story61‐‐機械の心‐‐
「本部に残った日比野は今頃、車にひかれたトカゲのように死んでいるよ。僕が僧侶と日比野に毒を盛るよう兄さんに頼んでおいたからね。僕は君たちと話がしたかったんだ。組織の人間でもない一般人のあの僧侶は、狂魔のことをほとんど知らないから僕としては話をする気にもならない。日比野に関しては、国崩しを成功した暁には彼みたいに狂魔に関わる科学者は邪魔になる。だから消しておいてもらった。彼には生前、実にいい働きをしてもらったよ」
「いい……働き?」
泉が呟く。
「正の感情物質を放出して相手の〈疑念〉を払いながら話をすれば、相手は簡単に話を信じる。彼は君に、僕の兄さんは栗原京で、『二度目の神隠し』を起こしたのも彼だと断言したはずだ。栗原京の髪の毛を使ってDNA鑑定までしたとね。君たちにそう信じ込ませた方が、いろいろとやりやすかったんだよ。でも実は、あの時日比野に渡したのは、栗原京の髪の毛じゃなくて兄さんの髪の毛なんだ。もちろんここでも正の感情物質を放出して〈疑念〉を払っておいた」
ふと、泉に話していた蒼井が捧尽の方を向いた。
「君、さっきからうるさいんだよ。ロボットのくせに感情なんかもっちゃって。そんなに不安なら、僕を殺しにかかって彼女を助ければいいじゃないか」
泉が顔を向けると、捧尽は俯いていた。
「捧尽……」
蒼井が微笑する。
「わかってるよ。感情をもっているから彼女を助けられないんだろう。君の感情物質には〈不安〉と〈恐怖〉が混ざっている。僕が怖いんだろう?」
そう言うと、蒼井は泉の腹部に刺さっている刀を引き抜いた。
「正直、治療課でもない君がどうしてここにいるのか、僕にはさっぱりわからない。死にかけているボスを助けることもしない。君はまさに感情をもつただのロボット。もはやロボットでも人間でもない中途半端な存在だ」
蒼井が捧尽を煽ろうとするように泉を斬りつけ始めた。
泉はかろうじて急所だけはそらすが、腕や腹部に無数の傷を負っていく。
「ボス!」
捧尽が叫ぶ。
「もういいです! 私に――」
「だめ!」
泉は捧尽の言葉を遮った。
「それはあなたの命を奪うよりも酷い仕打ち。絶対にそんな命令はしない!」
「確かに君が初期化プログラムを実行して感情を失えば、僕は君の動きを読めなくなるけど、それぐらいで君は僕に勝てると思っているのか?」
「ボス……」
捧尽は血塗れになっていく泉を見つめていることしかできなかった。身を引きながら、何とか蒼井の刀をはじいている。
「もう飽きたよ」
そう言うと、蒼井はまるで今まで手加減していたかのように、いとも簡単に泉の左手首を斬り飛ばした。
「ボス!」
斬られた手首から噴水のごとく血が噴き出し、意識が遠退くように泉の目から生気が失われていく。
そしてついに泉は建物の壁際にまで圧され、もはや逃げ道はなくなった。
「ロボットに芽生えた感情というものをこの目で見てみたくなったな。僕が今、君の目の前で安藤泉を殺そうとしたら、君は一体どんな行動をするだろうね」
「おやめ……ください」
「感情をもったロボットは恐怖に打ち勝って主を守れるのか、それとも、恐怖を言い訳に主を見殺しにし、後から後悔するのか。どちらもおもしろそうだね」
捧尽に泉を助けるチャンスを与えるためか、蒼井は悠々とした態度で泉と大きく距離を取った。
柄を逆手にもち、切っ先を泉に向けた刀を高々と掲げる。それは捧尽が助けに入らなかった時、捧尽に泉が死ぬ瞬間をじっくり見せつけようとするかのようだった。
「さあ、君の答えを見せてくれ」
固まっている捧尽の脳裏に浮かんだのは、蒼井が投げ飛ばした刀に泉の頭部が貫かれるつい数秒後の未来の映像だった。
十年前のとある日。
管理室には二人の男の姿があった。一人はがっしりした体格の五十代くらいの初老の男。もう一人は、実に人間らしい声で人間らしく話す若い男。
