王宮騎士団16(ヒジリの頼みを王が聞く)
その夜、ヒジリ達は王の寝室へと行く。まず、ヒジリだけが入る。クロウドはここに来て躊躇していたので、笑ってヒジリだけが入る。
「やっぱり、来てくださったんですね。先生ならあれが現場にあれば読み解くだろうとは思いましたが、やはり心配で」
「俺が、お前のサインに気付かないかもって思われてたのか? 俺も嘗められたものだね。心外だ。一応、俺はお前達の先生だそ」
「達?」
「そうだ。取り敢えず、俺を恨むか? お前にこんな過酷な運命を放り投げたのだから」
「それこそ、なぜですか?自分で選んだことですよ。先生が選ばせた分けじゃない。やっている間、私は楽しかった。ただ、己が王の器じゃなかったことが残念でしたけど」
寂しそうにケントは言う。
「先生、最後のお願です。クロウド兄様に玉座をお返ししてください」
その言葉に、ヒジリはハッとする。彼は、ヒジリがクロウドの代わりに、自分を使っていると気づいていたのだ。一体、いつから? これをあいつも聞いてるのだから、いたたまれないだろう?
「だが、俺はあなたにそれ以外の選択肢を与えなかった」
「先生それは違いますよ。先生は僕を助けて下さいました。僕を助けるために、寝る間も惜しんで、人力して下さったのでしょう?」
「これは参ったね」
ヒジリが額を押さえて笑う。確かに、ヒジリは動いていたが、まさかそれに気づくとは。流石だね。流石、10年も王でいられた人だ。
「その分、僕が動くのは至極当然のことでしょう」
嬉しそうに、笑う。それを聞いて、ヒジリはなんとも言えない表情になる。クロウドだけじゃなかったな。
「そう言って下さり、ありがとうございます。そうだ、あなたに会いたいという人が来ていますよ。それから、彼が俺の教え子ですよ。いいぞ」
クロウドが顔を出す。その顔は凄く辛そうだ。その顔を見て、ヒジリは納得する。そして、思う。この中で一番強いのはケントかもしれないと。
王は、すごく嬉しそうな顔をする。
「兄様。その格好は、王宮騎士団に入隊して下さったんですね」
「俺が、お前に返せるものといったら、これしかないだろう。今までご苦労様。もう良いよ、後は俺が引き受ける」
クロウドがにっこり笑いながら言えば、感極まったように彼は泣き、抱きつく。
「今まで、すまなかった。そして、有り難う」
クロウドは、強く抱きしめ、その背に刃を落とそうとした時、それを止める手があった。それは誰であろう、ザキだった。
「えっ?」
クロウドは驚く。
「そうか、お前か?」
どうやら、クロウドはザキを知っているようだ。
「お前が俺に頼んだんだ。ケントを守ってくれと、だから俺はその約束を守る。お前がかつて、俺に頼んだことだ。なのに、お前がこいつに刃を向けるってことはどう言うことだ」
ザキは怒った。
そう言われ、クロウドも、ハッとする。
だが、クロウドにも引けない思いがあった。
だから、短剣を捨て、腰に差してある剣を抜く。ザキに剣を向けると、ザキも剣を構える。それに、ヒジリは驚いて一瞬反応が遅れた。
「やめて~」
先にケントが反応した。
その声にザキは、舌打ちしながら、それでもケントの言うことを聞いて、剣をしまう。
「クロウド、お前もしまえ」
ヒジリは額を押さえて頭を振る。
クロウドも分けが分からないと言うように、首を傾げながら、鞘に収める。
「お前、どうしたんだ?」
ようやく、聞けるまでになる。
それに、ザキは舌打ちし答える。
「約束の日になってもあんたが来ないから俺はお前に嫌な予感がしたから、来てみれば。案の定かよ」
そう言われて見ればと、ヒジリは思い出す。あれから、3日経っていると。でも、それで王の寝室に普通来るか? 行くならまず、俺のとこだろう? 相変わらず、ザキの危険を察知する能力は惚れ惚れするものがあるねぇ。そして、それに躊躇うことなく目敏く動くな。そう思いヒジリは笑う。ザキは厭そうな顔をする。
