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プロローグ

 その日、屋敷を出てきた少女は馬車に乗る前に名残惜しげに何度も何度も振り返った。赤い煉瓦造りの建物を離れたことなど一度もなかったのに。

 輝くばかりの見事な金髪には、彼女の目の色と同じエメラルド色のリボンが結ばれている。けれど、身につけているのは喪服と見まごうばかりの黒一色のワンピースだった。

 レースに縁取られた、真っ黒なスカートを握りしめ、彼女はもう一度屋敷を見つめる。沈みかける夕日の光が、窓に反射していてまぶしい。


 この屋敷の最上階からは海がよく見える。幼い頃、彼女は窓辺に座って絵本と海を交互に眺めて何時間も過ごしていた――家の外に出るのは、あまり好きではなかったのだ。

「……お嬢様」

 彼女の背中をそっと押したのは、十五、六と見える少年だった。ちょうど少年から青年へと移り変わろうかという時期なのだが、落ち着き払った物腰は、彼の年齢を実際よりも年長に見せていた。

「……いつか、帰ってこられると思う?」

 首を傾げた彼女の視線を、受けとめることができないというように少年は目をそらす。それが彼の答えだった。


「……言いたいことがあるなら、はっきり言えば」

「……ございません」

 申し訳なさそうに、少年は目を伏せた。十歳には満たないだろうという外見にはそぐわないため息を少女は吐き出した。

「ラティーマ大陸、暗黒の大陸」

 不意に彼女の口から歌うように出てきた言葉に、少年はますますいたわしそうな表情になる。


「ねえ、ヴァレンタイン」

 最後にもう一度屋敷を見つめた彼女は、今までの重苦しい雰囲気を忘れ去ったかのように口角を上げた。

「私、いつか帰ってくる。絶対、この屋敷に帰ってくるから――」

 エリザベス・マクマリー、十歳の春のこと。

 彼女は自分の言葉を必ず実行する少女だった。

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