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狂魔伝  作者: ラジオ
第一章
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story8‐‐行動心理‐‐

 泉が目覚めた時には、時計の針は正午を回っていた。

 休憩室には泉のほかにボスと岩谷の姿があった。

 岩谷は、泉が眠そうに目をこすりながら身を起こしたことに気付き、優しく声をかけた。

「君の寝顔を見てると、我が娘たちを思い出すよ」

「んー……そうですかー……他のみなさんは?」

 泉は半開きの目をこすった。

「小塚はわからないが、隼人と栗原と佐川は昼食を取っているんじゃないか?」

 ボスが静かに答えた。

「それより聞いてくれよ、泉ちゃん」

 岩谷の口調は愚痴でも聞いてもらいたいかのようだった。

「ボスの奴、俺の狂魔の行動分析にケチつけるんだぜ」

「狂魔の行動?」

 ようやく泉の頭がはっきりし始めた。コンタクトレンズをつけていたという狂魔のことが頭に浮かび上がるが、だいぶ以前の出来事のような感覚がした。

「今朝、まだ日が昇る前に出現した狂魔だ。あの狂魔はコンタクトをつけて目の色を隠していたそうだな?」

 岩谷は確認するように訊いた。

「はい。まったく赤く見えないきれいな目でした」

「だが、コンタクトレンズで赤い目を隠すなんて、今までの狂魔の行動からはとても考えられるものではないんだ」

 岩谷は科学者としての真剣な眼差しで泉に訴えた。

「狂魔も進化するんじゃないですか?」

 言った後で、雑な答えだと思った。

「まだ寝起きって感じの返答だな。狂魔の歴史は浅いし、寿命も短い。だから、狂魔は進化するようなものじゃないのさ」

「じゃあ、どういうことなんですか?」

「あのコンタクトは、狂魔化して赤くなった目を隠すためだけのものだ。他に普通の人間に及ぼす影響は見受けられなかった」

「つまり?」

「つまり、考えられる可能性は大きく二つ。狂魔自体がまったく新しい新種のもので、自分の目が赤いのに気付き、殺戮衝動を抑えてまで赤い目を隠すコンタクトを作った」

「もう一つは?」

「狂魔のことを知る何者かが、狂魔に、狂魔化する前か後に赤い目を隠すコンタクトをつけさせた」

 岩谷の二つ目の考えを聞いて、泉の目はもはや完全に眠気を吹っ飛ばして大きく見開かれた。

「それって……」

「俺は後者の方が有力だと思うんだが、ボスはどうも納得しねえんだ」

「狂魔の情報が外に漏れるとは考えられん。国家にしても、機密中の機密情報だ。情報というのは、たった一つで人を苦しめることもある。だからこそ、我々が厳重に管理している」

「情報なんてすぐに漏れ出すものですって」

 岩谷の言葉はいかにも人の怒りを買いそうだった。

「新種の狂魔なんじゃないのか? お前もいつも理論は事実から生まれると言っているだろう」

「今回に関しては、この狂魔の何を調べても新しい理論が出て来ないんですよ」

「それこそ厳重に管理されてる情報と同じように、なかなか表に出てくるようなものじゃないんだろう」

「ボスたちが俺のことを勝手に天才呼ばわりしてるのは勝手ですが、その天才が見つけられないなら、その理論はこの先百年は闇の中になりますよ」

「それはそうかもしれないが……」

 ボスは今まで長い間、自分が責任をもって守り通してきた情報が、外に漏れているとはとても信じられないようだった。

「情報が漏れてる確証を得ることはできないかもしれませんが、常に最悪の事態を想定して行動するべきじゃないですか? メンバー全員の命を預かる一組織のボスとして。まあ、確かに新種の狂魔の線も捨てきれませんが」