「お前ら、王族は死で全部を解決しようとする。ケント、お前もバカだな」
「バカは酷いな」
プーッと膨れる。ザキは笑いながら言う。
「じゃあ、大バカだ」
「ああ、酷い。バカの上に大がついたよ」
と、ヒジリに泣き真似をしながら切々と言う。ヒジリは取り敢えずザキから続く言葉を待つ。
「死で解決するもんなんて何もない」
ザキの言い切った言葉に、自分もそう言えたら、どんなに良かっただろうかと、ヒジリは思う。でも、自分にはけして言えない。
「お前は今まで頑張ったよ、俺も見て来たから俺には分かる。誰も認めなくても、俺だけは、認める。生きよう、ケント」
その言葉にケントは、泣く。
「いいよな、ヒジリ先生」
ザキがこの呼び方で呼ぶのは、久しぶりだった。それだけ、ザキの怒りは凄かった。それが分かり、ヒジリは苦笑いする。
「ノーと言う権利は俺にはないんだろう?」
「当たり前だろう」
ザキは言う。
「あんたの腕なら、ケントを逃がすと言う選択視もあったはずだぜ、なかったとは言わせない、言わせてなるものか?」
「その選択肢ねぇ」
少しヒジリは考える。
「なのに、あんたはケントをそいつに殺させようとした」
ヒジリも考えたが、クロウドが立つにあたりケントの存在が邪魔になった。最初はケントが立ち、やはり国民から不満が出たところでクロウドが立てば良いと思っていたが、ケントは物凄く頑張ってくれ、民から不満が出ることはなかった。こうなってくると、立たせたのは自分のくせに使えないと自分勝手なことを考えた。ダメだな。これだと考えが甘いんだ。もっと細部まで切り詰めないとな。
こうなると死んでくれないと、クロウドが王になった時に、すんなり皆に認められる王になることは、難しく、彼の望みである王政廃止の流れに持っていくことは困難となった。良い案が他になかったのだ。考えに考えた結果が、それだけだった。
「だったらどうしたら、良かったんだろうな? どう思うザキ」
だから、聞く。
「知らねぇよ、俺は。先生より俺は頭悪いもん。分かっていることは、あんたはケントより、そいつを選らんだんだ。昔の教え子より、そいつが良いってか。あんたも結局は王族と一緒だったんだな。何でも、死で解決出来ると思ってやがる」
「そうかもな」
ヒジリも笑いながら、困ったように頷く。
ケントは強い口調で言う。
「辞めてザキ。先生もようやく、見つけたんだよ。自分が王と認めるにたる王を。ねぇ、ヒジリ先生」
にっこり笑ってケントは言う。
「ねぇ、先生兄様のどこにそんなに惹かれたの?」
「惹かれたか? 惹かれたのは、母親の身分が低いくせに、お前ら兄弟の中で、一番正しくその時の国の情勢を読んでいたとこかな? それと、俺と素性が似てたとこかな?」
その言葉にクロウドは驚く。
「素性って、どういうことですか?」
ヒジリはそれに笑うだけだった。
「凄い兄様。ヒジリ先生にここまで言わせる何て、他に何を言ったの?」
そう聞かれ、クロウドは困ったように笑う。だから、ヒジリが代わりに言う。
「お前は怒るかも知れないが、こいつは俺のとこ来たときに、王政を廃止したいと言いに来たんだ。そしてそれの助言が欲しいとな」
「ええ。そんなことを、いつ言ったの?」
罰が悪くなったのか、クロウドは答えない。軽く咳払いをして、ヒジリがこれも答える。
「前王が亡くなったときだから、今から7年前か」
「そんな前から、凄い」
ケントが尊敬した眼差しをクロウドに向ける。それにザキが怒る。
「お前、尊敬何かしているな。お前は使われたんだぞ、その上、殺されかけたんだ。そんなこと聞いたら、普通怒るところだろう。それを笑って聞いている場合か?」
ザキが怒る。
