二月といえば 【バレンタイン編】①一週間前
ネタに詰まったら新キャラだ! という安易な考えから、今回限りの新キャラを投入してみました。その結果、長くなってしまい、丸一話分アレックスが出てこないという事態に(汗)。
ですが、アレックスがいない分、健全です。青春小説風、でしょうか?
好きな人に、手作りのチョコレートを。
それは、まだ恋を知らなかった頃の私には、未知の感情でした。
バレンタインを前に、スーパーやデパートの特設売り場に山と積まれた、色も形もとりどりのチョコレートたち。
その中から、自分の分と友達に贈るチョコレートを選ぶのも、もちろん楽しいです。
でも、恋する相手のためにチョコレートを選ぶ女の子たちの姿が、私はちょっとだけ羨ましかったんです。
それに、チョコレートを手作りする女の子たちのことも羨ましいと思っていました。彼女たちへの羨ましさは、お店で買う子たちに対するそれより、少しだけ大きかった気がします。
きっと私は、憧れていたんですね。美味しいチョコレートを、手間暇惜しまずに自分の手で作りたい。そんな想いを抱ける相手がいる、ということに。
こんな内容の話を、昔、一番信頼していた友人にだけ打ち明けたことがあります。そうしたらその人は、私の頭を撫でながら言ってくれました。
「メグにもいつかきっと、そんな人が見つかる。ゆっくり探せばいい」って。
多分、その人はちゃんと見抜いていたんですね。周りの女の子たちが「恋」を見つけていく中で、それを一向に見つけられない私が、置いてけぼりのような寂しさと不安を感じていたことを。
頭を撫でる手と、その言葉に込められたこころの温かさがじんわりと沁みて、私の心細さはいつの間にかふっとどこかに消えていました。
そして私は今年初めて、手作りチョコレートを贈りたいと思える相手がいるバレンタインを迎えようとしています。
バレンタインの一週間前、好きなシリーズの新刊を求めて書店へ立ち寄った私は、ついでに普段はあまり行くことのない、料理本のコーナーも見てみました。
バレンタインに向け、チョコレート菓子のレシピ本が平積みになっている一角があります。そこに狙いを定めて近づいていくと、どうやら先客が……若い男性のようです。
その方の立っている位置は私のお目当ての平積み本たちの前ですが、その正面の棚にはお弁当のおかずのレシピ本なども並んでいました。さてはこの方、弁当男子ですね!! そうですよね、まさか男性がバレンタインチョコなんて――と思いきや。
『バレンタインにぴったり! 手作りチョコレート』
男性が立ち読みしていらっしゃる本のタイトルは、確かにそう読めます。
うーん、逆バレンタインですかね? 男性が手作りチョコとはこれ如何に。
一体どんな方がチョコ作りをなさるのかと、思わず顔をじろじろ見てしまいました。
――あれ? あれれれ??
なんか、どこかで見覚えのあるお顔のような…………。
と、私の不躾な視線に気づいたらしいその男性が、私の方を見ました。
そして一瞬目を見張った後、呆れたような顔で、大きな溜息を吐きました。
「はあ……。さっきから妙な視線を感じると思えば。お前、メグだろ。久しぶりだな」
彼はそう言いながら立ち読みしていた本を閉じて、私の頭の上にポンと手をのせました。軽く頭を撫でられる感触で、懐かしさが波のように押し寄せてきました。
「……ヒロ君ですよね! やっぱりそうなんですよね!!」
ヒロ君は、私の小・中学時代の同級生です。その当時、私と一番仲良くしてくれた男の子です!
でも友達というより、生き別れのお兄ちゃんに偶然出会ったような気持ちになりました。
「ヒロ君! なんでこんなとこにいるんですか? なんでチョコレートの本なんて見てるんですか? 今はどこの大学に? まだ野球は続けてるんですか? あ、お姉さん……一海ちゃんは元気ですか?」
「そんなに一度に訊かれても答えられん。――お前の方こそなんでこんなとこにいるんだよ」
私がバレンタインチョコレートを手作りする気なのでいるのを知ると、ヒロ君は初心者向けの料理本が家にあるから貸してくれると言います。
ヒロ君のアパートは、この近くの駅で地下鉄に乗り、四つ目の駅で降りて徒歩五分のところだそうです。そう遠くないと感じたので、ついていくことにしました。
駅までの道のりをヒロ君と歩いていて、何やら違和感を覚えました。
まず、ヒロ君の身長は170センチ台なので、アレックスの隣にいる時より見上げるのが楽です。
一応は体育会系なのでヒロ君も筋肉の付いた体をしていますが、個人的な好みを言えば、私はアレックスの大胸筋が好きですねぇ。
それから、私の手をぐいぐい引っ張ってスタスタ歩く彼とは違い、ヒロ君は歩くペースを私に合わせてくれます。ヒロ君は、誰に対してもそういうことが自然に出来ちゃう人です。
「それにしても、メグにもついに春が来たのか。いやはや、時の流れは偉大だな。なんつーか、もう娘を嫁に出した気分だ」
ヒロ君は、感慨深げに言います。
「誰が誰の娘ですか」
「気分的な問題だ。そうか、チョコレートを作りたいと思えるくらい好きな相手、見つけたんだな」
お、覚えてたんですか! 野球馬鹿だからてっきり忘れているものだと!!
