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康彦が稲子とのデートのさなかに、なにげない言葉でプロポーズしたのは、知り合ってから二年ぐらい経ってからのことだ。
稲子は第二の人生を誰か愛する人と共に暮らせたら、との願いは持っていたものの、自分よりかなり年下の彼のことを自分の結婚の対象に考えたことはなかったし、彼が自分に対してそのような気持を持っていたことすら意外だった。
実直でおだやか、なおかつ明るくて前向きの頑張り屋さん。そんな康彦のことを、稲子は信頼し尊敬もしていた。
――美恵の言葉を借りれば、康彦は『影のない男』。
稲子自身もこれまでたまに会って話しをした時、不愉快に思ったことは一度もなく、自分が落ち込んでいる時、康彦の声を聴くとほっとするのはたしかだった。そんな康彦に対する稲子の敬愛の念は増していくばかりではあった。だからなおさら康彦に対して、年上の自分が女を意識するのはいけないことのような気がしていた。
稲子は康彦がとても恵まれた家庭に生まれ、おだやかな両親の元で養育されたのだろうと、勝手に想像していた。
「康彦さんて、ほんとにおだやかよね。何があっても動揺しないものね。きっといいご両親に育てられたのでしょうね」
「うん。父と母が喧嘩したの、見たことがないよ。母はおだやかな人だった……」
康彦が敬愛している母親が突然の病で倒れたと、稲子に連絡があったとき、稲子は彼がどんなに辛いだろうと胸が傷んだ。今はもうこの世に居ない母親の話に触れそうになると、康彦は急に肩を落として寡黙になる。そんな彼の姿を見ると、いつもは康彦に元気をもらっている稲子は、彼を愛しいと思うのだった。