 ボスが溜息をついた。その口元には微かに笑みが浮かんでいる。

「……お前は本当に科学に限らず切れ者みたいだな」

「おだてても何も出ませんよ」

「もう十分出たさ。これからは助言でももらいに、いろいろお前に相談させてもらうとするよ」

「俺でよければいつでも」

 泉は二人のやり取りをじっと静かに眺めていた。

「お二人はとても仲がよさそうですね」

「結構長い付き合いだからな」

 ボスが答えた。

「そんじゃあ、俺は研究の続きに戻りますね」

 岩谷は泉にも手を振ってから、白衣のポケットに手を突っ込んで研究室へ戻っていった。

 岩谷がいなくなって、泉はようやく自分が空腹なのに気付いた。

「あたし、ちょっとお昼取ってきますね」

「知っているかもしれないが、ここにも一階で食事をとれるところがあるからな」

「そうなんですか? 知りませんでした。ありがとうございます」

 泉は『都』に行こうか本部の食事を食べてみようか考えながら休憩室を後にした。





 結局『都』まで一人で行くのを寂しく感じ、本部の食堂で食事をとっていた泉は、不意に隼人と佐川が一緒に食堂に入ってくるのが見えた。

「あ、泉ちゃん」

 泉の姿に気付いた佐川は、珍しいものでも見るような表情を浮かべて声をかけた。

「泉ちゃんもここの食堂使ってたの?」

「いえ、今日が初めてです。いつもは本部の案内をしてもらいながら、栗原さんにお昼も連れて行ってもらっていたので」

「ここ広いから場所覚えるの大変だよなー」

 隼人が同情するように言った。

「それより、お二人は一緒に訓練していたんですか?」

「他愛もない話をしながらちょっとね」

「なんだか、恋人同士に見えちゃいますね」

 注文しようと画面のボタンを押しかけていた隼人の手が急に止まった気がした。

 泉は学校で友達がだれかにそういう言葉で冷やかしていたのを思い出した。後姿で顔は見えなかったが、学校で冷やかされた人のように、隼人も真っ赤になっているだろうかと考えた。何となくそんなふうに見えなくもないが、ただメニューを選び悩んでいるようにも見えた。

「他愛もない話だって言ったでしょ。それにしても、さすが現役女子高生だね。言うことが若いよ」

 佐川は顔色一つ変えずに言った。

「そうでしょうか」

「そんなことより、若いと言えば、あたし、何歳に見える?」

 何か楽しげな口調だった。

「二十一歳」

 泉は断言するように答えた。

「おお! ピンポンだよ! よくわかったね」

 佐川は心底驚いたような顔をしている。

「この前みなさんのことが書かれた書類を見せてもらいましたから。小塚さんが二十歳で、あ、そう言えば岩谷さんの下の名前が……」

 急に佐川が表情を歪め、眉間にしわを寄せた。

 それに気付いた泉は途中で口を閉じた。

「……何が書いてあった? 他には何が書いてあったの!」

 今にも泉の襟を掴んできそうな勢いで佐川が聞いた。

「……えーっと、フルネームと、年齢と、組織に入って何年目か、あとは性格が少しと、活動の実績……それくらいでした」

 泉は生まれ持った記憶力の良さで、書類の項目を一つ一つ思い出しながら言った。

「本当にそれだけ?」

「はい。あたしが組織の人たちに早く慣れるように、ってボスが作ってくれたみたいで、仕事に関することだけ書いてありましたよ。何か知られたらまずいものでもあるんですか?」

「泉ちゃんは危機意識が足りないのよ。きっと田舎っ子だからね」

「危機意識?」

「そうよ。個人情報というものは、人間にとって命の次に大事なくらい大事なのよ。まあ、今の日本はそういう情報社会としての立ち位置をすっかり失っているけどね」

「個人情報は命の次に……勉強になりました」

「そうよ。特に年若い女の子は、自分の情報は自分で守らないとね」

 隼人は、佐川が今まで見せたこともないような笑顔で泉と話しているのを、微笑みを浮かべながら見ていた。

「……女子同士の会話ってのは新鮮だなー」

 隼人は注文した味噌ラーメンをすすりながら、華やかな雰囲気を漂わせている女子二人を眺めた。


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