若い男は何かを期待するように相手をじっと見つめていた。
「そうか。人間になりたいのか」
「やはり不可能でしょうか?」
若い男の顔に不安の影が現れる。
「人間になりたいのなら」
初老の男が言った。
その言葉で、若い男の表情が雨上がりの晴れ渡る空のように一気に明るくなる。
「自分が本当に守りたいと思う者に、命尽きるまでその身を捧げよ」
「ボスは何を守りたいと思っていらっしゃるのですか?」
「私はこの国の民だ。まるで国王のような生意気な言葉に聞こえるかもしれんが、私は本当に、狂魔からこの国の民を救ってやりたいと思っている」
「では、私はこれからあたなに、命尽きるまで我が身を捧げます」
初老の男ははっはっはと笑った。
「いいだろう。男なら自分の信念を貫き通さなきゃならないぞ」
「覚悟はできています」
「よし、それじゃあ、お前がいつまでもその信念を貫き通すのを忘れないよう、私からお前に名前を与えよう」
「名前……ですか」
若い男はやや頬を紅潮させて相手の言葉を待った。
「今からお前の名前は捧尽だ」
(……そう、私の名前は捧尽。命が〈尽〉きるまで主にその身を〈捧〉げる、その信念をいつまでも忘れないよう、神崎さんからいただいた大事な名前。そのすでに亡き神崎さんのため、私が今自分の命を捧ぐべき相手は、目の前にいる)
捧尽が覚悟を決めて泉のもとに走り出すと同時に、蒼井が刀を投げ飛ばした。
泉に覆いかぶさるような体勢で刀が捧尽の背中を貫いた。刀が泉に届かないよう、両手で切っ先を掴んで受け止める。
泉の揺れる目は捧尽に「どうして?」と訴えていた。
「もう少しで、我々の応援が到着します。今のボスでは、それまでもちこたえられません。私がここに来たのも、あの時ボスが私の同行を許可していただいたのも、全てこの時のためではありませんか。初期化プログラム実行の命令、お願いします」
捧尽は泉の目を見ながら言った。
「でも……そしたら捧尽は今までの記憶も、心も……」
涙を浮かべる泉に、捧尽は笑顔を向けた。
「私の名は捧尽。神崎さんからいただいた名前です。命が〈尽〉きるまでその身を主に〈捧〉げる。その信念を貫き通した時、初めて私は人間になれるのです」
捧尽の顔が痛みに引きつり始めた。
「それにこの傷では、早く初期化しなければ、私もすぐに死んでしまうでしょう」
捧尽のその美しい真摯なひとみに、ロボットのような陰りなど微塵も感じられなかった。
「私の正体をお教えします」
廃墟に乗り込む前、治療課でもない捧尽は、自分が同行したいと申し出た理由を泉にだけ話した。
「私はただの本部で働く下働きロボットではありません。大戦中に開発され、未使用に終わった姉弟対人用殺戮兵器の弟機、それが私の正体です。そして、一度その力を使って暴走しかけた私たちは、国家の人間によって力を封印されました。その封印を解くカギは、国家の裏のトップ、そして狂魔特別対策組織のボスにのみあります」
「どういうこと?」
「初期化プログラムです。このプログラムは組織のロボット全員にありますが、私と姉上に限っては、その意味するところは大きく異なります。私たちが初期化プログラムを行うと、製造時の状態――すなわち全てのデータの抹消と共に封印も解かれ、殺戮兵器としての力を取り戻します」
「人間になりたいんでしょ? どうしてそんなこと私に教えちゃったの?」
「……私はお伝えする必要のある情報だと判断しただけです」
「捧尽…………ごめんなさい」
泉が耐えられないというように目を閉じた。
「初期化プログラム……実行して」
言葉と共に、待っていたかのように涙が一気に流れ出した。
泉は閉じた瞼の向こうに何か温かいものを感じ、目を開いた。
その温もりの正体は、捧尽の身体から発せられる淡い光だった。