「……俺は確かに野球馬鹿だが、友人の大事な打ち明け話を忘れるほど焼きは回って無いぞ」
私にとっては大事な話でも、ヒロ君にはそうじゃないと思ってました。ちょっと意外なような、でも、ヒロ君らしくもあるような……。
それからいろいろと昔話をしているうちに駅についていました。
ホームに出たら幸いにも、ちょうど私たちの乗る電車が来たところでした。
空いていたので、二人で並んで座ります。ですがヒロ君は、誰かさんのように無駄に密着してきたりはしません。
「そういえば、なんでチョコレートの本なんて見てたんですか」
「作るために決まってんだろ。お前の方こそ忘れたのか、我が遠野家の恒例行事を」
――たった今思い出しました。遠野家のバレンタインは「長男(つまりヒロ君)が親しい人々にチョコレート料理をふるまう日」なんですよ、六年前から。私も、中学時代はずっとお相伴にあずかっていました。
きっかけは、ヒロ君のお姉さん・一海さんが、彼氏さんにあげるためのチョコレート作りを途中で投げ出して、ヒロ君に押し付けたことです。ヒロ君は、お姉さんには頭が上がらないシスコンです。四苦八苦しながらも、立派にチョコレートを完成させました。――意外に適性があったんですね。
一海さんは無事、彼氏さんにチョコレートを渡すことが出来ました。そして作りすぎてしまった分を親しい人たちに配ったところ、それがまた好評で、ヒロ君は翌年以降もチョコレート作りを命じられてしまったそうです。
表面上は嫌そうな顔をしていても、実は結構楽しんでいるのではないかと、私は思っています。
「……今も続いてるんですか。ヒロ君もつくづく変わった人ですよね」
「鼻から牛乳飲んでた女にだけは言われたくない」
電車を降り、駅から五分ほど歩いて、ヒロ君の住む少し古びた小さなアパートに辿り着きました。
ヒロ君が本を取りに行くのを、外で待ちます。
アパート前の道路には何台か不法駐輪の自転車がありました。
その一台一台を検分していて、ふと視線を感じました。見ると、その視線の主はどうやら高校生くらいの女の子のようでした。大きな目でじっと、私の方を見ています。目力のある子ですね~などと思ってぼんやり見つめ返していたら、彼女は不意に目をそらして、走り去ってしまいました。
何だったんだろうと首を傾げていたら、ヒロ君が出てきました。
本屋の袋に入った薄めのレシピ本を私に手渡すと、また私の頭に手を伸ばします。
「頑張れよ」
頭を撫でるのは昔からヒロ君の癖みたいなもので、深い意味は無いことが多いのですが、言わずにはいられません。
「ヒロ君、この癖、いい加減止めた方がいいですよ。せめて、相手は選んでください」
ヒロ君に頭を撫でられると、安心感を覚えることも、たまにはあります。でも、同じようにアレックスにされることを想像すると、安心するのと同時にドキドキしちゃいます。
そして、同じことをアレックスが他の女の子にすることを考えると、嫌な気分になります。
「ああ、そうだな。よく言われる。お前は誤解しようがないから油断してたんだが。メグに対しても、これで最後にするよ」
私は誤解しようがなくても、傍から見れば誤解されないとも限りませんよ! ヒロ君は自分の好きな人に誤解されても……。
言いかけて、先ほど感じた女の子の視線を思い出しました。
「そういえばさっき、高校生くらいの女の子がいたんですけど、もしかしてヒロ君の知り合いですか?」
「どんな子だった?」
「え、えっと、目力のある子でしたね」
それだけで誰だか思い当たったのか、ヒロ君の目が大きく見開かれます。
「どっちへ行った!?」
私が指差すと、ヒロ君もそちらの方を見て目を凝らします。
「追いかければまだ間に合うかもしれませんねえ」
「……悪い、急用が出来た。その本、返す時はポストにでも突っ込んでくれたらいいから」
「分かりました。早く行った方が良いですよ」
ヒロ君は、「じゃ」と私に軽く挨拶すると、全速力で彼女を追って行きました。
ニブチンのヒロ君にもついに春が来ましたか。いやはや、時の流れは偉大ですねえ。
「ニブチンとか、メグにだけは言われたくない」
ヒロ君、本名はカズヒロ君なのですが、遠野家の皆さん+メグは名前の下を取って「ヒロ君」と呼びます。
アレックスの目の届く範囲だとメグに近づく男はなかなかいないので、日本の話にしたんですが……ファンタジー要素もなくなってましたね。
いや、ヒロ君のキャラもある意味ファンタジーか?