十四話 父
早見家では桜井歓迎会を終えた後散らかった部屋を花と二人で掃除をしていた。
「んっ?これって・・・笠井のだな」
リビングのテーブルの上に笠井の携帯電話が置いてあった。まだ、家を出て行ってからそう時間は立っていなはずだ。
「走れば間に合うか・・・花。忘れ物あったからひとっ走りしてくる。」
玄関を出て軽く屈伸をしてから走り出した。時刻は夕暮れ暗く成る前には帰りたいところだ。走り出して数分後、ポケットから振動が伝わる。
「電話・・・笠井のか・・・」
ポケットから取りだし、電話先を見ると、非通知だった。恐らくだが、笠井が公衆電話から掛けてきたのだろうと思い受話器を取り耳に当てる。
「もしもし、笠井か?」
「玲奈・・・俺だ・・・」
「えっ?」
気軽に電話に出たが、予想外の声に反射的に受話器を耳から離してしまった。意外なことが起こったため、思うように声がでない。聞こえたのは40代くらいの男性の声。
「笠井の・・・友人の早見です」
「友人?・・・そっか、友人か・・・ハハッ」
電話越しに急に笑い出す
「玲奈は元気か?」
「はい」
話しやすくなったので早見も自然体に戻し電話を続ける。
「さて、質問をしよう。なぜ、玲奈の携帯を持っているんだ?」
「家で遊んでて、笠井が置き忘れたんです」
「そうか・・・手は出してないだろうな?」
さっき怒鳴ったとは思えないくらい優しい声だった。
「はい。今は俺たちと一緒に軽音楽部に入っていますよ」
「そうか・・・楽しんでいるなら問題ない・・・」
「僕も質問いいですか?」
「ああ、構わんよ」
「えっと・・・誰です?」
そう。笠井の友人関係は知らないが、こんな年上の知り合いといわれてしまえばどんなものなのか気になってしまう。やさしそうな人ではあるのだが・・・
「まぁ、玲奈の身内だ」
「永岡賢太!?」
「・・・誰から聞いた」
思わず声を出してしまった。それが聞かれてしまったが、相手は冷静を装いながら聞いてくる。
「一応本人の口から・・・成り行きで聞いてしまって・・・」
聞いたのも最近だ。だが、知ったところで関係は特には変わらなかった。
「でも!あいつはいいやつなので、関係は続けますよ」
「・・・何か言ってたか?」
「ええ・・・なんであの人の子になったんだろうって泣いてました」
こんなことを伝えるのはどうかとも思っていたが、早見は屋上での出来事を思い出す・・・あれは見ていても辛かった。彼女があんなに感情を爆発させて、叫ぶことなどもう見たくない。
「そうか・・・まぁ、しかたないな・・・」
さみしそうに、責任を含むような言い方。本当にこうなってしまったことに責任を感じてしまっているのだろう。自業自得だが、他人事ではないため共感してしまう。そして、早見が最も気になっていることを言う。
「・・・なぜ、誘拐を?」
そう。電話越しではそんなことをする人とは思えなかった。だが、実際に行っており、指名手配となっている。
「ひとまず、玲奈に携帯を返してやれ・・・聞きたいなら学校の校門前に。それから電話履歴からは消しといてくれ」
そう言い残すと電話を切られた。
「(行ってみるか・・・)」
そう決断した早見はひとまず携帯を返すため急いだ。そして、駅の手前で彼女の後姿を見つけた。
「笠井!!」
「あっ、早見くん?どうしたんですか?」
本人の様子を見ると忘れ物に気づいてないらしい。
「携帯忘れてるぞ」
そう言って早見はポケットから笠井の携帯を取り出し彼女に返す。もちろん言われた通りに通話履歴は消した。
「あっ・・・ありがとうございます」
「ああ・・・」
「どうかしました?」
先ほどの出来事を伝えようか迷っていた。だが、彼女を今会わせたところで何があるかもわからないし、会いたいとも思っているのかもわからない。今から自分が会いに行き判断しなければならない。
「いや、何も・・・じゃあな!!」
そう言うとその場を離れ帰るふりををし、笠井が乗った電車の次の電車に乗り学校の最寄り駅へ向かう。そして、学校の前、結構遅い時間になってしまったが、校門前には一人の男性がいた。
「永岡堅太さん・・・ですよね・・・」
「ああ。玲奈の友人だな?ここじゃあれだから、移動する」
永岡に連れられて入ったのは古びたバーだった。一見営業しているのかどうかも怪しい。薄暗くマスターと思われる人物以外に人はいなかった。そして、慣れたようにカウンター席に座り注文をする。
「マスター、いつもの」
「・・・いいのか?連れてきてしまって」
「はい・・・構いません」
そして、二人は知り合いのようだ。
「手順を追って話そう・・・」
コーヒーを一口飲もうとしたとき、急に本題に入った。なぜ、犯罪に手を染めてしまったのか。
「俺が誘拐した・・・具体的に言うと手伝っただが・・・」
