story52‐‐意志‐‐
『B12』と彫られた扉の先にある部屋の奥。
巨大な黒い塊のようなそのボックスは、中に十畳ほどの空間があり、接近戦の訓練、及び狂魔を想定した模擬戦を行うための訓練施設として設けられている。
その中に、二人の男の姿があった。一人は金髪で金のピアス、そしてヤンキーのような服装をしている小柄な男。一見すると少年のように見えるが、その実すでに成人している。もう一人は全身真っ白な僧服に身を包み、黒く長い髪を後ろで結んでいる長身の男。表情からは年齢が読み取れないミステリアスな雰囲気を漂わせている。
「今から、お前の力量を量るための模擬戦を行う」
小塚が言った。佐川から頼まれ、宝永を地下十二階の黒いボックスの中へ連れてきていた。
「何かしてはならないことはあるか?」
宝永がルールを確認するように訊く。
「基本的にはなるべく本格的な模擬戦を行うが、もちろん命には係わらない程度に、だ。他には、特に言うことはない」
「そうか。ところで、差支えなければ、君の年齢を訊いておきたい」
宝永は表情一つ変えずに真顔のまま言った。
「二十だ。なぜそんなことを訊く?」
「私は特別な修業を積んだ身。年下の人間と何もなしに争うのは好まない」
「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」
小塚が険のある目つきで相手を睨んだ。
「年齢差の分だけ先に私を殴ってくれて構わない」
小塚はばかばかしいというように笑い飛ばした。
「プライドだけは無駄に高いんだな」
「でなければ、私は気が失せてしまうのだが……それでもいいか?」
小塚が面倒そうに溜息をついた。
「プライドが高いだけじゃねえな。頑固でもある」
「すまない。おそらく、亡き父から譲り受けたものだろうな」
「俺も普通の人間じゃあないんだが……まあいいか。頭蓋骨が砕けねえ程度に殴ってやるよ」
佐川が息抜きに町で買い物をして本部に帰った時、日はもう暮れかけていた。
大量の買い物袋を個室まで抱えてもっていき、休憩室に顔を出すと、やはり小塚がこちらを振り向いていた。
「町に行ってたのか?」
小塚が尋ねる。
「うん。ちょっと大人買いしちゃって――」
佐川の怪しいものでも見るような視線が小塚の反対側のソファに注がれた。前が見えるか心配になるほど頭を包帯でぐるぐるに巻かれた謎の男が座っている。しかも、なぜか両腕を鉄かせで拘束されている。佐川の目がだんだん細められ、謎の男が先ほど見た宝永の面影を残していることに気付くと、懐疑的な目はいつしか驚きの目に変わっていた。
「あの、小塚君、状況がまるでのみ込めないんだけど」
「まあ、いろいろあったからな」
小塚も宝永の方を見て言った。
「その人、宝永さん? そんなにボロボロに負けたの? そしてなぜ両手を拘束されてるの?」
「口下手の俺が話すと長くなるが、一つだけ言っておくと、こいつは佐川が思ってる以上の超危険人物だ」
泉は飯島と共に地下六階の通路を歩いていた。
飯島がちらっと腕時計の時間を確認する。すでに夜の闇が深くなっている時間だった。
帰る前に少し本部の様子を見たいという飯島の要望に応え、泉は彼を休憩室へ案内することにした。毒を仕込んだ武器の製造に関する話をしていた日比野と関水は研究室に残っている。
「急なことを言って悪かったな。私も古い友人からいろいろ仕事を頼まれていてあまり時間はないんだが、現場で戦っている者たちには前々から興味があったんだ」
「構いませんよ。感知器を作っていただいたおかげで、組織や一般人の被害も格段に減ったと聞いています。そんな方の頼みを断ることなんてできませんよ」
休憩室入口のセンサーが泉と飯島を感知し、扉は二人を立ち止まらせることなく、電子音を立てながらスムーズに開いた。
