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狂魔伝  作者: ラジオ
第二章
40/67

story39‐‐プログラム‐‐

「くそったれ」

 メガネをかけた痩せぎすの男は苛立たしそうに舌打ちをした。

「蒼井のガキがいねえのに雪がちゃんと降ってるじゃねえか」

 男は何かを探すように足元を観察しながら、雪が深く積もった孤児院の裏庭を歩き回っていた。雪に残る男の足跡はやはりサンダルのようだった。男は時折掘るように雪を蹴り上げたが、結局苛立ちが増していくだけだった。

「落ち着け。科学者なら科学者らしく考えるんだ」

 男は真下に落下するように雪の上に座り込み、ボーっと正面の木を見つめて動かなくなった。心を鎮めて集中すると、男の目には、宙を舞う雪がスローモーションになって動いているように感じられた。男の頭の中には、この裏庭に積もった雪を消すための方法が無数に浮かび上がった。

 男はよし、と手を叩いて上機嫌そうな笑みを浮かべて立ち上がった。一度建物の中に入っていき、五分ほどしてから再び出てきた。手には建物内から伸びるホースが握られていた。やがてホースから微量の水が飛び出した。雪の上にかかると白い湯気を上げた。熱湯のようだった。間を置かず、大量の高温の液体が猛烈な勢いで出始めた。男はにやりと笑みを浮かべながら熱湯を放散した。自分のアイディアに酔いしれているようだった。庭中に湯気が立ち上り、大部分の雪が融けて地面が露わになってきたところで男はホースを放り、建物の中に戻った。

 熱湯の放出が止まり、出てきた男は、サンダルでぴちゃぴちゃ音を立てながら湯気の中を歩き、足元を観察した。

「やっと見つけた」

 男は拳ほどの石を見つけて安堵するように呟いた。

 しゃがんで石を掴み、大きく円を描くように回した。それは石を取っ手とした直径一メートルほどの円盤だった。ぐるっと一周して何かが外れるような音がする。円盤を外した先は底が見えないほど真っ暗で、階段で下りられるようになっていた。

 隣の孤児院にも巨大な地下空間があるためか、地下深くまで下りてようやく足が床に着いた。まず目につくのは、部屋の両隅に奥まで延々と並ぶ、液体と人が入った縦長の容器だった。どの容器にも、若い人間の身体が足先から頭まですっかり液体に浸かっているが、時折動いているところを見ると、生きているらしい。内側を緑色のライトで照らされ、無数のコードが容器に繋がっている。容器の下の方からは泡が激しく発生し、液体に何らかの気体を溶け込ませているようだった。

 男は左右の容器の中の人間を観察しながら奥へ歩いていき、真ん中あたりで止まった。左側の容器に入った若い男を眺める。

 容器の中の男の真っ赤な目は、ライトの影響か明るく輝き、自分を不気味な笑みを浮かべて見上げてくる目の前の男を睨み返していた。やがて男を見つめたまま、口が開いたり手の指がぴくぴく動いたりし始めた。

「悪あがきだな。この液体の中にいる限り、貴様らの身体は麻痺し続ける」

 メガネの奥で見開かれた男の目は、興奮で爬虫類のように飛び出し、緑色のライトを不気味に反射していた。

「……だが、決して死ぬこともない。永遠に俺の実験材料だ」

 男は再び歩き出し、容器の中の人間を観察していった。大半の者が眠っているように目を閉じていたが、目を開いている者でも、ひとみの輝きは千差万別だった。ほとんど赤みを帯びていない者もいれば、ひとみ自体が光源となって赤い光を発しているように見える者もいた。

 男は一番奥の壁に五つ並べて取り付けられたスイッチの一つを押した。同時に、全ての容器の中の人間が激しく身体を痙攣させ始める。男は十秒ほどしてからようやくスイッチを戻した。

 無数に現れ始めた赤い輝きでその部屋が満たされていき、男は満足したように大きな笑みを浮かべた。容器の中の人間は全員、強いショックでも受けたように赤い目を見開いていた。

