二月といえば 【バレンタイン編】②当日
お待たせしました(?)アレックス登場です。
彼が出てきた途端、やっぱりこうなった。ごめんなさい。
いよいよ、バレンタイン当日がやってきました。
昨日、頑張って手作りしたチョコレート。雛ちゃんとも交換します。
「すごいな、手作りかー。これ、アレックスのとこにも渡しに行くんやろ?」
「はい、これから行こうと思います」
「気ぃつけよ、『味見』とか言うてキス、とかベタなことした挙句、年末年始や節分の轍を踏んだらアカンで」
「はい! 今回こそは大丈夫です!」
彼の部屋は、雨の匂いがしました。実は日本とこちらでは四か月ほど季節がずれているので、こちらではそろそろ梅雨なんです。
「メグの方から『来たい』って言ってくるのは珍しいな」
アレックスの頬が緩んでいます。こんなに嬉しそうにしてくれるなら、もっと自分から来ようかとも思います。でも、いつも来ようと思う前に呼ばれちゃうんですよね……。
それはさておき。
「今日は、日本ではバレンタインなんです。バレンタインというのは、世界的には愛する人に贈り物をする日なんですが、日本では女性から男性にチョコレートを贈る日になっているんです。だから、それで、その……私もチョコを作ってきました」
ラッピングも自分で頑張った箱を、アレックスに差し出します。
彼はその箱を受け取ると、早速「開けてもいいか」と訊いてきました。私が頷くと、彼は丁寧に、それでいて素早く包装を取り、箱を開けます。
「美味そうだ」
「……食べてくれますか?」
アレックスは、当たり前だと言わんばかりの顔をした後、何故か少し考える様子を見せました。そして口元に薄い笑みを浮かべて言いました。
「そうだな。口移しなら、今すぐ食べる」
……え?
「上の口からが嫌なら、下の口から甘い蜜と一緒に――」
ひょえ――――!?
「そういうこと言う人には、もうチョコあげません!!」
私はアレックスから、チョコの箱を奪い取りました。その箱を机の上に置きながら、思わず溜息が漏れました。
雛ちゃん、味見に託けてキス、どころじゃありませんでしたよ……。
背を向けた私を、アレックスは後ろからふわりと抱きしめました。
「チョコはくれないのか、残念だ。なら仕方ない。代わりにメグを食」
「あ~~~~!!」
聞こえません! 私は何も聞いていません!!
それでもあきらめの悪い彼は、私の頬をふにふにと突っついてきます。
「メグ、腹が減った」
「……今日は駄目です。二日目なんです。多い日なんですから!」
「魔法で止まらないのか」
「無茶言わないでください!!」
後ろで舌打ちが聞こえました。
「バレンタインだと言って期待させておいて、何もくれないのか……」
あまりにもいじけた声を出すので、私は箱の中からチョコを一粒つかむと、彼に向き直りました。
そしてその減らず口に、えいやっ! とチョコを押しこみます。
押しこ……んだのはいいんですが。すいません、手を放してもらっていいですか?
アレックスは私の手を掴んだまま、口の中のチョコを咀嚼します。
「美味い」と呟いてチョコを呑みこんだ後、「こっちも」と言って私の指を口に含み、ねっとりと舌を這わせました。
はわわわわわ! な、なんか変な感じが……!
顔が、体が熱くなってきます。
指を咥えたまま私を見つめる彼がフッと笑いました。その目が言っています、
「指でこんなに感じるなんて淫乱だな」
と。
やられっぱなしでは悔しいので、たまには一矢報いようと思い、アレックスの空いている方の手を掴みました。その手に口づけようとして、ふと思いました。
「……違いますねえ」
当たり前のことなんですが、ヒロ君とは手の感じが違います。
年も一つしか違わないし、同じ男の人で、二人とも私よりとても大きな手をしてますけど。
アレックスの方が、指が長いですね。野球なんてしないのでタコもありませんし、きれいな手です。
「何が違うんだ?」
アレックスが指を愛でるのを中断し、聞き咎めました。
「あ、……手が。アレックスとヒ……友達の手、感じが違うな、って」
その言葉に眉を顰めるアレックス。
「その『友達』、男だろう」
「な、なんで……」
「女の手とは比べないだろう、普通。それで?」
『それで』とは?
「何された」
な、何も。ただ、お菓子作りの本を貸してもらっただけで。
「本当にそれだけか? 触られたりしてないか?」
「え、頭を撫でられました。けど、それくらい、で……」
彼はものすごく不機嫌そうな顔をしながら、私の頭に手を伸ばしました。そして、しつこく撫でてきます。
「忘れろ。他の男のことなんか」
そうは言われても……。やっぱり、違うなーって思っちゃいます。
手自体も違いますが、撫で方も違いますね。ヒロ君はポンッと手を置いた後、羽のようにふわふわっと撫でてくれます。それに比べてアレックスは、ちょっとねちっこいというか、べたべたしてるというか。若干、力が入ってるような……。シャンプーでもしてくれるのかなって感じです。
「ふーん。――なら、お望み通り、シャンプーしてやろう」
言い終わらないうちにアレックスは、するすると器用に服を脱がしながら、ずるずると私を浴室の方へ引きずっていきます。
あああ、頭撫で撫でに油断していて、反応が遅れました!
「しゃ、シャンプーだけなら、服は脱がなくても出来ますよね? たとえば美容院とかみたいに!」
必死で抵抗しても、アレックスは余裕の笑みを浮かべるだけです。
「髪だけじゃなく、体もちゃんと洗わないと駄目だろう?」
まるで小さい子を諭すような言い方なのに、下心含有率が100%なのが分かります。
ど、どうして? どうしてこうなっちゃうんですか??
最初はチョコレートを食べさせてただけ、だったはず……。
せっかく初めて手作りしたチョコなのに、まだちょっとしか食べてもらってませんし。
「チョコはちゃんと冷やして、風呂上がりにゆっくり味わうから心配するな」
そうですか。それなら安心――なんてことにはなりませんよ!
「シャンプーくらい自分で出来ますから! わざわざ一緒に入らなくても」
「俺なりの愛情表現だ。受け取ってくれ」
受け取らされた、というより、何かを持っていかれた気がします。
毎回こんな感じならもう、ホワイトデーのお返しはいらないです。
「そうはいかないだろ。チョコのお返し、何がいい? チョコにはチョコで返すべきなのか?」
甘いお菓子なら基本的に何でも好きですから、チョコでなくても構わないです。でも私、チョコは一番好きかもしれません。特に、生チョコなんかは美味しいですよね。
「そうだな。俺もどうせなら生のメグが」
「な、ダメです!!」
「生メグ、美味そうだな……」
そういうこと言うの、ホントに止めてくださいってば!!
ホワイトデーに関する会話をする二人がどういう状態になっているかは想像にお任せです。
ホワイトデーの話は書く予定ありません。でもまあ、きっとロクでもないことに……。