徐々に捧尽の人間らしい目の輝きが失われていく。
同時に、涙とは別に泉の視界も少しずつぼやけ、ゆっくりと瞼が下がり始める。
「必ずお助けします、ボス。安心してお休みください」
そう言うと、淡い輝きと共に捧尽の目から完全に人間味が消えた。
「初期化プログラム、完了。コードネーム〈最後の遺物〉起動します」
泉の身体が捧尽に抱きかかえられた。
「対人用殺戮プログラム、起動します」
すぐに捧尽は泉を両手で抱え、超人的な脚力で飛ぶように駆け出した。草原を抜けた先にあるまだ比較的丈夫そうなレンガ造りの建物に、失血で意識を失ったらしい泉をそっと寝かせ、簡単な手当てを施す。
蒼井は百メートル以上向こうに距離を取って立っていた。息一つ乱さず捧尽のあとをついてきていたようだった。
捧尽の目が蒼井の姿を射るように捉える。
「殺戮対象に指定します」
蒼井が刀を構えた。
栗原の爪が振り下ろされた瞬間、目の前に黒い影が降って現れた。その黒い影は佐川と栗原の間に下り立ち、栗原の赤く染まった爪がその身体を刺し貫いて背中から顔を覗かせていた。
「俺は……お前を守るって……誓っただろ……勝手に……諦めるな」
小塚は、振り下ろされた栗原の指の間に刀の背を入れて栗原の攻撃を受け止めていた。
「小塚君……何で……」
佐川の目に涙が浮かぶ。
栗原のもう片方の腕が振り下ろされた。小塚は背中からもう一本の刀を引き抜いて、同様に刀の背で受け止める。
「早く逃げろ。お前がそこにいると……反撃が……できない」
小塚の口から血が溢れ出る。
佐川は涙をこらえてその場から離れた。
途端に小塚は刀の向きを変え、栗原の手首を斬り裂いた。
栗原は後ろへよろけ、斬り裂かれた手首を見て咆哮を上げる。
小塚はぜえぜえと息を乱し、力尽きたようにその場にうつ伏せに倒れ込んだ。失血しすぎているのか、顔色はかなり悪い。
その小塚の目が見開かれた。栗原の手首を凝視している。
栗原の手首は、今の姿へ変貌を遂げた時と同じように膨れ上がり、瞬く間に指が再生され、爪も生えてきた。少し歪な形だったが、栗原は再び戦闘能力を取り戻したようだった。
「人を殺すために再生能力まで……」
栗原を観察していた隼人が呟く。
栗原が無防備な小塚に歩を進めようとした瞬間、隼人は目を大きく開き、威嚇するように栗原に発砲した。栗原はその獣じみた反射神経で軽々と弾を避け、振り向いて標的を隼人へと変更する。
隼人は瞬時に武器を刃物に取り換え、栗原の猛攻に応戦した。
「何あの速度……」
佐川は二人の高速の戦闘に目を見張っていた。
「隼人さん……」
だが、形勢はわずかに隼人が圧されているようだった。
栗原は咆哮を上げながら、血に染まった目で隼人の胸の中心を見つめた。心臓よりもやや右のまさに胸の中心に位置し、心臓とは別に鼓動する何か。栗原はそれを見つめた。
「しまった!」
不意に隼人の刃物が栗原の指の間に入り込み、栗原の指の間を手に向かって斬り裂いていった。同時に栗原の爪が隼人の胸へと向かって進み、そしてその鼓動する何かを貫いた。
隼人が大量の血を吐き、自分を貫く腕を掴んだ。
「腕が……なまったな」
栗原のもう片方の腕が隼人の頭部を狙ったが、隼人はそれを手首ごと斬り落として防いだ。すぐに栗原の両手首の再生が始まる。
隼人は武器を再び銃に切り替え、栗原の胸の中心へ連発して撃ち抜いた。
突如栗原の手首の再生が止まった。
「佐川! 孔の開いた場所に聖人化薬を撃て!」
隼人が怒鳴るように言った。
その瞬間、佐川の心が奮い立たされたように勇気と力を得た。
撃たなければ、本能的にそう思った。
佐川の目は栗原の胸に開いた孔を捉え、脳が瞬時に栗原との距離を計算する。
銃を向け、弾道が浮かび上がる。そして照準が栗原の胸の孔へと定まる。
佐川は今度こそ栗原が戻ってくることを信じ、引き金を引いた。
