真夜中の侵入者
普段なら一度眠ったなら朝まで起きないのに物音で目を覚ましたのは、まだ見ぬ婚約者候補のことで頭を悩ませていて眠りが浅かったからなのだろうか。
がしゃん、とガラスの割れるような音にエリザベスは一度起きあがり、ベッドの上でしばし考え込む。かなり大きな音だったと思うのに、耳をすませても誰も起きてくる様子はなかった。
ということは、この屋敷ではないということなのだろう。これが自分の屋敷内のことならば、すぐに誰か駆けつけてくれるはず。
ふわ、とあくびを一つして、エリザベスは再びベッドに潜り込んだ。自分の屋敷内でないというのなら、一本道を挟んだ隣の家だろうか。
羽根布団にくるまってぬくぬくとしているのはとても気持ちよくて、レディ・メアリが持ってきたお見合いの話なんてどうでもよくなってしまう。もう一つあくびをすると、あっという間に眠りの世界へと引き込まれた。
寝ぼけていたエリザベスはそんなことなんてすっかり忘れ去っていたのだが、翌朝は最悪だった。
「お嬢さん、リズお嬢さん!」
メイドのマギーが大慌てで部屋に入ってきて、エリザベスを乱暴に揺さぶる。本来なら手にしているべきモーニングティーのトレイはどこにもない。
「何よぅ……そんなことより、お茶持ってきて」
状況を理解できないままマギーを押しやって、頭から羽根布団を被る。まだ眠いのだから邪魔をしないでほしいと、なおも揺さぶってくるマギーを押しのけようとしていると、今度はパーカーまで飛び込んできた。
「……賊が入りました。お嬢様」
「賊?」
その言葉に、エリザベスの目はぱちりと開いたり――はしなかった。ベッドに座ったまではよかったが、そこから先が続かない。
「うー…」
唸りながら、眠い目をこすり、何とか床に降り立った。ここまでたどり着いたところで、話ができる状態になったとパーカーは判断したらしい。
「屋根裏の窓が割られました。もうすぐ警察が来ますから、お召し替えをお願いします」
「屋根裏……警察……」
警察に会うのにはどんな服装が適しているのだろう。
パーカーにクローゼットへと押しやられたマギーを横目で確認すれば、心得顔でコーヒーブラウンのワンピースを取り出しているところだった。膝下までのワンピースに絹のストッキングを合わせ、髪を結って朝食の席に着く。
パーカーに案内された警官が食堂の扉をノックした時、エリザベスは優雅に朝食をとっているところだった。
「私、何も聞いておりませんの。使用人達にご確認いただけます?」
にっこり笑ったエリザベスはようやく目が覚めたところだ。いつもの通り、朝食の席にはたくさんの料理が並べられている。いつもと違うのは、給仕をしているのがマギーだというところだった。
ゴシップ紙を読みたいところだが、警察の前でそれはよろしくないだろうと判断したのが正解かどうかわからない。
マクマリー邸を訪問してきたのは、ヘザー警部と名乗る中年の男と、部下のトロイ刑事だった。にっこりと美女に微笑みかけられて、若いトロイ刑事は若干頬を染めていたりする。
「警察の方にもお茶を……コーヒーの方がいいかしら?」
「いえ、おかまいなく。すぐに仕事にかからねばなりませんので」
とりあえず、愛想よくしておいた方がいいのかと飲み物をすすめてみたのだが、それは断られてしまった。
「使用人達に話を聞く、とのことでしたわね? 私もご一緒してもかまいません? 先ほども申し上げましたけれども、何も聞いていない状態で……ご一緒させていただければ、と思いますの」
結局、警官二人は紅茶でエリザベスの朝食が終わるまで付き合わされることになってしまった。もちろん、エリザベスは残りの朝食を大急ぎで片づけ、優雅な仕草で口元を拭くとワンピースの裾を揺らして立ち上がる。
「図書室には大きなテーブルがあったわね? そこにしましょう」
と、パーカーに警官達を案内させた。
マクマリー邸の図書室には、多数の本が所蔵されている。入口を入ってすぐのところに大きなテーブルがあって、面談の場はそこと定められた。図書室内にあった椅子が何脚か、二人とテーブルを挟んで向かい合うように置かれる。
そのテーブルにヘザー警部がつき、トロイ刑事はその隣でメモ帳を広げている。
エリザベスは少し離れたソファに陣取って、その様子を眺めていた。一応「お嬢様」ということになっているから、好奇心は隠しておくことにする。
マクマリー家には多くの使用人がいるが、屋根裏の割られた窓と荒らされた室内を見たのはパーカーとマギーだけだったから、最初に呼ばれたのはその二人だった。
「なぜ、屋根裏に行ったのです?」
「リ……お嬢様のトランクを取りに行きました」
ヘザー警部は、使用人であるマギーにも丁寧な口調で語り掛ける。マギーは、横目でちらりとエリザベスを眺めながら答えた。
「はあ?」
ソファに寄りかかって話を聞いていたエリザベスは飛び上がってしまう。
「何でトランクなんか取りに行くのよ?」
「……」
話に口をつっこむなとヘザー警部は横目でエリザベスを眺めた。パーカーは胃のあたりを手で押さえながら、エリザベスに向かって手をあげる。
「お嬢様、警察の方のお話が終わるまで少々お待ちください」
不承不承、エリザベスはソファに寄りかかり、尋問が再開される。
「話を続けてもらおうか?」
「トランクを取りに行って、それで窓が割れてたから……パーカーさんを呼びに行って」
「私が呼ばれたのは朝の仕事をしていた時でした。屋根裏にあがってみますと、窓ガラスが割れておりまして……」
パーカーが後を引き取った。そこへまたエリザベスが割り込む。
「私に言う前に警察呼んじゃうんだから」
むくれたエリザベスは勢いよくソファから立ち上がると、警部の方へと歩み寄った。
「先に屋根裏部屋を確認するというのはいかが?」
テーブルに手をついて、にこりとして見せる。しばし考えた警部は、エリザベスの提案を受け入れたのだった。