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宿の主人のうまいはからいで、康彦はかなり釣れたらしい。その満面の笑顔を見て、稲子はすぐに察しがついた。
「たくさん釣れたようね。どれどれ」
稲子はクールボックスを開けて覗きこんだ。
荒く潰した真っ白の氷の中から、赤い魚や青い魚が目玉をぎょろりと覗かせた。
「うゎっ!怖いわ。この赤いのなんていう魚かしら」
「鯛だよ。この地方は鯛が釣れることで有名なんだよ。猫でも無視するぐらい沢山釣れるんだって」
「へぇ。こんやお刺身で食べれるのね。楽しみ!」
これは『鯵』だとか、『イトヨリ』だとか、康彦は主人から教えてもらった通りに、得意そうに一匹ずつ指さして説明をした。
夕食は想像していたとおり、鯛づくしの料理が運ばれて、卓上に並んだ。
「おいしいね!満足満足……」
釣りの疲れと酒が入ったせいか、康彦は食事が終わるのもそこそこに、風呂にも入らず布団にもぐりこんだ。
やれやれ、そういいながら、稲子はいつものように、康彦が寝入ってしまうまで康彦の傍に添い寝したあと再び起き上がり、窓を開けて闇の向こうに広がる怪物のような海を見た。昼間は日の光を浴びてあれほど輝いていた海面が、闇の中ではこんなに不気味に見えるものかと意外な気がした。
ひと風呂浴びてから寝ようと、稲子は長い髪をくるくる巻き上げてピンで留め、宿の浴衣に着替えた。渡り廊下を渡った先に小さな湯殿がある。硫黄の匂いがぷーんと鼻をついて漂ってきた。