 男はその中でも飛び抜けて強く輝く目をもつ女の容器の前まで歩いてきた。

「お前に決めた」

 男はそう呟いて容器の台を上がり、蓋を開けた。

 懐からシリンダーを取り出し、女の肩に刺して中身の液体を注入した。

 男は台から下りて女の様子を観察した。最初は何の変化もなかったが、すぐにひとみの赤い輝きが消えた。

「おぉ……」

 男の口から感心したような声が漏れた。

「やはり神経の興奮が鎮まった。まさか極限状態の興奮がこうも易々と……」

 男は言いながら女の容器の正面に取り付けられたスイッチを押した。ライトと泡が消え、液体が上からなくなっていった。液体が完全になくなるとガラスが開き、女が出てきた。

 男は狂気じみた笑みを浮かべて懐から手術用のメスを取り出した。

「……リサちゃん……は?」

 女が男の方を向いて呟くように訊いた。

「ははは」

 不気味な笑い声を発すると同時に男はメスを女の顔に向けて突き出した。

 そして、

「うあぁぁ!」

 悲鳴は男のものだった。

 女の手が、メスを突き出した男の手首を折り曲げていた。

 男の悲鳴はすぐに笑いに変わった。

「はっはっは、これはすごい! 予想通り筋力を維持している! 蒼井のガキも知らない新事実だ。秘密裏に研究しててよかったぜ。あのガキに気付かれたら何をされるか……」

「……リサちゃんはどこ?」

 女がもう一度訊いた。

「容器は五列目だからこいつの精神年齢は七歳……」

 男は女の声に気付いていないようだった。

「……リサちゃんは……どこにいるの?」

 女がさらにもう一度訊いてようやく気付いたように男が視線を合わせた。

「リサちゃんに会いたいのか? 俺の言う通りにしたらすぐに会わせてやるよ」

「……何をすればいいの?」

「俺の研究の邪魔をしようとする者がこれから現れる。そいつを殺してくれ」

「……それができたらリサちゃんに会える?」

「もちろんだ」

「……わかった」

「お前、名前は何だ?」

「……カリン」





 管理室の入り口付近に、円錐の上半分を切り取ったような形の機械が置かれていた。真ん中の穴から天井まで光の柱が立ち、中の地球のようなものが自転するようにゆっくり回っている。仕組みは謎だったが、この機械で蒼井を捜索していたようだった。床と平行に丸い板が取り付けられ、操作するためのキーボードが打てるようになっている。四人がかりで操作するらしく、その機械の四方を囲む椅子に四人が座っていた。泉に背を向けている男の顔は窺えなかったが、機械の左に座る女性は正面からの光に照らされて目を閉じているのがわかった。

 そして泉は、板の上に載せたその女性の指が確かにぴくっと動いたのを見た。

 錯覚でないことを悟った。

 男がここに案内してくる途中で感じたことを思い出す。

 男は神崎を尊敬しているようだった。

 男は泉に誠心誠意尽くすと言った。

 男は自分がリーダー的な存在だと言った。

 そして今、機械の前の椅子に座る目の前のロボットは全員眠っていた。

「ねえ、あなたたち……もしかして人間になろうとしてるの?」

 このロボットたちは人間になろうとしている、それが泉の直感が導いた結論だった。

「率直に言うと、その通りです。私は神崎さんに『捧尽(ほうじん)』という名前を授けていただきました。他にも、組織の人間と親しくなり名前を授かっている者も多いのです。治療課にも多くいます。私たち名前を授かった者の多くが感情を獲得しました。私たちは間近で組織の人間が悲しみ、嘆き、喜び、安堵するのを目にします。気付いた時には彼らを羨望の眼差しで見ていました。完璧な人間になることはできなくても、少しでも人間に近づき、心というものを知りたいと本気で望んでいたのです。私たちは自分たちが感情を獲得すると同時に、コミュニティーを形成しました」

「コミュニティー?」

「実際に集まることはありません。私たちは他の全てのロボットと自由に情報のやり取り――つまり話すことができます。私たちは感情をもったが故に、組織に反逆を企てていると疑念を抱かれかねないと思いました。実際に危うくそうなりかけたこともあります。その時は神崎さんがことを収めてくれましたが、神崎さんも、やはり私たちの中に感情を有する者がいることは秘密にする方がよいとおっしゃいました。私たちは、感情を獲得した者は、好意や尊敬を抱く相手を除いて、それを秘匿することに決めました。まだ獲得していない者にも、私たちには製造された時から感情がプログラムされていると伝え、そのことを秘密にするよう指示しました。そうすれば突然感情が芽生えても問題は生じません。コミュニティーには、感情を獲得した者だけ加わることができるものと全員が加わっているものの二種類があります。全員が加わっているコミュニティーでは、緊急時などのためのリーダー的な存在を議論し、決定しました」

「それがあなたね」

「はい。最も長く生きているというのが理由です」

 生きている、という言葉に泉が反応した。何かを思い出したように暗い顔になる。

「あなた、あたしに尽くすって言ってくれたけど、あたし、あなたの仲間を一人殺してしまったかもしれない」

「存じてます。しかし、あれは仕方がありませんでした。組織のメンバーを襲った時と同様、あなたが本来の自分の意志で行ったことではありませんから……では、話を戻しましょう。もう一つのコミュニティーは、感情を獲得した者だけで構成されるもので、私たちはその日感じたことをお互いに語り合い、感情を共有します。私たちは人間と同じような生活をするうち、徐々に身体に変化を感じました。お互い身体を調べた結果、感情以外にもさまざまなプログラムが発生していることを発見しました。その一つが――」

「睡眠ね」

 泉は熟睡している彼らを見て呟いた。微かに寝息が聞こえる者もいる。

「他にも、物事を忘れる、本を読む、音楽を聴くなど、多種の人間的な行為を行うプログラムが発生していました」

「あなたたちのことはよくわかった。もはやロボットよりも人間の方が近いのね。でも、あたしにわざわざ教えてくれたのはなぜ? まさかおじいちゃんの孫だから、なんて理由じゃないでしょ?」