隼人のエリアのソファには隼人が、小塚のエリアのソファには小塚と佐川の他に、頭に包帯を巻いて両腕を拘束されている男が座っていた。
泉は飯島と共に呆然と包帯の男を見ている。
佐川が事情を説明しようと立ち上がった時――。
「天!」
佐川が話し出す前に包帯の男が立ち上がって叫んだ。
「あなたは……天ですか? おお……天よ」
「ど、どうしたの、宝永さん?」
佐川が急に態度が一変した宝永を目を丸くして見ている。
「宝永だと? お前、宝永なのか?」
どうやら、飯島と宝永は知り合いのようだった。
「あれ……天?」
泉は何か引っかかる気がした。
宝永が飯島の方へ歩み寄った。
「お久しぶりです、天。私は天の御意志に従って使命を全うしておりました」
「苦労をかけてすまないな。全てが終わるまで、よろしく頼む」
「はい、もちろんです。そう言えば……一つ申し上げておかなければならないことがあります……」
「待ってください」
小塚、佐川、隼人がぼーっと飯島と宝永のやり取りを眺めていた中、泉が二人の話を遮った。
飯島に顔を向け、強い口調で尋ねる。
「飯島さん。あなた何者ですか? 宝永さんは、天から人間を正しい道へ導かせるよう命令を受けたと言っていました。そして今、宝永さんはあなたを天と呼びました。一体、どういうことですか?」
飯島は困ったというように溜息をついた。
「少し来てくれるか」
泉は飯島に休憩室の外へと連れ出された。
飯島は何かを酷く警戒して本部の外にまで出ようとしたが、泉が話を他の人間に聞かれる心配はないと言うと、渋々話し始めた。
飯島はどうやら、宝永が加入していたとある実態をもたない宗教組織のリーダーらしかった。宗教組織というのはあくまでただの名目であり、本来の目的は、加入メンバーに感情物質を操る修業をさせることのようだった。そして宝永は、自ら〈気〉と呼ぶ感情物質を、蒼井には遠く及ばないまでも、ある程度は操ることができるようになったらしい。
「でも、どうして一般人に感情物質を操らせる必要があるんですか?」
泉は心に浮かんだ疑問を素直にぶつけた。
「私は国家の人間だと言ったな。君にもわかるように言うと、さっきも言った私の古い友人というのは、実は海堂のことだ」
「海堂……さん?」
飯島が人差指を口元に当てた。
「あいつの存在は絶対に口外してはならない。いいな?」
「……はい」
おそらく、蒼井にとっての最大の敵となる人物になるだろうことは、泉にも想像がついた。
「それで、宗教組織を作った理由だが……一番は保険のようなものだ」
「保険?」
「万が一、君たち狂魔特別対策組織が機能しなくなった時、狂魔が発生しても少しは足止めできる」
「信用していない、ということですか?」
疑念の浮かんだひとみが飯島を捉える。
「いや、そうじゃない。人の集団――特に一国の長に近い存在ともなれば、常に最悪の事態を想定して物事を進めていかなければならない。ただそれだけの理由だ。私は研究者であると共に、あいつの右腕としてこの国を治めてきたから、確信をもって言える」
「そうですか……人の上に立つものは……常に最悪の事態を想定して物事を進める……そうですよね。正しいことだと思います」
「それに、狂魔特別対策組織の手が及びにくいところを補強するという意味でも、この宗教組織は必要だった……」
飯島の言葉は途中で沈んでいった。
泉も何となく様子を察することができた。
「どうやって……その……メンバーを集めたんですか?」
恐る恐る尋ねる。
「半強制的に、だ。我々で才能があると見込んだ人間を無理やり加入させた。家族には事故死だと言ってある」
「そんな……本人の意志は……」
「最初は強く抵抗する者ばかりだったが、我々が見込んだだけあって、全てを話すと、理解し、納得してくれた」
飯島は一拍置いてから、目に強い意志を宿して泉に向き直った。
「蒼井の計画を止めたら、家族にだけは、話せる限りの事情を話そうと思っている」
