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めぐる世界の光と闇と  作者: 弦巻桧
番外編・後日談
51/65

クリスマスに欲しいのは

一度撤去していたクリスマス編、復活です。

前後編だったのが一話になってますが、内容は基本的に変わってません。

「メグ、バイトせーへん?」


 十二月の初め、雛ちゃんが言いました。


「時給ウン万円のデスゲームだったら遠慮しておきます」

「誰もインしてみろなんて言うてへんよ。普通に、クリスマスケーキの売り子」


 クリスマスケーキ、と言えば。


「ブッシュ・ド・ノエルが食べたいです」

「分かった。貰えるように交渉してみるわ。やってくれる?」

「はい。どうせ暇ですし」

「バイト頼んだ後に訊くのもあれやけど、……アレックスは?」

「あっちはもう春です。こっちがクリスマスでも向こうは何の日でもないですから」


 アレックスをわざわざこちらに連れてくると大変です。

こっちにいる時は私もアレックスも、何の力も持たない普通の人間になってしまうので、来る時は良くても帰る時に困るんです。必然的に、雛ちゃんに負担をかけることになってしまいます。


 どちらかがフェレス国にいる時は、契約印を通じ、相手を引っ張ってくるのも自分が移動するのも自由なんですけどね。……なんでこんなに中途半端に縛りが効いているのでしょうか。


「じゃあ、そういうことでよろしくな。詳しいことは後でメールするわ」


 雛ちゃんからバイト先の地図などを受け取ったのは、その数日後のことです。




 街はすでに、クリスマス一色です。形も様々なオーナメントの飾られたツリーが店先に並び、昼間から電飾が光っています。雑貨屋さんのディスプレイも可愛らしいクリスマス小物が中心で、ついつい関心をそそられてしまいます。


 ふうむ、見れば見るほどクリスマス、ですねえ。もう、今年も終わりですかぁ。一年前の今頃は確か、センター試験に向けて追い込みをしていた時期で、クリスマスもお正月も無かったんでしたっけ……。


 クリスマス前の空気は、私をわくわくさせてくれます。

 でも、そのわくわくする気持ちは、その日隣にいてほしい人のことまで都合よく予定に入った上でのものです。

 ああそっか、そういえばクリスマスの日、彼とは何の予定も無いのだと思い出して、わくわくは一気に寂しい気持ちに変わってしまいます。

 一年前の今頃は、こんなふうに一緒に過ごしたいと思う相手が現れるなんて、想像していませんでしたね。



 記憶を遡ると、もっと昔――小さな頃のクリスマスは、よく歌っていました。


     クリスマスには食べたいな

     大きな丸焼き七面鳥 クリームたっぷりあまいケーキ

     クリスマスツリーをかざりましょう

     てっぺんには大きなお星さま はげあたまみたいにピッカピカ

     まってまって 短冊にねがいごとするのは七夕だよ

     クリスマスにはくつしたを吊るさなきゃ

     でもね ぬれたパンツはいっしょに干しちゃダメ

     サンタさんおねがいします 今年わたしがほしいのは――


 この続きには、サンタさんへのリクエストを入れるんです。でもあまりお値段の張るものを入れると、サンタさんは叶えてくれないんですよねぇ。

 ちなみにこの歌、作詞作曲は私です。小学生の時これを口ずさんでいたら、友達に「突っ込み所が多すぎる」と呆れられました。

 クリスマスといえばもっと有名でロマンチックな曲がいっぱいあります。なのに、どういうわけかこのバカみたいな歌が、私をいちばんノスタルジーに誘うのです。




 バイト先のケーキ屋で、雛ちゃんは今、二つの衣装を手にしています。右手には赤と白、左手には茶色の衣装を。私は、左手の衣装から目が離せませんでした。

 雛ちゃんは苦笑して、「こっちな」と茶色の衣装の方を渡してくれました。

 見た目通り、もこもこのふわふわです。暖かそうです。


「うふふ、トナカイさ~ん」

「それを嬉々として着るってどうなん?」


 赤いサンタ服を着た雛ちゃんが、呆れたように言います。


「だってこれあったかいですよ!」

「あとは赤鼻と角つけたら完璧やね。はい、トナカイ完成。あー、カワイイカワイイ」

「褒めてるように聞こえませんよ!?」

「だって鼻がな――……。外す?」

「駄目ですよ! トナカイさんは赤鼻と決まってるんですから!!」


 その後も雛ちゃんは、「鼻が! 鼻さえなかったら普通に可愛いのに!!」と言っていましたが、聞こえていないふりをしました。

 クリスマスのトナカイさんは、赤鼻です。青鼻は麦わら海賊団のお医者様です。鼻が無いのは、トナカイじゃありません。



 ケーキ屋の軒先で、呼び込みをします。その間も、自作の「クリスマスのうた」が頭の中から消えませんでした。一度思い出してしまうとお皿に付いた油汚れ並に落ちない、厄介な歌です。特に最後のフレーズ。


