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狂魔伝  作者: ラジオ
プロローグ
1/67

神隠し

 人はなぜ生きるのか。

 幸福を得るため?

 人類発展のため?

 それとも意味はない?

 人によって見出す答えは違うだろうし、答えを見出せない人もいるだろう。

 明確な答えのないその問いは、人間一人ひとりがもつ本来開いてはならないパンドラの箱。しかし、世の中には、生きる意味を探し求めてそのパンドラの箱を開ける者がいる。箱を開けた者は、その不滅の問いに心の内側から蝕まれる。そして、その蝕まれた自分の心から生まれる負の感情により、自分自身を内から徐々に侵されていくだろう。

 負の感情にのみ込まれた人間は、世界を滅することに自分の生きる価値を見出し、世界を滅したことを自分の生きた証にしようとする。

 パンドラの箱は、世界を滅ぼす箱。

 箱を消す方法はただ一つ。

 全ての人間が同時にその箱を開ければよい。





 二〇一三年。

 その日は嵐の夜だった。

 猛然と降り続く豪雨は街灯の明かりをも闇に包み込み、唸り声を上げる強風は住宅の壁を打ちつけながら吹きすさぶ。

 町には人っ子一人見受けられない。どこの家もまだ明かりが点いている時間だが、その光は黒い雨に吸い取られ、隣家まで届くことはない。

 町はずれのある住宅から一人の少年が出てきた。大人になりきっていない顔にはまだ幼さが残っているが、冷たい憎悪に塗れたような表情だった。少年は身の丈よりもずいぶん大きなクリーム色のレインコートに頭まですっぽり身を包んでいた。

 体を吹き飛ばそうとする風にはびくともせずに、真っ暗な闇の町へ足を踏み入れた。深く被ったフードから怪しく覗くのは、血よりも鮮やかで深みのある赤色に染まったひとみだった。

 出てきた家から最も近い洋風の立派な家の前に立ち、少年はチャイムを鳴らした。

 ドアを開けた女性は二十代後半の上品そうな女性だった。

 フードを被ったレインコート姿の少年が立っているのを見て女性は声を裏返した。

「あら、こんな日に外に出るなんて危険よ。早く上がってらっしゃい」

 絵画の飾ってある広い玄関を上がり、すぐ右の部屋に入ると、父親らしき男性が椅子から腰を浮かしながら、まだ二、三歳の男の子二人に食事の仕方を教えているところだった。

 高級そうなシャンデリアが上品に部屋を照らしていた。複雑な模様の入った赤い絨毯の上には、木のツルを編み込んだ凝った作りの椅子と大理石のテーブルが置かれている。テーブルの上には四人分の食事が置かれており、玄関で出迎えた女性を含めて四人で食卓を囲んでいたようだった。

 父親は少年が入ってくるなりそのレインコートに目をくぎ付けにした。子供たちは少年のレインコートが意味することを理解できずにいたが、父親の異様な様子に気づいてようやく、少年に得体の知れない恐怖を抱いたようだった。

「……お父さん……何であの人の服、真っ赤なの?」

 少年のレインコートは真っ赤に染まり、その袖からはまだ新しい鮮血が滴っていた。

 袖に隠れた少年の手に、包丁が握られていた。父親はこの包丁からも血が垂れているのを目にした。フォークを掴んで怯えたように身構えたが、少年の姿勢が低くなったかと思うと、気づいた時にはフォークをもった右手首が切り落とされていた。

 父親は血が噴き出す手首のない右腕を、一瞬目を見開いて見つめた後、叫ぶこともなくすぐに気を失って倒れた。

 血を被って真っ赤になった少年は、倒れた父親に馬乗りになり、首の中央へ勢いよく包丁を振り下ろして止めを刺した。

 包丁を抜いて立ち上がると、子供二人が少年の両足に抱きついてきた。少年は右足を力任せに振り上げて、片方の男の子を部屋の隅の壁まで蹴り飛ばした。続けて左足の男の子を右手で掴み上げ、蹴り飛ばした男の子の方へ放り投げる。壁まで飛ばされた二人は気を失ったのか、ピクリとも動かなかった。

 少年は、重厚そうな大理石のテーブルの上の食事を冷ややかな目つきで睨み、食事ごとテーブルをもち上げた。もち上げたテーブルで天井のシャンデリアを潰しながら、少年はゆっくりと歩いていき、テーブルを二人の子供目がけて投げ飛ばした。

 数分の出来事だった。

 少年が玄関の女性の死体をまたいで家から出てきた時には、家の明かりはすっかり消えていた。豪邸並みに立派なこの家からは、町を包む闇に飲み込まれてしまったかのように静けさだけが漂っていた。

 少年が次の最も近い家に着くころには、レインコートの血は激しい風雨で洗い流され、元のクリーム色のものに戻っていた。





 夜が明けてその町から嵐が過ぎ去っても、家から出てくる人はだれ一人いなかった。町から人が消えた。この町のことを知るごく一部の人間はこの事件を『神隠し』と呼んだ。

 少年は町を出てすぐの道路で、意識の薄れた状態で倒れているところを通りがかった警官に保護された。

 やがて意識を失い、病院で目覚めるまでは『神隠し』を知る誰もが、この少年は町から逃げてきた被害者なのだと思った。

 だが事情聴取を始めようと病室に入った警察官三人は、一分も経たぬうちにみな少年に殺された。多数の犠牲者を出し、やっとのことで捕縛することに成功した。

 少年は殺されず、長年に渡って監禁、研究された。少年に関して、非常に高い身体能力をはじめ、さまざまな異常が見つかった。

 人間離れした身体能力と異常なまでの殺人衝動から、その少年は『狂魔』と名付けられた。

 国家はその年、今後も狂魔が発生する可能性を考慮し、国の秘密組織として国家直属の機関『狂魔特別対策組織』を設置した。

 少年が命を落としそうになるほど衰弱すると、少年の遺伝子を保存し、今度は人工的に彼の子供を一人生み出した。

 だが子供に異常な点が見られず、三年の間をあけてさらにもう一人生み出し、研究を続けた。

 狂魔の二人の子供は生まれてから異常な点が一切見つからず、監視付きで普通の人と同じ生活を送らせることになった。

 しかしその結果、『神隠し』から三十年後の二〇四三年、『二度目の神隠し』が発生した。また嵐の夜だった。二人の子供が普通に育ったはずのその町から、血と骸と腐臭を除いて、人っ子一人残すことなく人が消えた。


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