*11
翌年の秋が終りかけた11月、康彦と稲子は四国の足摺岬の崖の上に立って、群青に染まる海を眺めていた。
「いつ見ても感動だね」
康彦はちょっと自慢げに稲子の顔を覗き込む。
稲子は眼下の海の眺めの素晴らしさより、康彦の言葉に動揺する気持を抑えるのに必死だった。
……いつ見ても、たしかに康彦はそう言った。
稲子の心中に不穏な何かがぐるぐる回り始めた。
第一回目の結婚記念日にどこか旅がしたい、とねだったのは稲子のほうからだ。その為に康彦は忙しい仕事の都合をつけてくれた。結婚後、自分の蓄えから無理して買ったベンツも、稲子を喜ばそうとの思いがあったのは、稲子自身よくわかっていた。それにここまでドライブするのは、長い距離を運転する体力から言ってもかなり無理をしている康彦だ。
――なぜこの海を眺めて一緒に喜べないの?
稲子は自問自答していた。
「ねぇ、見てよ。小菊がこんなにいっぱい!」
稲子は康彦の視線を、山道の崖や岩に群れて咲いている白い小菊のほうへ向けようとした。
「すごいんだね、ここって、もしかして菊の名所?」
「そうなの。11月に咲く野路菊はここしかなくて、カメラマンの狙う穴場。調べたのよ」
「そっか。稲ちゃんはやっぱり抜け目がないんだなあ」
康彦は稲子の気持には頓着なく、あっけらかんとしている。
「ねっ、教えて。誰と来たの?ここ」
「どうしてそんなこと言うの?」
「だって、いつ見ても、って、さっき呟いたでしょ」
「あ、それはね。海はいつ見てもきれいだなっていう意味だよ。何考えてるんだ、きみは!」
康彦はそう言いながら、稲子の頭をくるくるっと撫で、彼女の小さな背越しに両手を回して包みこんだ。
海からの風が稲子の長い髪を揺らして康彦の顔をくすぐった。
--*--
ふたりはその晩、岬の民宿に宿をとった。
康彦がネットで検索して予約していた宿で、海の幸がたらふく食べられるという理由だったらしい。翌朝宿の女将さんが「うちの舟で岩場までご案内しますよ」と毀れんばかりの笑顔で声を掛けてきた。
「えっ、僕らも釣りができるんですか!」
康彦は思いがけない誘いに目を輝かせている。
「稲ちゃん、行ってみようよ。一生に一度の思い出だよ」
「わたし怖いわ。岩に上がって釣り糸を垂れるって、さっき女将さんが言ってたでしょ。海へ落ちたらどうするのよ!」
「そんなこと怖がってたら、釣りはできないよ。全国の釣り愛好家たちはここの町に来ることが最大の夢なんだよ。そんな有名な釣り場なんだよ、ここ」
康彦はまるでここの常連客のような口ぶりだ。
「じゃあ、わたし、宿で待ってるから、あなた一人で行ってよ。豊漁お待ちしてます……」
そう言って、稲子は悪戯っぽい目を康彦に投げかけた。
宿の主人が渡船の出航を知らせにやってきた。