     サンタさんおねがいします 今年わたしがほしいのは……


 今、私が欲しいのは。もちろん――


     金の髪に金の瞳 イケメンで背が高くて

     私のことを大好きって言ってくれるひと

     口を開けば下ネタばかり それでも 私の大好きなひと

     今すぐ目の前に現れて ぎゅっと抱きしめてくれたらいいのにな……


 現実は、そう甘くはないんですけどね。




「ふー」


 最後の一個まで売りきって、思わず溜め息が出ました。

 外はもう真っ暗で、店の前に飾られたツリーの電飾がとても綺麗です。


「メグ、お疲れ。これ、約束してたブッシュ・ド・ノエル」

「わー!! ありがとうございます! 雛ちゃんもお疲れ様です!」

「それと、もう一個。あたしからのクリスマスプレゼント」


「メグ」


 聞き慣れた声。振り向く前に、後ろからふわりと長い腕に包まれました。


「アレックス! どうして……」

「こっちでは今日は特別な日なんだろ? 言えよ、そういうことは」


 だ、だって、来られないと思ってましたから。


「じゃ、このトナカイ貰って行くから」

「どーぞ」


 サンタの雛ちゃんは、『しっしっ』と追っ払うような仕草で、私を送り出しました。




「あ、あの! どこ行くんですか!?」


 ぐいぐい手を引っ張られ、ついていくのが大変です。

 街はとても幻想的なムードに包まれているのに、それを楽しむ余裕もありません。

 でもその前にとりあえず、着替えさせてほしいです。私はまだトナカイの衣装のままなので。

 金髪の外国人とトナカイ、クリスマスでなければ最高に不審な二人組です。クリスマスでも、それなりに目立ちますけど。


 辿り着いたのは、ホテルでした。決していかがわしい感じではなく、高級そうなところです。いつの間に予約していたのか、アレックスは手際良くチェックイン。一体どこから宿泊費用が出ているのかも気になりますね。

 ほとんど引きずられるようにして、部屋に入りました。というか入れられました。

 扉を閉めた途端、抱きしめられました。きつく、きつく。


「……くるしい、です」

「俺だって苦しかったんだ。五日も何の連絡も寄越さないって、酷くないか?」

「ごめんなさい。バイトとか、いろいろ忙しくて」


 ホントは、クリスマスに会いたい、お正月に会いたい、離れたくない――なんていう際限のない我がままとか、どうにもならない弱音なんかを、言いたくなかっただけなんですけど。


「今から穴埋めしてくれれば、許す」


 アレックスの表情は本当に切なげで、どうにかしてあげたいと思ってしまいます。

 でも、目の奥に怪しい光も見えるので、気を許したら最後、とんでもないことになる予感も――


「いや、穴を埋めるのは俺か」


 やっぱり――!!


「あああ、あの、『穴埋め』……ではなく、この『埋め合わせ』は後日きちんと」

「埋めて合わせる……それもいい響きだ。今すぐやろうな」


 墓穴――!?

 そして「後日」の方は綺麗にスルーですか!


「あああ、あの、授かってしまうような行為はやっぱり、ちゃんと結婚してからでないと!! だからそれまで待って下さい!」


 前にアレックスは、避妊するという選択肢はない、というようなことを言っていました。それなら常識的に考えて、婚前交渉は駄目だと思います!


「もう待てない。俺としても不本意だが、避妊してやる。愛情行為と生殖行動が分離しているという価値観は理解出来ないが、仕方ない」


 愛情行為と生殖行動が一致してるくせに婚前交渉しようとする、あなたの考え方のほうが私には分かりません。

 彼は私を抱きしめたまま、耳に唇を寄せて囁きます。


「メグ、好きだ」


 それは私の大好きな、聞く者の心を溶かす無駄に良い声で。


 ずるいです。このまま、流されたくなっちゃうじゃないですか……!

