キマイラ研究会の真実
病院に着くまでの間、エリザベスはいらいらと両手をくんだりほどいたりしていた。まさか、こんなことになるなんて思ってもいなかった。
ようやく病院にたどり着き、車から転がるようにして降りる。そのまま、ロイとダスティの病室をたずねようとするが、追いかけてきたパーカーに捕まった。
「お嬢様! あなたも診察が必要なのですよ!」
「そんなの後でいいじゃない」
「いけません」
捕まったエリザベスは、そのままパーカーに引きずられるようにして診療室へと連れ込まれてしまった。
「お電話で話は聞いていますわ。見たところたいしたことはなさそうですが、少しだけ診察させてくださいね」
優しそうな女性医師が、目の前の椅子に腰掛けたエリザベスの顔を見て微笑んだ。早くダスティのところに行きたくていらいらしているのは事実ではあるが、今はおとなしく診察を受けておいた方がいい。
「いくつか切り傷がある程度ね、消毒しておきましょう。頭痛は?」
「ないわ」
「目を大きくあけてください――はい、そのまま」
女医はエリザベスの瞼をひっくり返し、目に光を当てて何事か見ている。エリザベスはおとなしく、そのまま彼女になされるままになっていた。
それから彼女はエリザベスを立ち上がらせ、手を上げさせたりおろさせたりと様々な動作をさせる。それから足も同じようにし、前屈させたり伸ばさせたりと何度も身体を動かすように要求された。
「異常はなさそう――でも、もし頭が痛くなるとか、気分が悪くなるというようなことがあったら、すぐに私のところに来てくださいね」
「……ええ、ありがとう」
診察室の外にでると、パーカーが待ちかまえていた。
「ロイの病室はここ、ダスティの病室はここ、だそうです」
エリザベスが診察を受けている間に、パーカーは他の二人の病室の場所を確認していた。ロイの方はたいした怪我でもなくぴんぴんとしていたが、問題はダスティの方だった。
左腕を骨折した上に、頭もひどく打っていて、しばらく入院しなければならないという話だ。
「しばらく、彼の側についているわ。あなたはマギーを一度屋敷に連れて戻って、夕方迎えに来てちょうだい。それから、今回助けてくださったお家の方にお礼をしなければいけないから、それをみつくろって――夕方から仕事に戻るわ」
「……あなたにも休憩が必要なのですがね」
パーカーは眉間にしわを寄せる。
「おとなしくしていると約束するわ。動き回ったりしないから」
何度もおとなしくしていると約束し、ようやく解放される。ダスティの病室に入ると、彼のベッドの横には座り心地のよさそうな椅子が用意されていた。
あちこち包帯を巻かれた彼は、痛々しい姿で、罪悪感が押し寄せてくる。
「……ダスティ」
意識の戻らないダスティの枕元に付き添って、そっと彼の手を握りしめた。
――彼に送ってもらわなければこんなことにはならなかったのに。
ここに来るまでの間に、エリザベスはダスティの車に細工が施されていたということをきいていた。
オイルが少しずつ漏れるような細工がされていて、走行しているうちにハンドルがきかなくなったのだという。
細工自体は簡単なもので、車の知識がある者ならば、数十秒もあれば十分可能だろうという話だった。
「……あなたが忠告してくれたのは、このことだったの?」
エリザベスは、彼の手を握ったままうなだれる。自分は、
上手くやることができると思っていた。
大陸にいた頃、辛酸をなめるような生活をしてきた。こちらの人間相手なら、たいていのことは上手くやれると思っていたのに。
ダスティが意識を取り戻したのは、午後になってからだった。
「よかった――ダスティ!」
エリザベスはそっと目をおさえる。医師やナースがあわただしく出入りして、診察を終えた後、ようやくダスティとの会話が少しだけ許された。
「リズ……、か。だから言ったろ? 危険だって」
「ごめんなさい」
「とはいってもしかたないね――もっと前に気がついていれば、君にも教えてあげられたんだけど」
ダスティはそっとエリザベスに微笑んだ。エリザベスに握られたままの手を引く。そしてその手を毛布の下に隠した。
「しばらく舞台は出られないな――ミニーは何て言うだろう? でもまあしかたないな。この顔で舞台に出るわけにもいかないし」
腫れた顔が元に戻るまでは、何日かかかることだろう。
「ねえ――リズ。君は、オルランド公爵から手を引くつもりはないのかな」
「……それは」
うろうろとエリザベスの視線がさまよった。本音を言えば、手を引くのはくやしい。けれど、こんな風に周囲を巻き込むことになってしまったのなら、ここまでにしておくのが正解なのかもしれなかった。
――取り戻したいのは、幼い頃の思い出一つ。
それならば、思い出については諦めた方がいいのかもしれない。
口ごもるエリザベスを見て、ダスティは小さく笑った。彼女の迷いを、彼はしっかりと見抜いているようだ。
「諦めきれないって顔をしてるね。それなら、教えてあげるよ、エリザベス」
リズ――ではなくエリザベス、と彼は正しく彼女の名を呼んだ。
「エリザベス。このまま続けると、君は命の危険に脅かされることになるかもしれない。それでも、まだ、君の探している何かを続けるつもり?」
「……わからないわ」
彼女のために危険な目に遭ってしまったダスティに嘘をつくことなど考えられなかった。
「何を探していたのか、教えてもらえるかな」
彼女の家から聖骨を盗み出した者がいること。
聖骨そのものには興味はないが、できればそれがおさめられていた懐中時計を取り戻したいと思っていること。
新聞記事から楽園騎士団を洗い出し――アンドレアスを通じてテレンス・ヴェイリーにたどり着いたこと。
彼から、聖骨をねらうのは楽園騎士団だけではなくキマイラ研究会という組織が関わっていると教わったこと。
さらには、そのメンバーにはリチャードとオルランド公爵が関わっていると聞いたことまで、彼女の知っている全てを。
「キマイラ研究会を知ってるんだ?」
「……ヴェイリーさんから聞いた話だけは」
ダスティの問いに、エリザベスはこれまた素直に答えた。
「そうか――少しずつ話を聞いてほしいね」
ダスティはゆっくりと言葉を続ける。
「キマイラ研究会は、錬金術を研究している。それも知ってる?」
「知っているわ――錬金術なんて、嘘だと思うけれど」
「嘘じゃないよ」
ダスティは言った。なだめるようにエリザベスの腕を包帯に巻かれた手でなぞり――腫れ上がった顔で微笑む。
「本当に鉛から金を作り出すことができるんだ。いや、鉛だけじゃない。どんな金属からでも金を作り出すことができるんだ」
「そんなことって……そんなこと、本当にできるの?」
エリザベスは言葉を失った。




