九話 犠牲
昼休みも終わり、午後の授業が開始するとき本日転校してきた桜井春香の姿はなかった。帰ったのか、まだ学校にいるのか・・・先ほどの出来事が相当ショックだったのだろう。
「誰か桜井を知らないか?」
そして、先生がみんなに聞いてくる。先生も知らないということは帰ってないのかとりあえず、授業が終わったら保健室あたりからしらみつぶし探すことにした。そんなことを考えると、ふと笠井の言葉を思い出した。
「(あんなひどいこと言うあいつは初めてだな。)」
普段は温厚で人を怒ったことなど一度もなさそうな彼女があそこまで感情的になるとは思わなかった。そうこう考えているうちに授業は終わった。その後の授業でも桜井は教室に戻ってくることもなく放課後になった。
「早見、部活いこうぜ」
「悪い、ちょっとお呼ばれされていてな。先行ってくれ」
「先公か?」
「それは言えん、笠井と行ってくれ」
「りょーかい。笠井、部活行こうぜ」
そう言うと、前島と大西は笠井を連れて部室に向かい、それを見届けた。
「さて、行くか」
早見は決心したかのように桜井と約束した屋上に向かった。
少々、気温が低いので肌寒い。そんな中、一人ベンチに座っていた俯き状態の桜井春香を見つけると彼女に駆け寄る。
「よ、授業サボり魔」
そう言うと、座っている彼女がこちらを見る。まぁ、何をしていたかはお察し。泣いていたのだろう。誤魔化しているつもりだろうが目元が赤い。
「良いんですね、あなたがこの事を知っても、笠井玲奈といままで通りにやっていけると」
「ああ・・・の前に俺も質問」
「うん」
「本当は笠井のために転校してきたんじゃないのか?」
「・・・・・・」
やはり図星なのか少し拳に力が入っているのが見える。筆談でも、彼女は最初思いきり笠井を下の名前を書いていたので、そうは思っていたが、屋上の件で確信に変わった。
「だんまりじゃわからないぞ・・・ってさっきお前が言ってたよな」
「・・・どこから聞いてたの?」
「お前がこの台詞を言ったあたりから」
「なら、大体は知ってるのかな?」
「父親が犯罪者ってとこも・・・というか昼休みの会話で初めて知った」
「そうですか・・・」
「とりあえず質問に答えてくれ。どうなんだ?」
「はい。玲奈のために転校しました」
「なんで嘘なんかついたんだ?」
「玲奈にそう思われたくないから・・・かな」
「どう言うことだ?」
「昔のことです・・・」
笠井玲奈と桜井春香は幼いころから同じクラスではあったがそれほど話す中ではなかった。だが、桜井は中学の時、とあることが原因で一辺の女子たちからいじめの対象者となってしまった。その時にいじめを救ってくれたのは笠井玲奈だった。
「だけどね、中学三年のとき・・・玲奈のお母さんは病気で亡くなられたの」
「それは前に聞いた・・・笠井が言ってた」
以前家で雨宿りをさせてもらったときにそのことは聞いていた。
「でも、玲奈は強かった。それでも笑顔で私と一緒になって遊んだりもしていた。泣きごとも言わなすごく尊敬してる子・・・でもね、問題が起きたのよ」
「問題・・・って」
「予想ついていると思うでしょうけど、元父親の犯罪行為。犯人は永岡堅太・・・あなたも知っているかしら?連続誘拐事件の茨木洋平」
「ああ」
確か茨木はつい最近テレビで見かけた。監視カメラに映っただとか・・・妹と一緒に見たのを覚えている。
「そいつの協力者だったの」
「なっ!?」
「そして、誘拐がバレて玲奈のお父さんは逮捕されたの・・・そして、茨木洋平は隙をついて逃走。その日以来、中学の同級生のせいで玲奈に笑顔が消えたのまるっきり別人のようだった・・・」
確かに自分の母が病気で亡くなり。父は犯罪の手伝いを刑務所行・・・彼女の人生というのは苦行だった。
「それに・・・私がバカだった」
「何がだ?」
いきなり桜井は自分をバカよばわりしたと思ったら、また語りだした。先ほどとは少し弱い声で。
「犯罪者の娘。そのレッテルが張られて毎日のようにいじめを受けていた。ある時には暴力ある時には陰口ある時には物を盗られて。でも、こんなことをされても何一つ表情を変えなかったの・・・だから今度は私が玲奈を助けようって思った・・・最初はちゃんとしてた・・・ずっと友達になって昔の私みたいに一人にはさせないって思っていた・・・でも・・・」
すると今度はすすり泣き仕出す。
「私は、玲奈が助けてくれたにもかかわらず・・・私は逃げた・・・私も玲奈みたいに助けたかった・・・でも、また自分があのみじめな生活を送るのが嫌になる・・・逃げた・・・見捨てた・・・恩を仇で返した!」
心から吐き出しているような懺悔。許しを請おうとする必死さが伝わってきた。
「これが、すべてです」
「大体はわかった・・・」
だが、正直ここまでである疑問があった。
