陰謀の招待状
エリザベスのもとへ、一通の手紙が届けられたのはアンドレアス商会に殴り込みをかけた翌日のことだった。さっそく封を切ったエリザベスは封筒の中身をテーブルの上に広げる。
封筒の中には舞台のチケットと便せんが入っていた。
「亡国の王女のチケットね。ミニー・フライが主演……主演が彼女じゃなかったら見たいと思ってたのよね」
ミニー・フライが、王女の役で出演している舞台劇は、演出家の間でも評判がよかった。エリザベスにとっては、愛する俳優ダスティと熱愛中の「恋敵」であったりもする。
ダスティ・グレンとエリザベスは顔を合わせたことすらないのだが、この場合はその点を追求してはいけないのだ。
「そのチケットはどういう意味なのですか?」
パーカーには答えず、エリザベスはチケットを傍らへ放り出して今度は便せんへと視線を走らせた。その唇がゆっくりと笑みの形へと変化する。
「アンドレアスからよ、彼のボスがこの席で待ってるって」
「わ、私もご一緒に」
アンドレアスのボス、などというのはものすごい危険人物に決まっている。思わずパーカーは身を乗り出したのだけれど、エリザベスは首を横に振った。
「残念ながら、チケットは一枚だけ」
丁寧に手紙を折り畳んで、エリザベスは封筒の中に戻した。それから思案顔で天井を見上げる。
「ボックス席をよこすだなんて洒落てるわね――何を着ていったらいいと思う?」
「危険です! おやめください!」
そんなところに主一人で乗り込ませるわけにはいかないと、パーカーは必死でエリザベスを止めようとした。むろん、彼にエリザベスを止めることなんてできるはずもないのだが。
「行かないわけにはいかないでしょ。会わせろって要求したのはこっちなんだから。ねえ、マギー、この間仕立てたラベンダー色のドレスにしようかな。銀とアメジストの髪飾りと……ハンドバッグはどれがいいと思う?」
言葉の前半でパーカーを封じてしまうと、後半ではマギーと今夜の打ち合わせに入る。
「ピンクのドレス? やあよ、あれ着ると太って見えるんだもの」
張りきってやってきたマギーとあれやこれやと打ち合わせをすませると、エリザベスはぽんと手を打ち合わせた。
「あなたにも来てもらうわよ、チケット……取れればいいんだけど」
エリザベスは、自分で電話を取り上げて劇場へ電話をかけ始める。
むろん、人気の舞台なだけにチケットはほぼ売り切れだったのだが、最終的にはチケットを手に入れることに成功した。
◆ ◆ ◆
軽く夕食を終え、玄関ホールに降り立ったエリザベスは、ラベンダー色のドレスを選んでいた。結い直した髪には、アメジストの髪飾りを差す。白い手袋とハンドバッグを持って玄関へと下りていくと、待っていたパーカーもきっちりと身なりを整えていた。
「あら、似合うじゃない」
「着慣れていないもので、いささかくすぐったいような来もいたしますが」
エリザベスは誉めたけれど、パーカーは苦笑いだ。
玄関前に車が回される。
「それじゃ劇場まで一緒にいきましょ」
エリザベスが先に立ち、意気揚々と玄関を出た。今日ハンドルを握るのは、庭師見習いのロイではなく、その親方であるトムだ。腰はまだ本調子ではないはずなのだが、劇場で他の車にぶつけたら大事だと思ったのだろう。
「今夜も綺麗ですね、リズお嬢さん」
「ありがと――」
トムが誉めてくれたのに対し、さらりと返して、エリザベスは車の後部座席に乗り込んだ。パーカーが続くのを待ち、トムが車の扉を閉じる。
ゆっくりと車は走り始めた。
劇場までは、それほど時間はかからなかった。
すらりとしたエリザベスがパーカーを連れて劇場前に立つと、ひそやかに感心したような声があがる。
それにはかまわず彼女は入り口へと突き進み、そこでチケットをしめして入場した。
劇場はすでに人であふれていた。開幕前に軽く飲み物や食事をとろうとする人たちでホールは賑わっている。
家で食事をすませていたエリザベスは、そこはするりと通り抜けてそのままボックス席側へと向かった。
ボックス席への通路の手前でパーカーは立ち止まる。彼の持つチケットでは、ここから先は入れなかった。
「本当にお一人で大丈夫ですか」
執事という職業柄表情を隠すのに長けているパーカーではあったけれど、さすがに不安の色を隠すことはできないようだ。
「大丈夫よ」
パーカーに微笑みかけたエリザベスは、ハンドバッグに手をやった。中から取り出したオペラグラスを、彼の手に押しつける。
「お嬢様――しかし――」
ここまできてパーカーはまだエリザベスを諦めさせようとした。
エリザベスを翻意させるにはどうしたらいいのだろう。裏の社会につながると予想している人間に会おうというのに、エリザベス一人を行かせるわけには――
「困った執事ね」
エリザベスは、微笑んだ。艶やかに、鮮やかに。通路の端に立って話している二人の側を通り過ぎた人の視線が、思わず彼女に突き刺さるほどに。
「劇場内で使うことなんてないと思うけど、一応、自分の身くらいは自分で守れるわ。私の腕は、よく知っているでしょ?」
パーカーは言葉を失って、エリザベスのハンドバッグの中を凝視していた。そこに入っているものが信じられないというような目をして。
「それじゃ、後はよろしくね」
ぱちりと片目を閉じて、エリザベスは固まってしまったパーカーにはかまわずにボックス席の通路へと入っていく。
人であふれていたホールとは違って、そこは静かだった。エリザベスは化粧室の場所を確認した。化粧室内の個室に静かに滑り込むと、ハンドバッグをもう一度開いた。
小型の拳銃を取り出して、ドレスの裾を捲りあげる。ベルトでつったストッキングの内側にそれを押し込んだ。
個室から出ると鏡に向かい化粧を直す。いや、直すふりだ。
それから崩れてもいない髪に手をやってから、チケットに書かれているボックスの番号をもう一度確認した。
そのボックスは、いくつか並んでいる席の中でも一番いい場所にあった。舞台の正面、観劇を誰にも邪魔されない位置。
「エリザベス・マクマリー嬢?」
エリザベスが近づいていくと、ボックスの前に立ってる使用人らしい男が声をかけてきた。
だまってうなずくと、彼は
「失礼します」
と、エリザベスのハンドバッグを取り上げた。
ざっと中を確認してバッグを戻すと、彼はエリザベスのためにボックスの扉を開いてくれた。