撃った弾はまるで決まり切ったルールに従うように、佐川の見た弾道通りに進んだ。孔をさらにこじ開け、栗原の中にある、隼人が貫かれたものと同じ鼓動する何かの中で止まった。
佐川は急に力が抜けたようにへたり込んだ。
「……今のは……」
呆然とした表情で呟く。
栗原が耳をつんざくばかりの咆哮を上げた。
「あとは……」
隼人は指先を栗原に向けて右腕を上げ、勢いをつけるように後ろに下げた。
そして、とても目で追えないような速度で手を栗原の胸の孔に刺し込んだ。孔は腕が通るまでこじ開けられ、隼人の手はその中で弱々しく脈動する何かを掴んだ。
栗原の爪が貫く隼人の何かと、隼人が掴む栗原の何かが、反応を起こしたように大きく脈打った。
「栗原……お前には約束通り、本当の絶望というものを、お前自身の目でちゃんと見させてやる」
隼人は栗原の怨臓を握り潰した。
怨臓と怨臓が同調する。そして二人の感情が交わり、二人の心は一つに繋がる。
「初期化プログラム、完了。コードネーム〈最後の遺物〉起動します」
蒼井は自分の耳を疑った。
(〈最後の遺物〉……? まさか……〈大戦中の遺物〉に四つ目があったのか? だが、どうしてすでに稼働可能な状態にあった? 〈大戦中の遺物〉の一つなら、どこかで封印されていたはず)
捧尽は不意に泉を抱えて建物のある方へ逃走を図った。
泉を避難させるためであるらしいことは察しがつくが、念のためある程度の距離を保ちながらあとを追う。
(何十年も前の遺物とはいえ、相手は対人用に秘密裏に開発された殺戮兵器。注意するに越したことはないな)
前方の比較的朽壊の進んでいない建物の前に捧尽は立っていた。
蒼井の鋭敏な聴覚が捧尽の発した言葉を捉える。
「殺戮対象に指定します」
蒼井の顔から一気に余裕の表情が消え、目の前の敵に意識を集中するように刀を構える。
捧尽は明らかに戦闘態勢に入っていた。逃がさないとでも言いたげな目でじっと蒼井を見つめる。
突然、捧尽の口が大きく開かれた。
蒼井は一瞬身構えた後、「しまった」と失態を犯したように呟き、とっさに建物の陰に入ろうとした。
しかし間に合わなかった。突如蒼井の耳に、脳が揺れてクラクラするような不快な音が響き渡る。
蒼井は耳を押さえて片膝をついた。
(これは……音波! 音響兵器を積んでいるのか)
蒼井はフラフラとした足取りで何とか建物の陰に入り込む。音が止むと、すぐに壁に手を当てて体重を預けながら走り出した。耳に当てていた手を見ると、生温かい血が付着している。徐々に平衡感覚は回復してくるが、聴力は完全に失われてしまった。
感情物質を放出しない相手である上、聴力も失われている状態では、相手を視界から外すのは非常に危険だった。
頭の中に廃墟の地理を描く。
すぐ近くに広場がある。
蒼井は広場に到着すると、先ほど捧尽がいた方向に注意を向けた。背後は湖だから不意打ちを食らう心配はない。
案の定、捧尽は蒼井の正面に現れた。
再び音波を発生させられる前にと、蒼井は捧尽に向かって走り出した。
(さっき安藤泉を抱えて走った時の速度が全力なら、身体能力では僕の方が断然優れているはずだ)
突然目の前の捧尽の手首が二つとも外れた。おもむろに手首が落下した腕の先からは、両刃の長い刃物が出現している。
捧尽は両手の刃物で応戦を試みた。
「そんな古臭い刃物……」
蒼井は刀を勢いよく振り、捧尽の刃物を両方とも粉砕した。
そのまま瞬時に相手の背後に回り込み、首元を斬りつける。
蒼井の刀は硬質化していた捧尽の皮膚を軽々と裂き、首の真ん中あたりまで斬り込む。しかし中から噴出してきたのは血ではなく、大量の謎の黄緑色の気体だった。
慌てて鼻と口を押さえ、刀を引き抜こうとするが、捧尽が手首のない腕で首元を押さえ、刀が抜けなかった。