「思ったんだが・・・お前、事件の事やけに詳しいな」
「・・・・・・鋭いですね」
「そんな気がしただけだ、ただ、そこまで詳しいかをなんでか聞いていいか?」
指名手配をされているので本名や笠井の父親がそうなのかはわかるが、なぜ笠井の父親について彼女が知っているのだろうか?まだ、笠井が小さい頃に離婚をしたと言っていたので面識があるのかもおかしい。なぜここまで詳しいのか・・・同じ中学校での恩人はいえ正直、詳しすぎる。
「これは・・・玲奈しか知らないことです・・・」
桜井は俯き、言いよどんでいる。それほどすごい情報なのだろうが無理言って言わせるべきではない。
「自分で決めろ」
「えっ?」
「言いたいか言いたくないかは決めてくれ・・・話したくないことは誰だってある」
人間誰だって秘密はある。それも今の話を聞いているとかなりまずいものなのか、危険なものなのか・・・
「言う前に・・・甘えてもいいですか?」
「はっ?」
だきっ
早見の胸に飛び込む形でポスッと収まると小さい声でゆっくりでとぎれとぎれだが話し始める。
「私ね、玲奈に言われたことが・・・すごくショックだったの・・・私はずっと友達だと思ってたのに私が裏切ったからなのか・・・自己満足って言われて・・・そんなことないのに・・・必死に頑張ってたんだよ・・・それで、偽善者って言われて・・・」
「(溜め込んでたんだろう・・・)」
あまり彼女を知らないがそんなに感情をあらわにするタイプではない気がした。どっちかというとため込むタイプ。中学の友人のために転向までしてくるぐらい笠井玲奈のことは好きなのだろう。桜井は心に溜め込んでいた涙を全て流した。
「落ち着いたか?」
「はい・・・」
「よかった」
目元は少し赤いが呼吸は安定してきているので、大丈夫だろう。
「こんなに泣いたのは久しぶりです・・・そして・・・忘れてください」
そっぽを向き少し照れているようだが、まぁ、レアっぽいので忘れはしないだろう。だが、鼻水と涙で制服をグショグショになっているのを見られる。
「・・・ごめんなさい」
「いや、いいけど・・・」
「おやおや、出会って初日からラブラブ?」
本題に入ろうかと思ったところで茶々を入れるように男子生徒が入ってきた。だが、その正体はあまりよくない・・・というかイラッとくる人物だった。
「成宮・・・」
「聞いちゃったもんね〜・・・あーあ、君たちは馬鹿だね」
ヤレヤレ、といった表情で桜井に向かって指摘する。
「せっかく口止め料とかを払っているのに・・・特に彼氏さんには知られたくなかったんじゃないのかな~??」
「そうなの!?」
「やっぱりか」
今日の朝封筒を渡しているのはやはり何か脅迫されていることだった。
「ぼーくは理事長の息子だから、事件の事知っているよー。そりゃ、学校で何か問題があったら困るもんね!困るもの!!」
「今すぐに玲奈のお金を返しなさい!!」
「嫌だねって言っても君が何かしてみろ・・・ぼーくがパパに言えば退学だって可能なんだよ。転校初日に退学って・・・前代未聞ですね〜」
桜井の激昂にはまるで相手もせず、この先の人生を崩すようなことを言う。この高校は成宮の思い通りにならなければ気が済まないのかと考えるとまともじゃない。
だが、早見はすでに口では無く、成宮の襟を掴み、壁に追い詰め叩きつけた。
「ひっぃ・・・」
「おい、声が弱弱しいぞ・・・さっきの威勢はどうした?」
「た、たた、退学にするぞ!」
「お前なぁ!!」
だが、この現場を制止する声が入る。
「成宮君!!・・・とっておきの情報を教えるから、早見君や玲奈には手を出さないことを約束してくれる?」
「・・・面白いの?」
「えぇ、とても・・・」
意を決したかの様に語る。冷静を保っているようにも見えるが、余裕がないのが伺える。
「私がこれに関して詳しい理由はただ一つ・・・私の旧姓は茨木・・・」
「おい、まさか・・・」
早見も成宮も察した。事件に詳しいことも、合致がつく。だが、それを言ってしまうことに今後自分がどうなっていくか考えなかったのだろうか・・・
「ハハッ・・・確かに面白いですねぇ!協力者ではなく主犯の娘とは!」
「茨木洋介の娘。私は・・・犯罪者の娘です!」
「桜井・・・」
「・・・玲奈の為だから」
「面白い情報をありがとうございます〜(笑)じゃあ、今日から君が僕の財布になってねー・・・貴様もコレに感謝するんだな」
掴んでた手を振りほどき、憎たらしく台詞を吐き捨てながら屋上を出ていった。その憎たらしい顔面をどうにかしたとも思ったが、今は桜井が優先だ。
「桜井・・・」
「部活あるんでしょ・・・ごめんね」
苦し紛れに作った笑顔が痛々しい。そして、早足で屋上を出ていった。
「(あいつ・・・笠井のためだったら何でもするのか・・・)」
ただただ、彼女の背中を見守るしかなかった。