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狂魔伝  作者: ラジオ
第一章
17/67

story16‐‐友‐‐

「これは俺と死んだ日比野、そしてあなたの犯した罪の贖罪のつもりですから」

 岩谷は秘密の研究室の扉を閉めると、普段の研究室の明かりを点け、そばの椅子を二つ引き寄せた。

「どうやって作った?」

「あの子たちです。日比野に使い捨てにされた子から……」

 二人の間に重い沈黙が流れ、しばらくしてから再び岩谷が口を開いた。

「日比野はもう死んじまったから、あとは、あいつの分も俺たちが一生をかけて償わなきゃいけない」

「そうだな」

「ボスはボスなりのやり方でいいと思いますよ」

「私なりのやり方……か。私はただ……妻を殺された憎しみで狂魔を根絶しようとしてるだけなのかもしれない」

「それでいいと思いますよ。むしろそうでなきゃいけない。あなたは憎しみからでも狂魔を根絶させなきゃいけない。それまで死んじゃいけませんよ」

「ああ。私が狂魔を根絶やしにしないで死んだら、あの子たちが報われないからな」

「その通りです。躊躇なく犠牲にした割には、まだそういう心も残っていたんですね」

 ボスが俯き、左手で顔を覆うようにこめかみを押さえた。

「私はあの子たちを……あの子たちと日比野は私のせいで……」

「それに関しちゃ、ボスが気にすることはありませんよ」

 岩谷の言葉には、微かにボスを慰めようとするかのような響きが感じられた。

「どういうことだ?」

「日比野は、ボスがあの子たちを使って狂魔との実験を指示する前に、すでに狂魔化患者の人体実験を無許可で行っていましたから」

「何だと?」

 ボスは驚いて岩谷を見つめた。

「本当ですよ。俺はその時に日比野に捨てられた子たちの遺体を保存していました。あまりにも惨めに思えて……だから少なくとも、狂魔化患者を暴走させて日比野が死んだことに関しては、あなたが気にする必要はない」

 ボスは一度溜息をついてから言った。

「そう言えば、お前は日比野とは長い付き合いじゃなかったか?」

「あいつは……最初から何か異常だった。目を輝かせて死人の体を切り開いていた。人体実験に関する知識も豊富だった。実は、さっき見せたのも、残っていた日比野の研究データを利用して作ったものなんですよ」

「……そうだったのか」

 二人の間にしばらく沈黙が渦巻く。

如月(きさらぎ)……下の名前は弥生(やよい)、だったか?」

 ボスが不意に思い出したかのように言った。

「ああ、七年前の、あの子たち全員と日比野が死んだ時に暴走した、例の狂魔化患者のことですか?」

「そうだ。あの時まだ如月の狂魔化は第二段階で、個室でも落ち着いていたはずなのに、彼女はなぜ暴走したんだ? メンタルチェックもお前自身が行っていたんだろう」

「はい。暴走する数年前は、少し情緒が不安定な時期もありましたが、あの日実験を行う前は、確かに良好な状態でした」

「じゃあどうして……」

 ボスは書類の束が載ったデスクの前で狂魔の謎を考えている時の表情になった。

「俺もあれから何度も考えましたが、やはり日比野が感情物質の実験をしていたとしか……」

「感情物質?」

「はい。感情物質……というかその生成には、大きな謎が一つあるんです。日比野はその謎を突き止めようとしていました」

「何だ?」

「最初に『神隠し』を起こした狂魔と、その他の狂魔の違いを知っていますか?」

 岩谷は一瞬の間を置いて、人を殺した数以外にです、と付け加えた。

 ボスは眉をひそめて考えたが、答えは見つからなかったようだった。

「寿命ですよ」

 岩谷が答えを口にした。

「寿命…………そうか!」

 ボスはすぐに合点がいったようだった。

「そうです。『神隠し』の狂魔は延命措置を施したとはいえ、今の我々にも不可能なほど長く生き延びて研究されました。まるで、研究の際の監禁によって衰弱してしまったかのように……」

「……どうして内臓が機能していたんだ?」

 ボスは未だ興奮冷めやらぬ口調で言った。

「わかりません。日比野もあの狂魔を解剖すればわかったかもしれないと言っていました。確か……海外で開発中の、遺体を傷つけずに体内を観察できる透視カメラとやらの完成を待って、冷凍保存して国が保管してるんですよね」