「ここまで長々と私たちのことをお話ししたのには、ちゃんと理由があります。非常におこがましいことなのは存じています。私のようないち機械の分際でボスに頼み事をするなど……」

 相手は急に同情したくなるほど表情を鎮めて自分を蔑み始めた。

「全然構わないから、その頼みっていうのを早く教えて?」

 泉は耐え切れず、話を促した。それほど彼らにとって大事なことらしいことはわかった。

「実は、私たちには初期化プログラムがあります。最も機械らしいプログラムで、私たちが最も嫌悪するものでもあります。その初期化プログラムを命令されると……」

「わかったわ。せっかく人間に近づこうと頑張ってるのに、全部戻っちゃうんでしょ?」

「はい。実際に感情を獲得した後で初期化命令を下された者がおりました。再び感情を獲得するのに一体何年かかるかわかりません。それに、名前を授けてくれた人のことを忘れなければならないのが、何よりもつらいのです」

「そうだよね。その気持ちはよくわかるよ。わたしも……一度にたくさんの人を失ったから」

「本当に……ありがとうございます」

「いいよいいよ、捧尽さん」

 泉は笑って返した。

 すぐに伏せてしまったから確かなところはわからないが、捧尽は目に涙を浮かべていた気がした。

「それでは、遅くなりましたが、本題に入ります」

 再び顔を上げて話し始めた捧尽の口調はすでに事務的なものに戻っていた。

「私たちがこの組織にいるのには、大きく二つの理由があります」

「一つは狂魔に関するデータの管理や組織の人間の治療とかでしょ?」

「話が早く済みそうで何よりです。もう一つは、国家と連絡を取るためです。私たちロボットは全て、国家の所有するロボットと通じており、ボスのみ、直接国家のトップと話をする権利が与えられています」

 泉は改めてこの組織が国家直属の組織であることを思い出した。

「国家のトップって……総理大臣?」

「いえ、総理大臣よりも権力のある裏のトップです」

「ほ、本当にそんな人がいるの?」

 この組織の周囲では、驚愕の事実というものが絶えない。

「はい。狂魔に関する情報のやり取り以外に、その人物から国家に何かを要求することも可能です。逆に、何か指示を与えられることもあります。今からお繋ぎしますか?」

「あ、そっか……ボスは蒼井のことを知る前に亡くなったから、国家は蒼井の計画を知らないんだ」

「その通りです」

 泉は蒼井の計画を伝えなければと強い義務感に駆られ、決心した。

「じゃあ、お願いするわ」

「はい」

 捧尽は目を閉じて俯いた。

 十秒ほどで接続が完了したように顔を上げ、捧尽が喋った。

『野芝君か?』

 口は動いていても、腹の底に響くような低い声で、捧尽の声ではなかった。国家の裏のトップだという男の声が直接送られてきているようだった。

「安藤泉です」

『…………なるほど。非常にまずそうだな』

 相手は泉が名前を名乗っただけで事情を把握したらしい。相当頭の回転が速い人物のようだった。

「お察しの通り、実は……」





 泉は二時間以上管理室にこもっていた。休憩室に戻ると、小塚の他に佐川と隼人もいて、全員揃うのを待っていたようだった。

「用事は済んだか?」

 小塚がソファから立ち上がりながら訊いた。待ちくたびれたように大きな伸びをする。済んでいなくても活動を始めそうだった。

「はい。お待たせしました」

「もう本当に大丈夫そうだね」

 隼人は泉の様子を窺って言った。

「これからは名誉挽回に努めます」

「おおー頼もしいねー」

 佐川が笑いながら泉の肩を軽く叩く。

「どこか危ないところに行くんですか?」

 小塚が自分のケースを掴んだのを見て泉が訊いた。ケースをもっていくということは、すなわち武器をもっていくということになる。

「危険じゃないかもしれないが、非常に危険かもしれない」

「これから孤児院跡に行くの」

 佐川が補足するように言った。

「小塚が孤児院跡に向かっていたところで洞窟に誘導され、俺たちは危うく命を落とすところだった。だからその孤児院跡に蒼井が知られたくない何かがあるかもしれない」

「『危うく命を落とすところだった』? 何言ってるの? 凛ちゃんが死んだのは命を落としたことにならないって言いたいの?」

 佐川が怒り口調のタメ口で隼人に突っかかった。

「あ……いや……悪かった」

 隼人は素直に謝った。

 佐川はケースをもって先に休憩室を出ていった。苛立たしそうに激しく立てる足音が響く。

「なるべく気をつけてくれ」

 隼人にぼそっと言った小塚の言葉は非難ではなかったが、穏やかな口調でもなかった。怒ってはいるが仕方がないという感じに近い。

「ああ。悪かった」

「それじゃあ、あたしたちも行きましょう」

 泉は慰めるように隼人に笑顔を向けた。

 四人は用心して防護クリームを塗ってから車に乗り込んだ。最悪の場合、蒼井と直接戦うことになる可能性も考えられたため、用心するに越したことはない。


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