扉が電子音を立て、泉と飯島は再び休憩室へと足を踏み入れた。
「しかし、宝永さんの状態についてはまったくわかりませんね」
「同感だ。宝永、一体何があった?」
「その前に……」
宝永が飯島の耳元で何かを囁く。隣にいた泉にも「禍々しい」という単語しか聞こえなかったほど声が抑えられていた。
「わかった。すぐに対策を講じておく」
「はい」
二人が話し終えたところで佐川が立ち上がり、今度こそ事情を説明し始めた。
「まず、顔の包帯のことだけど、どうやら宝永さんは小塚君との模擬戦を始める前に、年下だからということで顔を殴らせたみたいなの。ハンデってことかな? で、次に両手を拘束してる鉄かせ。えーっと、模擬戦自体は驚くべきことに宝永さんの勝利だったみたいなんだけど……」
「こいつは感情物質を操った。蒼井の配下の可能性が高い」
小塚が言葉を繋ぐ。
「こいつはほとんど目も見えていない状況で俺の攻撃をかわし、感情物質で俺の動きをほぼ完全に止めた。蒼井の配下なら殺しておくべき厄介な存在だ」
「安藤さんならそのくらい見極められるって俺たちは再三言ってるんだがな……」
隼人が困ったというように眉尻を下げる。隼人と佐川は宝永が怪しい人間ではないと考えているようで、小塚だけはまだ納得できていないらしかった。
「小塚さん、宝永さんはあたしたちの味方です。少なくとも、敵ではありません」
泉が強く主張した。
「理由は?」
小塚もまったく表情を変えずに質問を返す。
「第一、あたしは宝永さんに助けられましたし、宝永さんには蒼井との接点もありません」
「お前は助けられて考え方が少し偏っているかもしれない。蒼井との接点なら、感情物質を操れるというのが最大の証拠だ。確か日比野の話だと、蒼井は聖人化薬とかいうふざけたものを手下に打っていたそうだな」
「聖人化薬を打たれたら、あたしのように髪の色素が抜けてしまうはずです。小塚さんは一度蒼井の強力な感情物質を経験して、感情物質に対して少し敏感になりすぎているように見えます」
二人の言い争いはどちらも引けを取らず、長々と続くかと思われた。しかし、突然のボスのデスクへの緊急連絡によって、二人の宝永に関する口論は半ば無理やりに幕を下ろされた。
最も近かった佐川が急いで受話器を取る。
「はい……はい……はい…………え?……あ……はい、わかりました。すぐに向かいます」
受話器を置いた佐川が慌てたように振り返って言った。
「警察から、黒江町東方の村で多数の変死体を発見したという報告がありました」
「狂魔か」
真っ先に飯島が言った。
「急いで現場に向かいましょう」
佐川が自分のエリアのケースを取りに向かう。
「はい。でも、飯島さんを送らないと……」
「そんなの後回しでいいだろう。狂魔を優先するべきだ。蒼井が動いているかもしれないんだからな」
小塚はそう言うと、ケースをもち、佐川を連れて休憩室を走り去っていった。
泉は悩んでいた。この緊急事態は蒼井が絡んでいるかもしれないし、可能性としては栗原かもしれない。だがそうは言っても、国家の裏のトップの人間から依頼された仕事を後回しにすることはできない。例え狂魔が出現したとしても。
飯島の泉を見る目からも、同じように考えていることが窺えた。
「安藤さん、彼の護衛は俺が務めるよ」
隼人が言った。
「宝永さんも小塚たちを手伝ってくれ。感情物質を操れるなら、かなり助けになるはずだ」
隼人は言いながら宝永の両腕の鉄かせを外し、小塚の後を追わせた。
「でも、狂魔が出現していて、それに蒼井も動いている可能性があるのなら、隼人さん一人での護衛は危険すぎます」
「大丈夫だよ。いざ遭遇しても、組織の車なら逃げられる」
「それでもやはりだめです。あたしは組織のみなさんの命を背負っています。常に最悪の事態を想定して物事を進める義務があります」
泉の有無を言わせない強い口調に、飯島の口元が微かに緩んだ。
