六話 笠井玲奈の家
現在、カラオケボックスを出て自宅に戻る電車・・・ではなく反対方向の電車に笠井と二人きりで乗っている。
電車に乗る数分前、とりあえず、駅前に集まって軽く話しているときにふと思い付いたようで高山がいたずらをするような顔をしだした。
「今は六時だな・・・まさかこんな時間に女の子を一人で帰らすわけにはいかないよなー」
わざとらしい棒読みで、目線は早見と笠井を交互に見ている状態だ。それを見た大西と前島はその困惑中のは早見の両肩をつかむ。
「送って差し上げなさーい!」
「ま、ご両親に挨拶しとけ、面識あった方が後々楽だし」
「そんなことになるかよ」
「つまんねぇなぁ早見くん」
高山は指をパキパキ鳴らしながら近づいてきた・・・その瞬間身の危険を感じたので早見のほうに顔を向ける。
「笠井送るぞ。いや送らせてくれお願いします」
「えっ・・・でも電車賃とか余分にかかっちゃいますしそんなことより迷惑じゃ・・・」
彼女ははそういって、なんて心優しい子なのかと思う。だが、それどころでもない。
「いや、行かないとパワハラされる」
昨日みたいにリンチされないようにさっさと承諾しその場から逃げるべくさっさと電車に乗った。
「(家に帰ったらベースの練習しようとしてたのに・・・)」
予定が少し遅れてほんの少しだけ不愛想になっている早見のせいか会話がない。電車内のこの車両珍しく乗客は二人しかいなかった。
「あの・・・今日はありがとうございました」
「ん?ああ、笠井って意外とああやって盛り上がるの好きだったんだな」
「そう・・・ですね・・・実は好きみたいです」
「楽しかったか?」
「はい!」
そうすごくうれしそうに返事をする。確かに本人も楽しんでいたし、周りも楽しそうだった。実際俺も楽しんでいた。さらに笠井の歌唱力は想像を絶するもので歌い方、ボイストレーニングを重ねて良いボーカルに成長し、軽音楽部の欠点であったボーカル不在の穴が埋められる。
「あ、ここです」
いつの間にか笠井の最寄り駅についたようで降りる。
「あ、ついてきてくれるんですか?」
「乗り掛かった舟だし、家まで送るよ。もう薄暗くなってきたし」
そういって駅を出て、二人で並んで彼女の家に向かった。その帰路、目線に違和感を感じていた・・・笠井を見ている?
「ここが私の家です」
駅から歩いて数分の住宅街にそびえたつ二階建て一軒家だ。少々不気味な気配がなぜか感じ取れる。とりあえず家に遅れたことだし帰ろうとしたその時肩に水滴がかかった。
「雨かよ・・・」
先ほどはそのような気配を感じなかったのでたぶん通り雨。次第にどんどん強くなっていた。
「うち入ってください!」
「いや、大丈夫・・・」
と思ったが正直台風というレベルで豪雨が降っているので傘なんかじゃ無理だろう。
「・・・お邪魔します」
結局上がらせていただいた。家には誰もいないせいか真っ暗である。笠井は電気をつけて二階へ上り、早見は後ろからついて行く。
「ここが私の部屋だから、行っていてください。コーヒー持ってきますねあと・・・」
部屋内にあるなんの変哲もないクローゼットを指差し。
「クローゼットは開けないでくださいね」
そう言うと玲奈はリビングに向かっていった。そして、彼女の部屋。女の子の部屋に入ったのは初めてだが、勉強机があり、木のテーブルがあり、本棚には分厚い本ばかりがあり床は畳で今時の女子高生とは遠い部屋であり女の子らしさなど微塵も見られなかった。
「ん・・・これは?」
早見は机にある本をみた。ボーカルを目指す人にオススメの参考書〜初心者編〜とタイトルがかかれており、どうやら少し古いもののようだったので古本か誰かのお下がりだろう。重要なページには付箋がついていたり、ラインマーカーで線を引き意味の分からない用語や音楽記号は赤ボールペンで意味を書いている。その中を見ながら今日のカラオケの歌声を思い出した。才能は確かにあるがその裏ではしっかりと努力をしている子だった。そして先ほど注意されていた場所に目が行く。
「やっぱり気になるな・・・クローゼット。なんか、念を押されたし・・・黒歴史があるパターンだな・・・あ、単純に下着か?実はえげつなくエロエロなのを・・・」
そう思った瞬間。なぜか自分で何をやっているのだろうという虚無感に覆われ、しかも雨をしのぐためにご厚意で入らせてもらった一応彼女の部屋・・・
「俺は変態か!!」
すると、頭を畳みに思いっきりぶつけて、冷静になるようにする。
「・・・お待たせしました」
「おう・・・さんきゅ・・・」
その笠井から見たら土下座している状態を変な目で見られてしまい、軽く引いている。
「女らしくない部屋ですけど」
「いや、まぁ・・・そうだな」
先ほども説明したが女らしくない部屋だ。自覚はあるらしい。とりあえず気まずくなったので話題を変えてみる。
「そう言えば親の方は?遅いのか?」
「母は死にました・・・父は私が五歳の時に離婚したそうです」
「えっ・・・」
気まずい空気を変えようとしたのだが、逆効果になってしまった。知らなかったとはいえ一家の不幸を呑気に聞いてしまった自分が情けなくなり申し訳ない気持ちになった。
「・・・今はおじいちゃんに仕送りを貰っています」
「そう・・・か」
「重い話になってしまいましたね・・・すみません」
「いや・・・こっちから話を持ち出したようなものだから・・・」
「いえ・・・」
少しの間無言が続き耐えられなくなって立ち上がる。
「雨も止んだな・・・帰るよ」
「お見送りします」
そういって二人は無言のまま玄関に向かった。
「じゃあな、学校でな」
「はい」
見送っていたが、悲しい顔をしていた。笠井玲奈の現状というものは高校生にして辛い状況にあるのだろう。学校では友人もおらず、親も他界。彼氏である俺は嘘告白・・・
「あなた、笠井さんの家から出てきたよね」
駅のホームで改札をくぐろうとしたとき一人の女性に声をかけられる。
「そうですけど・・・どうしたんですか?」
「あの子には近づかない方がいい・・・」
「どういうことだ?」
「言った通りよ・・・」
そういって彼女は改札口から出て行こうとする。
「おい、待てよ!」
だが、彼女は笠井の何かを知っているようである。それに近づかないほうがいいというのはどういうことなのだろうか気にもなった。
「何?」
「あいつの何を知っている?」
「いつかわかるよ。じゃあね」
そういって彼女は逃げるように速足でその場を去っていく。追いかけようとしたが改札口で止められ駅員に呼ばれてしまい。出たころには彼女の姿が見えなくなってしまった。笠井玲奈のことを知っている彼女は何者なのか。