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狂魔伝  作者: ラジオ
第二章
41/67

story40‐‐調査‐‐

 運転席に隼人、助手席に小塚、そしてその後ろに女性二人が座った。佐川はまだご機嫌斜めのようで、窓の縁に頬杖をつき、窓の外に視線を向けている。

 車内には何とも言えない微妙な空気が立ちこめていた。

「安藤。お前がさっき資料を見た時、何に気付いたんだ?」

 小塚の言葉が車内の空気を一変させた。

「あの時あたしが気付いたのは、もしかしたら、栗原さんは蒼井に操られているだけかもしれないってことです」

「ただの希望的観測じゃないのか?」

 小塚は栗原に敵意を抱いているようだった。どんな事情があろうと、ボスを殺したのは栗原であるという事実は変わらない。

「栗原さんがボスを殺す理由がわかりません」

「失った記憶に関係があるかもしれない」

 小塚が泉の言葉を払いのけた。

「蒼井は組織を潰そうとしていました。だれかを狂魔化させて、組織の士気を落とそうとしても不思議はありません」

「組織を潰すなら、わざわざボスが一人でいる時じゃなく、組織のメンバーが集まっているところで栗原を狂魔化させてもいいはずだ」

「では、栗原さんが狂魔化した直後に、蒼井も姿を消したのはなぜでしょう。蒼井は、栗原さんを何かに利用しようとしていたんだと思います」

「なぜ栗原一人を狂魔化させる? 野芝親子は蒼井に操られていたんだろう。二人も狂魔化させることができたはずだ」

 二人の議論はもはや言葉の戦争になっていた。小塚はボスを殺した栗原をどうしても許す気になれず、泉は蒼井に操られでもしなければ、栗原がボスを殺すはずがないと思っているらしい。

「そもそも、栗原が蒼井に狂魔化させられたとして、殺す以外の処置を取れないことに変わりはないだろう」

「そうとも言い切れません。蒼井が正と負の感情物質を両方操れるなら、負の感情物質で狂魔化させた人を、正の感情物質で元に戻せるかもしれません」

「なあ、二人とも、少しは抑えてくれ」

 ついに隼人が、痺れを切らしたように言った。

「あたしも、何だか今の二人は見苦しいと思う」

 隼人に腹を立てていたはずの佐川が同意を示した。二人の言い争いに腹を据えかねたようだった。車に乗り込んだ時より苛立っているようにも見える。

「栗原さんを助けられるならそうするし、どうしてもそれがだめなら、腹を括ってすべきことをするだけ。小塚君も、それでいいでしょ?」

 小塚はしばらく間を置いて、渋々「ああ」と返事をした。





 小塚の指示で、車は森の外に停めることになった。孤児院に蒼井がいたとすると、小塚たちが洞窟を抜けた後、再び訪れようとすることは相手からしたら目に見えていたかもしれない。

 小塚と泉が先遣隊として、罠の有無を確かめに森に入っていった。

 車で言い争いにまで達していたことを除けば、注意深い二人が適任だった。残った佐川と隼人も、先ほどのわだかまりで、先遣隊二人の注意力が鈍らないことだけを願っていた。

「罠の確認はゼロだ」

 すぐにトランシーバーで小塚が報告した。この森は小さいため、罠の確認はすぐに終わったようだった。

「このまま孤児院跡の建物内に入る」

 小塚が続けて言った。

「えっ! ちょっと待ってよ。それはいくら何でも危険……」

「建物の中は狭い。四人で入って敵と交戦しても、戦いづらいだけだ」

 小塚は佐川の言葉を遮るように言った。小塚はその孤児院で暮らしていたことがあるから、その情報が正しいことは佐川も承知している。

「でも、二人とも接近タイプでしょ。こういう時は、片方が拳銃を使って後方から援護するのが定石……」

「俺たちをなめるな」

 それだけ言うと、小塚の声が聞こえなくなった。

「俺たちも向かおう」

 隼人が言うのと同時に、二人は無鉄砲な先遣隊を追って走り出した。





 レンガ造りの二階建て。昔は孤児院として使われたこの建物も、今はまるでひと気がなく、孤児院跡となっている。森の一角を切り開いて建てられており、付近にいくつか建物が存在していたような跡が残っている。

