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比較、検討、そして

 翌朝、エリザベスは早朝に起き出した。マギーが紅茶を持ってきてくれるまでにはまだ時間がある。

 昨日の事件があったから、興奮状態で眠れないのではないか思っていたけれど、そんなことはなかった。ベッドに倒れこんだと思ったら、そのまますぐに眠りの世界に旅立って、今朝の目覚めも快適だ。

 寝巻きのまま窓の側に腰かけて昨日作ったファイルの記事を一つ一つ読んでいく。


『デイリー・ゴシップ』の方は、ゴシップ紙だけあって、情報源が疑わしい情報までおもしろおかしく記事に仕立てあげられていた。

「……聖骨、とわかっているのはここ三ヶ月で五件……まあ、『デイリー・ゴシップ』の情報を信じるなら、だけど」

 疑わしい事件まで書き込まれているとエリザベスも知っているから、エリザベスも記事の内容を鵜呑みにはしない。


 それから、エリザベスはもう一冊のノートを取り上げる。『エブリー・ニュース』の方は、『デイリー・ゴシップ』とは違って、信憑性の高いとされる情報ばかりが掲載されている……はずだ。

 両方の新聞に掲載されていた記事と、『デイリー・ゴシップ』にのみ掲載されている記事を拾い上げていくが、『エブリー・ニュース』にだけ掲載されている記事は、見当たらなかった。


 両方の新聞の切り抜きを左右に並べ、見比べながらエリザベスは首をひねる。

 うち一件は、聖骨の奇跡に期待した富裕層のものだった。この件に関してはいい。持ち主は聖骨を入手できたと周囲に触れ回っていたのだから。

 もう一件は教会。こちらについてもいいだろう。聖骨を奉っていると信者ならば誰でも知っている。聖骨を奉っている教会には礼拝に来る信者の数が増加するということもあり、聖骨を入手した教会もまた積極的に公言するのだ。

 さらに一件。こちらは古物商の店から盗難にあったもの。店先には並べていなかったが、見込みのある客人には見せていたらしいから、噂が流れていてもおかしくはない。

 

 ここまでの記事は、両紙に掲載されていた。ということは、かなり信憑性が高いと言えるだろう。

「でも、後の二件は……」

『エブリー・ニュース』の切り抜きを貼り付けたノートをぱたりと閉じる。ここから先は、『デイリー・ゴシップ』にだけ掲載されていた記事だ。

 重病に冒された家族のために聖骨を入手した一家。聖骨の奇跡を信じてのことだったが、家族以外の人にまで奇跡を分け与えたくないと内密にしていたにも関わらず、盗難にあった。


 もう一件は、学者。研究のために入手した聖骨を所持していたが、入手の手段が非合法だったために内密にしていたらしい。

 学者の家からは、聖骨しか持ち出されていないから、他の品を盗みに入ったついでに一緒に盗まれたとは考えにくい。


 病気の家族のために聖骨を入手した一家にしても、病人の枕元に聖骨を飾っていたにも関わらず、枕元からその品だけ持ち去られている。

 どうやって聖骨があるという情報を入手したのだろう? 置かれている場所の見当も事前につけておかなかったら、こんなに手際よく盗むなんてできない気がする。


「リズお嬢さん……あれ、今日はもう起きてるんですか」

 朝の紅茶を持ってきたマギーは、エリザベスが窓辺に座っているのを見て驚いたようだった。

「気が立ってるのね。昨日よく眠れなくて」

 わざわざ早く起きたけれど、マギーにはそう言って誤魔化しておいた。そうでなければ、エリザベスの起床より紅茶を運ぶのが遅くなったのを気にしてしまうだろうから。

「飲み終わったら、朝食に行くわ。紺色のワンピースを出しておいてくれる?」

「かしこまりました!」

 事件のことも気になるけれど、今日の仕事を進めなければ。エリザベスは、ノートを閉じると、紅茶のカップに手を伸ばした。


 ◆ ◆ ◆


 レディ・メアリから届けられた手紙を読んだエリザベスは、仕事場の机の上にぐったりと倒れこんだ。

 レディ・メアリも何かと忙しい。エリザベスを家に来るようにと招いたものの、ばたばたとしていて今日明日というわけにもいかないらしい。

 エリザベスが「今すぐ行きたい」と言えば、全ての予定を取りやめてくれるだろうが、そこまでするつもりはエリザベスにはなかった。


「三日後、となるとあまり時間がないわね」

 レディ・メアリが泊まりに来るようエリザベスを誘うのはそれほど珍しい話でもない。こちらに戻ってきたばかりの頃は一緒に暮らそうと誘われたこともあった。

 彼女には子どもがいないからエリザベスを娘のように思ってくれているのだろう。叔母の好意はありがたいのだけれど――この家にいる方が気楽でいい。


 エリザベスは、タイプライターを叩いているマギーを手招きした。

「マギー。あなたにも一緒に行ってもらうから、適当に支度しておいてちょうだい。荷物が入りきらなかったら、私のトランクに入れてくれてもかまわないわよ」

「わあ! レディ・メアリのお宅に連れていってもらえるんですか? 嬉しい!」

 あちらの屋敷には、マギーと同年代のメイドがたくさんいる。暇な時間には彼女達とおしゃべりすることができるだろう。


「昼食をすませたら、荷物をつめちゃいましょ。明日先方に送ってもらえば楽だものね」

 レディ・メアリからの手紙を押しやってエリザベスは帳簿に目を落とした。出かける前に片付けておかなければならないことがある。

 このところ収益が下がっているのが気になるのだ。マクマリー商会の扱う品は、エルネシア王国では高級品として流通しているし、人気がなくなったというわけでもない。


「……仕入れ値があがっている……? うぅん」

 エリザベスは考え込んだ。仕入れ値があがる要素はない。

 ラティーマ大陸は暗黒大陸とは言われているが、内乱が続いていた以前とは違い、現在は安定している。

 天候も安定していて、大陸との貿易船も順調に航行していて、沈没など商売を始めてから一度も起きてはいない。


「もうちょっと調べないとだめね……出かける前に全部片付けるのはちょっと厳しいかも」

 エリザベスは、帳簿を机の上に置いた。こうなったら、叔母の屋敷に滞在している間にも仕事を進められるような体制を整えておくことにしよう。

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