 うああ、でも、諸々の準備が! それに、私まだトナカイのままですし!!


「せめて、お風呂に入らせて下さい!」



 脱衣所に飛び込んで、はたと気づきました。

『せめて、お風呂に入らせて下さい』ってもう、行為そのものには同意しちゃってるじゃないですか!! 潜在意識に働きかけるとは、アレックスの声、恐るべしです。

 心臓が早鐘打ってますが、ちょっと落ち着きましょう。ゆっくりお風呂に入って、今日の疲れを取ってしまわないと。お風呂から出た後、何をされるか分からないですから……。



     *



 メグが風呂から出てこない。

 苛立ちを通り越して心配になったので覗いてみたら、メグは浴槽で熟睡していた。

 今日も一日働いていたようだから、疲れているのだろう。仕方がないのだとは思うが、何だこの脱力感は。肩すかしをくらった感じは否めない。


 疲れているなら休ませてやりたい。そう思っているのも本当だ。だが、メグを浴槽から上げ、体を拭き、服を着せてベッドに寝かせる間、俺は終始自分の煩悩との戦いを余儀なくされた。もう何度、このまま襲ってしまおうかと思ったか知れない。

 明日の朝、メグが目を覚ましたら――。俺はそう思いながら床に就く。逃がさないように、彼女の体をしっかりと抱きしめて。


 結果的には、彼女を休ませて楽しみを翌朝に持ち越そう、そう考えたのが間違いだったと思う。


 メグは起きて早々、雛子の電話を受けて出かけた。今日もバイトだとか何とか言っていた。

 まさかあの女、こうなることを予想してやがったんじゃないだろうな。サンタ役の割には、やることが半端だ。

 俺は彼女だけが欲しいのに。クリスマスに限らず、いつだって。


 彼女が俺の分だと言って残していったブッシュ・ド・ノエルにフォークを突き刺す。口に運ぶと、妙にしょっぱい味がした。せめてケーキくらいは、二人で食べたかった。

 フォークを置くと、零れるのは特大の溜息。

 残された部屋で、俺は一人、途方に暮れた。



 自分の部屋に強制送還された後、ベッドに腰掛けてぼんやりしていた俺は、携帯電話の電子音でハッと我に返った。

 俺の携帯電話は、違う世界にいる相手とも連絡が取れる、雛子の世界で製造された便利アイテムだ。メグのものとお揃いの形で、色違いにしてもらった。掛けてくる相手は、ただ一人。

 今朝別れたばかりだと言うのに、もう彼女が恋しい俺は、性急に通話ボタンを押す。


「メグ? どうした?」

「あ、あの。アレックスに、言い忘れてたことがあって」


 どこか緊張気味の彼女の声。それを和らげるように、なるべく優しく相槌を打つ。


「うん。何?」

「あ、会えて、嬉しかったです。……それから…………」


 彼女が突然黙りこむ。どんな言葉も聞き逃すまいと、俺は耳を澄ました。

 やがて受話器の向こうで、小さく息を吸い込む音がした。


「それから。私、アレックスが好きです」


 思わず、頬が緩んだ。

 さっきまで隙間風の吹いていた心が、その言葉一つで温まっていく。


「知ってる」

「……そう言うと思いました。でも、それだけはどうしても伝えたかったんです」

「そうか」


 電話の向こうから、「メグー! 旦那と長話しとらんと早く!」という雛子の声が聞こえた。幸せな時間を邪魔されるのは癪だが、『旦那』と言われるのは悪くない。


「じゃ、じゃあ、そろそろ切りますね」

「ああ。バイト、頑張れ」

「はい」


 ――さて。俺も頑張るか。

 今夜までにこの部屋を、俺が許可した人間以外の出入りが出来ない密室にしなければならない。その上、メグのバイトが終わるタイミングを狙って、彼女を召喚しなければならない。

 今度こそ、トナカイを啼かせてやるのだ。クリスマスが終わる前に、誰にも邪魔されることなく。

 リベンジに燃える俺は、いそいそと召喚陣を組み始めたのだった。


そしてクリスマスが終わった後、アレックスの部屋にはメグの濡れた下着が干……(以下略)

…………なんかごめんなさい。

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