隼人が観念したというように深い溜息をつく。
「わかった。確かに蒼井が現れたら危険だな。二人で護衛をしよう」
小塚たちに連絡を入れた後、泉と隼人は念のためにケースをもって駐車場まで来た。駐車場のスペースはすでに一つ空きがあり、小塚たちはもう出発したようだった。飯島が言うには、国家の研究所は秘匿されており、狂魔特別対策組織のメンバーといえども、正確な位置を知ることは許されないらしい。そのため、ある程度研究所まで近くなったら、後は研究所の人間に車で迎えに来てもらうことになった。飯島と関水が本部まで乗ってきた車は関水のために残し、三人は組織の特別装甲車に乗り込んだ。隼人が運転席、飯島がその後ろ、泉が飯島の隣にそれぞれ座った。
隼人が車を走らせ始めると、何かを考え込む泉の心境を察したのか、飯島が声をかけた。
「今回はおそらく、蒼井は関係していないぞ」
泉が振り向く。
「最近はうちの研究所でも、外からの感情物質に対する感知器の反応はなかった。今まで異常に発生していた狂魔のほとんどが蒼井の仕業だとしても、その狂魔による多量の負の感情物質が黒江町民に蓄積していたはずだ。このタイミングでの狂魔の自然発生は不自然ではない。まあ、それも蒼井の計画の一部かもしれないがな」
確かに泉は、蒼井に遭遇した場合の小塚たちの身の危険を案じていた。今の飯島の言葉で少なからず心の不安は取り除かれた。そもそも、蒼井が計画の実行を夏まで延ばすのは準備期間が必要だと考えれば、今動く可能性は少ない。しかし、泉が今本当に案じていたのは蒼井の方ではなかった。
「もし、狂魔が自然発生したわけでもなく、蒼井が関係しているわけでもなかったら……」
「栗原か?」
隼人がすぐに反応した。隼人も栗原の可能性を考えていたらしかった。
「いや、断言こそできないが、おそらくその可能性も低い」
「どうしてですか?」
泉は飯島の言葉をすっかり信じることができなかった。
「実はさっき、宝永から重大な報告を受けた。猛毒生物が蔓延る例の山の隣に、さらに大きな山があるのは知っているか?」
「はい。その山の影響で例の山には雪が降らないとか……」
泉は太一と宝永に会いに山を登っていた時のことを思い出した。確か途中で、隣の山の麓の樹海を見た覚えがある。
「そうだ。実はその山の樹海の最奥部に、宗教組織の一人――宝永の父親の宋永を派遣していた」
「どうしてそんなところに?」
「黒江町民の中には、感知器が反応しない程度に狂魔化してその殺戮衝動を自覚し、他人に迷惑をかけないため、日のあるうちに自ら樹海の中へと足を踏み入れる者がいることがわかってな」
やはり黒江町の住民には狂魔による負の感情物質が蓄積しているらしい。
「まさか栗原さんも?」
「ああ。栗原は宋永がいた樹海に自ら入り込んだ。まあ、栗原の負の感情物質を感じ取った宋永が、正の感情物質を放出して、樹海の自分のもとにある程度おびき寄せていたとは思うがな」
「それで、栗原はどうなったんですか?」
隼人が先を促す。栗原の身を案じているのは泉だけではないようだった。
「狂魔化しかけた一般の黒江町民と同じく、栗原を強力な催眠にかけて眠らせ、正の感情物質を少しずつ与えて狂魔化の進行を抑えていた」
「でも、宝永さんは自分の父親が最近亡くなったと言っていました」
「そうだ。本来、狂魔化の抑制効果がなくなり、催眠状態も解けかかった場合、その時点でその人間を殺すことになっている。つまり、宋永自身は安全なはずだったんだ」
しかし宋永は実際に亡くなっている。
「まさか……」
勘の鋭い泉は話しの展開を察した。
「そうだ。おそらく蒼井が関わっている」
「蒼井がその宋永さんとやらを殺した……?」
隼人が怪訝そうに呟く。