 無鉄砲な先遣隊の小塚と泉は、慎重に一歩ずつ雪を踏みしめて、建物の入口に向かった。

「どうして佐川さんと隼人さんの応援を待たなかったんですか?」

 泉の質問を、小塚は聞こえないとばかりに無視した。だが、逆にそれが泉にはヒントとなった。

「佐川さんを危険に……」

「うるさい」

 小塚が静かな口調で遮った。二人は入り口のドアに背中を預け、集中して中の様子を窺っていた。

「人の気配はないな」

「そのようですね」

 二人は木製の観音開きのドアを、両側から同時に押し開けた。

 薄暗かった。入ってすぐに数段の階段があり、その先は左右に廊下が続いていた。

「左はがらくたばかり置いた事務室があるだけだ。右の廊下を進むぞ」

 泉は廊下を右に曲がったところで、思わず足を止めた。

「うわっ。これじゃまるで学校じゃないですか」

 ずっと先まで廊下が続き、左側の壁の高いところにプレートがかかっていた。『一‐A』『一‐B』と、教室の名前を表している。

「俺たちはここで教育も受けていた。それほどレベルは高くないが」

『一‐A』の教室には、椅子だけがきれいに並べられていた。机を使用せずに授業を行っていたようだった。

『一‐B』『一‐C』もほとんど同じ状態で残っていたが、『二‐A』からはまるで様子が違った。

 隣の教室との壁がくり抜かれ、教室が洞窟のように繋がっていた。

 そして繋がった教室の向こうまで、二段に分けた大量のベッドが延々と並べられていた。

「何だこれは?」

「病人がいたとも思えませんね」

 ベッドの他には、くり抜かれた壁が立てかけてあったりするだけで、目ぼしいものは何もなかった。

 二人はベッドの間を歩いて周囲を注意深く観察したが、結局何も見つからないまま『三―C』の教室に行きついた。壁がくり抜かれているのはここまでだった。

「この先には何があるんですか?」

「院長室がある」

 廊下に出ると、隣の院長室は扉が外されて、中の様子が廊下から窺えた。窓がないようで薄暗かった。

 小塚が中央の一つきりの蛍光灯をつけた。院長室らしき面影はどこにもなかった。たくさんの長机と、その上に何かを製造していた跡のような、複雑に繋ぎ合わされた実験器具が置かれていた。壁にはなぜか何も映していないスクリーンがあった。

「試験管やフラスコが組み合わされたものが、全部で十個ある。何かを製造していたようだな」

 先に入った小塚が呟いた。

「そうですね」

 何をしていたかはわからないが、やはり、ここには蒼井がいたようだった。

「他に部屋は?」

「地下がある。食糧や教材を保管するのに利用していた」

「一番怪しいですね。行きましょう」

 廊下はもう行き止まりで、最後に金属製の扉が現れた。だれかが後から取り付けたことがはっきりわかるほど不自然だった。逆に、それほど大事なものがあるという解釈も取れた。

 扉は小塚の手で、年寄りが重い腰を動かすようにゆっくりと開いた。小塚は先立って、真っ暗な地下に続く階段を物音一つ立てずに下りていった。

 再び現れた金属の扉を開けて電気をつけると、中は意外にもがらんとしていた。青白いタイル張りの部屋で、正面奥の真新しい扉が不自然極まりない。小振りな部屋で、左の壁のそばに院長室と同じような、長机の上に実験器具を繋げた装置が置かれていた。よく見ると院長室にあった装置とは違うもののようだった。だが、この部屋には装置は一つだけで、院長室の大量の装置を見た後では余計もの淋しく感じる。装置を載せた机の隣に、冷蔵庫と金庫の中間あたりに属しそうな物体があった。腰ほどの高さの直方体で、重量感があり、冷蔵庫でも金庫でもなさそうなところを見ると、何かの保管庫のようだった。

「さっきの部屋とは全然違いますね」

 泉が周囲を見回しながら言った。

 自然と二人は謎の重量感ある保管庫の前に来た。

 小塚が何も言わずに勢いよく保管庫の扉を開ける。中から凍えるような冷気が出てきた。

 泉は思わず身震いした。

「何もありませんね」

「こうももぬけの殻だと、もう蒼井はここには戻ってきそうにないな。目ぼしいものも何一つ残していない」

 二人は奥に続くらしい扉に目を向けた。この扉もやはり金属製だった。大事ではあるが、この部屋には置けないものがあるため渋々もう一つ扉を設けたというような感じだった。

「何かあるといいですね」

「また希望的観測か。あまり期待はしない方がいいかもしれないぞ」

 言いながら、小塚が思い切り扉を開いた。

 冷凍庫に入ってしまったかのように途端に寒くなる。冷気に微妙な悪臭が混じっている。あまりにも不快で泉は総毛立った。

 小塚が扉の脇のスイッチを押すと、部屋の中央の蛍光灯が点き、目の前に人の遺体が入った、ガラス製の棺のようなケースが現れた。

 子供部屋よりも小さな部屋の中央に置かれている。まるで、この遺体のためにこの部屋が作られたようだった。部屋全体が鉛色の金属に覆われ、ケースとこの部屋を合わせて二重構造の冷凍保存になっていた。

