レディ・メアリとのお茶会
エリザベスが全ての手配をすませてから、三日後。レディ・メアリの住んでいる屋敷を訪れた。自分の荷物を詰め込んだマギーも大喜びで、エリザベスのお供をしている。
レディ・メアリは訪問してきた姪を満面の笑みで招き入れた。
「待っていたのよ。さあ、トランクの中身を見せてちょうだい」
エリザベスは、自分の身の回りについてさほど気にしないことも多いが、自分の容姿についてまで無頓着というわけではない。
自分でファッション雑誌をチェックして流行を追うのは、時間の無駄だと思っている。けれど、綺麗な服や宝石を身に着けるのは嫌いじゃないという厄介な性格の持ち主でもあった。
そんなわけで、最新の流行については仕立屋やら宝石商やらに全力でお任せしているのである。
大陸で成功をおさめたマクマリー家が資産家であることは、商人達もよく知っているから、「注文したいから」と言えば、店で一番の品を抱えて飛んできてくれる。
ファッション誌をチェックする役は、マギーが積極的に引き受けてくれていて、エリザベスのために毎回的確なアドバイスをしてくれるのだ。
レディ・メアリに呼ばれた仕立屋と話をするとなると、自分の屋敷に呼んだ時と比較して、二倍以上の時間がかかることもしばしばある。
そんなわけでレディ・メアリにファッションチェックをされても困らないように、 晩餐会用のドレスも、最新流行と仕立屋が言ったものを金銭を惜しまず用意していた。
足りない、などということになったらレディ・メアリが嬉々として仕立屋を呼ぶのは目に見えているからだ。
レディ・メアリの招待から三日で品をそろえたのは、仕立屋とパーカーの意地だったりする。
待ち構えていたレディ・メアリが真っ先にやったのは、荷ほどきされた衣類のチェックだった。
「とりあえず合格ね。この晩餐会用のドレスは新しく仕立てたのかしら?」
「……ええ、新しいドレスは必要でしょう?」
やれやれ、とエリザベスは叔母に気づかれないようにため息をついた。叔母の家に滞在するのはいいのだが、毎回これを乗り越えなければならないのだ。
「……さあ、居間でお茶にしましょう。マギー、あなたは下がっていいわ」
マギーを下がらせたレディ・メアリは、エリザベスをお茶の席へと誘ってくれた。この屋敷の主であるヴァルミア伯爵は留守にしていて、お茶の席にいるのは二人だけだ。
「叔母様」
レディ・メアリはマナーを確認するように、背筋を伸ばして座ったエリザベスの身体に素早く視線を走らせる。
それには気づいていないふりをして、エリザベスは甘えた声を出した。叔母であるレディ・メアリには甘えておくのが一番いい手だというのは、十分以上に承知している。
「リチャード・アディンセルってどんな方?」
とりあえず、婚約者候補の話をふってみることにした。名前や家柄やらは知っているが、彼自身がどんな人物なのかといったことについては何も知らないのだ。
紹介者である叔母に聞くという手抜きな方法を使ったのは、記事の切り抜きを眺めたり、留守にしている間の仕事について手配したりしていて、忙しかったということもあるのだが、
「そうねぇ。いい若者よ。そうでなかったら、あなたに紹介しようなんて思わないもの。そうそう。それにあなたとも気が合いそう――」
レディ・メアリは考え込む。
「私と気が合いそう?」
その点は割と重要かもしれない。どうせ同じ家で暮らすのだったら、気が合わないよりは合った方がいいに決まっている。
そこに愛情とやらがなくても、友情みたいなものがあればそれでいい。
姪がそんな風に考えているなどとは知る由もないレディ・メアリは、今まで結婚話に興味を示さなかったエリザベスがいつもよりは乗り気な様子を見せているのに機嫌がいいようだった。
「ラティーマ大陸に興味があって、大学で研究しているそうよ」
エリザベスは十八年の人生の大半をラティーマ大陸で過ごしている。彼の方は、そこで生活した経験に興味があって、エリザベスとの見合いを承諾したのかもしれない。
「まあ。大陸のどんなところにかしら?」
「さあて、歴史だったか、文化だったか……」
目をぱちぱちとさせたエリザベスが食いついたと思ったのか、レディ・メアリは、上品な手つきでティーカップを口に運ぶ。
「そうそう、絵に描いたような紳士だし。あなたと比較したら……それほど財産家でないのは残念だけれど……少なくともお金目当てで結婚を承諾するような卑しい品性の持ち主ではないわ」
レディ・メアリの話は想定の範囲内だったけれど、絵に描いたような紳士というあたりが少しひっかかる。
たいがいそういう男性は、面白みに欠けるというのがエリザベスの持論だった。
それならそれで扱いやすい相手ならいいのだけれど、などと相手に失礼なことを考えていることなど微塵も感じさせず、叔母とのティータイムを楽しんでいるふりをしている。
実際お菓子はおいしいし、茶葉はマクマリー商会の仕入れている中で最高級の品だからこちらの味も保証できる。話題さえ違うものなら楽しめるのに。
「リチャードのことを聞くだなんて、やっぱり写真を見直したら興味が出てきた?」
「……そうかも、しれませんわね」
レディ・メアリの言葉にはあいまいにうなずいておいて、エリザベスは彼女の言葉をやり過ごそうとした。
「楽しみだわ。一週間後にお茶にいらっしゃるから、その時ゆっくりお話するといいわ」
レディ・メアリは獲物に狙いを定めたような目つきでエリザベスを見やる。
今回の滞在は一週間程度ということが、エリザベスの意志を無視してパーカーとレディ・メアリの間で決められていた。
その間、エリザベスは屋敷にとどまっているパーカーへと毎朝使いを出し、エリザベスの指示で仕事を進められるように手配しておいた。
パーカーからの報告は、夕方に来る使いが持ってきてくれる。急場しのぎではあるが、それで一応通常の業務はなんとかこなすことができるはずだ。