 岩谷は記憶をたどるように言った。

「ああ、そういうことになってる…………だが……」

「どうしたんですか?」

 ボスの微妙な表情を察して岩谷が尋ねる。

「これは私が国から直接聞いた国家機密だが、お前には話しても大丈夫だろう」

 ボスは神妙な顔をしていた。

「……どうやらその遺体は……何者かに盗まれたらしい」

 岩谷は目を見張った。

「国のトップが直接管理していたあの遺体が、ですか?」

「……そうだ」





 ボスは一瞬、自分が国家機密を話してしまったために岩谷が殺されたのではないかという考えが浮かんだ。

 だが、国はそれを知る術も、知られたからといって殺す必要もあるとは思えなかった。

 ふと岩谷の腕の下に、普通の人間が見てもわからない暗号のような文字が書かれているのを目にした。

「やはりお前はただで死ぬような男ではなかったか」

 岩谷の顔を見て呟いた。

 やがて子供たちの姿が見当たらないのに気付いた。

 そういえばと玄関に引き返すと、やはり子供の靴はなかった。

 誘拐されたのかと懸念を隠せず下駄箱を探すと、すぐに子供用の靴は見つかった。

 ボスは子供たちだけでもと願いながら二階へ上がった。

 手当たり次第にドアを開けると、三回目ほどのドアの先に、ボスの期待を悉く裏切るかのように、血に染まったベッドが現れた。

 布団をめくると、幼い女の子が腹部を刺されたままうずくまっていた。

 沙希はもう息をしていなかった。

 もう一人の子供――雛子を探そうとボスは別の部屋をくまなく探して回ったが、どこにも雛子の姿は見当たらなかった。

 ボスはメンバーのもとまで戻ろうか、それとも本部へ向かおうか迷ったが、すぐに近い方の本部を選んだ。





 十分後には、ボスは管理室を訪れていた。

 薄暗い部屋に無数の大きな機械が置かれている。機械から発せられる光が、部屋の不気味な雰囲気を際立たせていた。

「今すぐ仕事を中断しろ」

 ボスはその広い部屋で働いていた若者たち全員に命令口調で言った。

 彼らは全員一斉に動きを止めた。

「岩谷の娘を探し出してすぐに保護しろ」

 ボスが怒鳴る。もはや、焦りや苛立ちといった感情がむき出しになって言葉に出ていた。

「岩谷さんの娘は二人いらっしゃいますが」

 若い男の一人がボスの怒声にもろともせずに尋ねる。

「雛子だ。もう一人はすでに死んでいる。雛子を何としても探し出せ」

 ボスは岩谷家の事件を彼らに伝え、行方のわからない雛子の捜索を命じた。





 小塚と佐川は本部に着くと、まっすぐ休憩室に向かった。

「ボス、隼人さんと泉ちゃんが……」

 ボスは二人を振り返った。

「すまない。すっかり忘れていた」

 声にも表情にも覇気がまるでなく、二人ともすぐにボスの異常を察した。

「岩谷がどうかしたんですか?」

 小塚は険しい表情で問い詰めるように訊いた。

 訪れた沈黙はとても長く感じられた。

「……殺された」

 沈黙を破って発せられたボスの言葉に、佐川は凍りついたように固まる。やがて床にへたり込み、なんとか嗚咽をこらえようと両手を口元にあてた。

 小塚は察しがついていたかのように視線を下げていたが、しばらくして言った。

「野芝と安藤が非常に危険な状態だ。一般の病院で治療を受けている」

「そうか。助かりそうか?」

 ボスは理解できていないかのように表情一つ変えずに言った。

「どうしてもっと心配しないんですか!」

 佐川がボスの態度にこらえかねたように噛みつく。

「悪いが、私も岩谷が死んで混乱しているようだ」

「そんな、ボスの息子さんですよ!」

「わかっている!」

 急なボスの怒鳴り声に、佐川は肩をピクリと震わせた。

 小塚はボスの怒声には驚いた様子を見せず、ボスに背を向けたまま静かに言った。

「岩谷家の後処理に向かいます。明日までには元に戻ってください」

 小塚は佐川の腕を掴んで立ち上がらせた。佐川は泣いてはいたが、小塚の手に抵抗することはなかった。二人はボスを一人残して休憩室を後にした。


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