「これは!」

 泉は信じられないといった表情で遺体を見下ろしていた。

「お前、これが何かわかるのか?」

 小塚もケースの中の男の遺体を見ていたが、どこのだれなのか、さっぱりという感じだった。

「こ……これは……国家の厳重な管理のもとから盗まれた……歴史上初めて出現した狂魔……つまり、『神隠し』を起こした狂魔の遺体です!」





「何を作ってたんだ?」

 院長室の大量の装置に目を細めながら、隼人が気味悪そうに言った。製造品は日光をさける必要があったのか、それとももともとかはわからないが、窓がない。照明が中央の蛍光灯一つきりであるため、部屋の隅に妙な形の影ができる。

「よからぬもの、でしょうね」

 佐川の言葉が部屋に不気味に響いたその時。

「キィィ……」

 金属の扉が軋むような音が聞こえた。

 佐川は部屋の内側に隠れた。

「だれかいる……」

 佐川は隼人の方を向いて、静かにするよう口元に人差指を当てた。

 やがて泉と小塚の話声が聞こえてきた。

 二人は廊下に出た。ちょうど泉が奥のドアを閉めたところだった。

「小塚君! どうして勝手に……」

「それどころじゃありません!」

 泉が興奮気味に遮った。

「何か見つかったのか?」

 隼人が訊く。

「『神隠し』の狂魔の遺体を見つけた。国家の厳重な管理のもとにあったものらしい」

 小塚が泉から聞いたことをそのまま口にする。

「そうなんです。この狂魔にはさまざまな謎があります」

 四人は『三‐C』の教室に入ってすぐのベッドに腰を下ろした。

「その遺体がここで見つかるのは、そんなにまずいことなのか?」

「はい」

 隼人の言葉に、泉は大きく頷いた。

「あの狂魔の遺体を解剖すればわかったかもしれないと言われていることがあります。あの遺体には、解剖の跡が見受けられました。もう蒼井はその秘密を知っているかもしれません」

「その秘密って何なの?」

 佐川が先を促す。

「寿命です」

「寿命?」

 佐川はわけがわからないというふうに眉を寄せる。

「あの狂魔は十年以上に渡って研究されていました。死した後も、解剖はされていません。何しろ史上初の狂魔で、容易に傷つけるようなことはさけたかったでしょうから。それに海外では、身体を一切傷つけずに体内を観察できる、特殊な透視カメラの開発が進んでいました。解剖するよりは何度も丁寧に観察できます」

 泉は一呼吸置いてまた話し出した。

「重要なのは、十年以上に渡って研究されてきた、ということです。一般の狂魔は第三段階に達すれば、人間離れした筋力を得ると同時に、脳が内臓に感情物質の生成と放出の指令を出すため、内臓の機能が低下します」

 佐川はようやく話の核心に気付いたように真剣な顔つきになった。

「『神隠し』を起こすほどの狂魔が、第三段階に達していないはずがありません。つまり、いくら延命処置を施したとはいえ、第三段階に達した狂魔が十年も生き続けていたのはおかしいんです」

「最悪の場合、蒼井がその秘密からこの国を潰そうと企んだ可能性もある。もしそうなら、蒼井に直接聞かなければ、やつが具体的に何をしようとしているのか、俺たちは推測することもできない。蒼井を…………止めることができない」

 四人の間に、時間が停止したかのような沈黙が訪れた。小塚が話した最悪の想定が、その沈黙を暗黒のように重苦しいものに仕上げていた。彼らの脳内に多種多様の残酷な未来が描き出される。

 やがて小塚が、空想を断ち切るようにベッドから飛び下りた。

「まだ二階と屋上を見ていない」

 小塚の後について、三人も空想を振り切り教室を出た。





 小塚が屋上に通じるドアを開けた時、外から白い塊の混じった寒風が獣の唸り声のような音を立てて四人を襲った。

 泉は屋上に出て空を見上げた。車を降りた時には晴れ晴れとして日差しが気持ちよかったが、今では、真上の灰白色の雲からふわふわと雪が舞い降りている。

 南の空はまだ雲がなく、青い空が窺えた。この雪雲は北の山の方から来ているようで、ここより北はさらに真っ暗のようだった。

「なあ、この庭……なんか不自然じゃないか?」

 隼人が手すりから下を見下ろしていた。二階建ての屋上だから大した高さはなく、建物の周囲の様子を窺えた。

 泉も手すりに身体を乗り出して庭を眺める。

 具体的にどうと言われたら困るが、隼人の言う通り何か不自然な感じはあった。

「雪の厚みだ」

 小塚が呟いた。

「あのあたりだけ妙に雪が少ない」

 小塚が庭の真ん中あたりを指差す。

「そう言われれば、そんな感じも……あ」

 佐川が急に小塚が消えたのに気付いて、小走りでドアへ向かった。

「行くならそう言ってくださいよ」

 泉が呆れに微妙な怒りの混じった声音で呟いた。


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