもんな。勝ちたいとか思えねぇもん」
「そんなすごいんですね。すごいな」
ヒジリに尊敬の眼差しを向ける。
「分かったか、頭の足りない信奉者さんよ。これが、家族や大切な者を殺された者達の恨み。お前は悦に入って、喜んでいたみたいだけどな」
ザキが冷めた表情で、腰が抜けている犯人に言う。
「私は神の命に従っただけだ。これは神が俺にやれっていったんだ。その命に従っただけだ。俺が悪いんじゃない」
「神などいない。もしいたとしたら、お前が最初に粛正されている。それは己がそう思いたいと自分が思っているからだ」
彼は、ガックリ肩を落として、連行される。そのときカミューに耳打ちする者がいた。
「本当ですか?」
カミューは大喜びで言う。
「リンちゃん、命を取り留めた、そうです」
「よかった。これで死んでたら、本当に恨まれそうだもんな」
セイガーは笑いながら言う。
「でも、ヒジリさんに、キスなんてよくできましたね? まぁ、あの格好していれば、見た目はそこらの女より可愛いですけど、中身はあれですよ」
ザキが言う。
「そうなんだよな」
ポリポリ頭を掻きながら、セイガーは言う。
「でも、殺されるのは目に見えているが、あいつに、どうして、止めるのかを納得させる必要があった。そう言うときには、この手が一番有効だとは、思わないか、セイガー君?」
「まぁ、確かに。でも、起きたときが、怖いですね」
「そうなんだよな」
そう苦笑いしながら、言って、王宮騎士団にヒジリを連れて帰り、自分のベッドに寝かせる。
「怖いな。1発ですめば良いが」
セイガーは苦笑いで言う。
「3発だな」
ヒジリがそれに、答えた。
驚いたように、セイガーはヒジリを見る。
目覚めると、直ぐにヒジリはセイガーに怒った。
「何で、止めた? あんな奴、私が殺したかったのに」
セイガーの胸を叩く。セイガーは黙って、それを受け止める。泣き出すヒジリを優しく抱きしめる。
「リンちゃん、助かったぞ」
その言葉に、ヒジリは、セイガーの胸にもたれ掛かる。
「止めてくれてサンキュー。リンにこれ以上、辛い思いをさせたくない。でも、あの手はどうなんだ、あの手は?」
「別にカマトトぶるなよ。今まで、たくさん経験しただろう?」
「俺は口は許していない」
ブスッとして言う。
「じゃあ、大切にしてたのか。それは悪かったな」
「そうだぞ」
「でも、そんなに大切にしてたなら責任とらないとな。もらってやるよ、お前を。それも楽しそうだし」
「何か、違う」
ヒジリが叫ぶように言う。
セイガーは、優しく抱きしめる。
「お前の怒りはもっともだ。でも、お前の怒りを見て犯人はたぶん改心したと思うぞ」
「そうかぁ?」
「ああ、でも、リンちゃん助かって良かったな」
「ああ」
ヒジリも笑って言った。
「リンちゃんの見舞いに行くか?」
「行く。でも、お前、リンと勝負でも、するのか?」
「う~ん、リンちゃんには、俺も幸せになって欲しいから、取れないな」
「何だ、もう負けを認めるのか?」
「そうかもな」
そう言って、セイガーは笑う。