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ことしの夏はいつもより暑かったせいか、稲子は仕事の疲れの上に康彦とのことがあって、体の具合がぐずついていた。
きのうの土曜に続いて日曜の朝も、昼前までベッドの上で過ごした。食欲はなかったけれど、冷蔵庫の残り物の野菜とハムや卵でサラダを作り、朝昼兼ねた食事をした。テレビを付けて、変わりばえしない政治評論の番組に見るともなく目を遣りながら、新聞を広げて目ぼしい記事を拾った。
涼しくなれば体調もよくなるだろうと思えば少し活気が出て、ウィークデイには滞っている家事を済ませねばと、まずは洗面所の蛇口を磨き始めた。流しっぱなしにしている水道の音に混じって、リビングで電話のベルが鳴っている。
――誰かしら?稲子は長い髪を輪ゴムで束ねながら、リビングへと急いだ。
「稲子、げんき?」
電話口から懐かしい声が聞こえてきた。
「あら。麻ちゃん。ご無沙汰してます」
「とつぜん電話して驚いたでしょ」
「とんでもないわ。あなたからの連絡ずっと待ってたのよ」
「ことしも去年と同じ11月3日よ。いらしてくださる?」
「もちろんよ。とーってもたのしみにしてるんだもの」
「今年はね、いつもの会場じゃなくて、林の中の教会でやることにしたの。いい雰囲気になると思うわよ。ぜひぜひお待ちしてますってとこよ。ふふ……。それとね、人数に制限があるから、いいひと連れて来るんだったら早めに予約してね。いるんでしょ?そんな人」
「ええ、まあ。でも予定聞いてみなきゃ」
稲子は高校の同級生だった麻子のピアノリサイタルが毎年秋に催されるのを、とても愉しみにしていた。
小中と一緒にピアノを習っていたふたりだったが、稲子は音楽への道には進まなかった。自分の仕事に自負はしているものの、麻子がピアノ科に入学し、卒業後2年間、留学した時には羨ましい気がしていた。それに麻子は留学中に知り合った現在の夫と結婚し、彼との間には二人の子供がいた。