「ええ、茨木洋平ですよね」
一瞬ハッとした表情だった。だが、取り繕いまた話し続けた。
「・・・知っているなら話が早いが・・・玲奈に聞いたのか?」
「いいえ、桜井春香です」
「あの娘か・・・元気か?」
彼女とも面識はあるらしい。考えてみればその協力者の娘であれば当然な気もした。そして、桜井の現状は正直に話すしかなかった。
「転校してきたばかりなのですが・・・犯罪者の娘ってことはクラスにバレました」
「犯罪者の娘か・・・玲奈はバレてないのか?」
「知っているのは、俺と理事長の息子成宮です。しかも、成宮は桜井がバレるまえまでは口止め料を払っていたらしいですが・・・」
それを聞いた瞬間怒りの表情が見えたが、すぐに抑え、本題に戻った。
「戻そう・・・いつも4人でいたやつら。その中に俺、洋平、そして、母親とその親友がいた。」
「高校出たら?働くしかないだろ?」
「いいのか?確か大学から推薦来てるんだろ?」
「ばーか。それじゃあ、あいつを置いて行くことになる。お前に取られてたまるかよ」
「・・・なんで同じ奴が好きになったのかね」
「知らねーよ。」
放課後の教室。まだ高校三年生だった永岡賢太と、茨木洋平。
「おいこらバカども!何やっている?」
「はいはい。相変わらず、怖いな~将来はげるぞ。女がはげって致命的だし」
この女生徒こそがいずれ、母となる桜井奈津美。桜井の母である。そして、この二人が思いを寄せている女性だ。正義感が強く。かっこいい女性。そして、常に明るい。二人はそんな彼女が好きだった。
「なぁ賢太・・・そろそろ決着つけないか?」
「・・・ああ。俺もそう思っていた。」
「・・・それで、2人同時に告白したら・・・返事を返したのは俺じゃなかった。だか、後悔はしなかった、自分の思いを伝えられたし、取られたのが親友だったからな」
「その後、2人は結婚した。子供も授かった。そして、春香と名付ける予定だったが・・・その小さな命は生まれなかったがな・・・」
「春香って・・・」
桜井の名前・・・
「子供が生まれなかったせいで妻は精神的にショックを受けすぎたんだ・・・だから・・・どこの子供かもわからない誘拐して妻には自分の娘かのように見せた」
「まさか・・・それが・・・」
「春香は・・・二人の娘ではない」
状況を確認すると、茨木洋平とその奥さんのお子さんは死産。そして、そのショックを癒そうと赤ん坊を誘拐し、それを自分の子供に見せたと言うとこか・・・その誘拐された本人こそ、桜井春香だった。
「親友の為だったんですか?誘拐をしたのは・・・」
「・・・言い訳にしか聞こえないだろうが、俺は単純に車で迎えに来いとしか言われてなかったからな。蓋を開ければ赤ん坊を誘拐してた。それを運んじまったんだ、罪にもなる」
どうやら彼は意図的に行ったわけではなく巻き込まれたという解釈が正しいようだ。
「だが、俺にはやることがある・・・春香の実の親を探してやりたいんだ・・・ただの罪滅ぼしのつもりかもしれんが・・・」
「えっ?あなたの奥さんや・・・」
「妻・・・ね」
「えっ?じゃあ、笠井は・・・あなたの娘じゃ・・・」
「ああ・・・確かに玲奈は俺の血を継いでいる・・・ただ・・・あいつの・・・洋平の妻の娘でもある」
「どういうことですか・・・」
死産。その後の誘拐の事実を知ってしまった奈津美は俺の元に訪れた。その時は自分が手伝いをしていたことは知らなかったらしい。そして聞いた話だと、それが原因で夫婦仲はうまくいかず、春香もある程度ほったらかしだった。
「逃げてきたあいつはひどいものだった。やせ細り、疲れ切った表情。そして、傷だらけの体。」
おそらくだが、茨木洋平のDVによるものなのだと思う。
「そして慰めているうちに・・・まぁ、そのまま・・・」
行為に進み、その時にできてしまったのが・・・
「・・・玲奈」
「ああ・・・それが、怖くなってしまったが、責任もとる。どうにかして洋平と離婚させるか。そもそも、あいつはどうなっているのか・・・なんとか、家に入ったと思ったら。
「あいつは誘拐を続けた・・・」
多くの子供たちが家の中で監禁されている状態だった。幸い何かされている状態でないものの、もう洋平は心が壊れてしまっていた。これ全てを自分の子供だと言い出す始末だ。
「だが、それだけでは終わらなかった・・・あいつが、妻が・・・自殺した」
徐々に声に嗚咽が入る・・・
「犯罪の助力していたことを知って・・・妻は首を・・・」
「いや、待ってください・・・」
「なんだ?」
「笠井が言うには・・・離婚をしたらしいんですが?しかも、母親が死んだのは三年前だって・・・」
「三年前死んだ?・・・あいつが死んだのは玲奈が赤ん坊の時だ」
「(どういうことだ・・・)」




