二月といえば 【メグの誕生日編】前編
日本ではもうすぐ二月二十五日、メグの誕生日だ。
自分の誕生日ならどうでもいい。だが、大切な人の誕生日となると別だ。
さて、どうやって祝えばいいのだろう。
教室で悩んでいると、イースがのほほんと話しかけてきた。
「真剣な顔してどうしたの、アレックス~。何か悩み事~?」
何も考えていなさそうで意外に考えていたり、考えていそうに見えて何も考えていなかったりと、イースはとにかく頭の中が読めない奴だ。果たして相談相手としてはどうなのだろう。
しかし、イースも一応婚約者がいる身だし、何か良いアドバイスをくれるかもしれない。
「メグの誕生日、どうすれば喜んでもらえると思う?」
「へー、誕生日なんだ~。そうかー、メグが喜ぶことって何だろうね~」
「お前は婚約者の誕生日に何か贈ったりするのか」
「僕はね~、彼女の誕生日は毎年デートだよ~。プレゼントはね~、いつもセンスがないって怒られちゃうんだ~」
「怒られてる割には、嬉しそうに話すよな」
「怒るんだけど~それでもちゃんと大事にしてくれてるみたいだからね~」
えへへへ~と、締りのない顔で笑うイース。
俺はノロケが聞きたいわけではないのだが――
「あ~、そうだ! アレックス~、僕、面白い物を手に入れちゃったんだけど~。使ってみる~?」
イースが取り出したのは、小さな瓶に入った薄いピンクの液体。
「何だこれ」
「えーとね~、有り体に言えば『惚れ薬』かなあ~」
「な、何!?」
そんなものが存在するなら、何故もっと早く出さない!?
「今さらそんなもの出されても、俺たちはもう両思いだぞ」
「それがね~、これ、催淫薬でもあるんだよ~」
「それは良いな」
「でしょ~?」
これは、楽しい誕生日になりそうだ。俺は一人、ほくそ笑む。
「うわ~アレックス悪い顔~」
などと、イースが言うのは聞き流して。
そして、その日がやってきた。夕方、部屋に戻ると準備を整え、彼女を呼び出す。
俺が用意したケーキに、メグの視線はずっと釘づけだった。
そんな彼女の紅茶の中にこっそり、ピンクの液体を一滴垂らす。イース曰く、効き目に個人差はあるものの、ほとんどの場合飲めばすぐに効果が表れ、かなり持続するという。
ケーキに向けられる、今にも涎をこぼしそうな、物欲しそうな顔。この顔はもうすぐ、俺に向けられるのだ。
何も知らないメグが紅茶を飲むのを、固唾をのみ、生唾も飲み込みながら見守った。
メグの顔が少しだけ赤らみ、フォークを握る手の動きが、徐々に緩慢になっていた。確実に、薬が効いている。
――さあ、存分に俺を求めてくれ!
脳内で肥大する楽しい妄想に、いてもたってもいられず、自分から水を向けた。
「今日はお前の誕生日だからな。俺が何でも望みをかなえてやる」
とろんとした目で、メグが俺を見る。それはとても蠱惑的なまなざしだった。
「ほんとですか? ほんとに何でも言うこときいてくれますか?」
「ああ、本当だ。男に二言は無い」
「えへへ~、それじゃあ~」
メグはニッコリ笑って、予想外の言葉を放った。
「今夜は、手を出してきちゃ、だめですよ」
*
今日は私の誕生日です。教えた覚えは無いのに、何故かアレックスもそのことを知っていました。
いつものように呼ばれていくと、そこにはケーキが用意してあったんです!
それは生クリームたっぷり、イチゴのような赤い実がいくつも並んだホールケーキで、見た瞬間から口の中で涎が止まりませんでした。
「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます!」
そんなやり取りをしている間も、ケーキが気になって、早く食べたくて仕方ありませんでした。
アレックスはそんな私に苦笑しながら、ケーキを大きめに切り分けてくれます。紅茶も淹れてくれました。アレックスが自分から給仕してくれるのも珍しいですね。特別だなって思います。
「いただきます!」
ケーキも紅茶も、じっくり味わいます。
――味わっているうちに、なんだか体がぽかぽかしてきました。頭も、ぼやーっと、少し霞がかったような……。でもちょっと、気持ちいい……かも?
ふわふわした感覚の中で、アレックスが嬉しいことを言ってくれます。
「今日はお前の誕生日だからな。俺が何でも、いくらでも望みをかなえてやる」
……何でも?
「ほんとですか? ほんとに何でも言うこときいてくれますか?」
「ああ、本当だ。男に二言は無い」
「えへへ~、それじゃあ~」
一晩くらい、何の憂いも無く、心おきなくアレックスに甘えたいですねぇ…。
だから……
「今夜は、手を出してきちゃ、だめですよ」
そう言った瞬間、アレックスががくっと肩を落としました。
「そういえば、アレックスの誕生日はいつですか?」
膝の上に乗せてもらい、彼に背中を預けながら、気になっていたことを訊きました。
「三月二十四日だ」
んん? それって、こっちの暦で、ですよね。こちらはすでに六月で――
「とっくに過ぎてるじゃないですか! なんで言ってくれなかったんですか!?」
「ああ、忘れてた」
わ、忘れて……。
「だが、メグの誕生日は忘れないぞ。大事な日だからな」
私だってアレックスの誕生日は大事ですよ。ちゃんとお祝いしたいです。
それで、感謝したいです。無事に生まれてきてくれたことも、今日まで元気に生きてきてくれたことも、私と出会ってくれたことにも。
そう言うと、アレックスの両腕が腰回りに絡みつこうとしたので、払いのけました。
ダメですよ、ベルトが自分から伸びてきちゃ。
「本当に、手を出しちゃいけないのか?」
「何でも言うこときいてくれるんじゃないんですか?」
作者がぼんやりしている間に、18才になってましたねアレックス……。