「だって、兄様凄いってザキは思わない? それに、私に代わって、ザキが怒ってくれてるしね」
ケントは綺麗な笑みを浮かべて、そう言う。
「それで許すな」
「だって、私まで怒ったら兄様が可哀想じゃない」
「可哀想とか言えるのは、こちらの命が狙われてない場合だけだよ。命が狙われている時は、そんなこと思わねぇよ、普通」
ヒジリもそれを聞いて思わず納得する。でも、ケントは違うようだった。
「ねぇ、ザキなら分かるかな?」
「何が?」
「普通ってどう言うことを指してるの? 私の中では兄様を助けることが普通だよ」
それに、ザキも呆れる。
「あ~あ、もう分かったよ。俺もお前の兄貴を助ければ良いんだな」
「そうです。ザキありがとうございます」
それを聞いてザキは頭を掻く。そして、クロウドの方を向くと言う。
「ただ、これだけは言っとくぞ。ケントとお前が命の危険に晒された時、間違いなく俺はケントを選ぶ」
「ああ、それで良い。一応俺は自分の身くらいは、自分で守れるさ。それよりケントのことをお願いします」
そう言ってクロウドは頭を下げた。
「言われるまでもない。例えそのあとケントにののしられようが、知らねぇよ」
ザキははっきり言った。
「それで良い。こいつには俺が付く。誰にも手出しはさせない。だから、逆にケントまでは俺も手が回らない。ザキはケントを守ってくれ」
「ああ、良いぜ。そう言えば、兄貴が凄いって、お前は思っているようだが、俺は思わねぇな。どうせ? 古いとか、言ったんだろぜ」
それに、ヒジリは笑う。
「いやいや、それは甘い。言われた時は俺も驚いたよ。だって、こいつ来るなり、こう言ったんだから。『私の命を預ける』と」
それを聞いて、ザキはさすがに驚く。
「えっ? 預けるって?」
ケントが聞く。
これには、クロウドが答える。
「そのままの意味だ。俺はヒジリさんに命を預けた。例え、それで死んでも文句はなかったよ。なぜなら、俺のただの見込み違いだっただけだろ?」
「クロウド、1人格好付けるなよ」
ヒジリが怒ったように眉根を寄せると、クロウドは困ったように言った。
「付けてませんよ」
「でも、その後には惚れたね、こう続けたんだ。誰もが殺してくれと言う中で、こいつは、『兄弟同士で殺し合うのは意味がない』と言い、さらに『もう王政自体が時代に合わないのかもしれません』と見抜いていたよ。だから、俺はお前よりもこいつに賭けてみたかった。俺も出来なかったことだったしな」
最後の言葉にクロウドは首を傾げる。
「さすが、兄様。ザキ、僕は兄様を手伝いたい」
「マジで言ってるのかよ?」
「マジもマジです。ザキも手伝って下さい。お願いします」
「マジかよ?」
厭そうな顔をする。
「ザキが嫌なら、私一人でも兄様を助けます」
「わ~ったよ」
ヒジリはそれを聞いて笑いだす。
「やはり、ケントがこの中で一番強いな」
「えっ、私は喧嘩したら弱いですよ」
ケントは驚いて言う。
「確かにな。でも、お前には人を従えさせる力があるよ。だから、10年も出来たんだ。王として」
「ありがとうございます」
「こうなったら、記憶喪失の第3皇子が見付かったとでも、発表するしかないか?」
「隊長、私もケントに助けてもらいたいです」
クロウドのその言葉を聞いて、ヒジリは新しくどうするか、考え直す。
「う~ん、どうするか? 取り敢えず、山賊に捕まっていたことにし、2人で立つか?」
「でも、兄様を上にしてください」
「お前じゃなくって良いのか?」
「私の夢は兄様に仕えることでしたから、良いんです」
「お前なぁ」
ザキが頭を抱える。
「取り敢えず、クロウドを上に立てるよ。だけど、ケントがクロウドと考えで違うとこが出てきたら言え」
「その時は、俺が殺付けてやる」
ザキが言う。
「怖いですね」
クロウドは苦笑いをする。