屋根裏部屋の惨状
マクマリー邸は、一階と二階が主の区画、三階が使用人達の部屋となっている。その上が屋根裏部屋となっている。普通なら不用品などを放り込んでおく場所なのだが、エリザベスは帰国前にそこを改築するように命じていて、今ではエリザベスが大陸から持ち帰ってきた品を保管する場所となっていた。
「これはひどいですな」
三階の一画に設けられた階段から屋根裏部屋へと踏み込んで、ヘザー警部は顔をしかめた。
「……まさかこんなことになっているなんて」
窓ガラスが一か所割られていて、そこから犯人が侵入したらしい。部屋中に足跡が残されているところを見ると、徹底的に荒らしたようだ。
エリザベスはため息をつきながら、ヘザー警部の後から屋根裏部屋に入り込んで室内を見回した。置かれていた箱は、全て中身を引っ張り出され、棚の引き出しは床の上に放り出されている。
「……冗談でしょう? 苦労して持って帰ってきた品だってたくさんあるのに」
「何が無くなっているのか、リストを作っていただく必要がありそうですね」
トロイ刑事はメモ帳を手にしたままだ。手にした鉛筆の反対側でぽりぽりと頭をかいた。信じられないとため息をもう一度ついて、エリザベスは信頼できる使用人を呼び寄せた。
「……パーカー。ひょっとして懐中時計が無くなっていたりしないかしら?」
「懐中時計、でございますか?」
「そう……金の懐中時計。お父様があちらで買ったのだけれど……私には必要ないから」
「金、というと相当な値打ち物ですな?」
重大事件になりそうだと、トロイ刑事は身を乗り出す。エリザベスは、まっすぐにヘザー警部を見つめた。
「お父様が蚤の市で買い求めた品です。本来なら大した値打ちではないでしょう。金、と言っても混ぜ物ですもの。実際そう高い品ではありませんでした。でも……」
意味ありげにエリザベスは言葉を切り――効果的な間をおいた上で続けた。
「蓋が加工されていて、そこに聖骨がはめこまれているというふれこみでしたわ」
むろん、相手の表情をうかがうのも忘れない。エリザベスの言葉に警官二人は顔を見合わせた。聖骨、という言葉に彼らも心当たりがあるようだ。
「近頃、聖骨が盗まれる事件が続いているのですってね?」
不謹慎なのはわかっているのだが、朝の新聞で読んだ事件が自分の身近で起こったと思うとわくわくする。大切な商品をこうぐちゃぐちゃにされたのはとても腹が立つのだが。
「……存じませんな」
ヘザー警部は、しらを切ろうとした。
「あら、新聞に書いてあったもの。聖骨が盗まれたって」
無邪気さを装ってエリザベスは問う。むろん、警部はその手にはのらなかった。
「……近頃、賊が横行しているのは事実ですが、すぐにとらえて見せます」
むっつりとした顔でそう言うと、ヘザー警部はトロワ刑事をふり返った。
聖骨の盗難は、警察にとっては隠しておきたいことなのかもしれない――そう判断したエリザベスはここで引くことにした。
そそられた好奇心は、違う方法で解決することにしよう。
「では、現場に捜査員を入れます。現場の調査が終わってから、他に何が盗まれたのか、調べていただけますか」
ヘザー警部の言葉に、エリザベスはすかさず指示を出す。
「わかりました。パーカー、協力なさい」
「かしこまりました」
捜査員が屋根裏部屋に入り、指紋をとったり、侵入経路を確認したりしている間に、再び図書室にマクマリー邸に仕えている使用人が集められた。
今度はエリザベスは同席しなかった。身近に仕えているパーカーやマギーならともかく、それ以外の使用人は、エリザベスが側にいては緊張して話もできないだろう。
それに警察が来ていようがいなかろうが、エリザベスの日常は変わらない。落ち着かないからさすがに仕事は最低限にしたものの、仕事場の整理をして時間をつぶす。
「そう言えば……」
棚の中身を全て出し、中を拭いて戻す。それを繰り返しながらエリザベスは考え込んだ。
「窓ガラスが割れるような音を聞いたんだっけ……」
自分の家ならば、誰か駆けつけるだろうと思って寝たままだったのは失敗だった。後悔しても遅いのはよくわかっているし、誰も気がつかなかったらしいから――広い屋敷だから無理もないのかもしれないが。
「何であの時、お隣だなんて思ったのかしら」
広い庭園を挟んでいるから、隣の家でガラスが割られたところでここまで響いてくるはずもないのに。
警官達による現場の調査が終わった後は、屋根裏部屋に移動して盗まれた品がないかの確認を行う。
昼食を挟み、午後半ば、ようやく全ての使用人達の事情聴取が終わった。
「リズお嬢さん、警察の人が呼んでますよー」
パーカーに手伝わせて屋根裏部屋で盗品をチェックしていたエリザベスのところへマギーが呼びにくる。
パーカーに後をまかせたエリザベスが図書室に入ると、二人の警官が待っていた。勧められる前にエリザベスは、ヘザー警部の前に腰を落とした。
「さっき掃除しながら思い出したのだけど、真夜中にガラスの割れる音が聞こえたの」
エリザベスは、自分から口を切りだした。
「……何時頃でしょう?」
「さあ……零時は回っていたと思うけれど」
「音がしたけど、見には行かなかった……?」
「私の仕事ではないもの」
肩をすくめてエリザベスは警部を見やる。
「誰も見に行く様子ないし、だったら家じゃないだろうって思ったのよね。だからそのまま寝たわ。家じゃないなら関係ないもの」
それはまあそうでしょうねぇとかなんとか二人の警官は口の中でもごもごと言っていたが、昨夜屋敷にいた中であの音に気が付いたのはエリザベスだけだったようだ。
「お嬢様……屋根裏部屋から持ち出されたものですが、次の入荷を待っているところで、それほどの被害もなかったようです。目立つ被害としては、大陸からお持ち帰りになった像が二つ」
手帳をめくりながら、パーカーは話を始めた。
「どの像よ?」
「剣を手にした聖女と、膝をついて祈る聖女の二点ですね」
「……それほど気に入ってたわけじゃないけど、無くなったと思うと腹がたつわね。もう少ししたら、売りに出すつもりだったのに」
エリザベスは唇を尖らせた。
「懐中時計は見つかった?」
その問には、否という答えをパーカーは返してきた。
「……ですって。懐中時計も追加しておいてくださる?」
トロワ刑事はエリザベスの言葉を手帳に書き記した。
「大陸から持ち帰った像ですが……高価な品なのですか? 懐中時計はそれほどのものでもないというお話だったと思いますが」
「そうねえ、高いと言えば高いのかしら? 売るとすれば一体三十……いえ四十テランの値をつけると思うわ」
四十テランといえば、独身男性なら一年楽に暮らせるほどの金額だ。エリザベスの属する階級から見れば、それほどでもないが、警官たちからすれば相当な金額だろう。
「それと懐中時計の方は、さっきも話したけど聖骨が入ってるってだけでたいした価値はないわ」
「その聖骨が本物か否か……?」
トロイ刑事にエリザベスは肩をすくめてみせた。
「本物なら屋根裏に放り込んでおかないわ。教会に寄付するとか、欲しがるお金持ちに高値で売りつけるとか、何か考えるわ。これでも商売しているんですからね。あの時計は、父が買った品だから残しておいたの」
屋根裏部屋に放り込んでおいたのは、エリザベスの感情的な問題だ。手元に置いておかなかったのは、ちょっとした感傷が理由だ。
きちんと捜査することを約束して、警官達は引き上げていった。