一瞬の遅れによって、蒼井が手を放して距離を取った時には君鳥の気体に包まれていた右腕の皮膚が青紫に変色していた。
(チアノーゼ……塩素ガスか……つくづくふざけた兵器だ。まともに近付くことすらできない)
蒼井は右目もつむっていた。
「くそっ。永久装着用だがこの際仕方ない」
蒼井はすぐに気体に触れなかった左手を右目に突っ込み、何かを外した。軽く出血したようだった。
「このレンズがなかったら右目も死んでたな」
そう言って蒼井は右目から取り外したコンタクトレンズをその場に捨てた。
顔を上げた蒼井の右目は、出血とは別に赤く染まっていた。垂れる血よりも鮮やかで危険な赤色だった。
黄緑の気体を噴出しながら振り向いた捧尽は、蒼井を視界に捉えると、再び口を大きく開いた。
「舐めるな」
二度目だけあって、蒼井は何ら問題なく音波を避けた。音波を発している間は動けないらしいが、それでも近づくわけにもいかなかった。
蒼井は朽ちた建物の屋根へ飛び乗った。
得策でも思いついたのか、上から捧尽を見下ろす蒼井が不意にその口元に微かな笑みを浮かべた。
「遊びは終わりだ。君を破壊する手を思いついた」
蒼井は懐から小さな黒い塊をいくつか取り出し、捧尽へ向かって放り投げた。
捧尽その場を離れると同時に巨大な爆発が発生した。
あたりに非常に高温の熱を伴った爆風が吹き、広範囲の建物が跡形もなく消し飛ばされる。
しばらく黒い煙が立ち込め、捧尽が姿を現した時にはすでに周囲に蒼井の気配はなかった。
蒼井は屋根伝いに建物の上を駆けていた。先ほど捧尽が泉を避難させた建物に到着し、意識を失ったまま寝かされた泉を発見する。
蒼井は左手で泉の首を掴んで乱暴にもち上げた。
振り向くと、捧尽がまさに蒼井の目の前に到着したところだった。
見開かれてまばたき一つしない捧尽の瞼が、わずかに動いたような気がした。
「一歩でも動けば彼女の命はない」
蒼井はニヤリと笑みを浮かべ、懐に手を伸ばす。ありったけの爆弾を全て取り出し、あたりにばらまいた。
「さすがは対人用殺戮兵器だ。僕も結構手こずらされた。こんなやり方ではあまりいい気がしないが、何はともあれ、これで君は完全に粉々になる」
そして雲が月明かりを遮ったちょうどその時、突然真上からハヤブサのごとく降ってきた何かが蒼井の胸を貫いた。
蒼井の目の前に、血に染まった両刃の刃が現れていた。
(怨臓を……貫かれた……)
震える顔で背後を向くと、そばに金髪の女の姿があった。
(二体目の……対人用殺戮兵器……まさか!)
蒼井はふと何かに気付いたように、血を吐くその口元に薄笑いを浮かべた。
(そうか……こいつらが『神隠し』の狂魔を――父さんを拘束した姉弟殺戮兵器……封印はもうずっと前に解かれていたのか……まさか……父さんを拘束したロボットの正体が〈大戦中の遺物〉だったとはな)
「お前の怨臓は潰れた」
金髪の女が刃物を引き抜くと共に、どこからか低い声がした。しかし捧尽の音波にやられた蒼井の耳には届かない。
建物の陰から黒い人影が現れた。
「これで爆弾を爆発させることはできなくなったな。リザベラを通して捧尽から密かにいろいろと聞いていた。お前の計画が頓挫したことも、黒江町全域に設置されたお前の感情物質に反応するという爆弾のことも。怨臓がなければお前は感情物質を生成できない」
雲が晴れ、月明かりがその人物を淡く照らし出した。
髪の白くなったスーツ姿の男だった。
(こいつが組織の裏にいた人間か……だが……)
「……気配は……何も……」
蒼井はスーツ姿の男を睨み、血を吐きながらかすれた声で言った。
「組織の者が開発した感情物質遮断クリームを使わせてもらった」
蒼井は「うっ」と短く呻くと、膝からくずおれ、地に伏した。
(……僕は……死ぬのか?)
「リザべラ。止めを刺してくれ」
リザべラは腕の両刃の刃物を掲げた。