「宋永が一般人に敗れることはまず考えられない。もしも樹海に狂魔が来たとしても、宋永は事前に察知し、それを私に報告するはずだ。宋永が死んだ時、そんな報告はなかった。だが感情物質を操れる蒼井なら、感情物質の気配を消して宋永のもとを訪れることが可能だ」
「でも、禍々しい気配というのは?」
「蒼井が宋永を殺した時、わざわざ負の感情物質を放出する理由はない。たぶんその禍々しい気配というのは、栗原京が目覚め始めている証拠だ」
「……まさか栗原が樹海で眠らされていたとはな」
隼人は予想外というように呟きながら、スムーズにハンドルを切る。
一方泉は、安定した隼人の運転のふわふわ浮いているかのような乗り心地も相まってか、栗原が生きているという事実に心がホッとした。人間生きていれば、どんなに深い闇の底にいても必ず救い出せると、泉はそう信じている。
そんな泉の温かな表情を、隼人が一瞬ルームミラー越しに鋭い目で見た。睨むというよりは、憐れむといった感情がこもっていそうな視線だった。
「そして宝永からその報告を受けた私は」
再び飯島が口を開く。
「宗教組織の全メンバーを樹海の入り口に集結させた。もともと、普通の狂魔と異なる純粋な狂魔が『神隠し』を起こす大きな要因となったのは、おそらくその尋常でない負の感情物質によって、人々の恐怖を煽り、動きが著しく抑制されていたからだ。だからだれ一人逃がさず、抵抗もさせず、『神隠し』を成し遂げられた。だが、感情物質に耐性があり、さらに正の感情物質を操れる僧侶たちを集めれば、『神隠し』を起こした狂魔といえど……」
「まさか栗原さんを!」
泉が声を張り上げる。
「……一応、可能ならば捕縛するよう命令してある」
「そんな……」
泉が顔を覆う。
「安藤さん」
隼人が優しい、しかし威厳のこもった声をかけた。
「俺たちの使命は狂魔をこの世から葬り去ることだ。仲間といえど、一人の狂魔のために一般人の命を危険に晒すわけにはいかない。栗原もそんなことは望んでいないはずだ」
「どうして……どうしてそう言い切れるんですか?」
泉は弱々しく、自信なさそうに隼人の言葉に抵抗した。
隼人がルームミラー越しに泉の様子を窺う。
「あたし、栗原さんの心の叫びが聞こえる気がするんです。狂魔に支配された意識の片隅で悲鳴を上げる……栗原さん自身の心の声が……」
「でも……栗原は……」
一瞬隼人は躊躇ったように間を置いた。
「『二度目の神隠し』を起こした張本人だったんだろう?」
「だったら何なんですか?」
泉は怒りを露わにして言った。
「俺たちと一緒にいた栗原は、本当の栗原だったのか?」
「迷う余地などありません」
泉はきっぱりと言い切った。
「『二度目の神隠し』を起こした栗原さんも、記憶を失ってあたしたちと一緒にいた栗原さんも、きっとみんな本当の栗原さんです。隼人さんこそ、栗原さんの親友じゃなかったんですか?」
「親友……か。そうだな、悪い。俺もたぶん、唯一の肉親である自分の父親を親友に殺されて、複雑な心境になっていたんだと思う。本当にすまない。今のは忘れてくれ」
隼人に謝られると、だんだんと泉の熱は冷めていった。
「こちらこそ……すみませんでした」
国家の研究所の人間との合流地点まで、合計二時間以上かかった。車通りはほとんどなかったが、話しながらの運転で、隼人があまりスピードを上げることがなかったせいもあるかもしれない。
隼人の運転する車がホテルの地下駐車場に到着した時には、すでに研究者の乗った大型車が待っていた。飯島が車を乗り換え、泉たち組織の車が先にホテルの地下駐車場を後にし、まっすぐ本部へ向かった。結局、泉たちが狂魔に遭遇することもなく、小塚たちからの緊急連絡も来なかった。全てが無事に終わったようだったが、隼人の運転する特別装甲の組織の車内には、降りた飯島の分以上に重い空気が漂い、二人の会話をしようとする意志を妨げた。車は静かに、そして行きよりも早く本部へと戻ってきた。もう夜遅い時間だった。




