「新しい契約」の意味に気づいた日 前編
お正月より時間が遡り、本編終了直後の話です。
時系列カオスで申し訳ない……。
魔王退治を終え日本に戻って三日目。
講義を終えて帰宅し、さあ勉強するぞと参考書を鞄から取り出した瞬間でした。
胸に刻まれた契約印が光を放ち、その眩しさに私は思わず目を瞑りました。
再び目を開けたその時、私が居たのは、三日前まで滞在していた彼の部屋でした。
いつの間にか手からポロリと参考書が落ちたことにも、アレックスに抱きしめられたことにも気がつかないくらい、私は茫然としていたようです。
「会いたかった」
まるで長い間、離れ離れになっていた恋人に再会したかのようにそう言われて、ようやく私は我に返りました。
「あ、あの……まだあれから三日しか経ってないんですけど……」
ようやくしばらくは普通の生活に戻れると思ったのに。逆戻りするの早すぎじゃないですか!?
「『まだ』三日『しか』だと?」
あ、……あれ? 何か怒っていらっしゃいますか??
抱きしめられたままなので顔は見えません。が、なんとなく怒気のようなものと、腕の力が強まったのを感じます。
「お前は、俺に会いたいとは思ってくれなかったのか?」
「あ、会いたかったですよ! もちろ……ふっ……んん……」
噛みつくようにキスされて、それ以上何も言えなくなってしまいました。
「じゃあ俺、これから授業だから」
カーテンの隙間から、眩しい光が差し込んできています。私は朝っぱらから呼び出されたようでした。
な、なにゆえ?
「朝はメグにキスしないと調子が出ないし、メグが部屋で待っていると思うと授業中も楽しいからな」
こっちの都合も考えて下さいよ!! 最初のトリップとは違って、今はこっちにいたのと同じだけ日本での時間も進んでいるのに~!
「……そうか」
アレックスが少しだけ肩を落としてしゅんとしました。全然彼らしくないけれど、そのギャップに不覚にもちょっとキュンとしました。だから、
「今日一日くらいは、待っててあげますよ」
アレックスが居ないうちに一回戻っちゃおうかとも思ったんですけどね。
誰かがいる部屋に帰った時の安心感は、私にも分かりますから。
アレックスは嬉しそうに笑い、私にもう一度キスしてから出かけて行きました。
幸い参考書を持ってきたので、留守番の間も勉強ができます。
最初はとても集中できていたのですが、どこからか甘い匂いが漂ってきてからは、気もそぞろになりました。この甘い匂いは、十中八九、スイアーブさんの手作りスイーツですね!
私、夕飯前に呼ばれたんです。そして、頭を使っているとエネルギーを消費するんです。つまり、私は今とてもお腹がすいているんです。
スイアーブさんと二人きりになってしまうのは、ちょっと気まずいかも、という思いもよぎりました。でも、空腹には勝てませんでした。
廊下に出ても怪しまれないように、手早くこちらの服に着替えてから、私はそっと部屋を出ます。
ふらふらと食堂の方に歩いていくと、そこには予想通り、割烹着姿のスイアーブさんがいました。
「いらっしゃい、メグ」
いつものようにニッコリと微笑みながら迎えてくれたので、とてもホッとしました。
「スイアーブさん。いつも思うんですけど、授業はどうしたんですか?」
「自主休講だよ。でも大丈夫。試験の成績は良いから」
ああ~、いますよね、そういう要領のいい人。うらやましいです。
私がテーブルにつくと、スイアーブさんは切り分けたケーキと紅茶を目の前に置いてくれました。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。今日のケーキも美味しそうですね」
早速いただきます。今日のケーキは私も大好きなチョコケーキのようですよ。この世界に、厳密に日本と同じ『チョコレート』があるのかは分かりません。が、色も香りも、そして味もそっくりです。
このケーキは、チョコスポンジをたっぷりのチョコクリームでコーティングしていて、チョコ好きにはたまりません! 一口食べた瞬間に、
「な、なんですかこのクリームのやわらかさは――!!」
と、叫んでしまいました。
あまりの美味しさに、一気に食べ終えてしまいました。ちょっと勿体無かったかもしれません。お、おかわりしたいです……。
香り高い紅茶を飲んで、ほっと一息つくと、スイアーブさんがクスリと笑って言いました。
「メグ、ほっぺにクリームついてるよ」
「え!? ど、どこですか!?」
食べるのに夢中過ぎて気づいていませんでした。は、恥ずかしいです。
「取ってあげるから、ちょっとじっとして……って、あれ?」
スイアーブさんの指が私の頬に触れようとした瞬間、バチンと音がして、弾かれました。
何が起こったのか分からず、首を傾げる私とスイアーブさん。
「触れられなくなっているみたいだね。――メグ、あいつとどんな契約したの?」
契約? それが関係あるのですか?? えーっと、
「使い魔としてではなく、対等なパートナーとして――、って、言ってた気がします」
「そっか。……メグ、何か光ってるようだけど」
私の左胸の、契約印のある辺りが、服の上からでも分かるほどの光を放っていました。
「契約印がこのへんにあるんです」
「……見せてもらっても、いいかな」
魔法のことはやっぱり、専門家たる魔法使いに聞いた方が良いですね。そう判断し、胸元をはだけると、スイアーブさんは真剣な目でじっと契約印を見つめます。
「――なるほど。あいつらしいね。
やましい気持ちのある男はアレックス以外、君に触れられないようになっているんだね。
メグ、いつの間にあいつと婚約したの?」
「…………コンニャク?」
「……………………なるほどね」
え? ええ?? 何が「なるほど」なんですか?
「それは置いといて。とにかく今考えるべき問題は、僕が君に触れられないってことだよ。――ほら、握手すら出来ない。不便だよね」
確かに、手と手が軽く触れただけで静電気のようなピリッとした痛みが走りました。
「私の方から触れるのはどうなんでしょう?」
私は右手で、スイアーブさんの左手を握ってみました。今度は静電気が走りません。少し強めにぎゅっと握ってみても、何ともありませんでした。
「君の方からなら大丈夫なんだ。あいつは一応、君のことは信用しているってことかな」
これって全部、契約印の効果なんですよね。この小さい魔法印にそんな細工まで出来るなんてすごいですね。好奇心と疑問がたくさん湧いてきます。
「直接触れるのがだめでも、間接的には大丈夫だったりするんでしょうか?」
「……試してみる?」